――ごめんなさい。
が、そう叫んでいるような気がした。
戦闘不能にされたアミとカズヤも、胸を痛めて彼女を見つめる。
「ねえ、! もう無理しないで!」
「目を覚ましてくれよ! !!」
呼びかけにが応じることはない。答えられないのだ。
仙道は焦っていた。勝負の行方云々より、の体の安否が気がかりだった。バトルが続く限り能力――半永久的に脳の活性化が続くということは、長引けば長引くほど、彼女の体に負担がかかる。早く何らかの形でケリをつけなければ、命に関わる可能性もあった。
いつになく真剣な仙道の姿に、郷田も何かを感じ取ったらしい。
「仙道。お前、何か知ってんのか」
「あの能力を早く止めてやらねえと、アイツが死ぬかもしれない」
「……そりゃあモタモタしてらんねえな」
郷田はすんなりと仙道の話を受け入れた。の様子を見ていれば、詳しく聞かずとも危うい状況なのは明白だ。
――郷田は、仙道に一つの提案をした。敵に知られては意味が無いから、とても小さな声だった。しかし仙道はその提案をしかと耳にし、目を見開いた。
「お前――、」言いかける仙道のそれを了承の合図とでも思ったのか、郷田の横顔に笑みが浮かぶ。
「行くぜぇっ!!」
ハカイオー絶斗が武器を高く掲げ、振り下ろす。大地を叩き割ったそれは、粉塵を上げ、砕けた石を舞わせ、ルシファーの視界を塞ぐ。
……土埃の中からぬっと現れたハカイオー絶斗は、ルシファー目掛けて斬りかかろうとしたのだろう。が、全く見当違いの場所に出てしまう。どちらかと言えばヴァルキリーの方が近い。
その足掻きをコウスケはただ笑った。
「無策、無謀! 美しくないねぇ!」
「るせぇ、てめえの価値観なんか知るか!」
負けずに郷田は叫ぶ。武器を掲げ直したハカイオー絶斗は、ヴァルキリー目掛けて突進していった。
「吠え方も同じく、か。、しっかりいなすんだよ」
コウスケの言葉に反応したが、無言でCCMを操作する。
ヴァルキリーは武器を眼前で水平に構え、ハカイオー絶斗の突進を受け止めた。そのままパワー対決となってはヴァルキリーだと分が悪い。活性化したの脳が下した判断は、突進を受け止めるのは一瞬、そして次の瞬間には武器と機体を突進の勢いに合わせてスライドし、受け流すというものだった。
しかし行動に移すのがいささか遅かった。受け流しきれずにヴァルキリーは体勢を崩す。そしてハカイオー絶斗は勢い余って前方の岩へ激突する。
ヴァルキリーは何とか体勢を立て直し、ナイトメアがまだ潜んでいるであろう土埃へと視線を移す。
だが土埃が晴れるより先に、ハカイオー絶斗が起き上がった。「まだまだぁ!」郷田の叫びに呼応し、ルシファーを直線状に捉えて再度の突進を試みる。
それを見て、コウスケは嘆息した。
「何度やっても同じだよ、どうせ君の作戦はこうだろう? 無理矢理二手に分かれたところで、挟み撃ち、とかね」
ルシファーがくるりと踵を返し、剣を薙いだ。その切っ先が捉えたのはナイトメア。騒ぎに紛れてルシファーへ接近していたのだ。思い切り剣撃を受けたナイトメアが地を転がる。まだ、ブレイクオーバーはしていない。
それでも、勝算は明らかにコウスケにあった。
「ほら、ボクの読み通り」
「そりゃあ良かったねぇ」
仙道が凄むも、コウスケは笑って肩を竦めるのみ。彼の中に敗北の二文字は存在しない。彼自身が唯一無二の至高の存在なのだ。
――しかし。
「俺の眼中にゃあ、ハナからお前の存在なんてないんだよ」
仙道も、笑った。
バトルを始めてすぐ、彼らは“自分たちでは敵わないかもしれない”と勘付いてはいた。それでも戦ったのは、最初から諦めて無様な姿を晒して信念を歪めるなどあってはならないと思ったから。「やってみなくちゃわからない!」といつでも難題に挑み、切り抜けてきた少年の勇姿を知っていたから。
だがそれでも敵わないとなった彼らは、次に“守らなくては”と思った。
せめて、目の前の仲間だけでも。
「何だと?」
当然、仙道たちの考えなど思いも知らないコウスケは眉を顰めた。傍らのはいよいよ能力の限界が近づいて来たのか、表情が歪み始める。コウスケは彼女の変化に気付かない。
瞬間、ナイトメアが姿を消した。高速移動は仙道の専売特許のようなものだ。もちろんコウスケとルシファーにかかればすぐに追いつけるが、その作業に移る前にハカイオー絶斗が向かってきていた。
「いっぺんでも喰らいやがれ!」
「食らう訳ないだろう、そんな下品な攻撃!」
ハカイオー絶斗の攻めを最小限の動きでルシファーは回避する。そして必殺の一撃をお見舞いした。遂にハカイオー絶斗は沈んだ。ぐらりと機体は地に倒れ、ブレイクオーバーを示す光が弾ける。
――その間、ナイトメアはヴァルキリーに接近していた。
この為に郷田とハカイオー絶斗は、コウスケが自分たちを舐め切っていることを逆手に取り、囮となって注意を引き付けていたのだ。
『仙道。俺がルシファーを引き付ける。その隙にお前がさっさとのLBXをブッ潰せ。さっきの話を聞いた限りじゃ、が戦えなくなりさえすりゃあ能力が消えるみてえだしな。お前の腕前なら簡単だろ』
郷田が小声で一方的に告げた作戦を思い出しながら、仙道はを見る。
少女の肩は震えていた。能力の酷使の為だろう、顔色も酷く悪い。それでもCCMを手放すことはなかった。画面を見つめ、LBXの操作の為だけに動く機械と化している。
仙道は唇を噛み締めてCCMを操作した。いち早くのLBXを壊す為に。
ナイトメアは力任せに武器を横へと振りぬいた。それは棒立ちになっていたヴァルキリーに見事命中し、その腕を砕いた。衝撃は胸部や脚部にまで及び、激しい罅が走る。それまでの奮闘ぶりが嘘かのように、呆気なくヴァルキリーは岩肌へと叩きつけられたのだった。
ヴァルキリーの損傷が催眠を解いたのか、能力が解除され、の瞳は何時もの色を取り戻した。しかしすぐに気を失い、床へ倒れ込んでしまう。
「やった……」
仙道が小さく笑むのと、ルシファーに背後を取られたナイトメアのブレイクオーバーが重なった――。
――隣で倒れている。
――負けたというのに笑っている相手。
これらは、コウスケの気分を大いに害した。
「何が“やった”なのかな。ボクのルシファーに触れることも出来ずに」
「アンタと俺の目的は全然別物だっただけさ」
とてもバトルに敗北した後とは思えないほど毒気の無い顔で仙道が答える。先に負けた郷田も良く似た、少しばかり晴れ晴れとした顔をしていた。
「目の前で仲間がいいように操られてたら、そりゃあ助けなきゃいけないって思うもんだろう?」
「仙道が仲間だってよ。こりゃあ明日は槍が降るぜ」
「ふざけるな、このネズミども」
郷田の冗談に、コウスケの声音が剣呑さを増していく。
「エターナルサイクラーも取り戻せず、ここへ捕まることが決定したというのに。随分と能天気な調子じゃあないか」
「私たちはエターナルサイクラーも仲間のことも諦めないってだけよ」
「そうだ! が、友達が酷いことされて見てるだけなんてできねえだろ」
「実質君らは見てるだけになっていたろうに。何が仲間だ」
アミとカズヤの返答に、コウスケはますます不機嫌になっていく。二人の様子からして、仙道と郷田が途中から“コウスケを倒す”ではなく“を助ける”ために動いていたと改めて実感させられたからだ。自分との戦いを疎かにされたことは、コウスケにとって侮辱に等しい。
その鬱憤の矛先は、ルシファーの眼前で倒れるナイトメアへと向けられる。ルシファーは剣を高々と掲げた。
「君たちみたいなヤツらに苛立つなんてボクらしくない……。ついでに少しばかり憂さ晴らしをさせてもらおうかな」
紫電の刃がナイトメア目掛けて寸分違わず下ろされる。だがその間際、影が滑り込んできてナイトメアに覆いかぶさった。ずたぼろのそれが何か認識するまでやや時間がかかったが、その正体は――ヴァルキリーだった。先の攻撃で催眠信号を発信する機関は壊したが、ブレイクオーバーは辛うじて免れていたらしい。
ナイトメアの代わりにルシファーの剣をその身に突き立てられたヴァルキリーは、砕けてしまった……。
咄嗟にコウスケは、床でうずくまるを見た。忙しない呼吸を繰り返し、青白い顔に脂汗を滲ませつつも、倒れたままCCMを握っているではないか。
「……仰った通り……CCM、持ってましたわよ……」
彼女は小さく笑ってコウスケを見上げていた。
コウスケはこの上なく気分が悪かった。目的は果たした。だが、その道筋が、描かれるべきシナリオが、ネズミどもに捻じ曲げられてしまった。
――こいつらも、も、何も判っていない。
ジオラマを回収したコウスケは、呆れかえっていた。
「これ以上君たちの相手をしていたら粗雑なセンスが伝染してしまいそうだ。……まあ、ボクに勝てないという理は染みついただろうから良しとしようか」
ルシファーが素早く飛翔し、アミ、カズヤ、郷田、仙道のCCMを回収する。あっという間の離れ業に、彼らは為す術もなかった。
取り上げたCCMを部屋の壁の隠しスペースへ押し込めると、コウスケは改めて侵入者を振り返った。
……倒れたに駆け寄りながらも、此方を睨む哀れなネズミたち。
形容しがたい不快感を露にしたコウスケの眼差しがらに突き刺さる。
「と一緒におねんねでもしていたらいいよ。どうせ君たちはここから出られないのだから」
歪んだ笑みを残して、ようやっとコウスケは部屋を出て行った。
……一拍の静寂を置いて、弾かれたようにアミたちは動き出す。閉じ込められたことへの不安よりも、倒れたまま動けずにいるへの心配が勝っていた。
「、大丈夫か、おい!」「仙道、起こしてあげて!」「言われなくてもそうしてる」「俺たちがわかるか!?」呼び掛けながら慌てふためく友人たちの顔を見上げ、がまず最初に口にしたのは謝罪の言葉だった。
「ごめんなさい……みんなの、LBX……傷つけて……」
「大丈夫よ、十分リペアできる範囲。だってやりたくなかったの、私たち判ってるから」
「ほんとう、に、ごめん……」
「なあ、の顔色どんどん悪くなってないか!?」
催眠状態と能力が解除されたというのにの容態が回復する様子は無い。体の震えは止まず、顔色はカズヤの心配した通り良くなるどころかますます青白くなっていく。
郷田は焦って仙道を見た。
「おい仙道! 能力を解けばは平気なんじゃねぇのか!?」
「予想以上に負荷が大きかったらしいね……」
抱き起こしたの顔を覗き込みながら、仙道は呟く。
「とりあえず疲れ切ったコイツの脳みそに栄養を送ってやらなくちゃいけない訳だが……お前ら、飴か何か持ってるかい?」
急な質問にアミたちは目を丸めたが、「チョコなら」と戸惑いがちにアミがポーチから板チョコを引っ張り出す。
仙道はがこういった状態に陥る可能性と、その対処法を予め知っていた分、仲間たちより冷静だった。全く動揺していないと言えば嘘になるが、こういう時こそ落ち着いて対処しなくてはならない。
「適当な大きさに割ってよこしてくれ」「……はい」不安げなアミからチョコレートの欠片を受け取った仙道は、の口にそれを押し込んだ。
「、食べな。しんどいだろうが、食べなきゃ治らない」
「も、もっと必要でしょ? 大きさはさっきと同じくらいで良い?」
「ああ、頼む」
辛抱強くにチョコレートを与える。然程長くはなかったが、もしかしたらこのままは治らないのでは、と不安になるには十分な時間だった。
だが仙道の処置、アミたちの呼びかけの甲斐あって、少しずつの顔に生気が蘇ってくる。
更に時間が経つと、すっかりの顔色は元通りになった。まだ動けるほどの体力は戻らないようだが、焦点のあった目で、仙道たちを見つめられるまでに至った。
いつも通りのだ。ホッと胸を撫で下ろす仲間たちを見つめて、も安堵していた。が、すぐに自分が仙道に支えられたままであったことに気付く。申し訳なさそうに彼女は呟いた。
「ごめんなさい、仙道くん。腕をお借りしてしまって」
「いいさ。ナイトメアの礼だと思いな」
仙道は苦笑した。「ナイトメアの……?」言われた当人は何のことだか見当がついていないらしい。
瞬きする彼女へ、仙道は仕方なしに説明してやった。
「さっきのバトルで、ルシファーの最後の攻撃からナイトメアを庇ってくれたじゃないか。そのことだよ。まあ、そのせいであんたのLBXが代わりに壊れちまったんだがねぇ……」
つい仙道は言葉を濁らせてしまう。胸の奥がずきりと痛んだ。
にとってヴァルキリーは思い入れ深い品のはず。とても素人には不向きなバランスでありながら、両親が手掛けていたからと半ば意地で使い続けていた機体。仙道もヴァルキリーのカスタマイズや戦い方について、よくアドバイスをした。他にもたくさん、ヴァルキリーを通してと様々な会話をした。
先の胸の痛みの答えは、そこにあった。仙道にとってもヴァルキリーは、思い出のつまった大切なLBXになっていたのだ。
それを他ならぬ自分の手で壊さなくてはならなかった。最終的に破壊したのはコウスケだが、大差ない。
「仙道くん、そうお気になさらないで」
気に病む仙道の心境は、彼の顔をずっと見上げているにはお見通しだった。
「私、ナイトメアさんが大好きですから。あのままじゃナイトメアさんが壊れてしまうと思ったら……つい、動いていました。それだけですのよ」
は微笑んでいた。優しい木漏れ日に似た、仙道が良く知る笑みだ。
微笑みながら、誇らしげには言う。
「それに、丁度良かったんですの。あれはイノベーターの手で、私の大切だったヴァルキリーとは別物にされてしまっていましたから。もう、楽しく遊んであげられなくなっていたから……。だから……少しでも仙道くんに恩返しが出来たなら、ヴァルキリーも私も本望ですわ」
偽りの無い少女の本心が、彼の心の重荷を退かしてくれる。
そうかい、と仙道が微笑み返すと、ますますは饒舌になった。体が動かせない分、喋る力が有り余っているようだ。
「それにあんなゴツゴツしいCCMを女の子にだなんて、イノベーターってばセンスありませんわよね。幾らなんでも不格好過ぎません? 機能を大事にするのはもちろん重要ですけれど、あんな“明らかに見た目気にしてません”な品はいただけませんわ」
「おいおい、随分と元気になったじゃねえか? いつまで仙道に甘えるつもりだ?」
「ごごっ、郷田くんったら……! 甘えてるんじゃありませんの、これは本当にまだ不思議と体を動かそうとすると頭がグラッとくるからですのよ!」
「本当かなあ、怪しいぜ」
「カズくんまで……!」
頬を紅潮させながらは上体を起こそうとしたが、めまいに襲われふらついてしまう。結局再び仙道の腕の中に逆戻りしてしまった。
「ごめんなさい、仙道くん……」
「気にしなくていいからゆっくり休みな」
仙道が返すそばで、アミが「郷田とカズも、病み上がりのをもうからかわないようにね」と二人に険しい顔で言いつける。
そんな光景を見て、の笑みはどんどん深くなっていった。
――もう二度と会えないと思った人たちと、こんなにも呆気なく再会できた。
状況は依然最悪だ。敵地の中心に無力な子供が閉じ込められ、通信手段も無い。のCCMで外部との連絡を試みたが、LBXとの通信以外の機能は全て削られていて使えたものではない。両親と会社、執事の安否も不明だ。
だというのに、胸の奥にわき上がるこの熱い思いは何だろう?
仙道も、アミも、郷田も、カズヤも、誰一人としてその瞳から希望を失っていない。
この暖かな希望に満ちた、未来を信じる眼差しが酷く懐かしく感じられた。
先ほどまで深い絶望に包まれていたのに、どうしてこんなにも心が明るく照らされるのだろう?
「、もう無理しちゃだめよ。何かあったらちゃんと私たちに言って」
「アミの言う通りだぜ。そういう時の為のトモダチだろ?」
「イノベーターが関わってるなら尚更だ。困った時はお互い様っていうじゃねえか」
友達、仲間。
彼等自身も不安で胸がいっぱいだろうに、こんなにも自分の身を案じてくれている。
そして――。
「下手な隠し事は、これっきりにするんだな。」
――大好きなひと。
の視界が歪む。堪え、抱え続けていた恐怖が涙となって溢れてくる。ずっと両親のことが心配だった。自分をきっかけに仙道たちにまで余計な火の粉が飛ぶのではないかと恐ろしかった。いつ押し潰されて無くなってもおかしくなかった心を、この“絆”が引き戻してくれた。
――こんなにも恵まれていて、良いのかしら。私。
両親を救うことも、世界を救うことも、諦めてはいない。投げ出してはいない。それでもは、涙を堪え切れなかった。両手で顔を覆いながら、嗚咽を溢しながら泣きじゃくった。そうすることで、今まで我慢していたものを一旦吐き出して、心を守ることが出来た。
そんなを、仙道は優しく支え続けてくれていた。
「もう、あんたにこんな無茶はさせやしない」
小さな声で誓いを立てる彼の姿を、アミたちは何も言わずに見つめていたのだった。
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