港を目指す途中に立ち寄った新興都市ヘリオード。かつて結界魔導器が暴走し、リタとエステルの力により平静を取り戻した街である。あの後も、宿屋に竜使いが現れたりと、なかなか落ち着くことが出来なかった。
そして今回もまた、のんびりと過ぎることは出来そうにない。
この街の建設の仕事が住民を苦しめ、人が減り始めているのだという。辛さに逃げ出しただけならば良い。しかし、仕事によって逃げる力さえ失って死にでもすれば取り返しがつかない。
「人が住むための街なのに、肝心の人が逃げ出すような辛い仕事を無理強いさせるっておかしくない……?」
「そうね。本末転倒というところかしら」
とジュディスは話に区切りをつけると、ユーリたちを見た。彼らは、かつてノール港で助けた親子と会話している。ラゴウ邸に捕まっていた少年ポリーは、すっかりエステルになついているようだ。しかし、母親のケラスの表情は晴れない。
「ティグルの……夫の行方が、三日前から判らなくて」
話によると、この街に彼らが来たのは貴族になるためだという。ヘリオードの現執政官代行である騎士が、“街が完成すれば貴族としてこの街に住まわせる”と話し、働き手を集めているらしい。その騎士というのが――かつてカルボクラムで出会った、キュモール。
その名前を聞いた瞬間、の目が明らかに据わった。
「貴族になるには皇帝の信認が必要なのに、街を作ったら貴族になれるなんて嘘ついて騙してるってことなんだね」
ユーリたちから伝わる空気がケラスたちの不安を煽り、そしてエステルは、ユーリを見た。何かを言いたげな彼女に、判りきった様子で返す。
「ギルドで引き受けられないかってんだろ」
「報酬はわたしが後で一緒に払いますから」
そうして彼らは、港に向かう前に一仕事こなすことになった。
街の様子を見る限り、騎士が住民を騙し、過酷な労働を強いていることは間違いなかった。以前訪れた時とは違う色の隊服を纏った騎士があちらこちらに配置されている。節々ではあるが、耳に入ってくる話もその事実を裏付けた。強制労働にあえぐ住民、それを悪いとも思わない騎士たち……。
ふっと暗い感情が過り、は慌てて頭を振った。今の自分がやることは騎士に憎悪を募らせることではない。ティグルを探し、家族のもとへ連れ戻すことだ。
街の結界魔導器そばの昇降機の先が怪しいと睨んだユーリたちは、見張りの騎士を退ける方法を算段し始めた。強行突破はカロルに却下されたため、代わりの方法を模索していく。
「……色仕掛け、とか?」
カロルの呟きが一悶着を起こすことになるが、それはまた別の話である。
◆◆◆
ようやく見張りを排除したユーリたちは、その後、騎士団本部にて思わぬ仲間との再会を果たした。
「帝都に戻るのをやめてしまったから、このままだと会えなくなるとこでした。ここでリタに会えてよかったです」
嬉しそうに笑うエステルの隣には、照れ顔なリタの姿。
リタもヘリオードに立ち寄っていたのだ。強制労働のみならず、昇降機の先に兵器魔導器が運ばれていくのを見ていてもたってもいられなくなったらしい。
思い返し語るうちにいきり立つリタを加え、ユーリたちは昇降機へと向かった。
昇降機の側にはふたりの先客がいた。ひとりは騎士キュモール、もうひとりは見知らぬ男だった。変わった髪型に、青い礼服。ふたりは何やら会話していた。
「……ドンを侮ってはノンノン、彼はワンダホーなナイスガイ。それをリメンバーですヨ」
青い男は、見た目以上に変わった口調である。途切れ途切れに聞こえる話から察するに、どうやらキュモールはこの街で戦力を蓄え、青い男から魔導器を買い、ダングレスト――ユニオンを侵攻しようとしているらしかった。友好協定を蔑ろにして。
話に区切りがついたのか、ふたりは昇降機に乗って降りていった。降りる直前、青い男が後ろを振り返る。確かにユーリたちを見つめ、ユーリたちに気づき、しかし何も言わずに去っていった。
その男の目を見て、はぞっとした。
人の眼差しとはなにか違う。
男の視線は、まるで爬虫類のような鋭さと寒さを伴っていた。
「?」
「な、何でもないよ……ジュディス」
案じるようにこちらを見るジュディスに、は気丈に返す。
すぐさまユーリたちは、昇降機に乗った。労働者キャンプには疲れきった住民の姿がたくさんあり、そんな住民に鞭打つ騎士もいた。騎士を倒しながら、住民たちに上へ逃げるよう伝えて回る。それを繰り返しながらキャンプを進むと、先に見たキュモールたちの姿があった。
「あら、さっきの人たちよ」
ジュディスの呟きに応じて視線を向けると、ユーリやエステルにとっては見覚えある装束もいた。かつてフレンを狙っていた赤眼の男たち。どうやら今はキュモールに雇われているらしく、青い男は赤眼たちの頭領らしかった。
指示を終えたらしいキュモールのそばに、通りがかった労働者が運悪く倒れ込んでしまう。もちろんキュモールが労るはずなど無かった。「さぼってないで働け、この下民が!」罵倒と共に労働者を足蹴にする。その労働者は逃げることすらできず、やや顔をあげるだけ。
は、その労働者が誰か気付いた。
「ティグルさん……!」
仲間たちの横を黙って進み出たユーリは、無言のまま拾い上げた石を投げた。
素早い石の礫は目標を違えずキュモールの顔面へ辿り着く。
「だ、だれ!」
痛みと衝撃に情けない悲鳴を上げたキュモールが、わたわたと辺りを見渡す。そしてユーリとエステルたちを視界に認めるなり、顔を引きつらせた。
はあまりそういったものを意識しないせいで忘れそうになるが、エステルは皇族の姫だ。悪事を見られたキュモールがあんな表情になるのも至極当然と思える。出世の道は綺麗に潰されることだろう。
怒り露に、しかし凛とキュモールを指差しながらエステルは口を開いた。
「あなたのような人に騎士を名乗る資格はありません! 力で帝国の威信を示すようなやり方は間違ってます。その武器を今すぐ捨てなさい。騙して連れてきた人々もすぐに解放するのです!」
「……世間知らずの姫様には消えてもらった方が楽かもね」
キュモールがエステルに従うはずがなかった。それどころかキュモールは、騎士でありながらエステルに刃を向けてきたのだ。
「理想ばっかり語って胸糞悪いんだよ!」
「騎士団長になろうなんて妄想してるヤツが何言ってやがる」
ユーリが剣を抜き、キュモールと対した。たちも倣うように武器を手に、臨戦体制へと入る。
「イエガー! やっちゃいなよ!」
「イエス、マイロード」
キュモールに促され、青い礼服の男――イエガーが武器を構えてみせた。赤眼の男たちも頭領のそばにと集まってくる。先の口調のわりに、キュモール自身に戦うつもりは無いようだ。らしいと言えばらしいが。
「ユーに恨みはありませんが、これもビジネスでーす」
語りながらイエガーは、此方に襲い掛かってきた。
イエガーの武器は大きな鎌であった。片手で軽々と刃を振り上げ、流れるように攻撃を加えてくる。随分と手慣れているらしい。しかしには僅かながら利点があった。の武器も鎌だ。だからこそ、鎌での攻撃については心得がある。同時に相手にも自分の攻撃の特性が知られていることになるが、対処することもできるはす。
そう考えたの真横を光弾が過ぎていった。掠めた光が頬を裂き、血を溢す。
イエガーの武器は変化していた。いつの間にか銃を手にしていたのである。似たようなものをたちは見たことがあった気がした。
形を変える武器――。イエガーの武器は、鎌へ銃へと自在に変形し、全ての間合いへと対応するものだったのである。武器を売る男らしい得物だ。
予想外の攻撃はあったものの、勢いは此方側にあった。ユーリたちは程なくして、イエガーたちを倒すことに成功した。
「なかなかストロングですね」
負けたとは思えぬ余裕を保ちながら、イエガーが呟く。まだ本気を出してはいないのだろう。彼が手練れであろうことは、戦ううちに嫌でも思い知らされた。
そこに駆け寄ってくる騎士がひとりいた。察するに伝令役のようだ。
「キュモール様、フレン隊です! 下を調べさせろと押し切られそうです!」
「下町育ちの恥知らずめ……!」
あからさまにキュモールが唇を噛み締める横で、「ゴーシュ、ドロワット」イエガーが何処かへと呼びかける。それに応じて現れたのは二人の少女だった。
少女たちが揃って何かを地面へ投げつけると、周囲は瞬く間に煙に包まれた。煙幕らしい。「今度会ったら、ただじゃおかないからね!」と決まりきった文句が聞こえてくる。キュモールたちは逃げるつもりなのだ。
反射のようにエステルが叫びを上げる。
「早く追わないと!」
「待って! 今のボクらの仕事はティグルさんを助け出すことなんだよ!」
「でも……!」
渋るエステル、ギルドの責務を果たそうとするカロル。
二人の気持ちはよく判る。しかしどちらかを選択しなくてはいけない。あくまで同行の身であるに決定権は無く、僅かに逸りながらも成り行きを見守っていた。
そこに駆け寄る足音、甲冑がぶつかり合う音。その姿が誰か認識したユーリは、すぐさまティグルを見た。
「立てるか?」
「あ、ああ」
「悪いが最後まで面倒見れなくなった。自分で帰ってくれ。嫁さんとガキに宜しくな」
ティグルはユーリたちに頭を下げると、騒動するキャンプの中を帰っていった。
「ここはもうフレンが片付けるだろ」
近付いてきていたのはフレンだったのだ。そしてユーリは、今にもキュモールを追い掛けてしまいそうなエステルを見た。「すみません」エステルが呟き、小さく頭を下げる。
ユーリはフレンがこちらに来るなり、口を開く。
「後始末は任せた!」
「待て、ユーリ! それにエステリーゼ様は……!」
フレンが呼び止めるのも聞かずに、ユーリたちはヘリオードの街を飛び出した。
今追い掛ければ、キュモールを捕まえられるかもしれない。出来ればそうしたいなと思いながら、は仲間たちの後をついて行った。
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