仲間たちよりいち早く街に踏みいる魔物に向かったは、迎撃するギルドの人々に混じって、大鎌を振り回し魔物と相対していた。
 誰もが己を奮い立たせるように声を上げ、魔物に立ち向かう。ただならぬ熱気と覇気を生み出し、率いているのは、一人の老人――ドン・ホワイトホースであった。
 老人、という表現はあくまで白髪と顔に刻まれた皺から推測した年齢からである。それ以外はとても老人などという枠に収まるものではなかった。
 大の男三人分ほどはありそうな肩幅と比例した体躯。太刀をひとつ振るうたび、字の如く魔物を蹴散らす力量。

「これが、ドン・ホワイトホース……」

 ユニオンを束ねる元首ギルド〈天を射る矢〉の首領、ドン・ホワイトホース。その大きさと気概と強さを、身をもって彼女は実感していた。身体が震える。否、奮える。
 ドンって、とんでもない人だ。
 血の気の多いギルドたちを束ねることが出来る理由が、それに相応しい器であることが、全くギルドに詳しくはない自分でさえよく判った。

「魔物の討伐に協力させていただく!」

 ドンを中心に街中が応戦する中、ギルドの街には似つかわしくない姿が近付いてきた。帝国の甲冑を纏う騎士たちである。はその内のひとりに見覚えがあった。
 青い眼差し、黄金の髪。ユーリの友にして、かつてエステルの旅の目的であった人。フレンである。

「騎士の坊主は、そこで止まれぇ!」

 フレンの申し出に、魔物の地鳴りより強く響く声でドンは叫んだ。

「騎士に助けられたとあっては俺らの面子がたたねぇんだ。すっこんでろ!」

 「今はそれどころでは!」食い下がるフレンに、ドンは続ける。

「どいつもこいつも、てめえの意思で帝国抜け出してギルドやってんだ。今更、やべえからって帝国の力借りようなんて恥知らず、この街にはいやしねえよぉ!」
「しかし!」
「そいつがてめえで決めたルールだ。てめえで守らねえで誰が守る」

 ドンの気迫と眼差しに、遂にフレンは押し切られ口をつぐんだ。

「何があっても、信念は曲げない……それがギルド、かぁ」

 呟きながらは、義眼の奥で何かが痛むのを感じた。
 曲げられない信念。
 己の心を支える大切なもの――。
 繰り返すと、また痛んだ。
 この感覚には覚えがある。記憶を思い出した時だ。記憶を思い出せるかもしれない喜びよりも、の中で焦りが勝る。今、下手に記憶が蘇り、港の時のように倒れては話にならない。戦いは終わっていないのだ。
 感覚の名残を振り切るように、記憶を手繰るための糸を一旦手放し、は鎌を振るった。考えたのは魔物を倒すことだけ。
 そうしているうちに、街の結界が復旧していた。きっとリタたちが直してくれたのだろうとは悟った。
 押し寄せんとしていた魔物たちが不可視の壁に弾かれ、襲撃が止む。街に残る魔物の数はそう多くない。フレンたち騎士は街の外に出て、魔物の迎撃をしていた。
 一段落したのだろう。
 がほっと胸を撫で下ろした時だった。

「あれ……?」

 ふと街の入り口を見やると、ドンが数人の部下を連れて外に出ていくところだった。周りの人々の話から、ドンが魔物の群れを追ったということを知った。
 は思い返す。
 ユーリたちはユニオンに……ドン・ホワイトホースに用事があると言っていた。そのドンが街からいなくなってしまった。
 どうしたものか。
 ひとまずは、仲間との合流を目指し、歩きだしたのだった。


◆◆◆


 やはり結界を直したのはリタたちであった。結界を修復しようとした時、黒装束の男たちが妨害しようとしてきたことから、結界の消失は故意的なものだったようだ。
 は呟いた。

「黒装束……。ハルルの時のあれですか」
「ワンッ」
「怪しいですね、何がしたいんだろう」

 茂る草やツタに足がとられぬよう、しっかり踏み締めながら進む。しかしラピードとのやり取りは淀みない。
 ここはケーブ・モック大森林。ドンが何処に向かったのか判らなくなった一行は、先にリタたちの用件を済ませることにしたのだ。
 ヘリオードの魔導器暴走を受けて依頼されただけあり、どうやら関連性は深そうだった。この森の異常なまでに大きく成長した植物たちの様子は、ヘリオードで暴走に巻き込まれた植物の状態に似ている。
 ラピードと並び歩くの前には、よく見知った仲間にまじって、うさんくさい男の姿があった。ぼさぼさの髪を適当に結わえただけの髷が、歩くたびにゆらゆら揺れている。彼はを振り返ると、不思議そうに訊ねてきた。

ちゃんってワンコと話せるのー? すごいわねー」
「話というか意思の疎通と言いますか……。前向いてないと、転びますよ」
「ふふん、おっさんはこれでも手練よ。このぐらいで足をとられたりはおっふぁあ!」

 言いながら派手に足を滑らせる彼に、とラピードは嘆息した。

「……大丈夫ですか、レイヴンさん」

 ラゴウ邸やトリム港で色々な意味で世話になった男・レイヴン。何故か彼は大森林の入り口にいて、ユーリたちに同行を申し出てきた。人をあまり疑うのは宜しくないだろうが、どうにもレイヴンは信用できない節がある。「変なことしたら殺すから」とリタが脅しを言うほどには。
 そこでは、警戒の意も込めてレイヴンの後ろを歩いていた。ラピードも並んでくれているのは大きな安心であった。本当に“変なこと”をされた時、ひとりでは対処できるか怪しいのだ。
 レイヴンは強い。
 飄々としたあの調子で、彼はこの森に入ってから二度、己の弓の腕前を披露した。
 一度は、カロルに引き付けられた魔物へ、誘爆する術式を撃ち込んだとき。もう一度は、何故かパティ――ラゴウ邸であった海賊姿の少女――が、昆虫型の魔物に摘ままれ宙を舞っていたとき。どちらも的確に敵を仕留めていた。
 そして、レイヴンの弓はただの弓ではないらしかった。魔物との戦いの最中、彼は弓と剣を交互に操っていた。どういう仕組みか判らないが、弓は剣へ変形させることが可能だったのだ。

「只者じゃないですよね」

 複雑な武器をいとも容易く扱う姿は、戦力としては頼もしいものの、信用しづらい現状では不安でもあった。
 呟くを見上げながら、ラピードは目を細めた。

「ワンッ」

 その一鳴きに籠った思いを存分に汲み取ったは、深く頷いて微笑んだ。
 一行は大分森の奥まで進んでいた。
 森なだけあって、出くわす魔物も虫型や植物型のものが多い。カロルは虫が嫌いなようで、一行の誰よりげんなりしていた。
 そんなカロルに撃虫剤を与えたリタが、そういえば、と皆に呼び掛けた。

「一応気を付けておいて。植物の異常成長がエアルのせいなら、エアルが溢れてる可能性があるから」

 リタの注意に、そうそう、と頷きながらレイヴンが続いた。

「過度なエアルは人体にも魔導器にも悪影響を及ぼすからね。エアルの取り込みすぎで代謝活動が活発になりすぎるから、普段より疲れるわよ」

 リタが意外そうな顔でレイヴンを振り返る。「よく知ってたわね」呟くリタに、レイヴンは「常識でしょ?」と軽く答えた。
 腕を組み、リタは感心したように目を丸めていた。

「人体への影響は知っててもおかしくないけど……無茶な使い方して、魔導器をエアル過多にするのは一般に知られてないと思ったわ」
「武醒魔導器扱う人間なら知ってて当然でしょ」
「ボク、リタに聞くまで知らなかった」
「勉強不足よ、少年」

 カロルに返すレイヴンに、ユーリは何か思うところがありそうな眼差しを向けていた。しかしその眼差しは、すぐに別の人間に移る。
 ユーリが見たのは、最後尾を歩く義眼の少女だった。ユーリが口を開くより先に、同じことを案じていたらしいエステルがに話し掛けた。

、調子悪かったりしません? 辛かったらすぐ言ってくださいね」
「だ、大丈夫だよ。……カルボクラムでも、私、平気だったから……」

 義眼に注がれる視線を遮るように右手を当て、はおどおどと返していた。彼女自身も、異常がなかったという異常に悩んでいる風に見える。そんなに、エステルとは違った眼差しを投げつけたのはリタだ。

「そういや結構ピンピンしてたっけ、あんた。影響に個人差があるにしても不思議だったのよね、その体で……その魔導器で」
「元気なら元気で良いじゃねえか」

 魔導士の考察や憶測が広がろうとする前に、ユーリが口を挟む。

「今やってんのは、この森の調査だろ? の眼のことはまた後にしようぜ」
「そうそう、早く済ませて、こんな森出ようよ!」

 撃虫剤を握ったまま乗じるカロルを一瞥し、仕方なしにリタは口を閉ざした。

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