一行はトリム港から北西の廃墟――カルボクラムにいた。
あの後レイヴンから聞いた情報――怪しい集団が北西の方角へ向かったのだといい――を頼りにここまで来たのだ。ユーリの探す魔核ドロボウ、〈紅の絆傭兵団〉かどうかを確かめるために。
雨の多いトルビキア大陸特有の天候が、日を塞ぐ厚い雲を生み出し、廃墟に更なる影を落としている。
「此処がカルボクラム……」
「完璧に廃墟だな」
呆けたように呟くと、かつて街だったものを見渡すユーリ。各々が好きなように視線を巡らせていると、不意に足音が聞こえた。
「そこで止まれ! 当地区は我ら〈魔狩りの剣〉により現在、完全封鎖中にある!」
高らかに響く少女の声。ユーリたちが顔をあげると、側の苔むした高台に、子供の姿があった。カロルと年の頃は変わらなそうな女の子だ。しかし少女は自身の体より大きな、巨大な輪のようなものを携えている。それが鋭い刃を持つ武器だと認識するまでさほどかからなかった。
少女はユーリたちを見下ろすと、はたと目を止めた。
「ナン! 良かった、やっと追い付いたよ!」
ナンと呼ばれた少女が見ていたのは、カロルだった。カロルは嬉しそうに少女へ呼び掛けている。
「首領やティソンも一緒? ボクがいなくて大丈夫だった?」
「――なれなれしく話し掛けて来ないで。逃げ出したくせに」
カロルとは相反して、ナンの態度と眼差しは冷ややかであった。
「逃げ出してなんていないよ!」
「まだ言い訳するの?」
「言い訳じゃない、ちゃんとエッグベアを倒したんだよ! 本当だよ!」
エッグベア。その単語には口を開きかけた。確かにカロルはエッグベアを倒した。――ユーリたちと協力してではあるが。
しかし間髪置かずに放たれたナンの言葉が、全てを遮ってしまった。
「せっかく〈魔狩りの剣〉に誘ってあげたのに。今度は絶対に逃げないって言ったのはどこの誰よ! 昔からいっつもそう! すぐに逃げ出して、どこのギルドも追い出されて――」
「わあああああっ!」
カロルは叫んだ。ナンの言葉を掻き消そうと必死に声をあげる。そんなカロルを、エステルとユーリがじっと見つめていた。その眼差しが、カロルの頑張りは無意味であったことを告げている。
落ち込むカロルを他所に、ナンは言い放つ。
「ふん! もう、あんたクビよ!」
ナンは廃墟の奥へと歩いていってしまった。再度ユーリたちへ、この地に踏み入らぬようにと警告をして――。
◆◆◆
〈魔狩りの剣〉――。
その名の通り魔物狩りを生業とするギルドで、メンバーには魔物に恨みを持つ者も少なくはない。彼らにとって魔物は悪、討つべき悪であった。
落ち込みながらもカロルは皆にそう話してくれた。
カルボクラムの中を進んでいくと、その魔狩りの剣であろう一行がいた。彼らは魔物と対峙していた。魔物にはたちも見覚えがある、ハルルの街を襲ったガットゥーゾだ。
ひとり、それと向き合うのは、大剣を携えた大柄の男。
「あ、デイドン砦で見かけた人です」
「なるほど、あいつがカロルんとこのリーダーか」
エステルとユーリは見覚えある人物のようだった。
男は剣を掲げた。対峙する魔物に、ふと術式が現れる。と、男が振るう一太刀に、魔物は術式ごと斬り倒されてしまった。
魔術とも違う、しかし強力な攻撃だ。「とどめの一発、か……?」呟くユーリを、カロルが見上げた。
「あれはフェイタルストライクだよ。熟練した剣の使い手が使える、スゴ技なんだ」
「ふーん、どうやるんだソレ」
まるで道を尋ねるかのように軽いユーリの調子に戸惑うカロルに代わり、今度はエステルが口を開いた。
「相手に上手く攻撃を加えることで敵の体勢を崩していき、その隙に術技を打ち込んだ後、相手にとどめの一発を打ち込む戦闘技術のこと、です」
「それも本で読んだ知識?」
「え、ええ、まあ……」
リタが尋ねると、エステルは何処か戸惑いながらも頷く。
話を聞いていたもふんふんとひとり納得したように頷きながら呟いた。
「オーバーリミッツみたいに簡単じゃなさそうだね」
「、オーバーリミッツも簡単って訳じゃないんだけど……?」
「ま、言うは易いが為すは難しって感じだな」
とユーリに突っ込むことをカロルは止めた。そして、〈魔狩りの剣〉の一行が進んでいくのをずっと見つめていた。
そんなカロルに、リタが声をかけた。
「あんた、本当は戻りたいんでしょ」
「も、戻んないよ!」
カロルはあたふたと大声を上げた。「魔物狩りには飽きたからね」続けた言葉は強がりにしか聞こえなかった。
「戻らないじゃなくて戻れないんでしょ? クビって言われてたし」
「ち、違うよ。元々、出ていくつもりだったんだから」
「ふーん、そう。ま、いいんじゃない?」
俯いていたカロルが、ユーリの声に顔を上げる。
「だから、みんなと行くよ」
「じゃあ、改めて宜しくお願いします、カロル」
丁寧にエステルが頭を下げると、それが話の区切りとなった。
〈魔狩りの剣〉の動向も気にはなったが、ユーリらは〈紅の絆傭兵団〉を探し、更に奥へ進むことにした。道中、出会した魔物相手にユーリがフェイタルストライクを繰り出すなど、改めて彼の器用さと戦闘能力の高さを目の当たりにしつつ、更に更に奥へと。
ふと歩きながら、ユーリはエステルを見た。
「聞きそびれてたんだが……どうしてトリム港で帝都に引き返さなかったんだ?」
「えっ?」
答えぬエステルを見て、カロルが「そういえば」と頷く。
エステルは、フレンに会い、狙われていると伝えることが目的だったのだ。
あの時点で目的を達したエステルには、旅を続ける理由がないのである。
「それは、その……」
エステルは言い淀む。彼女を見ながら、はおそるおそる話に加わった。
「結局、フレンさんは誰に狙われていたのかな……?」
「ラゴウじゃないの?」
の疑問に答えながら、リタも加わる。「あの悪党?」首をかしげるカロル。ユーリはリタに同調するように話し始めた。
「ヨーデルはラゴウの船にいた。で、ヨーデルは皇族ってやつだ。……本当は、フレンの任務はヨーデルを探すことだったんじゃねえかなってことさ」
「同じ帝国の人同士で、よくわからないことをしてるんだね……」
ふむふむとは頷いた。それからそっとエステルを見る。話を逸らした分、彼女が答えを出せていると良いのだが。
同じようにユーリもエステルを見ていた。
「ま、それよりエステルの話だ。戻らなくて良いんだな?」
「わたし……。多分、もう少し、みんなと旅を続けたかったんだと思います……。だから……」
エステルはユーリを見返す。
「それに、魔導器の魔核、まだ取り返してませんし……」
「それはオレの目的だよな?」
「駄目でしょうか?」
柳眉を下げるエステルに、ユーリは笑った。
「じゃ、ま、ついてくると良いさ」
「ありがとうございます」
話を終えて、また一行は歩を進め始める。雨足は強くなってきているようだ。側の池の水面は、絶えず揺れ動いている。
「ん……?」
ユーリたちについて行こうとして、はふと立ち止まった。
池の水面が輝いている。魔術や魔導器を行使する際の、術式の輝きに似た光だ。そしてそこから、何かの“力”めいたものをは感じ取った。
上手くは言い表せない。懐かしいような、怖いような、何とも言えぬ波が胸に起きる。
しかしそれ以上を考えるには時間が無かった。
「ー、置いてっちゃうよー!」
カロルの呼び声がする。
先を行く仲間のあとを、は慌てて追いかけた。
僅かながら蘇った記憶は、の心に不思議な活力を齎していた。とても気持ちの良い記憶とは言い難かったが、それでも手掛かりに変わりはない。
そして何より、このカルボクラムの地に感じだ既視感が、を駆り立てていた。
「あんた、この街知ってんの?」
感情の起伏が乏しいが活気づいているのを、もちろん仲間たちは気付いていた。
リタの唐突な問い掛けに、は少し考える。
「知ってる、のかもしれない。思い出せないけど……見覚えあるような気がして……」
「じゃあ、カルボクラムに来たことあるのかもね!」
何故か嬉しそうなカロルに、は密かに表情を和らげた。こんな小さな少年が、自分の身を案じてくれている。微笑ましさを感じながらも、逆に“護ってあげなければ”という妙な使命感が湧く。
「記憶の手掛かりになると良いですね、」
「ありがとう、エステル」
言葉を交わしつつ、一行はひとつの建物に入った。他の建物に比べ、広く、真新しい足跡があるそこ。手掛かりになればとユーリたちは部屋を探り、螺旋階段を下り下層へと歩を進めていく。
最下層へ着くと、ユーリたちに異変が起きた。
「なんだろう。さっきから気持ち悪い……」
「鈍感なあんたでも感じるの?」
「鈍感はよけい! って、リタも? ……まさか、ユーリとエステルも?」
カロルはリタ、それからユーリ、エステルへと視線を移していく。「へ、平気です」気を張るエステルにユーリは諭すように口を開いた。
「無理することもねえだろ。休憩して様子見すっぞ」
「……あの、ユーリ」
「何だ、?」
額にじんわり汗を滲ませるユーリに、はおそるおそる声をかけてきた。態度は何時ものおどおどしたものながら、彼女は調子を崩しているようには見えない。
「ここは、よくない……。周りを、見てみて」
に言われて、ユーリたちは改めて周囲を見渡した。よくよく見れば、小さな光の球がふわふわと漂っていた。が指した燐光を放つそれの正体を、リタは驚きながらも口にする。
「これ、エアルだ」
普段は見えるはずのないエアルが、可視できるほどの濃度を持って漂っているのだった。濃いエアルは時として悪影響を及ぼす。今、実際にユーリたちが体調を崩しているように。
「こりゃ、引き返すかな」
「でもまだ傭兵団がいるか確かめてませんよ」
一番調子の悪そうなエステルが、一番頑なに訴えてみせた。それをユーリは何とも言えない顔で見ている。
「ありがとうございます、。少し楽になった気がします」
「うん、無理しないでね。……みんなも」
カロルもユーリも頷く。ただリタだけは、何か言いたげにを見続けていた。
エステルの背に触れた瞬間、の手に僅かな光が灯るのに、気付いたのである。
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