巨大な歯車を積み重ねた塔の構造は、見た目以上に複雑であった。様々な箇所にある仕掛けを起動し、道を作り出さなければならない。人ひとり分ほどの大きさのある歯車があちらこちらで騒音を立て、耳を突く。集中を乱されそうになりながらも塔を進むと、これがすぐ最近できたものでは無いことがよく判ってきた。上層に行くほど作りが新しい。何かしらの目的を持ち、相応の時間を掛けて築き上げられてきたのであろう。
敵をあしらいながら比較的人気のない場所に辿り着くと、一行はようやく一息ついた。
「そう言えば、肝心のバカドラはどこ行ったの?」
ふとリタがユーリに訊ねる。ジュディスの槍を見ているうちに、竜使いのことを思い出したらしい。
「さあな。屋上ではぐれてそれきりだ。無事だとは思うけど」
「無事でいてくれないと殴れないじゃないの!」
ユーリの返答に、リタは険しい顔で拳を握り締める。
「それとあのバルボスって奴、許せない。魔導器に無茶させて、可哀想じゃない!」
「だからってお姫様までつれてくるかね、こんな危険なところにさ」
呆れたようなユーリの呟きにははっとした。すぐにその柳眉が下がり、申し訳なさいっぱいの言葉が漏れる。
「ごめんなさい、私が発破かけてつれてきちゃったの」
「は? 、お前……」
「ユーリが心配で、みんなじっとしてられなかったのは同じだったの、ならみんなでって思って」
「だからってな」
「は悪くないです、ユーリ」
更に言い募ろうとするユーリを、エステルが制した。
「私が自分で行くって決めたんです。ユーリだけ行かせたままになんて出来ません。それに人々に害をなす悪人を放っておくわけにはいきません」
言い切るエステルにジュディスが笑う。「そうよね。あなたいいこと言うわ」エステルは彼女の同意を受け、心なしか嬉しそうだった。しかしフレンだけは、どうにも不安そうな顔から抜け出せずにいる。エステルを守る立場である騎士なのだから当然といえば当然だろう。此処は敵陣の真っ只中なのだ。
は恐る恐る彼に歩み寄った。
「あ、あの、フレンさん」
「え? フレンで良いよ、僕もと呼ばせて貰うから」
「あ、はい、うん……その」
慣れ親しんでしまったユーリたちと違い、フレンとはろくに口を利いた試しがない。しかし、ちゃんと言わなければ。はフレンを見つめた。
「その、エステルをここまで連れてきて、ごめんなさい……。エステルの気持ち、潰したくなかったんです……私」
「エステリーゼ様がご自身でお決めになられたことなんだろう? 君は悪くないよ」
エステリーゼ様がそう話していたじゃないか、とフレンは笑った。その表情に偽りは無く、ましてやを責めようとするものは一片たりともない。そんな騎士の姿に安堵しながらも、はやはり晴れない表情だった。しかし。
「……私、必ずエステルを守るから」
誓いを立てるような声音は酷く明確だった。歯車の喧騒が、その瞬間だけ息を潜める。
眼差しには一切の迷いがない。
危ういほどに。
踵を返したを、フレンは反射的に呼び止めかけ、押し留まった。呼び止めたところで何を言おうというのか。自分は何を言おうとしていたのか。
結局フレンは、考えるのを止めて歩き始める。今はバルボスを捕らえることを優先しよう。――フレンは改めて、騎士としてユーリらに続いた。
◆◆◆
何度目かの休憩の時。
皆より少し離れた場所に腰を下ろしたジュディスを見て、はふと思い出した。思い出した途端、彼女は反射のようにジュディスへ駆け寄っていた。
「あの、ジュディス」
呼び掛けると彼女は小首を傾げてを見た。「なあに?」同性だというのに、妙な胸騒ぎが起きる。魅力的というか魅惑的というか、ジュディスは、そういう仕草を判って行っている気がした。そしてそれが様になる。
「私、お、お礼を言い損ねてた」
「お礼?」
「さっき塔の外で……助けてくれたでしょ。ありがとう、ジュディス」
ジュディスが手を引いてくれなかったら今頃どうなっていたか。深々と頭を下げるに、「そんなこと」と、さも当然のように彼女は笑ってみせた。
「あのままじゃ危なかったもの。間に合って良かった」
「うん、本当にありがとう、ジュディス」
「どういたしまして」
ジュディスは話しやすい人だった。こちらに踏み込む訳でもなく、程よい距離感を保ってくれる。しかし代わりに、彼女の内も探れそうになかった。は探ろうとは思ってもいなかったが。
そういえば彼女は魔導器を研究していると言っていた。つい右目に手が伸びる。癖になっているのかも知れない。
右目から手を離し、はジュディスに訊ねてみた。
「えっと、ジュディスは魔導器に詳しいの?」
「あなたが求める答えが出せるかは判らないけれど」
ジュディスは丁寧に断りを入れてくれた。お陰で過度な期待はせずに済む。胸中で感謝しながら、は改めて彼女へ訊いた。
「……私の目みたいな魔導器、知ってる?」
ジュディスは静かに首を横に振った。
「見たことがないわ。私の調べている魔導器とは大分違うみたいだしね」
「違う……?」
「私が知る作り手のものではないことは確かよ。そんな魔導器、誰が作ったのか私が聞きたいくらい」
「ご、ごめんなさい……。私にも誰が作ったか判らなくて」
「覚えてないの?」
「私、記憶喪失らしくって」
さらりと言ってのけたに、ジュディスが目を丸める。僅かに柳眉を下げ、彼女はを見つめた。
「そうだったのね。私に魔導器のことを聞いたのは、記憶の手掛かりを求めて……というとこかしら」
「あ、うん……」
「力になれなくてごめんなさいね」
「そ、そんなことないよ」
魔導器に様々な機能があるように、作り手もまた様々なのだろう。詳しいことはそれ以上判りそうに無かった。しかしジュディスの話し振りから察するに、珍しい魔導器であることは間違いない。旅を続ければ、否が応にも自分を知る人間に出会いそうではないか。気晴らしぐらいにはなりそうな希望がの胸に点る。
ありがとう、とジュディスに告げ、は話を区切った。それから、他の仲間たちと同じように腰を下ろし、休息をとる。右目のことはまた後にして。
そんな彼女をジュディスは静かに見据えていた。
他のクリティアに比べて秀でたジュディスのナギーグは、無意識のうちにの体のことを感じ取っていた。
確かにの義眼は、ジュディスの知らない魔導器だった。ジュディスの“目的”とは何ら関わりのないもの。しかし刻まれた術式の異質さは、関係無いとはね除けるには強烈すぎた。魔導器だけではない。自身にも、他者とは異なるものが在る。あんな魔導器を受け入れることができるだけで異常なのだ。普通の人間ならば拒絶反応を引き起こし、命を脅かされても可笑しくない。
この子は一体何者なのかしら?
訊ねたところで、記憶のない彼女は答えられない。しかし、これからも彼女が魔導器と共に生きていくなら――己の異質さを嫌でも知ることになるはずだ。それがにとって良いのか悪いのか、ジュディスには判らない。
に宿る歪な魔導器を、ジュディスはひっそり見つめた。
――壊す必要は無さそうで良かった。
何故ジュディスはそんなことを案じたのか。理由は明瞭だ。
ジュディスこそ、各地で魔導器を破壊して回る“竜使い”その人だからである。
この事実を知るのは共に塔へ来たユーリのみ。そのユーリが「リタが面倒くさいから」と彼女の正体を伏せた。ジュディスも目的を果たすには都合がよいからとそれに乗った。どうせ塔を攻略する間だけのことである。
「ジュディス」
ジュディスははっとした。目の前にが立っていたからだ。周りを見れば、皆、休息は終わったと立ち上がり始めているところだった。少し物思いに耽りすぎたらしい。
「そろそろ、行こうって」
「判ったわ」
何処と無く不安そうなの眼差しに、ジュディスは瞬きした。「どうかした?」と微笑みを浮かべながら返す。はやはり晴れない表情のまま、ジュディスに告げた。
「何だか……考え込んでる顔してたから。何かあったのかなあって」
ジュディスは驚いた。考え込んでいたのは事実だが、表情には出ていない自信があった。だがは“考え込んでる顔”と言った。どうやら彼女の異質さは、ひとつだけではないらしい。
透き通った眼差しに見据えられ、ジュディスはひっそり息を呑む。そして今一度、表情に心を出さないように気を付けて答える。
「大丈夫。何でもないわ」
「……そう」
は渋々といった風ではあったが納得してくれたようだった。
気弱な子だとばかり思っていたが、存外鋭い目では周りを見ている。もしかしたら目が利きすぎて、出方に困り、彼女を気弱にさせているのかもしれない。
とりあえず注意するにこしたことは無さそうだ。
ジュディスはそう決めると、と共にユーリたちへついて歩きだした。
塔の頂上までは、きっとあと少しだ。
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