「ラピードも怒ってるぞ」
ユーリに告げられ、は青ざめた。
ひとりで街の外に出るという軽率さ、何処かずれたの危機管理能力を、ラピードは彼女を睨むという形で咎める。
お前はとんだ大馬鹿者だ。驕るな。少しは考えろ。
ラピードの目から伝わるたくさんの意を汲み取り、は「ごめんなさい」と頭を下げた。
は己の短慮さを恥じた。独りが長かったせいか、他者に心配されるという状況を全く予測できなかった。しかし落ち込みながらも、妙なこそばゆさがある。ひとりではないからこその状況。意思のやりとり。
――嬉しいの、かな?
「不謹慎だ……」
再び彼女は自己嫌悪に陥った。
ユーリらも、港街に圧政を敷く執政官・ラゴウの屋敷に行くため、リブガロのツノを求めやって来ていたそうだった。ラゴウの屋敷にある魔導器を何とかしなければ海を渡ることもできないらしい。一連の説明をカロルから受け、把握はした。――しかし。
は項垂れた。
自分がツノを探していたのは、ラゴウとかいう人の為じゃないのに。けれど元凶を断たねば、あの夫婦のような人間は増えるかもしれないし、あれもこれもと欲張ることが出来ないのも判っている。しかし、心から納得するほど単純でもなかった。
――見過ごすしかないの?
雨音は絶えない。
町に戻るとの不安は的中してしまった。
武器を握り締めたティグルが歩いている。泣きながら止める妻の手を、振りきりながら。
彼らに近付こうとするの前に、ラピードは制止するように出てきた。
「ラピードさ――」
「そんな物騒なもん持って、何処に行こうってんだ」
を遮り、ユーリは冷たくティグルに言い放った。対するティグルの態度も、当然冷ややかなものとなる。
「好奇心で首を突っ込まれても迷惑だ」
吐き捨てて歩き出そうとする彼の足元に、ユーリは何かを放り投げた。黄金に輝くそれ――先ほど手に入れた、リブガロの角である。
ティグルが、ユーリの行動を見ていたラピード以外の仲間たちが、目を丸めた。
「こ、これは……!?」
「あんたの活躍の場奪って悪かったな。それは、お詫びだ」
踵を返しながらユーリは言った。呆然とするティグル、そしてケラス。二人は角を大事そうに拾い上げると、戸惑いながらも礼を述べていた。彼にもその声は届いているだろうが気に留めるふうもない。
そっけなく歩くユーリを見て、エステルはほっとしたように笑った。
最初からこうするつもりだったんですね、と。
も言葉にはしなかったが、エステルと全く同じ心境であった。
あくまで「思いつき」だと言い張る青年の後ろ姿は微笑ましくて、頼もしくも思えた。
リブガロのツノを失い、ラゴウの屋敷に入る方法の絶えた一行は、宿屋にいるであろうフレンたちの元に向かった。
しかし、フレンの様子は芳しくなかった。
取り寄せた調査書を手に彼らがラゴウの屋敷を訪ねたところ、あっさり拒否されてしまったのだと言う。
下手に踏み込めば、ラゴウの所属する評議会は、騎士団を陥れるための失態を演出せんと利用するだろう。
「中で騒ぎでも起きれば、騎士団の有事特権が優先され、突入できるんですけどね」
ウィチルが呟くのを聞いて、ユーリは静かに頷いた。
「なるほど、屋敷に泥棒でも入って、ぼや騒ぎでも起きればいいんだな」
「ユーリ……しつこいようだけど」
「無茶するな、だろ?」
案じるような旧友の眼差しに、ユーリは軽い調子で返す。ほんの少しの間、彼らの視線が通った。
諦めたような、仕方ないというような、そんなフレンの表情。彼はソディアとウィチルに向き直った。
どうやら屋敷に入る算段が――というにはあまりにも荒いが――整ったらしい。
◆◆◆
屋敷に忍び込む為に様子を窺う仲間たちの話に耳を傾けながら、は静かにフードを脱いだ。この薄暗い街では、フードの影が思った以上に視界を遮るのだ。魔導器の義眼と傷がさらけ出されるのは気が引けたが、致し方ない。自分だけ顔を隠しているのも、妙な後ろめたさがあった。
「へ、変じゃないですかね」
「ワン!」
「よ、良かった……」
ラピードに確認を取り、はほっと胸を撫で下ろす。
頑なにフードを被り続けていた彼女がそれを脱いだのを、周りにいたユーリらが気付かない筈もない。しかし彼らは何も言わず、ほんのり表情を和らげただけ。それからすぐに、屋敷へと視線を戻していた。
「で、どうやって入るの?」
「裏口はどうです?」
リタの言葉に、エステルがそう返した時だった。
「残念。外壁に囲まれてて、あそこを通らにゃ入れんのよね」
知らぬ男の声。はっとして振り返ったエステルたちのすぐ背後に、男が立っていた。やはり見知らぬ、どうにもうさんくさい男だ。叫びかけるエステルに近付いてきた男は「しーっ」と人差し指を立てる。
「こんなところで叫んだら見つかっちゃうよ、お嬢さん」
「……えっと、失礼ですが、どちら様です?」
おそるおそるエステルが訊ねる。男はにこやかに笑うと、ユーリを見やりながら口を開いた。
「なぁに、そっちのかっこいい兄ちゃんとちょっとした仲なのよ。な?」
「いや、違うから、ほっとけ」
即座にユーリは否定した。うさんくさい男は大袈裟に嘆いてみせる。
「ひどいじゃないの。お城の牢屋で仲良くしたじゃない、ユーリ・ローウェル君よぉ」
名乗った覚えの無いユーリが首を傾げる。男は手配書をちらつかせて笑っていた。ユーリはすっかり“有名人”らしい。賞金も以前の倍、1万ガルドに上がっていた。
「で、おじさんの名前は?」
カロルが促すと、男は小さく悩んだ。そして「とりあえずレイヴンで」やはりうさんくさい調子で答えた。
とりあえずって何だ。が心中で呟くなか、同じようにリタも呆れ気味にぼやいていた。
うさんくさい男・レイヴンは一行をぐるりと見渡した。流れで、とも目が合う。ははっとした。
「そっちのお嬢さん……」
呟くレイヴンの視線は、間違いなく右目の魔導器に注がれている。目を見開き、信じられない、と言った様子で。
は慌てた。慣れた仲間からならまだしも、いきなり現れた不審者に義眼を晒すのは勇気がいる。
それに気付いたリタが、鋭い目付きでレイヴンを見た。
「見せもんじゃないわよ、おっさん」
「え? いやぁ、だってね、そのお嬢さんのいくら着込んでも隠し切れない魅惑の曲線が俺様の目を拐ってくんだもの……」
あからさまにはぐらかすような口調と、ずれた彼の視線が何を辿っているのかに気付き、は真っ赤になった。そそくさとレイヴンから更に距離をとり、恥ずかしそうにラピードのほうへと身を寄せる。の中では、ラピードの傍が一番安全な場所らしい。
一連の流れにユーリは嘆息した。
「セクハラなら他所で頼む。じゃあな、レイヴンさん」
「セクハラとは失礼な!」
「セクハラ以外に言い様無いだろ」
「綺麗な女の子に対する賛美よ賛美! ……ってそうじゃなくてね、おたくら屋敷に入りたいんでしょ?」
「だから尚更構ってる余裕ねーんだって」
「まあまあ、おっさんに任せといて」
ユーリたちが止める間もなく、レイヴンは門へと向かっていく。仕方なしにユーリたちはその様子を見守っていた。
何やら門番と話すレイヴン。何故かこちらに駆けてくる門番の二人。
向こう側で振り返ったレイヴンは、ユーリたちに右手を突き出し……ぐっと親指を立てた。
「あいつ……バカにして!」
屋敷へ入っていくレイヴンに、リタが恨めしそうに叫ぶ。
「あたしは誰かに利用されるのが大っ嫌いなのよ!」
怒号とともに彼女によって繰り出された魔術の火球が、門番を吹っ飛ばした。
結果として見張りを欠いた屋敷へ潜入することは容易くなった。しかし、リタの怒りはしばやく止みそうには無かった……。
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