星喰みを打ち滅ぼした後、ジュディスは世界の空を飛び回っていた。かつてとは違う今の自分の眼で、改めて世界を見たかったのである。
 勿論ギルド〈凛々の明星〉としての仕事もこなし、時に彼女は相棒――バウルと共に個人でも頼まれごとを引き受けた。純粋に楽しみながら彼女はそれをこなしていた。
 今日の空の旅は、特に仕事でもなければ頼まれごとでもない。ジュディス自身が時間のある時に楽しむ、趣味のようなものだった。
 フィエルティア号の甲板で、ジュディスはバウルを見上げた。船を吊り下げながら海の上を飛ぶバウルの毛並みは、海とはまた違った美しさの青色だった。

「今日も良い天気ね、バウル」

 声にせずとも、バウルに彼女の心は伝わる。しかしジュディスは言葉を口にする大切さを噛み締めるようにそうした。バウルもバウルで、ジュディスの意を汲んだように鳴いて答える。
 船の中では、先に立ち寄ったハルルで会い同行してきた、エステルとリタが談笑を続けていることだろう。潮風の香りを楽しみつつ、ジュディスは二人の様子を想像しながら笑った。
 そして彼女自身も、しばしバウルとの会話を楽しもうかと腰を下ろしかけた。
 その矢先だった。
 パァン、と、高めの破裂音。続いて船のすぐそばに、星のように煌めく火花が立ち上ってきた。
 ジュディスはその火花に覚えがあった。パティの持つ信号弾である。
 バウルに頼み、少しずつ船の高度を下げてもらう。火花の後を尾のように白い煙が筋をなしており、その筋をたどりながら下りていくと、ぷかぷかと海原に浮かぶ一隻の船が目に入った。

「ジュディ姐~!」

 甲板で手を振るパティに、ジュディスは微笑みながら手を振り返す。

「どうしたの、パティ? またお仕事のお誘いかしら」
「違うのじゃ! けれども、シロナガスクジラよりビッグなビッグな大ニュースなのじゃあ!」

 手を振りながらパティは紙を翳していた。距離があるためよくは判らなかったが、手紙か何かだろうか。

「何かあったんです? ジュディス」
「ん? パティじゃない。また船借りて仕事中?」

 騒ぎを聞き付け、フィエルティア号の中からエステルとリタも出てきた。二人の姿に「おお!」とパティは目を丸めた。

「エステルにリタ姐も一緒か、丁度いい!」

 バウルがフィエルティア号を着水させるなり、金髪碧眼の少女はこちらへと飛び移ってきた。相も変わらずの身軽さに、呆れたようにリタは口を開く。

「あんた、船空けていいの?」
「子分たちには港に引き返すよう言っといたのじゃ」
「子分ができたんですね、パティ」
「まあの。それは一先ず置いといてのぅ……ほれ!」

 微笑ましそうに見つめてくるエステルたちに、パティは手にしている紙を差し出した。「見てみるのじゃ」何故か得意気なパティから、ジュディスは紙を受け取る。やはり手紙のようだった。横からリタが、エステルが紙面を覗いてくる。
 三人が驚きに目を丸めたのは、ほぼ同時。
 手紙の主はフレンであった。そしてその手紙の内容は――。

が見つかった”

 最後の戦いの後、姿をくらました仲間に関することだった。
 全く消息の掴めなかった彼女を、オルニオン周辺で見掛けたのだという。正確にはという少女ではなく、こちらに語りかけてくる白い狼らしい。だが、間違いないだろう。
 綴られている白狼の様子――子供を脅かさないように静かに呼び掛ける、歌をうたうなど――は、かつてのの印象そのままであった。文面を辿りながらジュディスは笑みを溢した。
 変わらないんだわ、あの子は。

「――あんの天然ボケおバカ……!」

 フレンの手紙を読み終え、一番に口を開いたのはリタだった。

「自分がどういう存在かってものを全然判ってないわよね! あの子があたしの研究に力を貸してくれたら、きっと魔導器よりも画期的で革命的な発明が生み出せるのに……! 何を野っ原うろうろしてんのよ!」
「素直に“心配した”って言えないのかしら。相変わらずね、リタは」

 くすくす笑うジュディスにリタは怒鳴り返す。「う、うるさいわね!」その顔は赤い。判りやすい照れ隠しだった。エステルもそんなリタを微笑みながら見つめている。

「リタ、しょっちゅうの心配してましたもんね。“あの子の体にこの世界が変に影響しなきゃいいけど”とかって……」
「余計なこと言わなくていいからっ!」

 必死なリタの訴えに、エステルはそこまでで話を留めた。ついで手紙に視線を移す。

「本当に良かったです。が見つかって……」
「うむ。はマンボウよりぼんやりさんじゃからの。一安心じゃ」

 的を射ているのかいないのか、相変わらず妙な喩えを出すパティに、エステルは曖昧に笑っていた。
 ジュディスは手紙を手にしたまま、水平線へ顔を向けた。ちょうどこの海の先に、オルニオンのあるヒピオニア大陸がある。
 この先にがいる。
 ジュディスは、を初めて見たときから、特別な思いを抱いていた。
 僅かながら、彼女がどういう存在なのかを予め知っていたのだ。
 エステルとは似て非なる、稀な力を持つ少女。その力は限りなくバウルたちに近く、故に、人の身では持て余すもの――。
 彼女が一人で抱え込まぬようにとジュディスなりに釘をさしていたつもりだったが、には通じていなかったらしかった。いや、彼女のことだ。判っていながら、それでも離れることを選んだのかもしれない……。
 思い当たると同時に、ぼんやりと疑問が浮かんでくる。
 ジュディスがを特別に想う理由は、力のためだけでは無かったことを、は気付いていたのだろうか?

「……このままオルニオンへ向かうってことで良いかしら?」

 沢山の感情を一先ず留め、ジュディスはエステルたちに向き直る。表情は様々ながら、彼女たちは一緒に頷いてみせた。
 ジュディスはバウルを見上げた。ジュディスたちの心に答えたバウルが、一鳴きしたのち羽ばたき出す。ひとつ、ふたつと空を仰ぐたび、フィエルティア号も浮かび上がる。風を切り、海の向こうを目指して。


 がいなくなった時、ジュディスは悲しんだ。そして怒った。
 頼ってもらいたかった。今まで助け合ってきたように。共に歩み、戦ってきた仲間なのだから。
 他の仲間も同じだったろう。以前のように集うことはなくとも、一度通じあったもの同士だ。手に取るように判る。
 そしてが見つかったことにより、彼女たちは、想いをぶつける機会に恵まれた。
 きっと他の仲間たちにも、フレンによっての事が伝えられているだろう。そして、オルニオンを目指しているはずだ。
 と会うために。

「会ったらまず、何て言ってあげようかしら」

 逸る気持ちを押さえ、風に身を委ねる。
 再会へと想いを馳せながら、ジュディスはそっと目を閉じた。

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