一行はラゴウ邸地下にいた。
 その異常さは、一歩踏み込んだだけで悟れるほどであった。
 鼻を突く異臭。うろつく魔物。転がる白骨――。ここで何が起きているのか、勘が良ければすぐに気付いてしまう。魔物と人間を共に置いて、食わせたのだろう、と。
 その憶測は、さほど間を置かぬうちに確信へと変わる。
 両親が税金を払えず、此処に連れてこられたという少年ポリーの存在。そして……

「はて、これはどうしたことか。おいしい餌が増えていますね」

 行き着いた先に現れた、初老の男の言葉によって。
 その部屋には巨大な鉄格子が張られていた。その格子を挟み、男とユーリたちは対峙していた。

「あんたがラゴウさん? 随分と胸糞悪い趣味をお持ちじゃねぇか」
「これは私のような高雅な者にしか理解できない楽しみなのですよ」

 ユーリの皮肉にさして気分を害する風もなくラゴウは言ってのける。
 評議院にいることは、ラゴウにとっては退屈さを紛らわすための資金稼ぎでしかないらしい。そして得た資金は、こうして惨い行いに注がれているのだ……。
 くつくつと笑いながら顎に手を当てる様は、怒りを越えたどす黒い感情をこちらに抱かせた。
 人間を魔物の餌にして、それを悪びれることもない。
 流石にも黙っていられずに口を開いた。

「高雅? 下種の間違いじゃないんですか」
「私のように選ばれた人間にのみ許された特権ですからね。あなたのような平民にこの楽しみは判ら――」
「あなたみたいなケダモノに成り下がるのが偉くなるってことなら、私は生まれ変わっても平民で結構です」
「ふん、好きなだけ吠えるが良い。……さて、リブガロを連れ帰ってくるとしますか」

 ラゴウは笑いながら踵を返した。面白い見世物になりそうだと優越感に浸りきり、すっかり油断しているラゴウに、ユーリは吐き捨てるように言った。

「リブガロなら探しても無駄だぜ。オレらがやっちまったから」
「……なんですって?」

 厳密に言えばリブガロ自体は生きている。しかしラゴウに懇切丁寧に話す必要はまったく無かった。頼りない明かりで辛うじて照らされている部屋の中でも判るほど、ラゴウの顔は明らかに悔しさで歪んでいた。

「……まあ、良いでしょう。金さえ積めばすぐ手に入ります」

「飼ってるなら鈴でもつけとけ」と皮肉るユーリに、ラゴウは負け惜しみのように吐き捨てる。
 そのラゴウに、今度はエステルが怒りを押さえられなくなった。

「ラゴウ! それでもあなたは帝国に仕える人間ですか!」

 鉄格子を鷲掴み、揺さぶらんばかりに力を込めながらラゴウに向かって彼女は叫ぶ。そんなエステルを見て、ラゴウが一瞬目を丸めた。エステルの剣幕というよりは、“エステル自身”に驚いているような顔で――。
 その一瞬のうちに、ユーリは剣を抜いた。素早く剣を振り上げ、衝撃波を打ち出す技――蒼破刃を繰り出し、鉄格子ごとラゴウを吹き飛ばす。愚かな執政官は無様に尻餅をつき、一変し、大慌てで叫び始めた。

「誰か! この者たちを捕らえなさい!」

 ラゴウはおぼつかない足取りで立ち上がると、逃げ出した。傭兵でも呼びに行ったのだろう。
 あの叫びで、屋敷への侵入は完全に気付かれた。こうなったら早く、フレンたち騎士団が突入できる“有事”を起こし、ここに有るであろう天候を操る魔導器の存在を確かめなくてはならない。
 ユーリたちは先を急ぐことにした。


◆◆◆


「いーい眺めなのじゃ~」

 進むごとに部屋の明かりが少しずつ強いものになっていく。
 そして今、ユーリたちの目の前に、妙な物体が映っていた。正しく言えば物体とは子供だった。もっと言えば、何故か布団でぐるぐるに巻かれた子供が、天井から吊り下げられていた。
 金髪碧眼の可愛らしい女の子だ。緊張感の無い、妙に肝の据わった様子である。
 皆が唖然とするなか、ユーリだけは少女に歩み寄っていった。

「そこで何してんだ?」
「見ての通り高みの見物なのじゃ」

 年のわりに喋りが古めかしい少女だ。

「あの……捕まってるんだと思うんですけど……」
「そんなことはないぞ」

 エステルの呟きを否定すると、少女はもぞもぞと動いた。しかしす巻きのまま揺れるだけで、抜け出せる様子はちっともない。その間もユーリを見つめていた少女は、「お?」何か思い出したように目を丸めた。

「おまえ知ってるのじゃ。えーと名前は……」
「オレはユーリだ」
「うちはパティなのじゃ」
「パティか。さっき屋敷の前で会ったよな」

 詳しい事情やいきさつには触れることなく、ユーリは淡々と話す。
 少女は振り子のように揺れながら嬉々として答えた。

「おお、うちの手のぬくもりを忘れられなくて追いかけてきたんじゃな」

 ユーリは何も言わず呆れたように首を振ると、パティを吊るす縄を解いてやった。
 パティは一回転して布団から抜け出すと、お手本のような着地を披露してみせた。海賊に似た服装の彼女が下げる双眼鏡は、武醒魔導器だ。幼い少女が持っているにしては珍しい。
 そんなパティに、一番歳が近いであろうカロルが声を掛ける。

「ね、こんなところで何してたの?」
「お宝を探してたのじゃ。うちは冒険家じゃからの」

 小さな少女は胸を張り、どんと答えた。呆気に取られた一行の中は、静寂が広がる。

「と、ともかく女の子ひとりでこんなところウロウロするのは危ないです」
「そうだね、ボクたちと一緒に行こう」
「うちはまだ宝も何も見つけてないのじゃ」

 エステルとカロルの言葉に渋るパティ。見かねたユーリが口を開いた。

「人のこと言えた義理じゃねぇがお前、やってること冒険家っていうより泥棒だぞ」
「冒険家というのは、常に探求心を持ち、未知に分け入る精神を持つ者のことなのじゃ。だから泥棒に見えても、これは泥棒じゃないのじゃ」

 パティもユーリたちも、お互い不法侵入なのは明らかだった。しかしパティは泥棒呼ばわりが納得いかないらしい。パティの言い分を聞き終えた――というよりは流し聞いていた――ユーリは改めてパティに問う。

「まだ宝探しするってんなら止めないけどな」
「……たぶんこのお屋敷にはお宝は無いのじゃ」

 どうやらパティは一緒に来ることにしたようだった。
 奥へと進み、襲い掛かってきた傭兵を打ちのめしたのち、一行の話題はパティの求める宝のことになった。

「危険を冒してでも手に入れる価値のあるお宝。うちが探すのはアイフリードの隠したお宝なのじゃ」

 アイフリード。その名前にいち早く反応したのはカロルだった。続いてエステルも、口許を手で押さえながら息を呑む。そんなふたりの反応に、ユーリが首を傾げた。

「有名人なのか?」
「知らないの!? 海を荒らし回った大悪党だよ」

 カロルの言葉を継ぐように、エステルが説明を始めた。本を読み漁って知識を身につけたという彼女は、時折こうして説明役を買って出ることがある。

「アイフリード……海精の牙という名の海賊ギルドを率いた首領。移民船を襲い、数百人という民間人を殺害した海賊として騎士団に追われている。消息は不明だが、既に死んでいるのではと言われている、です」
「かっこいい名前のギルドだね……」
「そんな暢気な話じゃないよ! ブラックホープ号事件って呼ばれてて、もうひどかったんだって話だよ」

 年下のカロルに咎められ落ち込むの横で、何処と無くパティも元気をなくしているようだった。「どうしました……?」尋ねるエステルに、パティは「なんでもないのじゃ」と首を振るだけだ。
 黙って聞いていたリタは、パティに率直な疑問をぶつける。

「でも、あんたそんなもん手に入れてどうすんのよ」
「決まってるのじゃ。大海賊の宝を手にして、冒険家として名を上げるのじゃ」

 パティは迷いなく答えた。その可愛らしい容姿に似合わず、まるで荒波に揉まれ育った男のようにどっしりとしていた。
 今度はユーリがパティを見る。

「危ない目に遭っても、か?」
「それが冒険家という生き方なのじゃ」
「面白いじゃねえか」

 笑うユーリに、パティは「面白いか?」と嬉しそうに聞き返す。

「どうじゃ、うちと一緒にやらんか」
「性には合いそうだけど遠慮しとくわ。そんなに暇じゃないんでね」
「ユーリは冷たいのじゃ、サメの肌より冷たいのじゃ。」
「サメの肌……?」

 パティの不思議な喩えにカロルが首をかしげる。

「でもそこが素敵なのじゃ」
「素敵か……?」

 眉をひそめるリタ。そんな周囲の反応は何のその、パティはユーリをじっと見つめ、熱い眼差しを注いでいる。それを見て、カロルははっとした。

「もしかしてパティってユーリのこと……」
「ひとめぼれなのじゃ」

 ぱっちりとウインクを決めるパティ。
 一行に、妙な沈黙が襲いかかる。

「……はやく行きませんか」
「ワン」

 とラピードの声が、静寂を破り響き渡った。

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