とりあえず先に宿屋を確保しよう。
 そう思ったは、ティグルたちを見送った後、カロルらに告げて一足先に宿屋に向かった。
 そして宿屋に入るなり、ぎょっとした。
 騎士がいる。猫っぽいつり目の女性だった。青を基調とした隊服を纏い、凛とした雰囲気と鋭さを感じるほど真っ直ぐな表情は、近寄りがたいほどである。のイメージする騎士に近い姿だった。
 隣には大きな杖を背負った、小柄な少年がいる。着ている衣服はアスピオの魔導士が着るそれだった。リタと言い、少年と言い、最近は若い魔導士が多いのだろうか?
 以前ハルルで騎士にちょっかいを掛けてしまったことが――隊服が違うから別の隊だろうが――の中で小さな不安になっていた。旅仲間には指名手配者もいる、どうしたものか悩み、は立ち尽くしていた。
 その背後で、扉が開く。反射的に脇に避け振り返ると、よく知る花色の少女の姿があった。

「エステル?」
「あっ、!」

 エステルは騎士の男に手を引かれていた。金髪碧眼、整った顔立ちは美男子と言って良いだろう。しかしそんな事は問題ではなかった。
 まさかあの時のように、エステルを無理矢理連れていこうと言う騎士なのだろうか? フードの下でが目を細めるのを見て、エステルは慌てて口を開いた。

、この人がフレンです!」
「フレン……さん? エステルの、探してた?」
「はい、そうです」

 は一気に警戒を解いた。「良かったね」笑うに、エステルも笑い返す。
 置いてけぼりを食った騎士――フレンは、不思議そうにエステルとを見ていた。

「エステリーゼ様、彼女は?」
「旅の途中で知り合ったお友達です。あの、ちゃんと話しますから……」
「そうですか。……ソディア、ウィチル」

 何やら急いているようだった。フレンが呼び掛けると、騎士の女性ソディアと、ウィチルというらしい魔導士が続いていった。エステルたち四人は、宿屋の一室に入っていく。どうやら長い話になりそうだ。
 もう部屋をとるどころじゃない気がする……。
 は宿屋を出ていった。


◆◆◆


 久々にひとりで歩く野原は、妙に寂しい。フード越しに伝わる雨音に、は静かに耳を澄ませた。
 最初は、記憶の手掛かりを探そうと街を回った。しかしああも人気が無くては手掛かりどころではない。一応見て回ったものの自分の脳裏に何かが過るわけでもなく、仕方ないので記憶のことは一旦諦めた。
 しかし誰にも言わず街を出てきたのは、まずかったろうか? 街から南の方にある森へと踏み込みながら、小さく後悔する。
 だがは、考えなしに街を出た訳では無かった。

「可笑しいなぁ、こっちにいたはず……」

 は、リブガロを探していた。カロルやエステルに知られようものなら「ひとりでなんて危ない」と怒られそうだ。しかしは、然程危機感を抱いていなかった。油断している訳ではない、長旅で慣れているのである。
 旅先で聞いた記憶がある。黄金の魔物、リブガロ。今しがたこの森に黄金の影が入るのを見た彼女は、そのリブガロのツノを獲ようと考えていた。
 もし手に入れば、あの夫婦と囚われているであろう子供を助けられるかもしれない。魔物と戦うだけで誰かを助けられるならば、易いものだ。自分にも出来るだろう――と。
 いらぬ戦闘を避け、ひっそりと森中を探していく。
 ざわり。
 茂みが鳴るのを感じ、は動きを止めた。近い距離だった。しかし……気配がない。殺意もなく、洞察もなく、ただ、何かがいる。それだけだった。が、魔物ではないことは悟れた。それらとは違う、知性ある行動には感じ取った。
 ざわり。
 近寄る音に、は意を決して振り返った。
 ――時が、止まる。

「此処で何をしている」

 低く、静かな声。決して大きくはないのに、咎めるようなその声は、確かにの耳に届いた。
 美しい男だった。男はゆるく癖のついた長い銀髪を靡かせ、黒衣を纏っていた。旅の夜、月を見上げた時に似た感情をは覚えた。冷たくて美しい、銀の月。肌の下を流れる血潮をそのまま映したような紅い瞳は、じっとを見据えていた。
 が固まっていると、男はこちらに歩み寄ってきた。

「ひとりで何をしている。加護を蔑ろにするつもりか」
「え?」

 は混乱した。男は怒っているらしい、ということは判る。しかしは理由を掴みあぐねていた。森を一人で歩くなというのなら、男に言えた義理はないはずだ。
 男は、ふと瞬きした。何かを探るような眼差しを向けられ、は無言で耐える。不思議と見つめられるのは苦にならない。それどころか、懐かしさに似た感情がの胸にはあった。
 暫くの後、「……そうか、無くしたのか」呟きながら男は目を細めた。
 唐突に彼は踵を返した。そして背中越しに、に告げる。

「仲間のもとに戻れ」

 男は、が一人ではないことを見抜いていた。


◆◆◆


 ――は申し訳なく思いつつ、リブガロを捜索していた。
 急だったせいもあり聞きそびれたが、彼は何か知っているようだった。記憶の手掛かりになったかもしれないと思うと惜しいことをした。
 しかしすぐに不安や悩みは消え去った。忠告を無視した甲斐があった。リブガロを見つけたのである。
 街中の人間に追い回されたのであろうリブガロは、たくさんの怪我を負っていた。黄金の毛並みに滲む血は、の戦意を削いでいく。
 それでも尚、リブガロは今にも襲い掛からんとこちらを睨んでいる。その姿に、怪我を押して歩いていたティグルを思い起こした。
 今更、魔物を狩ることに抵抗は無い。何せ相手は満身創痍だ、容易く狩れるだろう。しかし――。

「つ、ツノさえ貰えれば良いんだけれど……」

 気が付くとは、リブガロに話しかけていた。一歩、また一歩と歩み寄りながら。
 リブガロはを狙ったまま警戒を解かない。
 それでもは、リブガロに近付く。
 刹那、リブガロは大きく嘶いた。を踏み潰そうと、前足を高く上げ、身体を反らす。
 食らう……! が息を呑んだ時だった。

「蒼破ッ!」

 の真横を風の衝撃が抜けていった。それはリブガロに直撃し、横倒しにする。はっとしたが振り返ると、よく知る顔ぶれがこちらに駆け寄ってくるところであった。

、大丈夫です!?」
「何でひとりで街出ちゃったのさ!」

 エステルとカロルの叫びに、は項垂れる。そんなの体をぺたぺた触りながら、エステルは彼女の無事を再確認して胸を撫で下ろした。
 何も言ってこないが文句を含んでいそうなリタと、鋭いラピードの視線を受け、はようやく「ごめん」と呟く。リブガロを攻撃し、を助けてくれたユーリはというと……

「怪我がねえなら何より。……けど何で、ひとりでリブガロ追っかけてたんだ?」

 先の紅い眼差しを思い出させるような、咎める風の声音だった。は素直に事情を説明する。浅はかながら真っ直ぐな彼女の考えに、ユーリは溜め息を吐く。

「エステルとはまた違った困ったさんだったな……」
「機動力ある分、質悪いわよ」
「かもな」

 リタの横槍が的確過ぎては何も言えなかった。
 そんなの背後でリブガロが気を取り戻す。しかし既に戦意は無かった。四肢を投げ出し、何処か諦めたような瞳は、雨空よりも暗く重たい。ユーリは剣を仕舞うと、リブガロに近付き、屈み込んだ。
 黄金のツノを掴み、力を込める。
 ぱきり。
 思ったより、軽い音だった。

「ユーリ?」
「高価なのはツノだろ? 金の亡者どもにゃこれで十分だ」
「あんたが魔物に情けなんてかなり意外なんだけど」

 リタの言葉に頷きかけ、しかし、はユーリの真意を察した。何も言わずにリブガロを見る。「起きるよ!」焦るカロルの声を合図に、黄金の魔物は体を起こした。
 魔物はユーリたちを一瞥すると、静かに踵を返した。雨降る森の奥へ、軽やかに駆けて行く。
 何故リブガロは襲ってこなかったのか。不思議がるカロルに、エステルは笑った。
「きっとわたしたちの意図を判ってくれたんですよ」と。

 街へ戻ろうと言うとき、はひっそりと森を振り返った。リブガロの姿はとうにない。もちろん、あの男の姿も――。
 諦めてフードを被り直し、は仲間の背を追い掛ける。
 ――加護。
 男の言葉は、落ち着きを取り戻した彼女の中で小さな波紋を広げていた。

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