一行はヘリオードを発ち、ダングレストを目指していた。
 は、フード越しに仲間たちを見やりつつ、状況を整理した。
〈紅の絆傭兵団〉を追う傍らで、ユーリとカロルはギルドを作る風な話をしている。リタは帝国――もとい騎士団長アレクセイの依頼で、ケーブ・モック大森林の調査に向かうことになった。
 そして、帝都に帰るはずだったエステルも、一行に加わっていた。
 リタの大森林調査への同行を申し出、半ば強引に押し通したのである。その表情は溌剌とし、彼女の旅に対する思い入れがどれ程のものかを物語っているようだ。

「良かった、ね。エステル」
「はい!」

 曖昧な、しかし情に満ちたの言葉を、エステルはその意味を十二分に理解して頷いた。
 そのやりとりに、「何が良かったね、だよ」ユーリは嘆息した。

「お陰様で俺は騎士団長様直々に、大森林調査の護衛なんぞ頼まれちまったじゃねえか」
「とか言ってユーリ、想像ついてたんじゃないの?」

 からかうカロルの額を、ユーリは軽く小突いて流した。
 少しだけ申し訳なさそうに目を伏せるエステルに、リタはフンと鼻を鳴らしながら話しかける。

「やることも無く体力持て余してるだろうし使えるだけ使えば良いのよ、エステル」
「つ、使うって……リタ……」
「気にしたってどうにもなんないんだから。……その分、突っ走る奴をフォロー出来る力がエステルにはあるんだし」

 リタなりにエステルを気遣っているらしかった。エステルは嬉しそうに笑う。頑なに今まで“エステリーゼ”と呼んでいたはずのリタが、エステル呼びに変わった上、彼女を思いやっている。ヘリオードで、エステルが身を呈してリタを庇ったことが響いたようだ。魔導器ばかりに夢中でつっけんどんだったリタに訪れた、兆し。暖かな感情。
 親のように頬を緩ませつつも、の胸にはまた別の淀みが去来する。
 ユーリらに同行するようになってから、目まぐるしい日々を過ごしている。一人旅では遭うことが無かったであろうものだらけだ。
 騎士団の追跡、執政官の悪事、魔導器壊しの竜使い、魔導器の暴走、得体の知れぬ巨大な魔物との戦い。それから――僅かながら還ってきた記憶。
 記憶については誰にも話さずにいた。そんな必要はないし、皆には関わりない、自分自身のことだ。話すべきでもないと感じていた。
 話すにしても、もう少しはっきりしてからでなくちゃ。
 次第に日が傾いてきた。フードを被ったままでは視界が悪い。はフードを脱ぐと、空を仰いだ。
 目一杯に夕焼けが飛び込んでくる。ついさっきまで真昼の気がしていたのだが。

「不思議でしょ」

 見上げているうちに、カロルが隣にいた。余程おかしな顔をしていたのか、の顔を見て笑っている。
 自慢げに、そして懐かしげに、少年は語る。

「この辺りはね、ずっと空がこの色なんだ。だからダングレストもずっと黄昏の街なんだよ」
「不思議な空……」

 は惚けたように呟く。

「でも、とっても綺麗だね」
「そうでしょ!」

 カロルは嬉しそうに頷いていた。
 ギルドの街というダングレスト。もしかしたら、また記憶の手掛かりが見つかるかもしれない。自分がギルドにいたのだとしたら、そのギルドが街にあるかも――。
 様々な期待に、はひっそり胸を高鳴らせた。


◆◆◆


 ダングレスト。
 帝都に次ぐ第二の都市。
 ギルドが統治する街。
 今まで訪れた街とは違う活気に満ちた場所であった。
 思ってたよりも悪いとこじゃねえな。ユーリは興味深げに街を見渡していた。
 バルボスに関してはユニオン――五大ギルドによって運営される、ギルドを束ねる集団組織――に行くのが早いだろう、というカロルの提案で、一行は街の北にあるユニオン本部を目指していた。
 しかしカロルが何処と無く落ち着きがなかった。は心配になって、少年を振り返った。

「カロル? そんなにユニオンって怖いところなの?」
「い、いや、そうじゃなくて」
「じゃあ、ユニオンを束ねてるドンって人が怖いの?」
「そ、そうでもなくて……」
「じゃあ――」
「そこにいるのはカロルじゃねえか?」

 再度口を開いたを、聞き知らぬ太い声が遮った。声の方を向くと、二人の男がいた。身なりからして傭兵ギルドか何かの人間だろうか。男たちは笑いながらカロルに寄ってきた。

「どの面下げてこの街に戻ってきたんだ?」
「ん? ナンの姿が見えないな。ついに見放されちゃったか!」
「ち、違う! いつもしつこいから、ボクがあいつから逃げてるの!」

 男の笑い声を掻き消すようにカロルは叫ぶ。その必死な顔を見て、ユーリは納得したように頷いていた。どうやらカロルは最初、ダングレストへ行くことを渋っていたらしい。
 男たちの矛先は、そんなユーリたちに唐突に向けられた。

「あんたら、こいつ拾った新しいギルドの人? 相手は選んだ方がいいぜ」
「自慢できるのは所属したギルドの数だけだし。あ、自慢にならねえか」

 下品に笑いたてる男たちに、ユーリはいつも通り涼しい顔だった。

「カロルの友達か? 相手は選んだ方が良いぜ」
「な、なんだと!」

 男たちが顔を歪め声を荒げる。そこに、いつになく厳しい顔つきでエステルが続いた。

「あなた方の品位を疑います」
「エステル、あんた言うわね。ま、でも同感」
「言わせておけば……!」

 リタの辛辣な追い討ちに男たちが肩を怒らせる。その様子を見ていたラピードがワフ、と意味ありげに鳴いたのを見て、は意思を汲み取ったかのように口を開いた。

「お手本のように小物っぽくて呆れちゃったんですね。私も同感です、あの人たちと同じギルドの人が可哀想……」
「てめぇ!」

 もうこれ以上及べば手が出かねない雰囲気だった。はそれでも構わなかった。仲間を馬鹿にされると腹が立つものなのだ。手が出ようとあしらう自信がにはあった。
 しかし、そんな緊迫感は突如鳴り響いた鐘によって掻き消されてしまった。次いで地震とは違う震動が地から伝わり、何か起きたのだということは判った。男たちも、こんな場合ではないとばかりに慌てて走り去る。何かを目指しているらしかった。他にも街の、戦えるらしい人間たちはどんどん走り出している。

「警鐘……。魔物が来たんだ」
「この震動、まさかその魔物の……」

 強張るカロルとエステルに、「こりゃ大群だな」とユーリは他人事のように溢す。
 空を……結界を見上げながら、は自然と鎌に手を伸ばしていた。どうやら臨戦するつもりらしい彼女に、リタが声をかけた。

「あんた、何すんの? この街だって結界があるんだし。外の魔物だってギルドの奴らが叩くでしょ」
「……もたない」
「え?」

 リタたちが街の結界を見上げる。すると、結界の輪は不意に瞬き、そして――消えてしまった。「えぇっ!?」いち早く叫んだのはカロルであった。

「一体どうなってんの! 魔物が来てんのに!」
「いく場所いく場所、厄介ごと起こりやがって……!」

 盛大に顔をしかめるユーリに、「やっぱりユーリ、何か憑いてるんだよ……!」とカロルは青い顔で叫んでいた。流石のユーリも否定できずに「かもな」小さく溢す。
 エステルが周りを見やりながら、ユーリたちに叫んだ。

「私たちも魔物を止めに行きましょう、はもう行ってしまったみたいです!」
「あいつ、こういう妙なときだけ勘良いわな」

 ユーリたちも急いで地鳴りのする方へと駆け出した。

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