次から次へと舞い込む厄介事に、ユーリは内心ぐったりしていた。「何かついてるんじゃない?」カロルの呟きにも、苦笑いするしかなかった。
ルブランたちに賞金首だと追われ、辿り着いたエフミドの丘では騎士たちと揉め、挙げ句にはハルルの街を襲った魔物と戦い……内容の濃い一日だ。
だからだろうか。その分、今、視界を埋め尽くす蒼の美しさが引き立っているように思えた。
「ユーリ、海ですよ、海」
「わかってるって」
果ての見えない青色。陽光を受けて煌めく水面。
初めて見る、海。
魔物行き交う獣道を抜けたさきで見えたその美しさは、正しく絶景だった。
「風が気持ちいいな」
「わたし、本物の海をこんな間近で見るのは初めてです!」
エステルほど素直に騒ぐことは決してないが、ユーリもユーリで感慨に耽っていた。
丘に入った途端に一悶着を起こしてくれたリタも、流石に大人しく海に見入っているようだ。
――一悶着とは、エフミドの丘の結界魔導器に関してである。騎士いわく謎の“竜使い”が現れ結界を破壊していったらしい。魔導器を愛するリタには許しがたい所業だった上、魔導器に施されていた術式も彼女には「魔導器が可哀想よ!」と怒りを押さえられないものだったらしい――。
「普通、結界の外を旅したりしませんもんね……」
「ワンッ」
「あ、はい。私は旅で……何度か……。あっ、あれは……墓標?」
「ワンワンッ」
「そうですね、ちょっと手を合わせて……」
呟いたに、ラピードが吠える。どうやら二人の間で話が広がり始めたようだ。ラピードと対するとき、は、いささか饒舌な気がする。
ユーリはそっとしておくことにした。そしてもう一度、崖の先に広がる大海を見る。
――これが、あいつの……フレンの見てる世界か。
ユーリは思った。
かつて誓った夢のために、今も彼は任務の為に進んでいるんだろう。
自分は――どうだ。
帝国の姿に嫌気が差し、騎士団を抜けた自分は。想いばかりが先走って、何か出来ただろうか? あわよくばこの旅の先で、何かが掴めたりしないか。
少なくともこの旅は、今のユーリにとって“魔核ドロボウを捕まえる”以上の意味を持ったものになりつつあった。
「追いついて来いなんて、簡単に言ってくれるぜ」
ハルルで受け取った手紙を思い返し、ユーリはひっそりと呟いた。
◆◆◆
「ちょっと良い?」
再び踏みいった獣道を抜け、ようやく一段落という時だった。
キャンプの準備を始めるカロルを横目に、リタが切り出した。その視線は、……正しくは彼女の右目に向けられている。
「あんた、その目は何なのよ。ここまで聞きそびれちゃってたけどいい加減限界だわ。それ、魔導器でしょ」
「えっ、と……これは……」
は目に見えて動揺していた。
リタのことは、道すがらユーリたちから聞いている。アスピオで出会った天才魔導士で、ユーリに魔核ドロボウと間違われたり、共同戦線を張ったり、エステルの友達になり、それから――魔導器を愛しているといっても過言ではないほど、魔導器に魅了された人物であると。
いずれ自分の右目に触れられるのではないかと、自身も覚悟してはいた。しかし、人付き合いを不得手とする彼女には、対する方法が判らなかったのである。
「こ、これは……」
「ちょっと見せてみなさいよ」
リタは、有無を言わせぬ調子でに近寄っていく。のフードを掴み脱がせると、無遠慮にその右目を観察し始めた。あまりに急なリタの行動に、はすっかり硬直してしまっていた。
それを見ていたエステルが、心配そうに口を開く。
「リタ、落ち着いて下さい。がびっくりしちゃってます」
「あたしの方がびっくりよ、人体に魔導器ぶちこむなんて。……何かしらこの術式……くっ、妙な暗号式なんかで隠して……」
エステルの注意虚しく、リタはすっかり魔導器の分析に夢中であった。
キャンプの準備を終えたカロルも、たちに近付いてくる。
「だ、大丈夫? 」
「あ、ああ……うん」
「リタの魔導器好きも困ったもんだな」
ユーリの呟きに、カロルとエステルが力なく頷いた。
は大人しくリタに身を任せているようだった。戸惑いながらも抵抗する気はないらしい。
それを見守るエステルが、に尋ねる。
「あの、……。私もちょっと良いです?」
「うん?」
「その目、その傷……何時から?」
エステルは何故か泣きそうであった。は瞬きする。
無垢な彼女のことだ、見たままに「痛そう」とでも思っているのだろうか。
は答えた。
「よく判らない、けど……3年ほど前にはもう……」
「よく判らない?」
「覚えて、ないの」
エステルが目を丸める。リタに右目を調べられながら、は続けた。
「記憶、なくて」
「えっ! それって……」
「記憶喪失、か」
ユーリの呟きに、は頷く。
「気づいたら、こうで、覚えてたのは、名前と……戦い方くらいで……」
「それからずっと、旅してたんです?」
「記憶……探しながら」
「そうだったんだ、……。すごいね」
呆けたように呟くカロル。は「すごくないよ」と小さな声で返す。
記憶を失い、戦うことだけは覚えていた。何があったのだろう。何処かのギルドにいたとか、雇われたとか、可能性は幾らでもある。女性の傭兵だって少なからずいるのだ。記憶を失ったのは右目が関係しているのかも知れない。傷跡は、もっと古いもののようにも感じられる。ただ確実なのは――。
「こんな魔導器の使い方、あり得ないわよ」
リタの一言に尽きる。
分析し終わったのか、リタはから離れた。不安そうな顔で、は彼女に尋ねる。
「あの、どうだった? この目……」
「武醒魔導器の一種ってとこかしら。右目と入れ換えられた魔導器が、視神経と繋がって、目としての役割をしっかりこなしてるわ。確かに武醒魔導器には身体能力を向上させる術式が施されてるものだけど、身体器官をそっくりそのまま補うなんてびっくりよ。まあ、この辺りは当人が一番判ってるでしょうけど」
「うん……」
リタはの目に再び視線を向けた。何処と無く案じるような、鋭さを引っ込めた眼差しだった。
「ただ、その魔導器を作った奴はよっぽどそれの存在を隠したかったんでしょうね。術式が複雑に暗号化されてて、手がつけらんない。すんごい馬鹿にされてる気分だわ……」
よく判らねえけど、と前置きしてから、ユーリがぼやく。
「隠したかったなら、人につけたりしなきゃ良いのにな」
「全くよ。こんなに高性能な魔導器が作れるなら、もっと他の活かし方だって思いついたでしょうに。位置が位置なだけに、下手に魔導器使いすぎたら、直で脳にダメージが行くわよ。それこそ記憶が飛んじゃうとかね」
脳にダメージ、という発言でカロルがさあっと青ざめていく。「怖いこと言うね……リタ」それに対してリタは「何であんたがびびってんのよ」と、冷静だった。
「まあ、よっぽどのことしなきゃそうはならないわよ。出力制御術式がついてる。最低限の対策はしてあるみたい」
「よ、良かったね。」
はカロルよりずっと緊張感の無い顔で、「うん」と頷いていた。危機感は無いらしい。
そうこうしているうちに、ユーリが一行の食事の用意を始めていた。
「話はまた今度にして、後は食って休もうぜ」
ユーリの言葉に、カロルとエステルが頷く。
山を越えた一行の疲労はかなりのものだった。体力のあるユーリですら溜息を溢すほどだ、体力の少ないエステルたちはすっかりへとへとであった。
リタはまだ調べ足りなそうにを見ていたが、エステルに諭され、ひとまず諦める。
「、今度またじっくり調べさせなさいよ」
もしかしたらエステルだけじゃない、、あんたも――。
含みあるリタの声にも、はやはり静かに頷いて返すだけだった。
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