ノードポリカに着くと、カウフマンは約束通りにフィエルティア号を〈凛々の明星〉に進呈してくれた。故障の際に魔導器を見たパティの口添えで、駆動魔導器の新調も手配してくれるという。
そうしてカウフマンと別れた後、今度はパティがユーリたちに向き直った。
「うちも行くのじゃ。色々と世話になったな」
「こちらこそ、船の操縦ありがとう」
「それじゃあ達者でな。道中気をつけろ」
礼を言うカロルに、年に不相応な貫禄を滲ませながらパティは返す。そんな彼女にユーリは笑った。
「おまえがな」
頷き、駆けていくパティを見送ると、一行は早速ベリウスの元へ向かうことにした。
このノードポリカを治め、ギルド〈戦士の殿堂〉の統領でもあるベリウス。一体どんな人物なのだろう? あのドンの盟友であり、ユニオンに匹敵する力を持つギルドの主。興奮とも期待とも取れる感覚がの胸に広がっていく。
しかし、そう上手くベリウスに面会することは叶わなかった。
「ベリウス様は新月の晩にしか人に会われない。出来れば、次の新月の晩に来てもらいたいのだが……」
統領代理である男性・ナッツはそう話した。満月は最近だったし、次の新月までは時間がある。
ベリウスがいる闘技場に入ることは出来たが、本人に会えないのではどうしようもない。レイヴンの手紙も直に渡すよう頼まれているらしく、一行はひとまず闘技場を後にするしかなかった。
思わぬ時間が出来た一行に、ジュディスは提案した。
「じゃあ、今のうちに砂漠の情報を集めてはどう?」
「フェローの情報もね」
そこにカロルが付け加える。
先に宿屋に行ったレイヴンを除いて、全員でノードポリカの街を回ることになった。
闘技場を出て少し歩くと、先に別れたパティが露店にいるのに皆は気付いた。どうやら買い物をしているらしい。
「これとこれ、くれなのじゃ」
「は、はい……」
何処となく女店主に落ち着きが無いのがは気になった。嫌な感じがする。
その女店主に、街の住人であろう男が駆け足で近付いていく。二人はパティをちらちらと見ながら何やら話し始めた。
こそこそ話が一段落すると、女店主はパティに向き直り、おずおずと口を開いた。
「あのぉ……その格好、すいませんが、あなた……アイフリードのお孫さん……?」
女店主の指摘にパティが息を呑む。
アイフリード。かつてギルドの信用を地に貶めた極悪人――。ラゴウの屋敷で、確かエステルがそう話してくれた。
そのアイフリードの、孫。
こんなにギルドの存在が濃い場所に、アイフリードの関係者がいるとなったらどうなるか。世間に疎いでも容易く想像ついた。
「あ、あの……もううちにはあまり、来ないでいただけますか、ね……」
「それは……うちがアイフリードの孫だからかの?」
「あ、えと……そのですね、うちは別にいいんですよ。でもね、ほらお客さんとかが……」
「え? いや……わたし? いや、ちょっと待ってくださいよ、わたしゃ、何もそんなこと……」
店主と男性は、パティを他所に口論を始めてしまった。
「ちょっと、言ったじゃないですか、ギルドの義に反した奴の孫が来たら店のイメージダウンだって」
「そりゃ、だって人々を守るっていうギルドの本分破って、多くの民間人を殺戮した人物の孫だし……」
見る見るうちにパティの表情は暗くなっていく。はあの表情に覚えがあった。
ちょっと前までの、私と同じ顔だ。
記憶もなく、宛てもなく、異常な魔導器の眼をひた隠して生きてきた。何かに責め立てられているかのように、ひたすら逃げ回るように。
それが変わったのは、以前より素顔を出していられるようになったのは、仲間ができたから。見た目に囚われずに、という人間を見てくれる人たちに出会えたからだ。
しかしパティには、そうやって傍にいてくれる人がいない。
あんなに小さな子が、どうして咎められなければならないのだろう。
アイフリードが本当に罪を犯していたとして、その憎むべきアイフリードがいないからといって、何の罪もない少女が傷つけられるのは――いけないことだ。
胸の奥でちりちりと焦げるような痛みがする。
たまらなくなって、はパティに駆け寄った。
「さっきぶりだね、パティ」
「……?」
にっこりと笑い、パティに声を掛ける。少女は唐突なの登場に、呆気に取られていた。
間を置かずに、他の仲間たちもやってくる。
「くだらねぇ話してるじゃねえか」
ユーリに至っては、不機嫌を隠そうともしない。気に入らない、という感情たっぷりの眼差しが店主たちを突き刺す。
「こんな子どもに何の責任があるってんだ。こいつが直接、何か悪いことをしたか?」
「……まあ、ユーリ、そう、カリカリするな。いつものことなのじゃ」
が思っていたことを、彼は全て話してくれた。しかしパティは、そんなユーリを力無い声で止める。
俯きがちな彼女を見て、リタは我慢ならずに口を開いた。
「あんたね、こいつはあんたの事を思って……」
「心配せんでも、うちはすぐにこの街を出ていくのじゃ。んじゃの」
「あ……ちょっと、あんた……」
リタが呼び止めるのも聞かずに、パティは走り去ってしまった。
パティの口振りからして、こういうことは初めてでは無さそうだった。いつもいつも、こんな風にあの子は傷付いているのだろうか……。
「あなたがそんな顔してどうするの」
「ジュディス……」
相当酷い顔をしていたらしい。苦笑いを浮かべたジュディスが、こちらを見つめていた。ユーリたちはとっくに宿屋に戻ってしまったらしく、二人きりである。
「もよね。エステルのこと言えないわよ」
「……そうだね」
「ただね、エステルとはちょっと違うとも思うの」
後ろ手で小首を傾げ、ジュディスはにそう言った。思わせ振りな彼女の言葉に、は瞬きする。
「エステルと違う……のは、そうだろうけど」
「私が言いたいのはね、あなたがパティを気にかけた時の雰囲気のこと」
「雰囲気?」
ジュディスもどう伝えるべきか悩みながら話しているらしかった。
が聞き返すと、彼女は少し考え込み、珍しく困ったような顔をしてみせる。
「パティを通して、あなたは別の誰かを見ていたように感じたの。……あなたの近しい人に、パティみたいな子がいたのかしらね」
そんなジュディスの言葉はの心を強く揺さぶった。
あの時パティに駆け寄った理由が、の中で明確になっていく。
放っておけなかったのは、自分と重なったからだけではない。
“護りたい”と強く願ったから。
その想いが生じたのは、心のより深い場所だった。今までも何度か経験した、強い刺激を産み出すところ。
いまだに蘇らない記憶の海。
「うん……。そうかもしれない」
は複雑な思いだった。
素直に記憶の手掛かりだとは喜べなかった。
この感情と衝動から、自分は過去に“近しい人”を守れなかったことが知れたからだ。
「……私たちも、宿に行きましょ」
それきり口を閉ざしたに何も言及せず、ジュディスは静かにそう告げた。
◆◆◆
つくづくトラブルに縁がある一行だと、は実感していた。自分もその一員であることを考えると、どうにも笑えない。
一行はまたもや闘技場にいた。ただ、昨日とは用向きが違う。
「じ、実は〈戦士の殿堂を〉乗っ取ろうとしてる男を、倒していただきたいんです」
そうユーリたちに頼んできたのは、五大ギルドのひとつ〈遺構の門〉の首領・ラーギィ。遺跡発掘を生き甲斐とする面々が揃い、時には帝国魔導士の遺跡発掘を手伝うこともあるギルドだそうだ。
ラーギィが〈戦士の殿堂〉乗っ取りの阻止を願うのも、その遺跡に絡んだ理由があってのことだという。
「〈戦士の殿堂〉には、と、闘技場遺跡の調査を、させてもらっていまして……。も、もし別の人間が上に立って、こ、この街との縁が切れたら、始祖の隷長に申し訳無いです」
「始祖の隷長ってなに?」
不意に現れた聞きなれない単語に、カロルが聞き返す。するとラーギィは、おどおどしながらも――どうやら喋る時の癖らしい――説明してくれた。
「あ、すみません……ご、ご存じないですか。こ、この街を作った古い一族で、我がギルドとこの街の渡りをつけてくれたと聞いています」
古い一族。はそっとジュディスを見た。クリティア族とは違うのだろうか。
同じことが気になったらしいカロルがジュディスに直接訊ねていたが、彼女は首を傾げるだけ。
(クリティア族ならクリティア族って言うか……。じゃあ、人間でもクリティア族でもない一族がいたのかな?)
が悩んでいるうちに、話は進んでいった。
〈戦士の殿堂〉を乗っ取ろうとしている男は、何と闘技場のチャンピオンだと言う。
その男は大会に参加し、勝ち続けることでベリウスに急接近している。正面から挑まれたのでは追い出すに追い出せず、〈戦士の殿堂〉側は何もできない。
だからユーリたちに闘技場に出場してもらい、その男を倒してほしい――。それがラーギィの願いだった。
聞いてしまっては見過ごしがたい話だった。ラーギィの次の言葉が、それに拍車を掛けてくる。
「おお、男の背後には、〈海凶の爪〉がいるんです! 〈海凶の爪〉は、この闘技場を資金源にして、ギ、ギルド制圧を……!」
「キュモールの野郎あたりが考えてそうな話だな」
「まさか……」
目を細めたユーリを、カロルが不安そうに見上げる。
ユーリは考え込んでいた。
「キュモールと〈海凶の爪〉は繋がってる。さて、藪をつついたら何が出るか……」
「どちらにせよ、〈海凶の爪〉が関わっているなら止めないと! 帝国とギルドの関係が悪化するばかりです」
両の手を握り締め、エステルが強く言った。
確かに大きな問題ではある。しかし。
「フェローはどうするの? こんなんじゃいつ会えることか」
呆れたようなジュディスの声が静かに響いた。
何時かと同じような状況だった。「で、でも……」やはり諦めきれずに食い下がるエステルに、ジュディスはまた口を開く。
「あなた、本当にやりたい事ってなんなの?」
エステルは口をつぐんだ。目を伏せ、ジュディスの言葉を自分の中で噛み下すかのように。
しかしそう言ったジュディスも、エステルのことはすっかり判っているらしかった。それとも諦めなのか、別の感情か思惑か。
ジュディスは言った。
「……引き受けるんでしょう? 話を聞いてしまったんだし」
エステルのみならず、そう話を振られたカロルが目を丸める。
「う、うん……。ギルドとしても放っておけない話かもしれないし……」
「放っておいたら〈海凶の爪〉とキュモールが良いように掻き回しちゃって、ベリウスに会えなくなるかもだしね」
もこの話を引き受けることには賛成だったので、その意を示しておくことにした。
反対する仲間はいなかった。
次に話し合ったのは出場者だった。凛々の明星が受けた話なのだから、〈凛々の明星〉の人間が出る――ということになり、ユーリが出場することに決まった。
ジュディスと途中で戦うのは避けたいという彼の発言により、参加するのはユーリだけである。
「私はやってもよかったのに」
ジュディスが残念がるのを見て、はひっそり考える。
(ジュディスが話を受けたの、まさか闘技場に出たかったからなのかな)
確かめるのも失礼な気がして、その疑問は胸に留めておくことにしたのだった。
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