結局キュモールたちを捕まえることは出来なかった。街を出てしばらく走ったが、どこにも見当たらない。
逃がしてしまった。
残念ではあったが、ヘリオードの件で必ず騎士団はキュモールに何らかの処罰を下すだろう。ああやってフレンが調べに来たのだ、良しとはしないはず。はそう信じた。
「ヘリオードに戻るより、このまま港行った方が良さそうだな」
「え? キュモールはどうするんです!? 放っておくんですか?」
ユーリの考えに、エステルは声を荒げた。
気持ちは判らないでもなかった。誰だってキュモールを捕まえたいし、あの男に然るべき裁きを受けさせたいと感じている。だが手掛かりもなく逃げられた今、これ以上追い掛けることは出来ないだろう。
しかしエステルは、目先の出来事に強く反応してしまい、それを解決しなければ気が済まないらしい。そのために当初の目的を見失いつつあった。
納得できなさそうな彼女に、はそっと訊ねた。
「エステルが、この旅でやろうって決めたことって何だったっけ」
「え?」
「エステルが目的にしてたことって、なに?」
いまいち要領を得ないらしいエステルが、困り顔でへ返す。
困っているのは此方なんだけれどな。思いながら、はまた口を開きかける。
しかし、それを遮り、先にエステルに訊ねたのはジュディスだった。
「フェローに会うと言うのがあなたの旅の目的だと思っていたけど」
はっとし、口ごもるエステルに、ジュディスは更に言い募る。
「あなたのだだっ子に付き合うギルドだったかしら、〈凛々の明星〉は」
「……ご、ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃ……」
鋭い指摘に、エステルはようやく合点がいったらしかった。しゅんと項垂れ、素直に自身の焦りを反省する。
ジュディスの口調の強さは意外だった。はそう思うと同時に、申し訳無くも感じていた。自分がエステルに考えさせようと下手に遠回しに訊ねたために、彼女を叱り切れなかった。結果、ジュディスに任せる形になってしまった。
もう少し上手く話せるようになろう、とひっそりは決意する。
沈んだ空気を振り払うように、ユーリはエステルに言った。
「ま、落ち着けってこった。それにフレンが来たろ。あいつに任せときゃ、間違いないさ」
「ちょっと、フェローって何? 凛々の明星? 説明して」
何とか場が収まりかけた時は、耐え切れなくなったリタがついに口を挟み――。
「そうそう、説明してほしいわ」
そして何故か、レイヴンの姿があった。
◆◆◆
カプワ・トリムの宿に向かった彼らは、突然現れたレイヴンの話を聞いていた。
ドンの命令でユーリたちを必死に追い掛けてきたという彼の目的はふたつ。ひとつはエステルの監視。そして、もうひとつは。
「ドンのお使いでノードポリカに行かなきゃなんないのよ。ベリウスに手紙を持ってけって」
ノードポリカはデズエール大陸の西にある都市だ。その都市には闘技場があり、そこを治めているのがドンの盟友・ベリウスだという。
その大切な手紙をひらひらと揺らし、挙句ユーリに投げ渡しながらレイヴンは話した。
「ダングレストを襲った魔物に関する手紙だな。おまえさんたちの追ってるフェローって奴。ベリウスならあの魔物のこと知ってるって事だ」
「こりゃ、オレたちもベリウスってのに会う価値が出てきたな」
「ですね」
呟くユーリに、エステルが頷く。
その時、手紙をレイヴンに返そうとしたユーリが、はたと目を丸めた。彼の手元で、手紙が二つに割れる。どうやら二枚重なっていたらしい。
それを見て「あぁ!」思い出したようにレイヴンが手を叩いた。
「いけねえ。手紙ふたつ預かってたのよ」
「どっちもベリウスにか?」
「うんにゃ、おっさんもよく判らんのだども……」
背中を丸めたまま立ち上がり、ユーリから手紙を受け取るレイヴン。彼はひとつを懐に戻し、もうひとつは持ったまま――を見た。
もしかして。
息を呑むに、レイヴンが頷いて答える。
「ドンから、ちゃんにお手紙」
「えぇっ!?」
何故か叫んだのはカロルだった。
「何でドンがに手紙書くの?」
「おっさんも知らんわよ。ちゃんのこと聞かれて、記憶喪失らしいわよって言ったらね……」
カロルがレイヴンに詰め寄るのを横目に、は受け取った手紙を開いた。
自身にも、ドンから手紙を貰うような心当たりは無かった。まさかフレンのことで押し掛けた時のことだろうか? 見当のつかないまま、は文面を辿り始めた。
綴られていたのは、フレンのことでもなければ、への何かでもない。とあるギルドに関する情報だった。
そのギルドは狩猟を生業としていた。生きるために必要なだけの狩りを行い、時にはそれを仕事としていたというギルド。出来る限り自然に寄り添い、自然で在ろうとしたそのギルドの名は――〈銀雪の狼〉。
名前とギルドの意匠を目にした時、の胸の奥で、切なく軋むものがあった。
手紙を読み進めると、このギルドが10年前に消えてしまったことが判った。丁度、人魔戦争の起きた頃である。はそれを残念に思うと同時に、確信した。
私は、このギルドを知ってる……!
ドンが何故、こんな手紙をくれたのかは判らない。しかしを見て何らかの繋がりを感じたのだろう。ならばドンは、の記憶に繋がる手掛かりを知っているのかもしれない。思わぬ収穫に、手が震える。
フェロー探しが終わったら、ドンに話を聞きに行こう。はそう決めた。
一行の話もその頃には一段落し、それぞれが部屋を出ていった。休息前の、細やかな自由行動だ。
「ラピードさん」
宿屋を出ると、側にはラピードが座っていた。たちが宿に泊まる間、ラピードは何時もこうして外で待っている。
はラピードの横にしゃがみこむと、微笑みながら彼を見つめた。
「ドンが私にくれた手紙ね、私の記憶の手掛かりになるかもしれないんです」
「ワウッ!」
「えへへ……ありがとうございます」
ラピードの返事にはにかみながら、は続ける。
「今までにも私、記憶らしきものが思い出せてたりしました。でも本当に節々で、逆に訳が判らなくなっちゃうようなものばかりで……。でもね、ドンがくれた手紙にあったことは、今までと違った。胸がすごいあったかくなりました」
「ワンッ」
「はい……。だから私、ちゃんと記憶を取り戻したいです。辛いこともあるかもしれないけど、あったかくて幸せなことも、確かに私にはあったと思うから」
「ワンワンッ!」
少女の改まった決意を聞いて、ラピードはその背を押すように鳴いた。種族の差はあれど、仲間を思いやる気持ちに壁はない。
ラピードの心をしっかり受け取ったは、瞳を潤ませながら満面の笑みを咲かせた。
「ありがとう、ラピードさん。……おやすみなさい」
他の仲間たちより一足先に、は眠りについた。
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