――ジンは、バンの自宅を訪れていた。自分を育ててくれた家族とも呼べる海道義光を、とある事情から見限った彼もまた、イノベーターとの決別を再度固く胸に誓っていた。
 バンの母・真理絵に案内され、ジンはバンの部屋へと足を踏み入れる。
 未だに悠介の死を引きずるバンは、自室からほとんど出られず、ベッドの上で蹲っていた。全てを拒絶するかのように此方へ丸めた背中を見せている。
 ジンは静かにバンへ歩み寄った。

「バン君。いつまでそうしているつもりだ?」

 怒りも悲しみもしていない、淡々としたジンの問いかけ。
 バンは小さく震えながら、ジンの質問に答えた。

「怖いんだ。戦うことが……怖いんだ! 戦いは、仲間が死んでしまうこと……。俺だって、いつか死んでしまう」

 今まで、LBXを愛する気持ちと、仲間がいる心強さで挫けることなく突き進んできた。だが、その直向きさ故に、目の前で起きた死は少年の心を大いに砕いた。
 ――目を開こうが閉じようが、悠介の最期が蘇る。焼き付いて離れない惨劇。
 判っていた筈だ。これは命懸けの戦いだと。それでも心のどこかで“死”が自分には無関係であり縁遠いものだと思い込んでいた。その甘さを、絶対的な恐怖の存在を、眼前で奪われた命が残酷に告げた。
 次に死んでしまうのは友達かも知れない。家族かも知れない。自分かも知れない。
 覚悟した“つもり”だった。実のところ、何もわかっていやしなかったのだ。
 ……ジンはバンへの説得を止めない。

「イノベーターを止めなければ、更に多くの人が犠牲に――」
「悠介さんが死んだんだぞ! お前だって見たろ!?」

 当然バンは跳ね起きて、声を荒げた。悩み、涙し、充血しきった彼の瞳を見て、ジンは僅かに顔を伏せた。だが、すぐにバンへと視線を戻し、

「僕の両親は僕の目の前で死んだ」

 唐突に、自身の過去を告げた。それも衝撃的な、悲しい過去を。
「……え?」信じられないかのような顔をするバンへ、ジンは淡々と語る。まるで当事者とは思えないほどに静かな口調だった。

「トキオブリッジ倒壊事故に巻き込まれたんだ。家族で一人、僕だけが生き残った。そんな僕を引き取って育ててくれたのが、海道義光。おじい様だった。……でもおじい様は、その事故の首謀者だった。両親の仇で、多くの人の命を奪った憎むべき相手だ」

 バンも良く知る大きな事故の名前だ。まさかそれすらイノベーターの計画の一部だったとは。そして、その事故にジンが巻き込まれていたなんて。
 絶句するバンの視線を受けながら、そっと目を閉じるジン。彼の手は震えていた。

「けれど、僕にとってはやはり、おじい様なんだ。心底憎むことは……できない」

 その複雑な胸中を想像することしか出来なかったが、家族であり同時に敵でもある海道義光を裏切ることが、ジンにどれほど辛い決断だったか。幼くして身寄りを無くし、救ってくれたはずの相手が仇。しかし、長年共に過ごして育まれた家族としての情は偽りないもの……。
 友として、バンの心は辛く揺らいだ。
 ふとジンはCCMを開いてみせた。

「見たまえ。これが今の海道義光の正体だ」

 どうやら海道義光の姿を何らかのスキャンにかけた画像らしかった。見た途端、バンは目を見張る。
 画面に映っているのは、人間では無かった。
 輪郭こそ海道義光を模っているが、スキャンによって暴かれたその中身は機械。アンドロイドだった。

「おじい様はもう、生きてはいない」

 CCMを閉じ、胸の前で握り締めるジンの静かな呟き。バンは何も言葉を掛けることが出来なかった。
 悲しみに打ちのめされても、幾度挫けようとも、それらを乗り越えたジンの瞳は燃えていた。ジンがこれほど強い意志を持てるようになったのはバンたちのお陰だ。その恩人であり好敵手であり、大切な友人が立ち止まっている姿を、ジンは黙って見ていられなかった。

「僕はイノベーターと戦う。そして、おじい様を殺した奴を見つけ出す。それが……僕がやるべきこと」

 己とバンを奮い立たせるように、ジンは強く声を張って訴える。

「バン君、戦うんだ。イノベーターと――」
「嫌だ、もう戦いたくない!」

 戦い、という言葉に頭を抱えてしまうバン。拒絶するかのように叫んでジンを遮ると、次は弱々しく震える声を漏らし始めた。

「みんな死んでしまう……。LBXに関わった人たちがみんな……!」

 バンの眼差しは、机の上のオーディーンに向けられた。尊敬する父が自分に託してくれたLBX。大好きなLBX。それが今は、どうしようもなく煩わしくて、恐ろしくてたまらなかった。
 ――こんなものがあるから、みんな……。
 ふらふらと机に向かったバンは、オーディーンを手にした。愛機と見つめ合うバンの手が、次第に大きく震え始める。

「こんなものっ!」

 オーディーンを壁に投げつけようと振り上げたバンの手を、寸でのところでジンが掴む。
 狼狽えるバンの眼差しを真っ直ぐに受けながら、ジンは怒鳴りつけた。

「君はお父さんの気持ちを無駄にする気か!」

 我に返ったバンが息を呑む。
 ――父さん。
 今もイノベーターの追跡から逃れ、たったひとりで奔走している父。
 決して諦めることなく、イノベーターの野望を阻止しようとずっと戦ってきた、尊敬する父の気持ち。
 その想いに応えるために、自分も今まで戦ってきた。
 ――それをここで、俺は投げ出すのか?
 心の中に渦巻いていた恐怖が、少しずつ薄らいでいく。くすぶる不安を、大きな情熱が包んで燃やし始める。

「LBXはみんなを笑顔にするために生まれて来た……以前君が言っていた言葉だ。今なら僕もその気持ちが判る。君はLBXを愛している!」

 バンの心が動いたのを察したかのように、ジンは手を離した。
 そして今一度彼は、共に語り掛ける。

「LBXが僕たちに、そしてこの世界にどういう意味があるのか。君はわかっているはずだ。だからお父さんは君に大切なLBXを託したんじゃないのか」

 遂にバンの瞳に、心に、希望の光が再び灯った。
 怖くないと言えば嘘になる。だが、それよりも自分にはなさなければならないことがまだある。

「……ありがとう、ジン」

 拓也から“アミたちがエターナルサイクラーの為に神谷重工本社工場・ゴライアスに侵入し、捕まった”という情報が入ったのはちょうどその時だった。
 ――バンは再び立ち上がる。仲間を救うために。

「母さん、行ってくる!」
「行ってらっしゃい、バン」

 ジンと共に、バンは母に見送られながら家を出た。
 しかし救出に向かうにも、神谷重工への侵入方法が問題だ。アミたちがどうやって内部へ侵入できたかは、拓也たちシーカーにも掴めていない。悩むバンの隣で、ジンはひとつの策を思いついた。海道義光の使いとして正面から堂々と入るのだ。幸い、屋敷にはイノベーターを抜けてからも親交の深い執事がいる。
 一か八かだ、じいやに連絡を取ろう。
 即決したジンがCCMを開くと、またもや新たなメールが送られてきた。
 見慣れない送り主の名前に一瞬戸惑ったものの、無視はできない。メールを開き、メッセージをに早速目を通す。
 そして、思わず歩みを止めた。

「どうしたんだ、ジン?」

 やや遅れて立ち止まったバンが振り返る。
 ……顔を上げたジンは、努めて冷静に答えた。

「ヤマブキさんから連絡が来た。……さんもイノベーターに捕まっているらしい」
「なんだって!?」

 捕まっていたのはアミたちだけではなかった。
 悪化したからこそジンは、現状を冷静に分析する。
 別々に情報が入ったところから察するに、アミたちとの件はそれぞれ原因や首謀者が違うと思われる。が捕まっているとシーカーで把握していたならまとめて連絡があるはずだ。
 慌ててバンは、ジンのCCMに目を通す。ヤマブキから来たというメールが、画面に開かれたままだった。

『このたびは突然のメール、失礼致します。
 先日お嬢様がイノベーターに拉致されました。
 顔の割れている私もまた、イノベーターから追われる身となっています。
 独自に調査した結果、お嬢様は現在、神谷重工の元にいることが判明致しました。ちょうどその折、シーカーからアミさんたちも神谷重工に捕らわれたと連絡を受けました。そしてジン君、きみの執事から、きみが完全に海道様から離反したこともお聞きしました。恐らく責任感の強いきみのことですから、バン君と共に救出へ向かうのではないかと思い、急いでメールを致しました。
 少しでも力添えできるよう何とか本社に潜入し、警備を緩めることが出来ないか試してみます。本来ならばきみたちを止めるべき立場にある大の大人だというのに、きみたちを頼る形になって申し訳ない。わずかでも危険だと思ったら、すぐに逃げてください。
 とある筋から入手した脱出ルートの図面を添付しておきます。どうかお気を付けて。』

 まで捕まっている……。ショックは受けたものの、しかし、バンとジンの意志は全く揺らがなかった。
 寧ろ少年たちの戦意は高まっていた。乗り越えるべきものは乗り越えた。もう、くよくよしている暇はない。
 ――みんな一緒に助け出せばいいだけだ。
 どちらからともなく顔を合わせ、頷き合った少年ふたりは、改めて走り出した。
 ヤマブキが送ってくれた脱出ルートの地図も、逆に考えれば侵入可能ルートを導き出すそれだ。
 ジンはすぐさま、自身の執事へ連絡をつける。
 離反した自分の話を聞いたくれるか心配もあったが、「私はお坊ちゃまの執事です」といつものじいやのまま穏やかに快諾してくれた。
 少年二人は正面からの侵入に成功したのち執事へ別れと感謝を告げ、早速敵の巣へと忍び込んだ。
 ルートを探る際、ヤマブキが送ってくれた図面は大いに役立った。警備員の配置や交代の時間帯など、他にも細かな情報がいくつもある。一体どうやってヤマブキはこの図面を手に入れたのだろう。
 ジンは僅かな懸念を抱いた。
 ――ヤマブキさんの指していた“とある筋”とは一体、何なのだろう。



◆◆◆



 は、年長者かつ、よりイノベーターに深く踏み込んでいた者としての責任を感じるまでに回復していた。
 何もしないよりはと部屋のモニターを弄りながら扉のロックを解除できないか試みる。自社ならともかく他人の会社では太刀打ちできないとしても、取っ掛かりぐらいにはなるかもしれない。

「せめて、何かの情報くらい掴めたらいいのだけれど……」

 ベルトコンベアの上を規則的に流れていく木の実のように小さな機械を強化ガラス越しに睨みながら、は呟く。もうひと踏ん張り、と再びキーボードを叩き始めると、様子をカズヤが覗き込んできた。

「大丈夫か? 。さっきまであんなにフラフラだったのに」
「ありがとう、カズくん。これでも、こういう機械いじりは嫌いじゃないんですの。それに大好きな仙道くんと皆に手厚く介抱していただいちゃいましたから」
「なんでぇ、俺らはオマケかよ」

 茶化すような郷田の声に、は「すみません」と苦笑した。一人きりでは気が動転していただろうが、こうして友人に囲まれていると不思議と落ち着く。もう一つ不思議なことがあって、機械いじりが嫌いではないにしても、ここまで得意だった覚えはない。少なくともこれだけあちこち弄っておいて壊すことも警報を鳴らすことも無く済んでいるのは妙だ。普通ならば、権限のある者でなければここまで操作を許されはしないのではないか。
 これも『実験』の成果だとしたら皮肉なものだ。こうやって機械を操作している間は、希望を捨てずに動ける間は、悲しみを感じなくて済むのだから。
 ――いじられても困らないから、こうして無防備に晒している可能性もありますしね。

ってパソコンとか得意なのか?」
「カズたちは知らねぇだろうが、俺と仙道がアキハバラキングダムに向けて特訓してた時なんか大したもんだったぜ。のヤツ、バトル動画を編集したり、シミュレーションデータとか持ってきてよぉ……。なあ、仙道」

 話を振られ、仙道は肩を竦める。

「単細胞なお嬢様が舞い上がって手元狂っちまったらどうするんだい」

 皮肉めいた口調はいつも通りだが、郷田の意見を否定するつもりは無いようだ。そのことに内心舞い上がりかけたへ、アミがまるで察したかのようにこそりと呟く。

「センサーから電撃が出たりなんてしたら大変よ?」
「私、そこまでドジキャラに見えてましたのね……」
「だって、ってドジじゃない。さっきの神谷コウスケとの戦いのは、なんていうかじゃなかったわ」
「あれは……私自身、自分が自分じゃない感覚でしたわ。気持ち悪くなって立てなくなるし、もう今後はあんなのこりごりです。ズルして強くなろうとしちゃいけないっていう神様のお達しなんですわ、きっと」

 コウスケはに潜在する能力と評していたが、肝心のはあの能力を快く思っていないことがひしひしと伝わってきた。茶化しながら語れるほどに受け止めてはいるが、受け入れるまでには至らない……といったふうだ。
 アミは何となく気まずくなって、そうだわ、と話題を変える。

「私たち、に何度も連絡したのよ? 返事ができなかったのも、やっぱりイノベーターに捕まってたから? 私たちに気を遣ってたの?」
「ええっと……」

 しかしそんなアミの思いやりが、の苦笑を生む。
 暫くどう弁解するか悩んだ令嬢は、素直に事情を伝えると決めた。

「……アキハバラキングダムが終わって仙道くんと別れてから、CCMは自分で壊したんです」
「えっ!?」
「アミちゃんたちの情報が私のCCMから漏れてはいけないと思ったのも事実なんですけれど、一番は……その……」

 キーボードを叩く手を止め、は申し訳なさそうにアミたちを見る。

「あのCCMには思い出がいっぱい詰まっていたから……そのまま持っていたら決心が揺らぐと思って」

 お返事出来なくてごめんなさい。
 そう言って頭を下げたを見て、カズヤと郷田は呆然としている。仙道は何か言いたげな目を向けるだけで何もしない。そして、アミは――、

のバカ!」
「いだっ!?」

 友の脳天目掛けて拳骨を振り下ろしていた。大した衝撃ではないものの痛みは確実にあり、拳骨を受けたの悲鳴がそれを証明している。
 頭をさすりながら眉尻を下げるへ、アミは怒鳴った。

「友達なのよ? 仲間なのよ? 確かにの立場や会社は私たちと違うかもしれないけれど、だからって黙って勝手に決別されちゃ困るわ!」
「け、決別というか、あれは……」
「どう聞いても見ても私たちと二度と会わないつもりの行動じゃない!! ……またやったら、ゲンコツじゃ済まないんだから」

 彼女の瞳が揺らいでいるのに気付いて、は息を呑む。向けられる怒りが幸せだった。「ごめんなさい、もうしません」もらい泣きしそうになるのを堪えて、は再び操作盤へ向かいあう。
 相も変わらずガラスの壁の向こうで“ドングリ”とやらの生産は続いており、捕らわれの身という現実も変わらないが、それでも一行の選択肢に『諦める』なんてしょぼくれたものは存在していなかった。
 ささやかな少女たちの喧嘩を眺めていた仙道は、静かに考える。
 ――全部消したってことは、写真もメールも何もかも、だよな。
 ――つまりまたいちいち何かするたびに「写真を撮り直したい」とか言われるかもしれねぇってことか。
 いやまさか、と仙道がかぶりを振った時、少女たちの会話が耳に入る。

、ここから出たら新しいCCMとLBXが必要ね」
「ええ。また仙道くんフォルダを一から作り直しですわ」

 場違いな懸念は、これまた場違いなほど穏やかな会話によって確定事項となったのだった。

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