は、ユーリたちが飛び去った方角をすぐさま確認した。
空には彼らの辿ったであろう、光の道筋が合った。少なくとも、の“眼”には映っていた。それはバルボスの魔導器が放ったエアルの軌道であり、本来ならば只の人間には捉えられないものであること――読み取る力に長けたクリティア族などでもない限り――をは知らなかった。
光は、騎士団とギルドの軍より遠く、海に近い方、太く大きな風――竜巻を指していた。
不意にその竜巻の先端で閃光が爆ぜた。その影響か、竜巻は消失し、包まれていたものが露になる。
巨大な塔だ。
塔を睨み付けるに、すっかり慌てたカロルが駆け寄る。
「、何見てるの!」
「ユーリ、追いかけなきゃ」
「それは判るけど……!」
「だから……確かめたの」
「何を!?」
「ユーリたちの、行った場所」
は真っ直ぐ塔を指差した。「あそこなの……?」カロルが彼女の意を汲み、呟く。
「早く追い掛けなきゃ……。何か起きてるみたい」
「ちゃん、目ぇ良いわねぇ~」
「バカドラが行ったなら考えるまでもないわ! さっさと取っ捕まえてボコる……!」
気の抜けたレイヴンの声に半ば被さりながら、リタは怒りのまま叫ぶ。
はエステルを振り返った。頑なな意志の宿る碧玉の双眸が真っ直ぐこちらに向けられている。彼女もユーリたちを追い掛けようとしているのだ。
ユーリは「此処で待て」と言っていた。しかし。
――無理だよね。私だって無理だ。
エステルからずらした視線を、今度はラピードに向ける。犬とは思えぬほどの気概が彼から伝わり、は決心した。
一番戦闘慣れしているのは自分かラピード。自分たちで皆を補佐しながら、一緒に、あの塔に向かおう。
ユーリを助けに。
「じゃあ、行こう」
珍しくは、先陣を切った。
◆◆◆
ドンに言い付けられ同行したレイヴンの助力もあり、たちは順調に竜巻の塔へ辿り着くことが出来た。しかし問題はその後だった。表の扉はきつく閉ざされ、隙間さえ開かなかったのである。
何とかならないかと扉脇の梯子を上った先には、わんさかとバルボスの部下がいた。
必然的に戦いにもつれ込んだものの、結束を固める一行の連携は次々と部下たちを蹴散らしていった。
そうして、あらかた敵を片付けた時――。すぐそばの扉が開き、見覚えある黒髪の姿が見えたのだった。
「ユーリ!」
すぐさまエステルが、現れたユーリに駆け寄る。怪我はないか、大丈夫かと確認してくるエステルに、彼は仕方がないと言いたげな苦笑いで答えていた。それにカロルも続き、加わる。
何時もの賑やかしさに、ここが敵地だと言うことすら忘れて頬が緩んでしまう。
その時、ユーリの後ろからもうひとつ近寄ってくる姿があった。
反射的にはその姿に視線を移す。
「えっ、クリティア族……?」
長く尖った耳。その後頭部から伸びる、柔らかな毛に覆われた触覚のような器官――ナギーグ。一目で判る。クリティア族の女性であった。
涼しげな紅の眼差しがたちを見据えている。青く艶やかな髪を纏め上げ、クリティア族の女性によくある露出度の高い衣装が映えていた。が今まで見知ったクリティア族に比べて、その露出は際立っているように思えた。目のやり場に困ってしまうほどに。しかしそれは、まるで体の動きを邪魔しないよう洗練された戦闘装束のようにも感じられて――。
「だ、誰だ、そのクリティアッ娘は? どこの姫様だ!?」
不意にレイヴンの張り上げた声によって、の思考は中断させられてしまった。「おっさん食いつきすぎ」リタに冷ややかな声で言われるも、レイヴンはすっかり妖艶なクリティアの女性に釘付けである。
確かに、姫様だと言われても遜色ないほどの美女だ。クリティア族自体、端正な顔立ちが多い印象を受けていたが、この女性はその中でも特別に綺麗だと思う。
まじまじと見つめすぎたのか、クリティアの美女と目があった。彼女はにっこり微笑んで小首を傾げる。は途端に恥ずかしくなって、慌てて視線をそらした。
「オレと一緒に捕まってたジュディス」
「こんにちは」
美女はジュディスと言った。ユーリの紹介に合わせて、彼女は微笑みながら挨拶した。それに返して、カロル、エステル、リタ、そしてすっかり調子の良くなったレイヴンが自己紹介をし始める。も赤い顔のまま、それに続いた。
「、です。って、呼ばれてる……」
「そう。じゃあ、私もって呼ばせて貰うわね」
「う、うん」
彼女の言葉がつっかえてばかりなのを不思議に思ったのか、それとも義眼に気付いたのか、ジュディスが僅かに目を丸める。
焦るをフォローするかのように、エステルが口を開いた。
「えっと、は人見知りしやすいんです」
「あら、そうなの? 私もだから、気持ちは判るわよ」
「そ、そうなんだ……」
全くそんな印象は受けなかったが、ジュディスの言葉に、は笑ってみせた。
ジュディスは魔導器研究のために旅をしていたところ、ユーリと共に捕まってしまったそうだ。彼女はその身丈を越える槍を携えていた。ユーリと共にここまで切り抜けてきたであろうことを考えると、戦闘の心得が十分にあることが予測できる。
ユーリの探しているという下町の魔核は、まだ取り返せていなかった。しかし魔核泥棒の主犯であるバルボスのこの塔にある確率は高そうだった。たとえ魔核があろうが無かろうが、バルボスに返さなくてはならない数々が因縁となり、彼らの意思をひとつに纏める。
ジュディスもユーリたちに同行してくれることとなった。
はやや緊張の解けぬまま、ジュディスを見つめる。大人っぽいが、年の頃はそう変わらなそうな気がする。
肝心の自分の年齢がよくわからないんだけれど。
はひっそり目を伏せた。
だから、気付けなかった。
自分の真上から、煌めく半月の刃を構えた男が降ってくることに――。
「!」
見つめていたジュディスの顔に険しさが走り、強く名前を呼ばれる。そうしてようやくは危機に気付いた。ジュディスの手が伸び、の腕を掴むと勢いよく引き寄せる。紙一重で男の刃はを外し、石畳へ叩きつけられた。
動揺しながらも、ジュディスに支えられたが振り返った。まだバルボスの部下が隠れていたらしい。男は剣を構え直すと、真っ直ぐに向かってきた。
側にいたユーリが対するように剣を構えたが、しかし、それよりも素早く敵に近づく新たな影があった。
青を纏った影が、一撃で男を伸す。
「大丈夫か!」
そして、らの方に向き直った。
ようやく影が何者かを認識することが出来た。若い騎士、ユーリの友。すっかり覚えた金髪碧眼の騎士・フレンであった。
さも当然のように佇む彼に、ユーリは驚いた。
「フレン!? お前、仮にも小隊長が何やってんだ、ひとりで」
「人手が足りなくてね。それにどんな危険があるかも分からなかったし」
「衝突はもう大丈夫なんです?」
代わるように訊ねてきたエステルに、フレンは頷いて答える。
「ドンが真相を伝えたので、皆落ち着きを取り戻しました。もう衝突の心配はありません。ラゴウの身柄は部下が確保し、街の傭兵もユニオンが制圧しました」
となると、残るはバルボスだけだ。
フレンはエステルの身を案じ、ユーリらと共にここにいるように話したが、もちろんエステルは聞かなかった。ユーリたちもユーリたちでバルボスには用がある。結局一行は、フレンを加え、バルボスを追い詰めようと共に塔の上層を目指すこととなった。
皆が歩き出すなか、ひとり、レイヴンは立ち止まったままであった。何かを思案するような彼を、怪訝に思ったユーリが振り返る。
「どうした、おっさん?」
「あ、いや……こんな立派な塔に住んでたら、自慢できるだろうなあと思ってねぇ」
はぐらかされた。ユーリは納得がいかないながらも、それ以上追求しなかった。
「……ラピード、行こうぜ。ついでにおっさんも」
「俺の方がついでかよ」
離れるユーリの背に、レイヴンは小さく返した。
ユーリが先に行ったのを確認すると、レイヴンは改めて――何時にもなく大袈裟に、口を開いた。
「いい歳して、かくれんぼ?」
それは何時の間にか物陰に立っていた、黒衣の男に向けられていた。デュークである。白銀の髪を靡かせ、深紅の瞳がレイヴンを捉える。
レイヴンは嘆息した。
「ちょっとは顔出してくれてもいいんじゃないの? 若者が頑張ってんだ、ちっとは手、貸してくれよ」
「もしその必要があればそうする。今は必要と感じない」
「またまた~。あんたにも目的があるのは判るけどさ」
笑いを含んだレイヴンの返しに、デュークの言葉は冷たさを増す。
「貴様の道化に付き合っている暇はない」
道化。その言葉にレイヴンは硬直した。彼が浮かべていたはずの感情がごっそりと抜け落ち、青緑の双眸が虚ろに凍り付く。しかしそれは一瞬のことであった。一度瞬きしただけで、レイヴンの顔には“何時もの”調子が戻る。彼はそういう切り替えを課すことに長けていた。
「ほんと、ひどいお言葉」
「人の世にも、興味は無い」
あくまでも干渉を拒むデュークの振る舞いに、レイヴンは苛立っていた。何か仕返してやりたい――。その気紛れと共に脳裏を過ったのは、共に戦っている義眼の少女のことだった。少女はデュークと関わりがある風な話であった。嘘か真かは知らないが、気ままに呟いてみる。
「あ~あ。ちゃんったら、こんな無愛想のどこが良いんだか」
デュークの歩みが止まる。レイヴンを顧みる男の顔は、相変わらず心情が読み取れない。だが、今までとは何かが違う。剣呑ささえ感じる眼差しに、レイヴンの体は地に縫い付けられたように固まってしまった。
「本来――彼女は、そちら側にいるべきではない」
デュークの声音には、確かに心があった。
そして確信した。
デュークは、を“知って”いる。
自分から話を切り出しておきながら、レイヴンはそれ以上を問えなかった。問えるはずが無かった。沈黙を受けたデュークも、続きを語ることは無かった。
塔の喧騒の中に、白銀の彫像は姿を消す。
レイヴンを捕らえていた何かも消え去り、彼はようやく、先に塔内へ向かった仲間たちを追い掛けることができた。
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