最下層の魔導器と連動したドアを開くと、不思議な光景があった。
広々とした空間の中央に、刺のような筐体を持つ魔導器が浮遊している。そしてその魔導器の上には、水が巨大な球体のような形をとり、浮いていた。先に建物の外で見た光る池は、これだったようだ。
「エフミドやカプワ・ノールの子に似てる」
リタが魔導器を見上げながら呟いた。エアルが濃いのも、水が浮いているのも、あの魔導器のせいらしい。だが壊れているわけではないようだ。
魔導器が壊れたら、エアルを供給する機能も止まる――リタはそう話した。
エアルに酔いながらも、ユーリたちは広間を見渡す。すると突如、なにものかの咆哮が響いた。空気を震わすその声の正体は、魔導器の下――水面のように揺らぎ輝く結界の下にあった。床があるはずのそこには大きな空間があり、その中に、巨大な魔物が捕らえられていたのだ。
「う、うわぁ……魔物ぉ……!」
カロルがたじろぐ。魔物が再び吠える。結界術式が揺らいだようには思えた。
ユーリが眉をひそめる。
「結界が破れるぞ……!」
「大丈夫、あれは逆結界だから。魔物を閉じ込めるための強力な結界よ」
でも、と前置きしてから、リタは再度、魔導器と周囲のエアルを確認した。
「このエアルの量は異常だわ……!」
「リタっ!?」
エステルが止めるより早く、リタは魔導器へと近づいていった。「待っててね、今すぐ直してあげるから……」呟く彼女の目には、もう魔導器しか映っていない。
その時、ラピードが吠えた。リタの歩みが止まり、ユーリたちも気を張る。
「俺様たちの優しい忠告を無視したのはどこのどいつだぁ?」
ユーリたちのいる場所とは反対側、結界を挟んだ向こうの床。そこに〈魔狩りの剣〉の一行が立っていた。その内のひとり、目元を隠すように黒い頭巾を被った男が、笑いながら喋っている。
「なんだぁ? エアルに酔ってるのか、そっちはかなり濃いようだねぇ」
「丁度良い。そのまま大人しくしていろ。こちらの用事は、このケダモノだけだ」
頭巾の男の横に立つ、大剣を携えた男――先に魔物を一撃で葬っていた男だ――は言いながら結界を指した。
「大口叩いたからにはペットは最後まで面倒見ろよ。途中で捨てられたら迷惑だ」
ユーリは顔を歪めながらも、相変わらずの皮肉で返していた。
〈魔狩りの剣〉の話しぶりからして、この結界を解いて魔物と戦うつもりらしい。戦いに巻き込まれる前に逃げるべきだろう、しかし……。
は皆を見渡した。エアルに酔い、立つのがやっとそうな仲間たち。
――あの魔導器を何とか出来たら。
方法は“何でも”良い。魔導器が機能を停止すればエアルは薄れるはずだ。
が決意し、ひっそりと武器に手を添えた、その時。
魔導器の上の水面から、結界の魔物とは別の咆哮が響いた。水を突き破りながら、咆哮は近づいてくる。
現れたのは、カプワ・ノールでも相対した竜使いであった。
緩やかに竜が踵を返し、魔導器へと近付く。あっという間に竜使いの槍が閃き、魔導器の魔核は大きく傷付いた。魔核の光が失われていくのと同時に、結界も力を無くし、消えていく。
そして魔物が、解放されてしまった。
「結界が破れたよ!」
「魔導器が壊れたんだから当然でしょ!」
カロルとリタの叫びが耳をつく。
魔導器が壊れたお陰か、エアルの濃度は格段に下がっていた。疲労はあれど、皆、先よりは動けそうだ。
一方〈魔狩りの剣〉の面々は、魔物との戦いを始めていた。不思議なことにその戦いへ竜使いが割って入っていく。には、竜使いが魔物を庇っているように見えた。
「面白いじゃねえか!」
頭巾の男は嬉々として竜使いに挑みかかっていく。その側にはカロルにクビを通達した少女ナンの姿もある。壁を蹴り跳躍する男が、竜使いに取り付く。仕留めるかと思いきや、しかし竜使いが竜ごと回転し、あっさりと男を振り払う。
その間も巨大な魔物は動いていた。魔物の動作ひとつひとつが地を揺るがし、割ってしまうほどの衝撃を持つ。魔狩りの剣の攻撃にびくともしない碧の巨体は、見た目以上の硬度を備えていた。
ユーリは笑った。どうしようもない、という風な、枯れた声で。
「やべ……足震えてら」
「こんな魔物、初めてです……」
エステルは胸を押さえながら、魔物を見上げていた。後ろで腰を抜かしているカロルは、涙を堪えるのが精一杯の様子である。
ユーリは剣を振り、鞘から抜いた。
「結局ペットの面倒見んのは、保護者に回ってくるのな」
魔物はユーリたちの眼差しに、攻撃の意志ありと見て、前足を持ち上げた。巨大な鎚のように、それは地を叩きつける。半円の広間は芯から揺らぎ、そこに立つユーリたちの足を縺れさせた。エアル酔いで体力を失ったこともあり、ユーリたちは圧倒的に不利であった。
牽制と、あわよくば反撃となれとユーリは魔物に向かって剣を打ち込んだ。しかし、字のごとく歯が立たない。刃は耳障りな金属音を立て、固い鱗の表皮に跳ね返される。
「くそっ、手が……」
「ワンワンッ!」
ラピードの声に、ユーリは目を見開いた。
反射的に身を屈めるのと同時に、真上を何かが過ぎ去っていく。向こうにあったはずの柱が一本、砕けて瓦礫と化していた。先に轟音伴う風と共に抜けていったのは、魔物の尾であった。当たっていたら、ユーリがあの柱のように砕けていただろう。治癒術も意味を為さない致命傷だ。
弾かれた時の痺れがまだ残る利き手で、ユーリは改めて剣を握る。鋭い眼差しを魔物に向け続ける相棒犬の頼もしさに、内心勇気付けられていた。
魔物の起こす地震から体勢を立て直したは、武器を手に彼らに駆け寄る。
「勝ち目、無いね」
「判ってることいちいち言うなよ」
「ごめん」
二人は力なく笑った。
不意にユーリの体が光に包まれる。浮かんでいるのは、治癒術式だ。手の痛みと痺れが抜けていくのをユーリは感じた。そして、振り返りながら口を開く。
「サンキュな、エステル」
「はい」
健気に武器を構え、エステルは小さく笑って見せた。その後ろから、頭を押さえ、不機嫌露にリタも歩んでくる。
「バカドラだけでも頭カンカンだってのに……ったくもう!」
「とりあえず逃げる隙を確保しなきゃ……だね」
「その前にせめてあのデカブツに一撃かましてやるわよ!」
リタが魔術を唱え始めるのを見て、もそっと精神を集中した。
「揺らめく焔、猛追!」
「降り注げ、害の雨」
詠唱はリタが早かった。しかし術の出はの方が僅かに早い。――それで良かった。
「アシッドレイン!」
「ファイアボール!」
の術による酸の雨が魔物の鱗を僅かに削いだ。そこにリタの火球が突撃する。魔物の動きが鈍った。
しかし二人の術は、隔たれたこの空間では勢いが有りすぎたらしい。火の熱が雨を煽って熱波を産み、雨は広間のあちこちを弱らせた。
その時、魔物が尾を薙いだ。脆い壁はひと打ちで容易く砕け、ぽっかりと穴が開く。魔物はそれ以上、こちらを攻撃しようとはしなかった。ただ何故か、エステルをわずかばかり見つめ――踵を返す。
魔物は大穴の向こうへと去っていった。
「た、助かりました……」
エステルが胸を撫で下ろす。しかしあまり落ち着いてもいられなかった。
戦いの為だろう、部屋中が軋んでいる。何処からともなく水が漏れ、限界を物語っていた。
「あれ、カロルは!?」
「その辺にいないってことは先に外に出たんだろ。、オレたちも退くぞ!」
「あたしもあのバカドラ殴りたかったのにぃぃい!」
「リタ、今はともかく脱出です!」
向かいの廊下では、〈魔狩りの剣〉たちも退却し始めている。竜使いの姿もない。
ユーリたちも、ラピードに先導されながら広間を脱出した。
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