牢屋というのもなかなか快適だ。
膝を抱えて座り、ぼんやりと上を見る。鈍い灰色の天井は曇り空よりも重厚で、の虚ろな眼差しを一色で塞いでいた。
ヘリオードにユーリたちと共に連行されたは、彼らとは別れ、ひとり騎士団本部にいた――正しくは、その本部の設備のひとつの牢の中だが。
捕縛される際、とびきり暴れてしまった上に騎士へ怪我をさせてしまったは、立派な公務執行妨害として投獄されたのだ。
最初はへこんでいたが、牢を「快適だ」と思えるまでが立ち直ったのには訳がある。
「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます。大丈夫ですよ」
牢屋を見張っている騎士が、格子越しにに話しかけてくる。きっちり兜と鎧を纏い、槍を携え、隊服は夕焼け色――ルブランたちと同じシュヴァーン隊所属の騎士だ。
「そっか。なら良いんだ。若い女の子がひとり牢屋なんて辛いだろうなって思ってさ」
気さくに笑うその騎士は、アシェットと名乗った。の投獄を気に掛けているらしく、よく話してくれる。兜で表情は見えないが彼の人のよさは手に取るようにへ伝わってきた。
こんなに気遣われるのは、恐らく顔の傷も一因であることは複雑であったが、厚意を甘んじて受けることにした。
「公務執行妨害なんて大袈裟だよなあ。申し訳ないけど形式みたいなもんだと思ってもう少し我慢してもらえるかな……」
「慌てた私が悪いから……怪我をさせてしまったし……。大丈夫です」
「怪我ったって、聞いた話じゃ事故みたいなもんだけど。……本当にごめんな」
こうしたアシェットのお人好しかつ気遣いに励まされたは、一晩も経つとすっかり牢屋に馴染んでいた。
そして、更に幸いなことがあった。
「良かったな、無罪放免だなんて」
「はい……!」
エステルと、以前ユーリが助けた皇帝候補ヨーデルの計らいにより、ユーリたちの罪は白紙になったのである。もちろんも釈放だ。公務執行妨害以外はの身に覚えのない罪状が押し付けられ掛けていただけに、喜びも一入だ。
格子扉が開かれ、外に出る。が盛大に息を吐くと、アシェットは笑いながら彼女を見た。
「もう牢屋になんて入れられないようにな」
「はい。アシェットさん、ありがとうございます」
「俺は何もしてないよ」
アシェットに先導され騎士団本部を歩く。すると、騎士団の他に、何かの技師らしい人たちが慌ただしく駆け回っているところであった。節々と聞こえる話から推測するに、このヘリオードの結界魔導器の調子が可笑しいらしい。
魔物を退け、街を守る結界に何か起きては――結界が失われでもすれば、街が終わる。
魔導器の異常――。
は瞬きをした。魔導器と聞いては黙っていられない少女の姿が脳裏を過る。
アシェットに再度礼を述べると、は騎士団本部を後にした。
結界魔導器がある広場に向かうと、案の定であった。
魔導器は赤く輝きながら轟音を上げ、抱えきれぬエアルが周囲に立ち込めていた。素人目に見ても危険なことは一目で判る。そしてその暴走する魔導器に、ユーリの制止を振り切ったリタが近付かんとしていたのだ。
溢れるエアルの濃度は尋常ではない。住民たちは悲鳴を上げながら、騎士団に導かれ避難していく。
は魔導器に駆け寄ろうとした、しかし叶わない。
「うあっ!」
突如魔導器から閃光と共に放たれた衝撃波に吹き飛ばされ、壁に強かに背中を打ち付けてしまう。息が詰まり、一瞬視界が弾けた。
その間にリタが魔導器に近づいてしまっていた。そしてその後ろを、エステルが追い掛けていく。不思議なことにエステルの体からは光が放たれていた。まるで満月のようにまばゆい光――。
「なんだ、あれ……」
がふらつきながも立ち上がると、再び魔導器は強烈な光を走らせた。思わずは目を逸らし、きつく瞼を閉じる。体勢は何とか崩さずにいられた。次いで響いた大きな音が、鼓膜を突く。
――衝撃が止むと、はおそるおそる目を開いた。
結界魔導器の暴走は治まっていた。可視できたほどのエアルも消え、静寂が街に戻る。
しかしその魔導器から僅かに離れた場所に倒れるリタの姿があった。少女は動かない。もしもの状況にまで勝手に思考が巡り、は青ざめた。傷付いたリタに、エステルが治癒術を施している。彼女もまた、動くには辛そうな様子であった。
二人に、ユーリたちも駆け寄っていく。いつか見た騎士・フレンの姿もあった。
もようやく体の感覚を取り戻すと、仲間のもとに駆け寄った。
◆◆◆
宿屋の一室に運ばれたリタたちの回復を待ちながら、はラピードと共にロビーで話し込んでいた。
「大事なくて良かった、リタたち……」
「ワンッ」
「はい、全く同感です」
周りの客たちには、犬に語りかける少女という奇妙な光景でしかない。しかしは、ラピードとこうして語ることで、ユーリたちと離れていた間に起きた出来事や情報を知るのだ。
「あ、私少しお店覗きたいのですが良いですか?」
「ワンッ!」
鎌の手入れの為にショップへ近付くに、ラピードは当然のように同行する。
「エステル、帝都に帰っちゃうんだ……。旅、危ないものね……」
「ワフッ」
「でも、あんなにリタたちといるの、楽しそうなのに。お姫様だって普通の女の子なのに……」
他愛ない会話に滲むの情。エステルを想い、自分のことのように俯く。しかしにとって、自身の存在は蚊帳の外らしい語り口だ。
抗議のためにラピードは一鳴きしようと顔を上げた。しかし、突如響いた咆哮が、ラピードの思考をリセットさせた。
聞き覚えのある“竜”の声――。
とラピードは顔を見合わせ、駆け出した。
リタたちの休む部屋へと飛び込む。ユーリが剣を抜き、部屋の外の竜使いと対峙しているところであった。側の寝台にはリタが横たわり、そのリタはエステルに庇われ、抱かれている。
魔導器を壊す竜使いが何故こんな場所に? 街の結界魔導器に向かうのではなく、何故ただの宿屋へ? まさか目的は、魔導器だけでは無いのか?
ユーリとの攻防もそこそこに、竜使いは踵を返し、去っていってしまった。
エステルがほっと胸を撫で下ろす。
「あ、大丈夫でした? リタ、怪我に響いたりしなかったです?」
「あんたのお陰で大丈夫よ。エステリーゼ」
「ユーリも平気です?」
「どーってことなし」
「カロル、カロルも大丈夫です?」
「ぼ、ボク、さっき部屋来たばっかだし特に……」
危機が去るなり周りの安否に気を回す花色の皇女。
は毒気を抜かれたように笑って、ラピードと共にエステルたちの様子を見守っていたのだった。
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