面倒な連中が出てきた。
街の出口を目指しながら、ユーリは嘆息した。
この街に入ればフレンが来るというのに、そう長居はできなくなってしまった。ここでじっとしていれば、すぐ追手に気付かれてしまうだろう。
俯くエステルと悩むユーリたちに、駆け寄る影がある。カロルだった。後ろには少し遅れての姿もある。
「そのフレンって誰?」
「エステルが片想いしてる帝国の騎士様だ」
「ち、違います!」
ユーリの軽口に、カロルは目を丸め、エステルは声を荒くした。ユーリはわざとらしく首を捻り、「あれ?」とエステルを見る。
「違うのか? ああ、もうデキてるってことか」
「もう、そんなんじゃありません」
「……まあ、何にせよ、街から離れた方がいいな」
「はい、街の皆さんに迷惑をかけたくありません」
話を逸らされた気がしながらも、エステルはユーリに同意した。
ザギと出会せば、確実に戦いになってしまうだろう。相手は何故かユーリに固執し、ユーリとの戦いを渇望しているのだ。
考え込むエステルを仰ぎながら、カロルは口を開いた。
「フレンって人の行き先がわかってるなら追いかけたら?」
その言葉に、ユーリがエステルを見る。
「確か、東に向かったって言ってたよな」
「はい」
「東……? アスピオ、ですか……?」
が恐る恐る声を漏らした。
アスピオ、という名前にユーリが反応する。アスピオはユーリの目的地なのだ。
ユーリがを見る。
「知ってるのか?」
「は、はい。学術閉鎖都市、アスピオ……。ここから東の、山の中の、洞窟の街……。ま、魔導士の街だから……」
「なら、フレンもいるかもしれません!」
エステルの顔が輝く。
これで行き先は決定した。ハルルの街を出て、東にあるアスピオを目指す。
面倒が起きる前に街を出ようと、ユーリたちが歩きだした時だった。
「待ってくだされ」
ハルルの長に呼び止められた。長はユーリたちに駆け寄ると、一礼する。
「花のお礼がしたいので、我が家へおいでください」
「お礼だなんて……」
「そんな遠慮なさらずに。私は先に家に戻っております」
戸惑うエステルが引き留めようとするのも聞かず、長は歩いていってしまう。立ち尽くすエステル。
それを見ていたカロルは、そっと口を開いた。
「どうする? お礼だって」
「このまま無視してくわけにゃいかんだろ」
返すユーリに、エステルは困ったように視線を落とす。
エステルは自分が何をしたのか判ってもいなかった。そこに「お礼をしたい」と言われても、彼女の中ではどうも折り合いがつかないのだろう。
そんな少女に、はぽつりと呟いてみせる。
「エステルが樹を癒したのは、事実かと……」
「の言う通り」
ユーリが小さく笑って頷いた。
「とりあえず行っとこうぜ。断るなら断るでさ」
渋々、といった様子ではあったがエステルは静かに頷いた。
ユーリたちが長の家に向かうと、彼はちょうど玄関の前に立っていた。「おお、よくぞ参られました」ずっと待っていてくれたらしい。
長が家の中へユーリたちを招こうとするのを、エステルが一歩進み出て、断る。
「ありがとうございます。でも、わたしたち、あまりゆっくりもできないので……」
「まだ騎士様も戻られていないのに街を離れるのですか? 何かお急ぎの用でも?」
「まあ、そんなとこだ」
ハルルの長は少し悩んでから、改まってユーリたちに向き直る。
「でしたら……わずかばかりですが、どうぞお受け取りください」
長がユーリに向かって、小さな袋を差し出した。音からして金のようだ。
ユーリはひらひらと手を振り、その袋をかわす。
「オレは何もやってないぜ」
「しかし、お連れさんにお世話になりましたので」
「じゃ、じゃあ……」
ボクが、と踏み出しかけたカロルよりも早く、強い眼差しでエステルが長を見た。
「いえ、それは受け取れません」
「あ……えっと……じゃあ、ボクもいらないかな……と」
カロルが言葉を失う姿を、とラピードは無言で見守っていた。
「しかしそれでは、気持ちの収まりがつきません」
「なら、こうしよう」
引かない長の前に、今度はユーリが歩み出た。
「今度遊びに来たら、特等席で花見させてくれ」
その提案に、エステルが満面の笑みを浮かべて頷く。楽しみです、と笑う彼女を見て、ようやく長も頷いてくれた。
特等席での花見と、腕によりをかけてもてなすことをユーリたちに約束して。
ユーリたちは長の家を後にした。ようやく街の出口である。
その時、ふとエステルが立ち止まった。そっと地面に視線を落とす。ハルルの樹から舞い落ちる花びらが、すでに地面を覆わんばかりであった。
「不謹慎かもしれませんが……わたし、旅を続けられて少しだけ嬉しいです。こんなに自由なこと今までに無かったから」
「大げさだな」
エステルの呟きにユーリは苦笑した。それから、カロルとを見る。
「で、カロルとはどうすんだ?」
「ボクは、港の街に出てトルビキア大陸に渡りたいんだけど……」
「じゃあサヨナラか。カロル、ありがとな。楽しかったぜ」
「え!?」
間髪入れぬユーリの返しに、カロルは目を剥く勢いであった。エステルが丁寧にお辞儀をして「お気をつけて」と挨拶すると、少年は慌てて言い直した。
「あ、いや、もうちょっとユーリたちについて行こうかなぁ」
「なんで?」
「やっぱ、心細いでしょ? ボクがいないとさ」
「ま、カロル先生、意外と頼りになるもんな」
慌てるカロルの、ボリュームある前髪が風にそよぐ。ユーリは苦笑すると、今度はを見た。
「はどうする?」
「……申し訳ないですが、私はここで」
「えっ!」
「どうしてです?」
何故かカロルが一番に驚いた。エステルも寂しそうに眉尻を下げる。
は視線を落とした。
「私、もう少し、此処にいます……。お礼もしきれてないですが……少し、事情のある旅を、してるもので」
「お礼なんて気にしないでください。えっと……旅、応援してます」
「強いし、一緒だったら心強かったのになぁ……」
「カロル先生、心細いのか」
「ち、違うよ!」
慌てふためくカロルとからかうユーリを他所に、はラピードを見つめていた。
何か言いたいことがあるのかも知れない。しかし口下手な彼女は何も言えず、ただただラピードを見るだけだ。ありったけの想いが込められた眼差しを、ラピードは無言で受け続ける。
不意にラピードがに歩み寄った。
「ワン」
「は、はい……?」
がゆるりと手を差し出す。震える指先に、ラピードは労るように顔を擦り寄せた。
ぴくりと肩を揺らし、が目を見開く。薄暗い中でも、彼女が赤面しているのは容易く予想がついた。
ゆっくりとラピードを撫でる。それに身を任せるラピード。ほんの何秒、それは細やかな時間だった。
またラピードが鳴く。
「ワンワンッ」
「ラピードが『お前とはまた会える気がする』ってよ」
「わ、私も……そんな気、します……」
すっかりラピードに惚れ込んでいるらしいの姿に、ユーリは微笑ましさを感じ始めていた。
しかし、そう和んでもいられない。
黒装束の男たちが近づいている。まだユーリたちに気づいてはいないようだが、危うい。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「、ありがとうございました」
「それじゃあね、」
「ワンッ!」
ひとりひとり、思い思いにへ別れを告げる。
「気をつけて、ね」
内気な少女は、ゆるゆるとユーリたちに手を振り続けていた。
――いつの間にかはフードを脱いでいた。その眼差しは暖かく、ほんの少し切ない。
短い間ではあったが、彼女は彼女なりにユーリたちを信用してくれたのだろう。戦いの最中でも脱ごうとしなかったフードを脱いだ姿を思い返し、淡い感慨に耽る。
悪い気はしなかった。
「ユーリ」
ハルルの街が大分遠ざかった頃、エステルがそっと口を開いた。
「わたし、もし今度に会えたら……ちゃんとお友達になりたいです」
恐らく、同年代の同性と話すのも初めてだったのだろう。がいる時、必死に距離を縮めようとしていた理由も“友達”になりたかったかららしい。
寂しそうなエステルの言葉に、ユーリは笑って返す。
「きっとなれるさ」
嬉しそうにエステルは頷いた。
まず目指すはアスピオ、そしてフレン。
一行は歩を進めていく。
存外、エステルの願った“今度”が近いものであることを、今の彼らが気づく筈も無かった――。
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