塔の頂上では、バルボスが待ち構えていた。右手にはダンクレストの宿屋で振るった魔導器の剣を携えている。
「性懲りもなく、また来たか」
「待たせて悪ぃな」
忌々しげなバルボスの声に、ユーリは飄々と返した。しかしその眼光は鋭い。
眼差しが捉えているものを辿り、は悟る。あの魔導器に使われている魔核こそ、ユーリの探している水道魔導器の魔核のようだった。
「分をわきまえぬ馬鹿どもが。カプワ・ノール、ダングレスト、ついにこのガスファロストまで! 忌々しい小僧どもめ!」
吐き捨てるバルボスの剣幕に怯むことなく、エステルが口を開く。
「バルボス、ここまでです。潔く縛に就きなさい!」
「間もなく騎士団も来る。これ以上の抵抗は無駄だ!」
フレンが続いた。
「もうあんた終わりよ」魔導器への想いと共にバルボスへの恨みを込めてリタが呟くと、バルボスはふんと鼻を鳴らしてみせた。やはりまだ諦めるつもりは無いようだった。笑いながら魔導器の剣を掲げる。
「まだ終わりではない。十年の歳月を費やしたこの大楼閣ガスファロストがあれば、ワシの野望は潰えぬ! あの男と帝国を利用して作り上げたこの魔導器があればな!」
「あの男――?」
バルボスの言葉にフレンが眉をひそめた時、魔導器の剣が衝撃波を放った。一行は各々それをかわし、一段低い歯車の台――一見では歯車と判らぬ巨大さだった――へと移る。
バルボスは剣で宙を舞いながら、追ってきた。
「この力さえあれば、世界はワシのものになるのだ!」
衝撃波は連続して一行を襲ってきた。魔導器の剣は、この塔・ガスファロストと共鳴しているようだった。剣へと流れ込み膨らむ力が、塔から立ち上るのをは感じ取っていた。
圧倒的な威力を前に、どうすることも出来ない。あの剣を何とかしなくては反撃どころか、身動きひとつ危うかった。
「魔導器と馬鹿にしておったが、使えるではないか!」
剣と塔が結びつき放つ力が、辺りに幾つもの爆発を引き起こした。「そんな……!」轟音の中でエステルの声がうっすらと聞こえてくる。ははっとした。
そうだ――私が連れてきたんだから。
守らなくてはいけない。
は瞬時に思考を巡らせた。
ようは剣と塔の繋がりを断てばいい。あのエアルの流れを妨害することが出来たなら、必ず隙が生じるはず。
自然と右手が義眼に伸びた。術技を使う時のようにエアルを用いる感覚を意識する。ただ集中した、放つ術は何でも良かった。いや、“放たなくてもいい”――とにかくあのエアルを、塔から溢れるエアルを――“横取り”するだけ。
バルボスの剣を中心に生まれていた力場が、不意に揺らぐ。それを彼はすぐに察したようだ。
「何だ……!?」
同時にの義眼から光が溢れていた。術式らしきものが浮かび上がり、何が起きているかはともかく、が何かを行っていることが仲間たちには見てとれた。光に紛れたの表情が歪んでいることも。
突然のの異変に仲間たちは焦った。
「何してんのよ、あんた!」
いち早く反応したのはやはりリタだった。慌てて駆け寄り、と術式を見つめながら状況を把握しようとする。そして目を見開いた。魔導士の彼女には信じられない現象が起きているらしかった。「まさか――」リタが口を開いた、その矢先。
「伏せろ」
轟音と混乱の生じる中、厳かに響く声があった。声を辿り高みを見上げると、そこにいたのは――デュークだった。
抜き身の赤い剣を手に、こちらを見下ろしている。
デュークは剣を掲げた。刀身から魔導器の術式に似た紋様が現れ、中心となり、強烈な光が周囲に放たれた。かつてケーブ・モックで、エアルクレーネを収めた時に似ている。収束していく光に衝撃は無かったが、見えぬ何かが確実に塔を蝕んでいた。
が手を出すまでもない。
魔導器の剣と塔の繋がりは瓦解し、失われていく。バルボスの魔導器は、その影響を強く受け、爆音と共に大破した。
「あれは……?」
「ヒマも興味も無かったんじゃないの?」
「あいつ……!」
フレンは呆然と、レイヴンは複雑そうに、リタはいてもたってもいられない様子で、立ち去るデュークを各々見つめていた。
「形勢逆転だな」
ユーリが不敵に笑う。彼の意識がデュークを捉えていたのはほんの一瞬で、とっくにバルボスに向き直っていた。
先までの優位を崩されたバルボスは、不意に魔導器の残骸を床に放ると、静かに呟いた。
「賢しい知恵と魔導器で得る力など紛い物に過ぎん、か」
魔導器を失ったことが、逆にバルボスの目を覚ましたようだった。
怒りながらも取り乱すことはなく、男は静かに大剣を手にする。鉄塊と表した方が判りやすそうなそれを、バルボスは右腕ひとつで易々と構えた。
「所詮、最後に頼れるのは己の力のみだったな。さあ、お前ら剣を取れ!」
奮い立つバルボスを見て、あちゃぁ、とレイヴンが額を押さえる。
「力に酔ってた分、さっきまでの方が扱いやすかったのに」
「開き直ったバカほど扱いにくいものは無いわね」
リタが言い添えた。そうそう、と頷きながらレイヴンは弓を構える。リタも臨戦態勢になった。カロルもエステルも、フレンもラピードも、ジュディスも、ユーリも。それぞれが武器を手にした。もゆっくりと立ち上がる。
バルボスは叫んだ。
「ホワイトホースに並ぶ兵、剛嵐のバルボスと呼ばれたワシの力と……ワシが作り上げた〈紅の絆傭兵団〉の力。とくと味わうが良い!」
バルボスとその部下が周囲を取り囲み、一気に襲い掛かってきた。力を合わせての応戦が始まる。
魔導器無くしても尚バルボスは手強かった。
ユーリが真っ向から切り結びに向かい、それにフレンも加わる。幼馴染ならではの息の合った攻撃で、あのバルボスと張り合っていた。
他の仲間たちが集中して行うのは、彼らの戦いを妨害されないよう、バルボスの部下たちと戦うことだった。勿論危うくなれば補助をし、皆がそれこそひとつになって戦った。
しかし――。
「また増援っ?」
カロルの声は皆の心の声でもあった。
何処からともなく傭兵たちの増援が続く。手っ取り早いのは頭のバルボスを仕留めることだったが、援護しに行くには距離があり、傭兵たちが邪魔だった。
辺りを見渡しながら、エステルがはっと目を丸めた。
「橋があります!」
エステルの声には周囲を見た。
確かに、戦いの前には見なかった橋がある。この円状の戦場へ、全部で4つ。傭兵たちはそこからやって来ているようだ。他に渡って来られそうな場所はない。たちは衝撃波に半ば吹き飛ばされる形で此処に降りたし、バルボスも魔導器で宙を飛んで来たぐらいなのだ。
橋のそば、戦場の四隅に輝く装置が目に留まった。恐らくあれを壊せば橋は落ちる。
決めた後は早かった。
は眼前の傭兵を字の如く吹き飛ばした。装置目掛けて、信じられないスピードで駆け抜けていく。元から彼女は俊敏な方だったが、普段の比ではない。は自分自身で驚きながらも、理由を考えるのは後にした。まずは橋だ。
それを見ていたラピードは彼女の考えを察したようだ。とは反対側へ、俊足を生かして迫る。銜えた小刀は立ちはだかる敵の足をすくって閃き、瞬く間にラピードも装置のもとへ辿り着いた。
装置を壊されまいと眼前を塞ぐ敵に、は、ラピードは、力強く得物を振るう。
「邪魔ぁあ!」
「ガウッ!」
大鎌と小刀の一閃が、敵ごと装置を切り壊した。爆発音を上げながら装置は壊れ、橋は支えを失い落ちていく。あと2つ。とラピードが健在な装置を見据えた時だった。
装置のひとつを矢が撃ち抜き、もうひとつを鋭い槍の切っ先が貫いた。
反射的には戦場へ目を移した。暢気に右手の親指を立てるレイヴンの姿が見える。別所では、妖艶に微笑みの方に目配せしてみせるジュディス。二人がやってくれたのだ。
増援を無くした傭兵団は一気に勢いを削がれた。徐々にたちに戦力を削られ、ついに残すはバルボスただひとりのみ。流石のバルボスも、顔を歪めた。
ユーリとフレンの連撃が彼を端へと追い詰め、遂に膝をつかせる。
「もう部下もいない。器が知れたな」
剣を構えたまま、ユーリは続けた。
「分を弁えないバカは、あんたってことだ」
「ぐっ……はははっ、な、なるほど、どうやらその様だ」
「では大人しく……」
傷だらけで笑ったバルボスに、エステルが一歩歩み出た。しかし、彼女を遮りながらバルボスは言う。
「これ以上、無様を晒すつもりはない。……ユーリ、とか言ったな?」
呼ばれたユーリはぴくりと眉を動かした。
物言いたげな視線を受けて、バルボスが再び笑う。追い詰められた人間とは思えぬ凄みであった。
「お前は若い頃のドン・ホワイトホースに似ている……そっくりだ」
「オレがあんなじいさんになるってか。ぞっとしない話だな」
「ああ、貴様はいずれ、世界に大きな敵を作る。あのドンのように。そして世界に食い潰される」
ユーリのみならず、成り行きを見守っていたたちも息を呑んだ。
ふらつきながらもバルボスが立ち上がる。ユーリを睨めつけたまま、口許を歪め、バルボスは言った。
「悔やみ、嘆き、絶望した貴様がやってくるのを……先に地獄で待つとしよう」
バルボスの体が後ろへと傾いだ。その時ようやく、ただバルボスがふらついている訳ではなかったことに気付く。
止める間も無かった。
戦いに破れ、野望も潰えた剛嵐の男は、自ら奈落へと身を投じて逝った――。
prev
Top
next