ダングレストから離れ、ヘリオードを目指す道中のこと。波乱続きで疲労の蓄積していた一行は、休憩をとることにした。
 そんな彼らが口にした話題は、ユーリが宣言したギルド結成についてであった。
 ギルドを育て、ドンの跡を継ぐことで恩返しをしたいと話すカロル。それに微笑むエステル。ユーリはカロルを結成するギルドの頭領にと推し、ジュディスも楽しげにそれを見守っていた。そんなジュディスに、エステルが話を振る。

「ジュディスもギルドに入ってはどうです?」
「あら、いいのかしら。ご一緒させてもらっても」
「ギルドは掟を守ることが一番大事なんだ」

 呟くジュディスに、カロルは真面目な顔をして向き合った。

「掟を破ると厳しい処罰を受ける。例えそれが友達や兄弟でも」
「それが、ギルドの誇り?」

 それまで黙っていたも話に加わる。
 問い掛けに頷いたカロルは、改めてジュディスを見る。

「だから、掟に誓いを立てずに加入することはできないんだよ」
「カロルのギルドの掟はなんです?」

 エステルの言葉は当然の疑問だった。しかしカロルはすぐには答えられず、悩んでしまう。そこにユーリが助け船を出した。

「お互いに助け合う、ギルドのことを考えて行動する、人として正しい行動をする。それに背けばお仕置きだな」
「ひとりはギルドのために、ギルドはひとりのために。義をもってことを成せ、不義には罰を、ってことですね」

 納得したエステルが微笑んだ。「掟に反しない限りは、個々の意思は尊重する」付け加えるユーリを、カロルが目を丸めて見つめていた。きっとカロルの中にも、同じ想い、同じ誓いがあったのだろう。それをユーリが汲み取り、言葉にしてくれた。
 嬉しさのあまり、少年は拳を掲げて頷く。

「うん、そう! それがボクたちの掟!」
「今からは私の掟でもある、ということね」

 微笑むジュディスに、ユーリは瞬きした。

「そんなに簡単に決めていいのか?」
「ええ、気に入ったわ。ひとりはギルドのため……いいわね」
「じゃあ……」

 期待に満ちたカロルの眼差しを受けて、ジュディスは頷く。

「掟を守る誓いを立てるわ。私と……あなたたちのために」

 こうして新しいギルドが結成された。メンバーはまだ少ない上に名前もない。話し込むうちにすっかり日が落ちていたことに気付いた一行は、ひとまず話に区切りをつけ、休むための支度を始めたのだった。
 ――夜が更け、辺りを照らすのは焚き火の灯だけになる。
 は見張りもかねて、皆からは距離のおいた場所で落ち着いていた。焚き火を中心にちょうど反対側ではラピードが見張り番をしている。ユーリの相棒である彼も、もうギルドの一員だ。

「ギルド……。掟……。……誓い」

 ひとり繰り返す。その言葉たちから伝わる何かが、をじんわり刺激する。しかしそれは確定的なものではなく、輪郭に触れるか否かという細やかな感覚だ。
 まだこの記憶に辿り着くには足りないものがあるらしい。悔やみながらも彼女は考えを別に移した。
 火の鳥の魔物。
 今まであったどの魔物とも違う。人の言葉を操り、結界魔導器をものともせず、こちらを認識し、感情を見せた。
 毒と呼ばれたエステル。
 そのエステルとも、人間とも違うものと称された自分。
 あまりに情報がなく、はただただ混乱していた。誰にどう伝えたら良いのか。伝えたところでどうなるというのか。答えは他者に在りはしない。自分の中にしかないというのに。

「考え事か?」

 そんなの頭を急速に冷やしていく声があった。
 膝を抱えたを見下ろす、ユーリのものだった。

「……うん。火の鳥が気になって」
「エステルに何か言ってたよな、あいつ」
「うん。あいつ、エステルを“世界の毒”って言った。よく、判らないけれど」
「そっか。……それだけか?」

 え、とは息を呑んだ。ユーリの瞳は真っ直ぐにを捉えていた。夜更けのダングレストの時のように――。
 先に己の手を汚した彼の言葉が蘇る。“お前がやることじゃない”と。彼はを止めた。

「……ユーリは狡いね」
「何だよ、いきなり」
「汚い仕事は、私みたいなのに回せばいいんだよ」

 ひとり旅の最中、戦ったのは必ずしも魔物だけではなかった。から何かを奪おうと襲いかかる人間だっていた。魔物よりよっぽどおぞましい眼をして、そいつらは暴れた。だからは身を守るために、そいつらを斬った。躊躇わなかった。自分は生きたかった。あんな奴等の餌食になるなど、死んでも嫌だった。
 そしてそれが悪いことだと思ったことは無かった。いや――思わないようにしなくては、やっていけなかった。

「ユーリみたいに、たくさんの大切を持ってる人はしなくていいんだよ」

 ユーリは何も言わない。しかし唐突な彼女の言葉が何を指しているかは気づいていた。じっとを見据え……不意にその眼光が鋭くなる。瞬間、ぐっと握った右の拳を、彼はの脳天に打ち落とした。「だっ!」思わずから叫び声が上がる。思い思いに休息をとる仲間たちが一瞬こちらを見たが、雰囲気を悟るなりまた各々の時間へ戻っていく。
 頭を押さえながら、は自分を睨むユーリを見つめた。

「な、なんで……」
「オレが自分で決めて自分でやったことに文句つけたから。あと、おまえには何もないみたいに言ったからだ」

 ぐ、と前屈みになり、との距離を詰めるユーリ。彼は涙ぐむに強い口調で言った。

「今は思い出せてねえだけで、おまえにだって大事なもんはあるだろ。それに……この旅の仲間が大事じゃねえのか?」
「それは……」
「それともおまえは、大事でもないやつ守るために、騎士に楯突いたり、喋る魔物に向かってったりしたのか」

 言い返すことが出来なかった。
 記憶が無くても、には大事なものが出来ていた。出会っていた。そしてそれを離したくはないと感じていた。
 だからこそ、なのだろう。
 喋る魔物に、自分が何者でもない可能性を突きつけられたときに動揺したのは。自分が皆は違う存在だとしたら、一緒にいられなくなるのではないかと不安になったのだ。
 は小さく頭を下げた。

「ごめん、ユーリ。私がバカだった」
「オレも賢くはねえから気にすんな。……っと、忘れるとこだった」

 思い出したようにユーリが手にしたのは、先日、から取り上げたナイフだった。取られた本人も忘れていたのか、ああ、と間の抜けた声がから漏れる。

「これ返しとくな。大事に使ってるもんだろ」
「大事……?」
「じゃなきゃ、こんなにくたびれないだろ」

 ユーリに言われてはナイフをまじまじと見つめた。血や汗が染みて色の変わった持ち手、無数の擦り傷に凹みがある鞘……。今まで必死に生きてきた印が、そこにあった。綺麗な事は全くと言っていいほど無かったが、しかし、今まで確かに重ねてきたもの。
 胸が熱くなってきて、はナイフを握り締めた。

「ありがとう、ユーリ」

 はありったけの想いを込めてユーリに告げた。
 彼はひらひらと手を振って返すと、から離れていった。そして次は焚き火を眺めるカロルの側に歩み寄り、何か話し始めていた。ああやって順繰り仲間と話して回るつもりかもしれない。ユーリらしくて、は小さな笑いを押さえきれなかった。
 そして決意した。新しい目標を立てた。
 火の鳥を探し出し、問おう。
 あの言葉たちの意味を。
 そして、真意を。
 そんなにとって、翌日の彼らの語らいは良い兆しとなった。

「わたし、あのしゃべる魔物を探そうと思います」

 エステルが、火の鳥を探したいと話したのだ。自分が狙われた理由を直接問いたいのだと言う。そしてエステルの魔物探しを――ジュディスが言うには魔物の名はフェローと言うらしい――、カロルたちのギルドの初仕事にするそうだ。盛り上がるカロルは、ひとり黙するを見た。

「エステルから後で報酬を貰うことも決まったし……はどうするの?」
「私もあの魔物を探したかったの。だから、一緒に行っていい?」
「もちろんだよ! あ、何だったらもギルドに入っちゃう?」
「ううん、ギルドには入らない」

 きっぱり断ると、あからさまにカロルがしょんぼりした。そこで慌てて言い添える。

「私、もしかしたら別のギルドに入ってるかもでしょ」

 ダングレストにいる間に、は覚えたことがあった。ギルドを掛け持ちすることは出来ないのである。その旨を伝えるとカロルは納得してくれた。しかし次は、エステルがに訊ねてきた。

も、あの魔物が気になるんです?」
「……うん。私の記憶に関わるから。これは間違いないの」
「記憶の手掛かりが見つかったんです? 良かったですね、

 の返答に、エステルは笑った。自身の中にある悩みを押し退けながら、しかし、純粋にの記憶の進展を喜びながら。も笑い返す。
 まだ、一緒に旅をすることができる。大切な仲間たちと。
 視線を落とすと、隣にいたラピードと目が合った。

「またしばらく宜しくお願いしますね」
「ワンッ」

 つい頬が緩んだ。
 一同の目的も定まったところで、カロルが右手を掲げて声を張る。

「よーし、じゃあ、勇気凛々胸いっぱい団出発!」
「へっ?」
「ちょ、それなんです?」

 そしてカロルの言葉に、が変な声を出し、エステルが首を傾げたのはほぼ同時だった。
 もしかしなくとも、結成したギルドの名前のようである。……勇気凛々胸いっぱい団のユーリ・ローウェルだ、なんて胸を張る仲間の姿を想像しかけては止めた。
 案の定カロルの命名はエステルの反対を受けていた。そして彼女は、代わりの名前を提案してみせる。

「凛々の明星、なんてどうです?」

 それは、このテルカ・リュミレースに実在する星の名前だった。夜空で一番強く輝く星。旅でも世話になった道標の星。
 その星には、こんな伝承があった。かつて災厄が世界を襲ったとき、ある兄妹が災厄に立ち向かい、世界を救った。兄は凛々の明星として空に上り、妹は満月の子として大地に残り、この世界を見守ることにしたのだという。
 大きな大きなその名前を、カロルたちは気に入ったようだ。

「じゃあ改めて……〈凛々の明星〉、出発!」
「ワンッ!」

 カロルの掛け声に、ラピードが一鳴きして応じる。
 かつて魔物――フェローを旅先で見たというジュディスの話によると、フェローはデズエール大陸にいるらしい。広い砂漠と険しい山が多くを占める厳しい熱砂の大陸だ。
 大陸を渡るための港を目指して、彼らは出発した。

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