人の声がするほうを目指して歩くと、すぐにユーリたちと合流することが出来た。
 が離れた後に、彼らはドン・ホワイトホースに会っていた。ドンと一戦交えたというユーリは傍目から見ても疲労していた。そして悔しそうであった。
 あのドンが相手では、流石のユーリも敵わなかったらしい。

「何で戦っちゃったの?」
「ドンの悪い癖なんだって」

 カロルの説明に、とりあえずは「なるほど」と頷いておいた。返すようにカロルは、追い掛けてまでデュークと話してきた成果を訊ねてきた。答えられるようなことが無かったは、記憶を思い出せはしなかったとだけ話した。

「そっかぁ……」

 自分のことのように残念がるカロルの姿は、微笑ましかった。

「でもほら、もしかしたらギルドにいたかもって線がまだあるしね!」
「うん、有り難う」

 カロルの優しさが、の中に少なからずあった失意を癒してくれる。
 歩きながら一通りの話を済ませた頃には、黄昏の街へと辿り着いていた。
 ドンと約束をとりつけたユーリたちについて行き、もギルドユニオン本部へと向かう。記憶探しはユーリたちの用事が済んでからにしようと決めていた。
 街の中でも奧にあり、一際大きなユニオンの建物。中には様々なギルドの人々が歩いていた。魔物の毛皮を纏った者や、達観していそうな老人……あちらこちらに視線を巡らせながらも、歩みは止めない。
 ユニオンを支える五大ギルドの紋章が壁に下げられた、謁見もしくは会議所らしき広間。その広間の最奧に、部下を控えさせたドンがどっかりと腰を下ろしていた。ドンの側に、ユーリたちから離れたレイヴンが飄々と歩み寄っていく。レイヴンがドンの率いるギルド〈天を射る矢〉の一員だという話は本当らしかった。

「……ユーリ」

 そしてそこには、フレンもいた。彼もちょうと先ほど、ここに来たようである。

「なんだ、てめぇら知り合いか?」
「はい、古い友人で……。ドンもユーリと面識があったのですね」
「魔物の襲撃騒ぎの件でな。で、用件はなんだ?」

 ドンが訊ねると、フレンはユーリたちを振り返り、言い澱んだ。察するに、帝国――任務絡みの話らしい。
 部外者がいたら話しづらいってか? ユーリは一歩踏み出すとドンを見据えた。フレンより先に、自分たちの話を切り出す。

「オレらは〈紅の絆傭兵団〉のバルボスってやつの話を聞きに来たんだよ。魔核ドロボウの一件、裏にいるのは奴みたいなんでな」
「なるほど、やはりそっちもバルボス絡みか」
「……ってことはフレン、お前も?」

 どうやらフレンは言い澱んでいた訳では無かったらしい。ユーリの言葉に頷くと、若き騎士はドンへと向き直り、改めて口を開いた。

「ユニオンと〈紅の絆傭兵団〉の盟約破棄のお願いに参りました」

 ギルドと相容れぬはずの帝国が、ギルドにわざわざ願いたてるとは。それだけ紅の絆傭兵団の行いは、社会に影響を及ぼしているということだった。
 今更ながらとんでもないことに巻き込まれている気がする。はひっそり目を伏せ、話を聞いていた。
 バルボスの率いる〈紅の絆傭兵団〉は、世界の各地で魔導器を使った混乱を招いている。彼らに対抗するため、帝国はユニオンと共同戦線を結び、共に〈紅の絆傭兵団〉に対抗したい――ということらしかった。

「……なるほど、バルボスか。確かに最近のやつの行動は、少しばかり目に余るな。ギルドとして、けじめはつけなきゃならねえ」

 ドンの声音が凄みを増す。フレンは更に淡々と――しかし畳み掛けるように言葉を紡いだ。

「あなたの抑止力のお陰で、昨今、帝国とギルドの武力闘争はおさまっています。ですが、バルボスを野放しにすれば、両者の関係に再び亀裂が生じるかもしれません」
「そいつは面白くねえな」
「バルボスは、今止めるべきです」

 ドンはフレンを見た。

「協力ってからには俺らと帝国の立場は対等だよな?」
「はい」
「ふんっ、そういうことなら帝国との共同戦線も悪いもんじゃあねえ」
「では……」

 顔を輝かせるフレンに、ドンは力強く頷いた。

「ああ、ここは手を結んで事を運んだ方が得策だ。おいっ、ベリウスにも連絡しておけ。いざとなったらノードポリカにも協力してもらうってな」

 ドンに言い付けられ、側に立っていた部下のひとりが部屋を出ていく。一連を見守りながら、「なんか大事になってきたね……」呆気に取られたカロルが呟く。少年に見えたかは判らないが、は同意するように頷いていた。

「こちらにヨーデル殿下より書状を預かって参りました」
「ほお、次期皇帝候補の密書か」

 フレンに差し出された書状をドンが受け取る。「読んで聞かせてやれ」とドンは手紙に目を通すことなく側のレイヴンへと渡した。徐に書状を受け取り、レイヴンは淡々とそれを読み上げた。

「――ドン・ホワイトホースの首を差し出せば、バルボスの件に関しユニオンの責任は不問とす」

 空気が一変した。
 フレンは目を見開き、立ち上がる。

「何ですって……!?」
「うわはっはっは! これは笑える話だ」

 ドンは豪快に笑い声を上げながら膝を叩いた。その笑いに含まれたものを察するだけで、は身がすくむような気がした。
 レイヴンの手から、書状は再びフレンの元へ戻る。フレンは自ら書状を確かめた。先に読み上げられた通りの、信じがたい文面が綴られている。
 なんだ、これは。驚愕すると同時に、謀られたことを瞬時に彼は悟っていた。

「どうやら、騎士殿と殿下のお考えは天と地ほど違うようだな」
「これは何かの間違いです!」

 フレンが声を荒げた。「ヨーデル殿下がそのようなことを――」訴えは、それ以上に響き渡るドンの言葉に遮られてしまう。

「おい、お客人を特別室にご案内しろ!」
「ドン・ホワイトホース、聞いてください! これは何者かの罠です!」

 部下たちはフレンを押さえつけ、彼を連れ去るように部屋から出ていってしまった。連行され、部屋を出る最後まで、フレンの悲痛な叫びは皆の耳に強く響いていた。
 思わず動きかけたエステルをユーリが制するのを横目に、はドンを見た。

「帝国との全面戦争だ! 総力を挙げて、帝都に攻め上る! 客人は見せしめに、奴らの目の前で八つ裂きだ! 二度となめた口きかせるな!!」

 とんでもないことになってしまった。
 慌てるカロル、淡々と様子を眺めるリタ。フレンが捕まり慌てるエステルを宥めるユーリ。
 は瞬きした。
 皇帝候補のヨーデルとの面識はほぼないが、お人好しをそのまま人の形にしたような、優しい少年だったと記憶している。そしてそのヨーデルを信じ、ここまで来たフレンも悪い人ではない。何よりフレンは、ユーリの友達で。エステルの友達で。
 今にも泣いてしまいそうなほど取り乱していた先のエステルを思い返し、はひとり頷いた。
 ――友達が捕まるなんて、殺されるかもしれないなんて、嫌だよね。
 一旦様子を見ようと言うユーリの提案で、一行は本部を後にしようとしていた。
 その最後尾を歩きながら、は不意に踵を返した。返し様、彼女の動きに気付いたラピードと視線を交わす。
 きっとすぐ戻ります。
 目で訴えると、ラピードは何も言わずにから視線を外した。内心ラピードに感謝し、そしてユーリに謝罪し、は再度ユニオン本部へと入っていったのだった。


 本部の応接間に戻ると、幸いなことにまだドンがいた。いきり立つ周りの男たちの覇気に僅かばかり怯えながらも、はドンへ近づいていった。

「ドン・ホワイトホースさん!」

 周りが止めるのも構わず、は声を上げた。

「フレンさんは、ヨーデル殿下は、あんな手紙を書くような人じゃないです! フレンさん、変な赤眼の集団に狙われたりしてました。そいつらかもしれません! それにフレンさん、私の友達の大事な人なんです、友達が悲しむんです、殺さないで下さい!」

 突然部屋に踏み込み、拙い言葉で叫び出す義眼の少女に、ドンの部下たちが良い反応をする筈がなかった。自分たちギルドに喧嘩を売った相手を庇い立てるとなれば尚更だ。瞬く間には取り囲まれ、取り押さえられてしまった。

「あの騎士と一緒になりてぇか、この!」
「ギルドの誇りも判らねぇ嬢ちゃんが口挟むんじゃねぇよ!」

 魔物と対するときとは別物の恐怖に、の瞳は揺らいでいた。しかし、怖いと同時に、不可思議な苛立ちが沸いてくる。
 何も覚えていないはずなのに、己のうちには誇りに等しい“何か”があることには気付いた。
 そして、それを否定された気がして――どうしようもなく悔しくなった。

「ギルドじゃなくても、何も覚えてなくても、私には……私にだって! 私の誇りが……! 曲げたら死ぬより辛いものがあるんです!」

 ギルドも帝国も知らない自分には、何かを掲げることさえ許されないのだろうか。
 そんなの、酷いじゃないか。
 最後の言葉は、自分自身の為の叫びだった。

「おい、離してやれ」

 不意に響いた一声により、拘束が解かれた。ドンの命令であった。それまで腰を下ろしていたドンは、ふと立ち上がり、へと歩み寄ってきた。
 鋭い眼差しと聳える岩山がそのまま迫ってくるようなドンの気迫に、自然とは息を呑んだ。詰まる距離。ドンが右手を伸ばしてきた。反射的に少女はぎゅっと目を閉じる。しかし、が予想したような怖い事態は一向にやって来なかった。

「嬢ちゃん、名前はなんてんだ?」

 呼び掛けに、は目を開いた。
 ――ドンの大きな手は、何故かの頭をわしわしと撫でていた。呆気に取られながらも、は小さな声で答える。

、ですけど、って呼ばれます」
「そうか、か。ギルド向きの肝っ玉してるぜ。昔いた知り合いにそっくりだ」
「は、はい……?」

 何処と無く懐かしいものを見るようなドンの眼差しを、は戸惑いつつ受け止める。
 周りの部下たちすら呆然としているのを他所に、ドンは大きな体をちぢこめ、にそっと耳打ちしてきた。

「まあ、大丈夫だ。任しとけ」

 は目を丸めた。言葉をなくす彼女を見据えながら、ドンは、凄みのある顔に茶目っ気を滲ませてみせる。しかし一瞬でそれを引っ込めると、の頭を軽く叩き、ひとり応接間を出ていってしまった。

「レイヴン、その嬢ちゃんは任した」
「あいよ~」

 未だに状況を掴めずに動揺しているの手を、ドンに任されたレイヴンが誘導するように掴んで歩き始めた。

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