「何かあればすぐにそう! いつも、いつもひとりで逃げ出して!」
「ち、違うよ! だからハルルの時は……」
「今はハルルのことは言ってない!」

 建物の外に出るなり聞こえたのは少女の怒声。〈魔狩りの剣〉のナンのものだった。彼女と対するのはカロル。怒られ、すっかり落ち込んでしまっている。

「あたしに説明しなくていい。する相手は別にいるでしょ? ……自分が何をしたのかちゃんと考えるのね。じゃないともう知らないから」

 きっぱり言うとナンは踵を返して行ってしまった。彼女の言葉にようやくカロルがこちらを振り返る。ユーリたちに気付き、「みんな……」しおれた声を漏らした。
 真っ先に駆け寄ったエステルが、カロルの姿を改めて確認すると胸を撫で下ろす。

「無事で良かったです」
「まったくよ。何処行ってたんだか。こっちは大変だったってのに」
「ケガも無くて何よりだ」

 リタやユーリの言葉にも、カロルは申し訳なさそうに項垂れたままだ。ユーリはふっと笑うと、カロルの頭に手を置いた。特徴的な少年の髪をわしわしと荒い手つきで撫で始めた。

「行こうぜ、カロル。もう疲れた」

 ユーリの声音は優しかった。


◆◆◆


 カルボクラムの出口に、人の気配があった。ラピードが唸りながら、その気配へと威嚇する。
 待ち受けていたのは、騎士たちだった。には見覚えない色の隊服である。隊長であろう薄紫の長髪の男が、こちらを見下しながら口を開く。

「ようやく見つけたよ、愚民ども。そこで止まりな」

 男の纏う、胸元を見せびらかすような特徴的すぎるデザインの鎧。紫と赤で彩られたそれはお世辞にも趣味が良いとは言えない。寂れたこの廃墟の街には不釣り合いな毒々しさだ。
 がひっそりと顔をしかめていると、同じぐらい不機嫌そうにユーリが口を開いた。

「キュモールじゃねえか。わざわざ海まで渡って、暇な下っ端どもだな」

 キュモールと呼ばれた騎士は、悔しそうに顔をしかめる。しかし。

「キミに下っ端呼ばわりされる筋合いはないね。……さ、姫様、こ・ち・ら・へ」

 キュモールの声と眼差しは、花色の少女――エステルに向けられていた。見るからに体を強張らせるエステルと目が合い、はひとつ瞬きをした。
 お姫様。魔導器を持っているのも、丁寧すぎる気品も、世間知らずぶりも、真っさらすぎてもどかしいのも、納得だ。
 不思議と、驚きは無かった。

「え、姫様って……誰?」
「姫様は姫様だろ、そこの目の前のな」
「やっぱりね、そうじゃないかと思ってた」

 ついていけずにいるカロルを他所に、ユーリとリタは落ち着き払っていた。その様に当人であるエステルが戸惑ってしまうほどだ。
 しかしエステルは、遂に覚悟したように息を呑んだ。すっとキュモールの前に歩み出、静かに口を開く。

「彼らをどうするのですか」
「決まってます。姫様誘拐の罪で八つ裂きです」

 皇族であるエステルを前にしながらも、キュモールのふてぶてしい態度に変わりはない。騎士は皇族を守るものかと思っていたが、この騎士に関しては違うらしい。
 ますますはキュモールに対して嫌悪を募らせた。御託を並べてみてはいるが、単純な話、自分は生理的にこの男が苦手なのだと気付いた。
 そして、身に覚えのない罪を着せられて八つ裂きにされるのは遠慮願いたい。
 キュモール相手に、エステルは怯むことなく反論した。

「待ってください、わたしは誘拐されたのではなくて……」
「あー、うるさい姫様だね! こっちに来てくださいよっ!」

 エステルの言葉を遮り、キュモールは剣を抜き払った。それに合わせて両脇の部下も前進する。
 このままキュモールの意のままに進むのは、嫌だ。
 ――はエステルの手を引いた。

「えっ……?」

 目を丸める彼女を自分の後ろへと庇う。そして、もう片手で懐にしまってある短刀を手に取ると、一気に間を詰め、騎士たちの得物目掛けて振り払った。
 本当に彼らは訓練を受けているのかが怪しいほど、騎士の剣を叩き落とすのは容易であった。からんからんと乾いた音を立てて転がる剣を、騎士たちは、キュモールは、呆然と見つめている。

「……やっちまったな」

 言葉のわりに楽しそうなユーリの声が、キュモールたちの意識を現へと引き戻した。ヒステリックな叫びを上げながら、キュモールはを睨む。

「貴様っ! よくもやってくれたね!」
「正当防衛、です」
「罪人が楯突いて、何が正当なもんか! 薄汚い、このっ、ぼろ切れ女めっ!」

 ぼろ切れ呼ばわりに傷付かなかった訳ではないが、は何も言わなかった。
 その態度がますますキュモールの勘に障ったようだった。

「ハエの分際で手間取らせて……! さっさと死んじゃえ!」

 騎士らが剣を取り直し、その切っ先をたちに向ける。はまたその剣を打ち落とそうと短剣を構え、それをエステルが止めようと口を開きかけた。
 その瞬間。

「ユーリ・ローウェルとその一味を罪人として捕縛せよ!」

 聞き覚えある壮年の男の声がした。がしゃんがしゃんと鎧やら盾やら何やら鳴らしながら、騒がしくやって来る三つの影。
 ハルルで出会った、夕焼け色の隊服の騎士たちだった。「げっ……」あからさまにキュモールは顔をしかめ、彼らを見ていた。

「貴様ら、シュヴァーン隊……! こいつらは僕の見つけた獲物だ!」
「獲物、ですか」

 食って掛かるキュモールに、シュヴァーン隊の壮年の男――ルブランが静かに返す。

「任務を狩り気分でやられては困りますな」
「ぐっ……」
「それに先ほど、死ね、と聞こえたのですが」
「そうだよ、犯罪者に死の咎を与えて何が悪い?」
「犯罪者は捕まえて法の下で裁くべきでは?」

 淡々とした、しかし“騎士らしい”信念の垣間見えるルブランの言葉に、キュモールは唇を噛んだ。

「ふん、そんな小物、お前らにくれてやるよ」

 捨て台詞を残し、キュモールは部下を引き連れ去っていった。歩きながらも彼は何か文句を言っていたが、さして興味も無かった。
 キュモールらが去ったのを確認すると、ルブランはエステルの方に向き直った。

「ささ、どうぞ姫様はこちらへ。あ、お足元にお気をつけて……」
「あの、わたし……」
「こちらへどーぞ!」

 戸惑うエステルを、盾を背負う小柄な男・ボッコスが促す。
 そしてルブランは次に、ユーリたちを見た。

「こやつらをシュヴァーン隊長の名の下に逮捕せよ!」
「ユーリ一味! おとなしくお縄を頂戴するであ~る!」

 細身の男・アデコールがルブランに続く。
 本当に捕まる――。は焦った。
 リタやカロルたちもいわれのない罪に反論の声を上げ、抵抗する。

「や、やだ、何で……! 痛い……!」
「一味って何よ! はなせ、あたしを誰だと……!」
「ボ、ボクだって何もやってないのに!」

 リタたちが縛られるのを目の当たりにし、エステルは顔を歪め、ルブランに訴えた。

「彼らに乱暴しないでください、お願いです!」
「エステル、心配しなくてもいい」

 泣きそうなエステルを宥めたのは、ユーリだった。意外にも彼は大人しく縄にかかり、傍らにいるラピードも静かに様子を見守っている。

「ユーリ……、あっ!」
「えっ?」

 エステルがはっと口元を押さえるのを見て、ユーリは目を丸めた。

「……痛い……っ!」

 エステルとユーリの視線の先にあったのはだった。縄が食い込んだのか何なのか、顔を歪め叫んでいる。それだけなら良かった。

「だから、大人しくするのであ~る!」
「だから……痛いのっ!」

 身を捩り、振り上げたの手には、まだ短剣が握られていたのだ。鞘に収まっているそれは鈍器となり、側にいたアデコールの顔面目掛けて――。

「んがっ!?」

 ――激突した。
 衝撃に頭を揺らし、アデコールが尻餅をつく。それをは見つめる。言葉もなく、真っ青な顔で。エステルも、ユーリも、カロルも、あのリタも。皆が沈黙した。

「クーン……」

 ラピードの微かな鳴き声が、カルボクラムに木霊する。呆れたような、哀れむような、人間の溜め息に等しいものが込められた一鳴き。
 焦っていたとはいえ、自分が何をしてしまったのか。
 ――うっかり騎士にまともな攻撃を加えてしまった。
 ふらふらと立ち上がるアデコールに、は消え入りそうな声で漏らした。

「……ご、ごめん……なさい」

 一行は、カルボクラムからほど近い新興都市・ヘリオードへと連行された――。

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