闘技場内の熱気は凄まじかった。老若男女、様々な人々が観客席にひしめき、円状の戦場を見下ろしている。
参加するユーリを除き、たちもその人々に混じっていた。
「ユーリ! がんばってくださーい!」
「ユーリならきっと大丈夫だよ」
「ケガしないように、ほどほどに~」
「出たかったわ、私も」
「まだ言ってるし」
思い思いに、仲間たちはユーリに声援を送る。
熱のこもったアナウンスが試合を囃し立て、場内にあらゆる声が響き渡り、空間を揺らすようだった。
「うう……。お願いだから早く勝って、ユーリ……」
ここまで人が多く、騒がしい場所は今まで体験したことがない。
は不慣れなこの状況に、酔いそうになっていた。
挑戦者のユーリは、予選を三回勝ち抜くことができれば、大会チャンピオン――目的の男と戦うことができるらしい。一回戦は元騎士の政治活動家、二回戦は盗賊、三回戦は仮面の剣士。
何も問題なく、ユーリはその剣で相手を蹴散らしていった。今までの旅で戦いの経験を重ねた彼にとって、どの相手も物足りなさそうである。
軽やかに予選を突破したユーリに、気が早いとは思いつつは安堵する。
この調子で、チャンピオンも倒してしまうのでないか。そんな淡い期待を抱いて彼を見守っていた。
しかし。
「次こそメインイベント! 紹介しよう、大会史上、無敵の現闘技場チャンピオン!」
アナウンスと共に闘技場へと現れたその男は、この場に似つかわしくない凛とした空気をまとっていた。
見覚えある騎士団服に、金髪碧眼の青年。
「甘いマスクに鋭い眼光! フレン・シーフォ!」
のみならず、仲間の誰もが、友に向かい合うユーリが、目を見張った。
ノードポリカを狙う男というには、フレンへの印象はあまりに潔白すぎた。
しかし、帝国の騎士が闘技場に参加するとはどういう了見なのだろう? この街を乗っ取るつもりはなくとも、それ相応の理由があるに違いない。そして、フレンに訊ねたところで教えてくれるとも思えなかった。
フレンも状況を掴みあぐねているふうだった。目の前に現れた友に、明らかな困惑の表情を浮かべている。
「こりゃ、はめられたかな」
「そうらしいな」
肩をすくめるユーリに、フレンが静かに返す。
二人はどうするのかと思いきや、アナウンスの掛け声と共に試合を始めてしまった。
ユーリが斬りかかり、フレンは的確に盾で防ぎきる。繰り返し、代わる代わるの攻防が続いた。剣の腕は、ほぼ互角。
仲間たちはそれを見守るしかない。
たとえ知り合いとはいえ、この大勢の前で生半可な戦いは見せられないだろう。だからと言って本気で打ち合うわけにもいかない。
歯痒さが伝わってくるかのようだ。
次第に彼らの剣撃は激しさを増していく。
焦るたちを他所に盛り上がる闘技場。
その喧騒と興奮に、突如割って入るものがいた。
「ユーリ~~~……ローウェルぅ!」
字のごとく上空から降ってきた、赤髪の男。かつてラゴウを追った際に戦った暗殺者、ザギだった。
「ユーリ! オレに殺されるために生き延びた男よ! 感謝するぜ!」
どうやら彼はユーリに目をつけているらしい。狂気の滲む眼光が、ユーリただひとりを捉えて動かない。
ユーリはあからさまに顔をしかめてザギを見た。
「ちっ、生き延びたのはおまえの為じゃねぇぞ」
「オレを初めて傷付けたおまえを、オレはこの手で絶対殺す!」
「やる気出すなら、もっと別のことにしとけよ」
「見ろぉ!」
ユーリの悪態に耳を貸す様子はない。ザギはひとり高揚し、叫びながら己の左腕を掲げた。
歪な銀色の表面。煌々と輝く魔核の埋められたそれ。
手甲などとは明らかに違う。
心臓がいやに跳ね、は反射的に右目を押さえた。
「私の目と、同じ……!?」
ザギは左腕を魔導器に換えていた。語り口からして自ら望んでそうしたようだ。魔導器と身体が直に繋がることの負担もリスクも、あの男には関係ないのだろう。
ユーリを殺せたら、後はどうでもいいのだ。
言葉をなくすの前で、立ち上がったリタが眉を吊り上げる。
「魔導器をあんな使い方するなんて!」
「なんか気持ちが悪くて、動悸がするわ」
レイヴンが心の底からそう呟く後ろで、ジュディスがふと目を細めた。
「あの魔導器……!」
険しい表情で彼女は駆け出す。観客の隙間を縫うように移動していったジュディスは、止める間もなく舞台へと降りていってしまった。
慌ててたちもジュディスを追い、舞台へと向かう。
必然的にたちは、ユーリと共にザギと刃を交えることになった。
間近で見れば見るほど、魔導器の腕はおぞましかった。絶えず魔核に満ちるエアルの光に、は眉を顰めた。
「私の目も、これと同じ……」
「ひゃはははぁ、何だぁ、うらやましいのか? オレの左腕が」
「そんな訳ないでしょ! あんたのそれは魔導器に対する冒涜よ!」
笑うザギに、リタが怒りながら水の魔術を放った。ザギの周囲を水球が取り囲み、弾ける。
その瞬間、ザギはより一層甲高い笑い声と共に左腕を掲げた。呼応するように魔核は強く輝く。すると、彼を襲っていたはずの魔術は急激に威力を失っていった。
何が起きたのか理解するまで、は早かった。
「魔術を吸収した!?」
「あら、厄介ね」
語り口のわりにジュディスの顔つきは相変わらず険しい。
絶えぬザギの猛攻と、魔術を吸収し力へと変換する左腕。
仲間たちは幾度となくその攻撃を防ぎ、かわし、反撃していった。
「気分悪い、です……。魔導器の腕、なんて……」
エステルの口から漏れたその呟きに、は複雑な思いで唇を噛み締めた。
魔術とはエアルの塊のようなもの。それを吸収し、魔導器と己の糧にする――。
ザギの芸当に、はよく覚えがあった。
ガスファロストで、自身がした行為と同じなのだ。
「本当に、気分悪い……!」
あいつと私が同じだなんて!
瞬間、体の中を駆け上がってきたものが怒りなのか何なのかは判らない。
ただ“受け入れたくない”ということだけは確信できた。
「愚者を断つ水流の刃よ……アクアエッジ!」
荒れた心のままに、は水の魔術を放つ。彼女の右目もまた、ザギの左腕のように強い輝きを伴っていた。
先にリタの放っていた火球に続いて、刃と化した水がザギに斬りかかる。「無駄だ無駄だぁ!」叫ぶザギが、またもや腕を翳した。魔導器が音を上げ、火も水も光の粒子に還して取り込んでいく。
だが今回は様子が違った。
魔導器の光が収まらないのだ。それどころか赤い輝きは増し、ザギごと真っ白に染めていく。
「むっ……ぐわぁ!」
ザギが膝をつき、腕を押さえた。
幾度となく魔術を吸引したために魔導器が制御を失い、暴走を引き起こしたらしかった。
膨れ上がった光とエアルの波は左腕の中で収まりそうにない。
「魔導器風情が、オレに逆らう気かぁ!」
逆上したザギは左腕を掲げ、そのエネルギーを無理矢理に解放した。
幾つもの光弾が魔導器から放たれ、闘技場に降り注いだ。あちらこちらで爆音と爆風が生まれ、舞台を揺るがす。
すると闘技場内に、何故か魔物が群れをなして雪崩れ込んできた。
「見世物のために捕まえてあった魔物だ!」
魔物の襲来に混乱するユーリたちに、フレンが叫ぶ。
「たぶん、今の爆発で魔物を閉じ込めていた結界魔導器が壊れたんだ!」
言うや否やフレンはすかさず何処かへと駆け出していった。
騒ぎに紛れて、左腕を抱えたザギが去ろうとするのがたちの視界に入る。
「逃がさないわ……!」
「きゃっ!」
真っ先にジュディスが追い掛けようと足を踏み出したが、魔物の攻撃で吹き飛ばされたエステルがその道を塞いでしまう。
まずは魔物の相手をしなくてはいけなさそうだ。
閉じ込められていた鬱憤を晴らそうとでもしているのか、魔物たちはどれも興奮している。数も相当で、幾ら切り伏せても減った気がしない。
「――なにっ?」
何匹めかの魔物を両断したとき、は後方から強い力のうねりが生まれるのを感じた。
慌てて振り返ると、その正体はすぐに判った。魔術を詠唱中のリタである。だが、どうにも様子がおかしい。
リタの体を強い光が包み込んでいる。そばにいるエステルが手にしている紅の小箱――アーセルム号で見つけたものだ――も、同じように輝いていた。
リタから放たれた魔術は、今までに見たことのない強烈な爆発を引き起こした。放った当人も困惑するその威力に、は目を丸めた。
「あの箱が……まさかリタに……?」
エステルとリタもまた、と同じように箱に見入っていた。
箱を手にするエステルに、素早く接近する影があるのに気付くことすら出来ずに。
近付いてきていたのはラーギィだった。ユーリたちに闘技場への参加を促したあの男である。
目にも止まらぬ速さで、ラーギィはエステルから紅の小箱を引ったくっていってしまった。
「あいつ!」
リタが怒鳴った頃には既に姿が見えなくなっていた。すぐさまラピードと、次いでジュディスがその後を追い掛けていく。
「騎士団に告ぐ! ソディアは小隊を指揮し、残った魔物の討伐に当たれ! 残りは私と一緒に観客の護衛だ! 魔物は一匹たりとも逃がすな!」
いつの間にかフレンは、リングアナの元へ行ったらしい。精悍な声が、マイクを通して闘技場に響き渡る。
「ちゃんと隊長らしさも板についてんじゃねぇか」
ユーリはふっと笑った。
ここはもう大丈夫だろう。
闘技場の騒動はフレンたち騎士団に託すことにして、一行は闘技場を後にした。
闘技場の外でジュディスと、街の出口でラピードと落ち合うことができた。
ラーギィが逃げたのは西の方角、ちょうど緑地と砂漠に大陸を分断する山脈が聳えるほうだと見当もついた。
万が一違ったとしても、ラピードがくわえてきたラーギィの服の切れ端のお陰で追跡は苦労しなさそうだ。匂いを辿っていくことができる。
「ラピードさん、流石ですね」
「ワンッ!」
山は準備なしで越えるには厳しい難所だ。自分たちとて何も無くては危ういだろう。
たちも準備を済ませると、ラーギィを追うため足早にノードポリカを発った。
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