とある道中の、ひとときの休息でのこと――。
 カロルはじっとを見つめていた。声を掛けずにただじっと。は小刀の手入れをしていた。無言で作業を進め、手入れを終えると一息つく。そしてようやく、カロルの視線に気付いた。

「ど、どうかしたの?」

 の問いかけに、「うん……」カロルはおそるおそる口を開いた。

「もしかして、も何処かのギルドにいたんじゃないかなって……考えてたんだ」
「ギル、ド?」

 が首をかしげる。話を聞いてもらえそうだと感じたカロルは、彼女に少しだけ近付くと、改めて話し始めた。

「うん。は戦い慣れてるみたいだし、何処かの傭兵ギルドにいたとか。で、仕事の途中で何かトラブルにあって記憶喪失になっちゃったんじゃないかな」
「そうなのかな……」
「少なくとも一人旅しちゃってる時点で帝都にいた気はしないし……有力なのはギルドかなって思うんだ」

 は不思議そうにカロルを見続けていた。あまりにも見つめられるものだから、カロルは言葉に詰まってしまう。

「ど、どうかした?」

 不安がるカロルの問いに、はぽつりと返す。

「わざわざ……考えてくれてたの?」
「え……?」
「何処の誰か、判らない私の、記憶のこと……」

 急にの表情が曇った。思い出したようにフードを被り、魔導器の右目を隠すように俯く。
 カロルは幼心に察した。
 ――は、怖いのかな?
 記憶を失ったことのないカロルには、の気持ちが掴めない。しかし、と接して判ったことは、幾つもあった。
 喋らないし、何か暗いし、鎌はすごいし、最初は死神か何かかと思った。いざ戦いになると慣れてるらしい立ち回りと攻撃で別人のように活発で。なんと言うか――怖かった。
 でも――ハルルの街で、は、エステルの為に動いた。騎士団に反抗したのは良くないことかもしれない。けれど、は、エステルを助けようとしてくれたんだと思う。やり方はともかく。
 此所までの道中での戦いでだってそうだ。は戦いに慣れていないエステルやリタの側について、まるで庇ってるみたいに……。
 カロルは口を開いた。

「ぼ、ボクね。のこと、そんなに怖くないよ」
「え……?」
「最初はびっくりしたけど、、いい人だし……だから、大丈夫だよ!」

 言い切った。カロルはひっそりと胸を撫で下ろす。
 は顔を上げると、カロルを見つめた。右目の魔導器は、絶えず緩やかな光を放っている。

「……ありがとうね」

 フード越しでもしっかりと判る。
 は笑ってくれていた。


◆◆◆


 先に休んだカロルとリタを見守りながら、ユーリたちは焚火を囲んでいた。既に日は落ち、火の明かりだけが彼らの周りをぼんやり照らしている。
 火を見つめるにふと視線を向けたエステルが、不意に顔を歪める。

、怪我してます!」
「え……?」

 のコートの裾から、白い包帯がちらりと顔を覗かせている。若干赤いものが滲むそれに、言われてからユーリも気付いた。いつの間に負った怪我だろう? 伏せて目を閉じていたラピードも顔を上げる。
 当然のように治癒術を施そうと近付くエステルに、は慌てて手を突き出して制止した。

「ま、待ってエステル、治さないで」
「何でです?」
「なんでもすぐ治せば良いって訳じゃないから」

 滑らかに紡がれたの言葉に、エステルが目を見開いた。

「ど、どういうことです?」

 傷を負った者がいれば癒す。それはエステルの中で、まるで呼吸のように当然のことだった。世間知らずで真っ直ぐすぎて、持って生まれた優しさのまま、彼女はそうしてきた。だから、の言葉は彼女に大きな混乱をもたらした。
 戸惑いに顔を歪めるエステル。対するも、困っているらしかった。

「ええと……エステルの術は凄いけど……使いすぎるとすぐ疲れちゃうから、こういう自然治癒でなんとかなるものでなく……もっと、急を要する時に使うよう……に……」
「友達が怪我してるんです。急を要する時です」

 しっかりとしたエステルの切り返しに、は言葉を詰まらせる。ユーリには彼女の目が潤んでいるように思えた。しかしもなかなか譲らない。

「あの、わ、私、自分の怪我はある程度自分で治せるし……大丈夫だから……」
も治癒術使えるんです?」
「いや、そこまで大したものでは……とにかく大丈夫だからエステルは休んで……」
の怪我が心配で寝るどころじゃありません! せめて包帯を換えさせてください」
「う、うん……ありがと」

 結局エステルが勝ったようだ。大人しくエステルに腕を差し出し、は彼女に傷を任せた。ほどかれた包帯の下からは、真っ赤な切傷が現れた。しかし傷口はだいたい塞がり、包帯の状況ほど酷くはない。
 エステルは胸を撫で下ろす。

「良かったです……」
「ありがと、エステル」
「まだ包帯換え終わってないですよ?」

 首をかしげるエステルに、は「うん、それだけでなくてね」恥ずかしそうに目を細める。

「友達、って。ありがとう」

 エステルの目が輝く。
 穏やかに笑いあう乙女たちのやり取りに、何も言わず見守るユーリもひっそりと破顔した。


◆◆◆


 ユーリは考えていた。
 ハルルを抜けてから、流れでも同行する形になってしまった。
 は戦力として申し分ないメンバーである。あの大鎌を棒切れか何かのように軽々振り回し、魔物に臆することなく飛び込んでいく。カロルが転ければ支えに入り、リタやエステルが詠唱を始めれば彼女らの補助に回り敵を牽制した。ユーリやラピードでは手の足りなかった場所を、彼女は意識して補っているようだった。
 自身も術を扱った。刃が通らなければ術で討つ。術が駄目ならば刃――。器用なものだ。
 確かに彼女は、結界の外に慣れていた。

、あんまり無茶すんなよ」
「ユーリこそ」

 あまりに素早い切り返しに、ユーリは一瞬呆気にとられた。フードの下で紫水晶が真っ直ぐに彼を捉えている。

「これでも、旅慣れしてる。ユーリより先輩です」
「とは言ってもな。世話される側ってのはくすぐってぇし」
「えっと……」

 は俯いた。

「記憶を無くしてから、同じ人たちといるなんて、無かったので……私、不思議なんです」
「そっか」
「だから……嬉しい……のです」

 内心ユーリは驚いた。まだ長く付き合った訳ではないが、気の弱いがしっかり感情を口にしたことが珍しかった。
 そよぐ風にフードをさらわれまいと押さえながら、は続ける。

「ない記憶の手掛かりもない……けど、ユーリたちに会って……私、初めて何か、掴めそうな気がしました」
「記憶の手掛かりがか?」
「そんな感じ、です」

 二人はどちらからともなく正面を見た。ラピードに見守られながら、リタとカロルが何やら話をしている。エステルは困ったように二人の間に立ち、呼び掛けているようだった。
 まだテントの魔物忌避剤の効果があるのか、周囲に敵の気配はない。

「このままで良いのか?」

 このまま旅についてきて良いのか。の目的や意志に反してはいないか。
 そんな想いを込め、ユーリは問い掛ける。
 は頷いた。

「あてが無いし、希望のありそうなものを追いかけようかと」
「なるほどな」
「カロルの話したようにギルドにいたかもだし、リタは魔導士を当たったらどうかとも助言してくれました」

 カロルはともかく、リタがにアドバイスしていたとは初耳だった。リタはアドバイスしたつもりは無いかもしれないがはそう受け取ったのだろう。
 は続ける。

「私には、全てが手掛かり。だから、一緒に行かせて下さい、ユーリ」

 ユーリは笑った。

「歓迎するぜ。寝ずの番をしてくれる奴が増えると有り難いしな。オレとラピードだけじゃ辛かったところだ」
「だろうと思った」

 が笑い返した丁度その頃、子供たちの口論は、天才魔導士の圧勝で幕を閉じたようだ。項垂れるカロルの隣で、リタがこちらを見ている。

「あんたら、ぼさっとしてると置いてくわよ」
「ユーリとは待ってくれてたんじゃあ……?」
「いい加減街に行きたいわ」

 エステルの呟きはあっさり流されていた。
 仕方なさそうに苦笑するユーリ。それから、いつもの調子で彼は口を開いた。

「いやぁ、が存外おしゃべりで楽しかったんだよ」
「そうなんです?」
「ユーリ、話しやすいの。ラピードさんみたいで」
「犬と同等ですってよ」
「そういうことなのかなぁ……?」

 一行はまた、歩き出す。
 続く蒼天の先を目指しながら。
 旧友の待つ港街、カプワ・ノールまであともう少しである。
 しかし――その蒼が次第に灰色へ姿を変えていることに、ユーリたちがまだ気付く筈もなかった――。

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