光を返した刃が、一筋のきらめきとなってエッグベアに襲いかかる。ユーリの振るった剣の鋭い一閃に、遂に魔物は動きを止めた。

「グァァァアァ!」

 一際大きな断末魔を上げた後、どさりと重たい音を立てながら、エッグベアは地へと伏した。
 仕留めた、な。
 剣を振り血を払い、ユーリはひっそりと息を吐いた。
 此処はクオイの森。呪いの森と噂されるこの森に、ユーリたちはいた。木々がひしめき合うように茂り、濃い影を落とす様は、噂に違わぬ雰囲気が十分である。しかしその分、僅かな枝葉の隙間から差す光は美しく思えた。結界に守られた帝都に居座ってばかりでは、決して味わえなかっただろう景色だ。
 エッグベアが死んでいることを確認するように、ユーリのそばに立つ小柄な少年……カロルは声を上げた。

「あ、後は爪を取るだけだね」
「だな。カロル、後は頼んだ。オレわかんないし」
「えっ!」

 カロルが目を丸めた。恐らく、やりたくないのだろう。先まで巨体を振るわせ自分たちに襲い掛かってきた凶暴な魔物に近付くことすら遠慮したい、と顔に書いてある。
 なにせ魔物狩りギルド〈魔狩りの剣〉にいた彼からしても、エッグベアは凶暴な部類らしい。いきなり動きやしないかと、カロルは正直気が気で無かった。
 そんなカロルの心境を察したように、桃色の髪の少女・エステルが前に出た。胸の前で握った両手は、ほんの少し震えている。
 好奇心旺盛で世間知らずな彼女と出会ったことが切っ掛けになり、ユーリは住み慣れた帝都を飛び出し、旅をすることになったのである。――エステルの目的はフレンという騎士に会うこと。ユーリの目的は、自分の住む下町の水道魔導器から魔核を盗んだ人間を捕まえ、魔核を取り返すことだ。ちなみにフレンとは、ユーリの幼なじみで親友でもある――。
 エステルは健気にエッグベアに歩み寄っていった。しかし。

「わたしにも手伝わせてくだ……うっ」

 喋りかけたエステルが急に口許を押さえた。顔色も悪い。ユーリに出会うまでずっと城で過ごしてきた彼女にとって、戦いや魔物の躯と向き合うのは、どうしても刺激が強かったのだろう。森に入った当初も倒れたくらいなのだ。……要因は他にもあるかもしれないが、そこまでは判らない。
 青ざめたエステルを気遣うように、その背に触れる手があった。エステルの隣に立つ、フードを被った少女のものである。

「無理、しないで……」
「エステルは周囲の警戒な」
「は、はい」

 申し訳なさそうに柳眉を下げるエステルに、ユーリは小さく笑ってみせる。それから、エッグベアにようやく近付いたカロルを見た。「も、もう動かないよね?」呟く少年の慎重過ぎる後ろ姿に、ユーリの中の悪戯心が刺激される。
 先とは違う笑みを浮かべるユーリ。ニッ、と意地の悪そうなそれ。不穏な空気を察したエステルが口を開くよりも一足先に、ユーリは行動してしまった。

「うわああああっ!」
「ぎゃぁあああああ~~~っ!」

 突然のユーリの叫びに、カロルは字の如く跳ね上がった。ただでさえボリュームのある髪の毛は動物のように逆立ち、体を芯からガタガタと震わせて。気の毒な程の怯えぶりだ。
 ユーリの声もなかなかだったが、驚いたカロルの絶叫は森中に響き渡る勢いであった。ばさばさと数羽の鳥が空の向こうに羽ばたいていく姿が、葉の隙間から見える。彼らも大層驚いたことだろう。
 してやったりとやはり意地悪く笑うユーリに、エステルは非難するような眼差しを向けていた。まだ調子が悪いからか、注意の言葉を出す元気はないらしい。
 ユーリは楽しそうであった。

「驚いたフリが上手いなぁ、カロル先生は」
「あ……うっ、はっはは……そ、そう……?」

 カロルは乾いた笑いを浮かべながらユーリを振り返る。縮こめた腕は、まだカタカタと震えていた。先の悪戯がよほど効いたらしい。
 そのカロルのそばに、フードの少女が無言で歩み寄っていく。何処からかナイフを取り出しながら彼女は言った。

「私が、剥ぐよ」
「えっ? い、いいの?」
「慣れっこ……なので」

 ユーリたちが手を出す間も無く、少女はエッグベアの死体に近付く。それから一度死体を見て手を合わせ、作業を始めた。
 カロルは首をかしげた。

「何で、拝んだの?」
「え……? 魔物、だって命……。その恩恵を、貰うから……」
「そうなんだ…。ボクにはまだよくわかんない感じかも……」

 拙いのは言葉だけで、確かに慣れているらしい手際のよさだ。隣に座り込んだカロルも、その作業を食い入るように見つめている。
 少女は鮮やかな手捌きであっという間にエッグベアから爪を回収すると、何故か申し訳なさそうにユーリを見つめ、エッグベアの爪を渡してきた。
 不思議に思いながらも、ユーリは爪を受け取る。

「ありがとな」
「いえ、ユーリの仕事……奪ったかもで、ごめんなさい……」
「何で謝るんだよ……」
「あ、いや……ごめん」

 実際、カロルを脅かした後は自分が爪を取ってやろうとユーリは考えていた。見透かされていたのだろうか? 妙な気分だ。
 カロルとエステルは、彼女が淡々と作業をこなすのを見て、ほっとしているようにも思えた。仕方ないだろう。カロルはエッグベアを仕留めても尚及び腰だし、エステルに至っては魔物の死骸を見つめて吐きそうになっていた。
 何より無事に目的を果たせたことに、安堵したのだろう。ユーリも似たようなものだった。

「……二人に比べてたくましいもんだな、は」
「ワンッ」

 ユーリの呆れたような呟きに、相棒犬ラピードは同調するかのように一鳴きした。
 フードの少女……は、やはり「ごめんなさい」と呟き、フードを深く被り直すと俯いてしまう。それきり口も閉ざしてしまった。
 自分が落ち込ませてしまったようで、気分が悪い。
 ラピードを見つめ、ユーリは苦笑した。

「オレ、責めたつもりねーんだけど……」
「ワン」
「女に“たくましい”は誉め言葉でもないってか」

 この気弱な少女と出会ったのは、ほんの少し前。
 大きな樹が街を守る結界魔導器として在る、花の街ハルルでのことだった――。

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