船の甲板には、沢山の積み荷があった。徐にリタはひとつの箱に近づき、蓋を開ける。
 箱に詰め込まれていたのは、魔導器の魔核だった。どれも小さいものではあるが、数が尋常ではない。苛立ちながらも、リタは魔核を確認していく。

「研究所にだって、こんなに数揃わないのに!」
「まさか魔核ドロボウと関係が?」
「かもな」

 エステルの疑問にユーリも相槌を打つ。しかしカロルは首をかしげた。手に入れた情報では魔核泥棒は“隻眼の大男”らしく、ラゴウとは一致しないらしい。それからユーリたちは話し込み始めてしまった。
 詳しいことは、事情を知らぬには判らない。しかしそれよりも気にするべきことが彼女にはあった。
 船に飛び移った時から感じる、ただならぬ気配。これは何なのか……。
 瞬間、話し込む一行の周りに傭兵が現れた。あっという間にユーリたちは取り囲まれ、話は中断されてしまう。先に屋敷で会った傭兵たちに似た出で立ちの敵だ。
 確信を持ったカロルが呟く。「こいつら、やっぱり五大ギルドのひとつ〈紅の絆傭兵団〉だ」どうやら大きいギルドの人間らしいということは判ったが、ユーリたちには関係無かった。
 ナイフを携えた動きの機敏な相手ではあったが、さして苦労することもなく迎え撃てた。傭兵たちを倒すと、ユーリたちは船室へと近づいていく。

「――どきやがれぇっ!」

 その時、男の怒鳴り声と共に船室の扉が開け放たれた。勢いでそばにいたカロルが吹っ飛ばされてしまう。
 出てきたのは体躯のがっしりとした、隻眼の男であった。男の左手にはあるはずの手がなく、棘のついた鉄球のようになっている。
 転がったカロルを見て、船室から出てきたその男はフンと鼻を鳴らした。

「ラゴウの腰抜けは、こんなガキから逃げてんのか」
「……あんたか、人使って魔核盗ませてるのは」

 ユーリは男の背後を取っていた。剣を突き付け、静かに訊ねる。男が動じる様子は全くない。幾度となくこんな状況を経験してきているのであろう。
 にぃ、と笑いながら、男はユーリを振り返った。右手にある巨大な剣が、ユーリ目掛けて降り下ろされる。断頭台の刃のように鋭く大きな塊の急襲を、ユーリは狼のごとく素早い身のこなしでかわした。
 あっという間に距離を取るユーリを見て、男は楽しそうに笑う。

「良い動きだ。その肝っ玉も良い。ワシの腕も疼くねぇ……うちのギルドに欲しいところだ」
「そりゃ光栄だね」
「だが、野心の強い目はいけねぇ。ギルドの調和を崩しやがる。惜しいな……」

 そんな男の後ろから、見覚えある姿が現れた。執政官ラゴウである。

「バルボス、さっさとこいつらを始末しなさい!」
「金の分は働いた。それにすぐ騎士が来る。追い付かれては面倒だ」

 隻眼の男――バルボスはラゴウの言葉をあっさり却下した。
 好戦的な振るまいとは裏腹に、冷静に物事を判断することができるらしい。先の口振りからしてギルドを率いているようだった。やはり上に立つものとは、それらしさがあるものなのか。
 は話の最中もバルボスを観察し続けていた。もちろん気は抜かず、武器を携えたまま。

「小僧ども、次に会えば容赦はせん」

 そう言うとバルボスは、船に積まれた小舟へ乗り込んでいった。それにラゴウはまだ何か言っていたが、諦めて自身も小舟へ移っていく。

「ザギ、後は任せますよ!」

 そう、言い捨てて。
 逃げ出したバルボスとラゴウを追う間もなく、船の奥から何かが近付いてきた。
 ――赤髪の、細身の男。

「誰を殺らせて、くれるんだ……?」

 ユーリとエステルは男を知っていた。
 フレンの命を狙っていた暗殺者・ザギだ。

「あなたはお城で……」
「どうも縁があるみたいだな」

 反射的に身構えるエステルと、大層面倒そうに呟くユーリ。しかし二人の反応に何ら興味を示す様子もなく、ザギはゆらりと歩く。その目にあるのは、正しく狂気。船に移った時に感じたのは、この男の異質さだったのか。
 ザギは呻いた。

「刃がうずくぅ……殺らせろ……」

 無造作にザギが武器を振るう。すると、その先にあった積み荷のひとつから火の手が上がった。何に引火したのか判らないが、轟音が響いて船を揺らす。

「……殺らせろぉっ!」

 再び爆発が起きた。その炎は遂にザギの狂気にまで及ぶ。赤黒い刀身の二対の短剣を手に、ザギはユーリ目掛けて襲い掛かってきた。ユーリは目前に構えた剣で、ザギの攻撃を受け止めた。峰に添えた右手が震えている。ザギはその細身に似合わず強い力を持っていた。
 血走ったザギの目に、はぞっとした。
 ――壊れてる。

「っと……お手柔らかに頼む、ぜ!」

 ユーリがザギを押し返したタイミングに合わせ、リタは魔術を放った。燃え盛る火球がザギへと迫る。しかしザギは跳び退き、容易く炎をかわす。魔術の炎は、積み荷にぶつかり更なる爆発を齎してしまった。
 火の熱に顔を歪めながら、エステルはリタを見る。

「リタ、火は駄目ですっ!」
「ったく、うっとーしい奴!」

 リタも悔しそうに叫んでいた。
 それに対して、ザギは楽しそうに甲高い笑いを上げる。

「ははは、お前らの攻撃など効かねぇ……!」
「……驕らないで」

 両手で鎌を構え、はザギへと迫った。突進の威力を乗せながら、鎌を水平に薙ぐ。しかしザギは笑いながら両手の剣でそれを容易く受け止めた。多勢に囲まれながら笑うだけの力を、この男は確かに持っている。
 このまま押し返されたら、斬られる。
 はそこで意地を張った。ザギが武器を引くより早く、刃を噛ませたままの互いの得物を軸に地を蹴った。鎌の軌道をなぞるように横回転し、体重を乗せた蹴りをザギの横腹目掛けて打ち込んだ。
 目を見開くザギと視線をかわす間もない。ザギは蹴りの勢いで吹っ飛んでいた。

「ぐはぁっ!」
「ナイス、!」

 ザギが受け身を取るか否かのタイミング、叫ぶユーリは駆け出していた。だがザギの身のこなしは予想以上に早かった。受け身を取るなり、短剣を振るいユーリを迎え撃つ。

「いいねぇ、この感覚……!」

 口許を吊り上げ、ザギは刃越しにユーリを見た。不愉快さを露にユーリは舌打ちする。ふたりの剣がぶつかり合い、火花を散らす。

「ねえ、船が持ちそうにないよ!」

 カロルが叫んだ。船を包む火の手は勢いを増していた。このままでは全員、ラゴウらの思い通りになってしまう。
 ユーリは更に勘を研ぎ澄ました。ザギの猛攻を捌きながら、一瞬を狙うために。
 ザギが次の技を繰り出そうとした時、爆発が船を揺らした。一瞬だが緩みが生じる。
 ――今だ!

「双牙掌ッ!」

 ユーリは剣を振るうと、間髪入れずに拳を振り上げた。その二撃が、ザギを退ける決定打となった。
 またもや吹き飛ばされたザギは、瓦礫と化した積み荷の奥からゆらりと立ち上がる。身体を炎に包まれながらも……やはり彼は笑っていた。

「ふふ、ふふふ……アハハハハッ! 痛ぇ、痛ぇ! 貴様、強いな! オレが退いた……! はは、覚えた覚えたぞユーリ、ユーリっ!」

 狂ったようにザギは叫ぶ。覚束ない足取りで立ちながら、ユーリを睨んだまま。

「お前を殺すぞユーリ!! 切り刻んでやる、幾重にも! 動くな、じっとしてろよ……! アハハハッ――――」

 また爆発が起きる。笑い声と共にザギは船から落ちていってしまった。爆音と水飛沫に、ユーリたちを襲う凶気は掻き消されていったのだった……。
 一方、船の揺れは激しくなっていた。先より視界が下がっていっているようにも思える。

「……沈む」
「えっ、何怖いこと言ってるの……!?」
「海へ逃げろ!」

 狼狽えるカロルたちにユーリは叫ぶ。その時、ユーリは背後の船室から気配を感じ取った。

「誰かいるんですか……?」

 同時に届いた、咳き込む声。
 エステルが止めるのも聞かずに、ユーリは船室へと飛び込んでいってしまう。
 ――そして船は、遂に沈んだ。

prev Top next