敵をあしらいながら進むと、開けた場所に出た。大きな広間だ。その中央には、低い唸りのような機動音を上げる巨大な魔導器があった。魔核も比例して、見たこともないほどに大きいものだ。
 はその魔導器を見上げながら、何故か胸騒ぎを覚えた。とりあえずあれが、例の天候を操る魔導器であることは間違いなさそうだった。
 一目散にリタが駆け出し、魔導器へ近付いていく。彼女は魔導器のモニターを表示すると、慣れた手つきで魔導器を調べ始めた。

「……複数の魔導器をツギハギにして組み合わせている……。この術式なら大気に干渉して天候を操れるけど、こんな無茶な使い方して……!」

 次第にリタの言葉には熱が籠っていく。

「エフミドの丘のといい、あたしよりも進んでるくせに、魔導器に愛情のカケラもない!」

 リタは怒っていた。怒りながらも彼女は魔導器を調べ続ける。表情はすっかり魔導士のそれだった。「リタ、調べるのは後に……」呼び掛けるエステルの言葉にもリタは止まらない。

「あとでフレンに魔導器まわしてもらえばいいだろ? さっさと有事を始めようぜ」

 ユーリの言葉に皆は広間に散り、早速壊してもよさそうなものを探し始めた。
 騎士団が飛び込まざるを得ない有事というのがどの程度のものか、どれほど暴れるべきか。は考えてからはっとした。成り行きとはいえ保護した子供たちの存在を思い出す。有事を起こすにしても、子供たちに被害が及んではいけない。
 パティは何がしでかしそうなところをユーリに諌められていた。ポリーの側には、ラピードがついていた。それを確認するとは胸を撫で下ろした。
 大丈夫そうだし、私も何が壊そうかな。
 カロルは既に、近くの柱を武器で叩き始めている。広間中に響く大きな打撃音。もそれに参加しようかと考えた時――。

「あ~っ! もうっ!!」

 魔導器を調べ続けていた天才魔導士が、叫んだ。恐らく周りの騒音に集中を乱され、魔導器を調べるどころではなくなったようだ。とどのつまり、彼女はキレていた。リタは得意の魔術で火球を生み出すと、部屋じゅうにぶつけ始めた。激しい熱が広間のあちらこちらで弾け、瞬く間に燃えていく。
 そのうちのひとつがカロルの側を過ぎ去った。

「うわぁっ! いきなり何すんのさっ!」
「こんくらいしてやんないと騎士団が来にくいでしょっ!」

 叫ぶリタを、エステルは少々やりすぎではないかと不安そうに見ている。

「人の屋敷でなんたる暴挙です!」

 響いた叫び声に、ユーリたちは振り返った。ラゴウが傭兵を引き連れてやって来たのだ。傭兵の姿に、カロルは目を丸める。

「まさか、こいつらって〈紅の絆傭兵団〉!?」
「お前たち、あの者たちを捕らえなさい。ただしくれぐれもあの女を殺してはなりません!」
「あの女……? エステル?」

 呟くの思考は、襲い掛かってきた傭兵の剣撃によって中断される。はそれを身を捻ってかわすと、素早く鎌を展開し、降り下ろした。他の仲間たちも、各々傭兵を迎撃している。
 有事はこのぐらいで良さそうだ。傭兵を切り伏せ、通り道を確保するとユーリは皆に叫んだ。

「もう十分だ、退くぞ!」
「何言ってんの、まだ暴れ足りないわよ!」
「早く逃げねぇとフレンとご対面だ。そういう間抜けは勘弁だぜ」
「まさかこんな早くに来れる訳……」

 リタの魔術が扉にぶつかる。なんとそのぐ下に、フレンたちがいた。まさかの早いお出ましだ。フレンは広間の惨状に目を見開くと、唖然とするラゴウの方を向いた。

「執政官、何事かは存じませんが、事態の対処に協力致します」

 彼を見て、あからさまにラゴウが顔を歪める。その様が何となく愉快だった。笑いかけては気を取り直す。このままではフレンたちに自分達が捕まってしまう。たちは不法侵入者なのだ。
 ――刹那。薄暗い部屋に更なる影が射すのを感じた。それを辿り、壁を……窓を見上げる。
 が目を見開いた瞬間、大きな影が窓を突き破って広間に侵入してきた。
 その影は、空を飛ぶ魔物であった。青い毛に覆われているが腹の側は白い。頭には黄色い鬣が靡いている。まるで鰭のようなもので魔物は風を纏い、飛んでいた。空を飛ぶ魚がいたら、こんな姿をしているのだろうか? は呆気に取られたまま、宙に浮かぶ魔物を見つめていた。そして更に驚愕する。
 魔物の背には、人が乗っていたのだ。白い甲冑を着込み、片手には槍を携えている。

「あ、あれって、竜使い!?」

 カロルの叫びを気に留めることもなく“竜使い”は飛ぶ。
 フレンたちも、唐突な新手の出現に驚きながらも応戦した。しかし宙を自由に舞う竜使いにその攻撃は届かない。あちらも騎士団とやり合うつもりは無いようだった。竜使いはこちらには目もくれず、魔導器目掛けて飛んでいく。
 そして巨大な魔核の目前で、槍をひと薙ぎした。青く発光していたはずの魔核は容易く打ち砕かれ、破片を散らす。すると連動したように魔導器の筐体も軋み、悲鳴をあげる。程なくして節々から煙が立ち上ってきた。
 ――竜使いは、魔導器を壊したのだ。

「ちょっと! 何してくれてんのよ!」

 もちろんその行為は、魔導器を愛でるリタの逆鱗に触れた。怒りまかせに彼女は魔術を放つが、竜使いは華麗に術をかわす。
 駆け寄ろうとするフレンらの目前に、竜が炎を吐き出した。リタの魔術に劣らぬその勢いは、フレンたちの足を止め、道を塞ぐ。
 その隙に、ラゴウが身を翻していた。「船の用意を!」海へと逃げ出すつもりらしい。

「ちっ、逃がすか!」

 叫び、駆け出すユーリに、たちも続いた。


◆◆◆


 外に出ると、眩しい日差しが目を突いた。屋敷に侵入する前とは打って変わった晴天である。竜使いが魔導器を壊したお陰で、カプワ・ノールが本来の天候を取り戻したのだ。

「ったく、なんなのよ! あの魔物に乗ってんの!」

 リタは相変わらず憤慨していた。

「竜使いだよ、リタ」
「あんなのバカドラで十分よ! あたしの魔導器を壊して!」
「いつの間にリタの魔導器に……?」

 カロルの言葉も、の疑問も、リタの怒りを抑えることは出来ない。荒ぶるリタを見ながら、エステルは小首を傾げた。

「それにしても、どうして魔導器を壊したりするんでしょう?」

 確かに疑問だ。魔導器は人々に数々の恩恵をもたらす古代の遺産。特に魔核は今の技術では作り出すことが出来ず、貴重なものだ。それを破壊するには相応の理由が有りそうなものである。

「話ができる相手なら一度聞いてみたいけどな」
「あんな奴とまともな話、できる訳ないでしょ!」

 自分の発言がリタに一蹴された後、ユーリはポリーとパティを見て、口を開いた。

「お前らとはここでお別れだ」
「ラゴウってわるい人をやっつけにいくんだね」

 ポリーはすっかりユーリたちに気を許していた。魔物だらけの地下から救った時より、ずっと表情も元気そうだ。

「だいじょうぶ、ひとりで帰れるよ」
「いい子だ。……お前ももう危ないところに行ったりすんなよ」
「わかったのじゃ」

 ユーリの忠告にパティはしっかり頷く。が、恐らく判ってはいない。パティとポリーは街の方へと駆けていった。
 それを見送りながら、エステルは浮かない顔をしていた。

「わたし、まだ信じられないです。執政官があんなひどいことをしていたなんて……」
「帝国がってんなら、この旅の間にも何度か見てきたろ?」
「のんびりしてるとラゴウが船で逃げちゃうよ!」

 確かに、このままではラゴウを見失いかねない。急かすカロルに、一行は頷いて駆け出した。
 既に船は出航し始めていた。もし何もなかったならば、この澄みきった青空と優しい潮風を十分に堪能したいところだ。海を進む船の姿も絵になっている。ようやく港街らしさを味わえたが、今はそんな悠長にしていられない。
 必死に駆け寄り、船に近付く。距離を図りながら、は船から視線を逸らさずに呟いた。

「まだ、飛べば間に合いそう……」
「えっ!?」

 カロルはぎょっとした。しかし驚く暇はない。の言葉にユーリが頷いていた。

「だな、行くぞ……!」
「えっ、ちょっ待って待って!」

 ユーリは容易くカロルを抱えた。ばたつくカロルに大して困った様子もなく、彼はひときわ強く地面を蹴る。ひときわ強いカロルの悲鳴と共に。

「心の準備がぁぁ~~~!!」

 船の甲板目掛け、ユーリたちは高く飛んだ。

prev Top next