はハルルの街の周囲で、魔物を狩り続けていた。
街がまだ心配だというのもあった。だからと言って魔物全てを狩れる筈がない。やれる範囲で、凶暴な魔物は出来る限り排除しておこうと最初に決めていた。
何より、一人旅を続ける彼女は、今、旅の資金に困っていたのだ。
普段から出費は必要最低限に押さえているつもりだが、旅にトラブルは付き物である。薬が足りなくなったり、武器が破損したり――。何しろの武器・鎌はメジャーな物とは言えない。その分、直すにしろ新しく調達するにしろ、手間が掛かる。剣や槍を試してみたこともあったが、この三日月が彼女には一番しっくりきた。
幸い、ユーリらと協力した彼女に対するハルルの住人の印象は良かった。狩った魔物の肉や毛皮などを住人たちとやり取りするうちに、大人はもちろん、彼女の風貌に怯えていた子供たちの態度も柔らかくなった。
「あ、フードのお姉ちゃんだ!」
「おかえりなさい!」
は、迎えてくれた子供たちに微笑み返した。
おみやげ代わりに魔物の羽で拵えた、小さな飾りを子供たちに差し出す。歓声を挙げながら受け取る姿を見て、彼女の笑みは深みを増した。
こうして子供と接していると、胸の奥が切なく痛むことがあった。懐かしいのか、悲しいのか、よく判らないもの。嫌ではなかったが、何かが突っかかる……。
物思いに耽る彼女に、子供の一人が話し掛けた。
「あのね、お姉ちゃんが外に行ってる間に騎士様が来てたんだよ」
「騎士、様……?」
「うん、前に街を守ってくれた騎士様! 長となにか話してた! あとね、こんな紙貰ったの!」
恐らく騎士様とは、ユーリたちが探している例のフレンだろう。は眉尻を下げた。彼らに、アスピオに向かわず、此処で待つよう話してみれば良かったろうか。
入れ違いになった彼らを思いつつ、子供が差し出した紙を受け取る。は目を丸めた。
それは、手配書だった。インパクトは有るが歪な……平たく言うと下手くそな似顔絵だ。とりあえず長髪で、黒髪で、男性だと言うことは判る。
子供たちと別れ、手配書に目を通しながら、花舞うハルルの街をは歩く。
「捕まえたら5000ガルド、かぁ」
そして肝心の、賞金首の名前は――。
「ワンッ!」
「ひゃあっ!?」
は跳びはねた。驚きのあまり握りしめた手配書が、ぐしゃぐしゃの紙屑に姿を変える。
慌てて振り返った彼女は、目を丸めた。
視界に映ったのは、数日前にアスピオへ経った彼らと旅をしているはずの、隻眼の青い犬――ラピードであった。
真っ直ぐなラピードの碧眼に、彼女の瞳が瞬く間に潤んでいく。夢のような心地だった。「いつかまた会える気がする」……その“いつか”が、まさか本当に、こんなに早く来るなんて。
「らっ、らっ、ラピード、さっ……!」
「ワンワンッ」
先日ぶりだな。どうだ、調子は?
そう訊ねられている気がした。何度も頷きながら、はラピードに答える。ハルルの花の色が移ってしまったかのように、その顔は色付いていた。
「街の方も優しくて、治して貰った結界魔導器も、あ、安定してて、あっ、そういえば騎士様が……っわ!」
話し込む二人の横を、何かが駆け抜けていく。視線を向けた先にあったのは、少女の後ろ姿だった。ハルルの樹を目指して一直線である。跳ねた茶髪が風にそよいでいた。
見たことの無い子だ。が首を傾げる。
そこに、今度は一人の青年が近づいてきた。長い黒髪を揺らし、剣をぶら下げ、「おっ」と気の抜けた声を出して。ラピードが青年を見て一鳴きする。
はまた目を丸めた。
「ユーリ!」
「久しぶりだな、。まだハルルにいたのか」
「う、うん。……そうだ、ユーリたちの探してる騎士様……」
「ああ、さっき長から聞いたよ」
ユーリは面倒くさそうに話す。
ハルルの長が騎士から受け取った手紙を、先程街にやって来たユーリたちに渡してくれたそうだ。
なるほど、とは頷く。そんな彼女が握り締めている紙に、ユーリは目を止めた。
「それ、手配書か?」
「う? ああ、はい……」
くしゃくしゃの手配書を広げて、はユーリに見せた。
「旅の資金稼ぎに……探そうかと」
「へえ、そっか」
「ちょっと人相書き汚くて、頼れないけど」
「だな。こりゃひでーもんだ」
何故かユーリはラピードを見た。見合う二人が、小さく笑っているような気がした。
が口を挟む前に、ユーリは「頑張れよ」と手を振り、ハルルの樹の方へ歩いていってしまった。
取り残されたはラピードを見た。ラピードは勿論何も答えない。諦めて彼女は、手配書をポーチへとしまう。
はラピードと共にささやかな散歩を楽しむことにした。端から見れば、犬に話しかける不思議な少女だったろうが、ラピードはしっかりと話を聞いている。も、言葉を伴わずとも彼の意思が伝わるような気がしていた。
「そうだ。エステルとカロルも一緒、ですよね」
「ワンッ」
「ちょっと顔、見たいな……」
の呟きにラピードが無言で応じる。の顔を見てから、彼は先導するように歩きだした。頼もしいその背を見つめながら、は続く。
街の入口まで行くと、エステルとカロルの姿があった。
だが、様子が可笑しい。
二人を……いや、エステルを、三人の騎士が取り囲んでいた。必死に何か話しているようだが、内容までは知れない。しかし、エステルが困っているように見えた。それだけで十分だった。反射的には、エステルたちに駆け寄っていく。
それに気付いたカロルが、こちらを見て目を見開いた。
「!」
「ど、どうしたの?」
「それが……ってユーリ、リタも!」
カロルの声に振り返ると、いつの間にかユーリがいた。そばには、見慣れない茶髪の少女もいる。先程ハルルの樹に駆けていった少女だ。どうやらリタと言うらしい。
リタもリタで、見慣れないに視線を向ける。そして、フードの中の顔を覗いて……目を見開いた。に近付き、声を上げる。それと同時に、ユーリを目に留めた騎士も叫んだ。
「あんた、まさかその目!」
「ここで会ったが百年目、ユーリ・ローウェルっ!」
「それ、魔導器じゃないの!?」
「そこになお~れぇ~っ!」
「ごっちゃごちゃで聞こえねーんだけど」
ユーリは怠そうに頭を掻くと、盛大に溜め息を吐いた。騒ぎ立てる騎士へ、エステルが必死に訴える。
「ユーリは悪くありません、わたしが連れ出すように頼んだのです!」
「おのれユーリ! エステリーゼ様を脅迫しているのだな!」
「だから違います、これはわたしの意志です!」
しかし、エステルの訴えに騎士はやはり頷きはしなかった。
まったく事情は判らない。しかしエステルの辛そうな表情に、はいてもたってもいられなくなった。
優しいあの少女が「嫌だ」と否定的な感情を露にしているのに、それを訊かずに大人たちは彼女を連れ去ろうとしている――そんな風にしか見えなかった。
ふわりと、の周りに術式が浮かぶ。「閉ざせ、詠み声――」静かな彼女の詠唱に、ラピードは耳を立てた。
「どうか我々と――!?」
騎士の声が途切れる。彼自身が言葉を切ったわけではない。急に声が出なくなったのだ。
表すならば――「何者かに声を奪われた」、といったところだろうか。騎士は腕を振り、喉を押さえ、理解しがたい状況に戸惑っているようだった。両脇の部下らしき騎士たちも混乱しているようだった。
エステルを始め、一同が目を丸める。
「な、何です……?」
「騒がしいから、黙らせました……」
「がやったの!?」
声を塞ぐ魔術など初めて見た。驚くカロルに、は小さく頷いた。
「長くはもたないかもだけど……」
「~~っぶはー! 何だ今のは! 誰だ、誰の仕業だ! お前か!」
「ご、ごめんなさい! えっと……」
謝ろうにも名前が判らない。どもるへ、ラピードが吠えた。
「ワンッ!」
「あっ、はい、ごめんなさい、ルブランさん!」
「えっラピードと会話した!?」
「ワンワンッ!」
「え、両脇がデコさんボコさん?」
「アデコールであ~る!」
「ボッコスなのだ!」
「やっぱりラピードと会話した!? えっ? 何で!?」
何処かずれたとラピードのやり取りに、カロルがわたわたと慌てふためく。
そうこうしているうちにルブランたちはすっかり臨戦態勢へ入ってしまっていた。
「こうなったら致し方ない! どうせ罪人も捕らえるのだから!」
「えっ罪人?」
がぎょっとした。罪人という言葉の響きが重くのし掛かる。騎士相手に術を使ったのはまずかったろうか? 罪状は何だろう、エステルを連れていくことが仕事のようだったし、じゃあ公務執行妨害だろうか……。
固まる彼女の肩を、ユーリがぽんと叩く。
「5000ガルドの手配書あったろ」
「え? うん」
爽やかな笑みを浮かべながら、ユーリは言った。
「あれ、オレ」
一拍の間。
ユーリを見る。手配書を取り出し、もう一度目を通す。
人相書きのそばに書かれた名前は、ユーリ・ローウェル。今、の肩を叩き、微笑んだ男の名前も――ユーリ・ローウェル。
不細工な人相書きと、目の前の男を見比べる。彼は男前なのではないかと、今更ながらには感じた。女性に間違われても仕方ないくらいに整った顔立ちに思える。
それにしても、人相書きと似ていない。というか、罪人だったなんて。
は絶句した。
「あんまり見つめられると照れるな」
からかうようなユーリの言葉に、彼女は照れる余裕もなく項垂れた。
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