ラーギィを追って一行がやってきたのは、カドスの喉笛と呼ばれる洞窟だった。此処を抜けた向こうがコゴール砂漠らしい。
しかし問題がふたつあった。
追い付いたと思いきやラーギィが刺客――〈海凶の爪〉の戦闘員をこちらにけしかけ奥に逃げたこと。これは〈遺構の門〉と〈海凶の爪〉が繋がっているであろうことを示唆していた。
そして――この洞窟には“プテロプス”と呼ばれる強い魔物が棲んでいること。
薄暗い洞窟の中には、道の節々に白く輝く花が咲いており、お陰で全くの暗闇にはならずに済んでいる。の目には眩しいほどであった。
洞窟を進んでいくと、思いがけない再会が待っていた。
「また会ったの」
ノードポリカで別れたパティであった。
崖を登ってきた少女はめげることなく、アイフリードの財宝を求め、こんなところまで来たらしい。
たくましいパティの様子に、カロルはそろりと尋ねた。
「ねえ、パティの探してるアイフリードのお宝ってどんなものなの?」
「聞いて驚け、それは“麗しの星”なのじゃ! アイフリードのお宝の中でも、何よりも貴重なものなのじゃ!」
麗しの星。
その単語に一同は首をかしげた。年長のレイヴンも、魔導士のリタも、そして博識なエステルでさえ、聞いたことはないらしい。
しかし――。
「片割れの、鍵……」
ぼんやりとが呟いたのを、パティは聞き逃さなかった。素早くに駆け寄り、しがみつくような形で彼女を揺さぶる。
「なんじゃ、は知っとるのかの!?」
「えっ? あっ、私!? あれっ?」
「今ぼやいたじゃろ、ほれ、鍵とか何とか!」
「えぇっ? えとっ、なんかその、名前に聞き覚えある気がしただけでっ……」
揺さぶられながらは困惑していた。どうやら無自覚、無意識の呟きだったらしい。だが麗しの星という言葉に対する反応だったのは間違いないようだった。
尚も字のごとく揺さぶりをかけるパティを宥めようと思ったのか、二人の間に割って入りながらカロルは再度パティに尋ねる。
「ぱ、パティがアイフリードの孫って話は本当なのっ?」
「なによ、そうなの、お嬢ちゃん? 盟友に孫がいたと知ったらドン、どんな顔するかね」
初耳のレイヴンは可笑しそうに口を挟む。
慌てるから引き剥がされたパティは、くるりと振り返り深々頷いた。
「本当なのじゃ! ……たぶん」
一同は各々首をかしげた。何故パティは自身の祖父のことを推測で話しているのだろうか。
ここでははっとした。
自身のことを推測で話す理由として思い当たるもの――自分にはとても身近な、それ。
まさか。思いながら、はそっと口を開いた。
「パティは、記憶喪失なの……?」
「そういうことなのじゃ」
合点がいった。パティがアイフリードの宝を探すのは記憶を取り戻すためなのだ。そして麗しの星を探し出せば、アイフリードに……自分の祖父に会えるかもしれない。
境遇を知ると、はますますたまらなくなった。パティをひとりで歩かせるのがあまりに心配で、いたたまれなくなってくる。記憶を持たぬ苦しみが、悩みが、手に取るように判るからだ。
幸いにもパティは、ラーギィを追うユーリたちと同じ方向を目指していたらしく、同行することになった。
気丈なパティの姿に、はひっそり思いを募らせ、整理していく。
――このままパティを独りにしていいの?
記憶を取り戻したい、けれどこの子を放っておきたくない。
私の記憶には少しずつ兆しが見えてきた。
皆のお陰で手掛かりが出てきた。
そして“麗しの星”という言葉にも私は何かを感じている?
私は何を知っていたんだろう?
私は何がしたいんだろう?
もしこれからも、何か思い出していけたら……同じように辛いパティを、助けてあげられるのかな――?
はその胸中で、とある決意を固めようとしていた。
魔物を倒しながら洞窟を進む。大分奥にまで来たようだ。道の中央が緩やかな下りになっていて、僅かに水が張っている。ぼんやりと輝く水面の雰囲気に、は覚えがあった。
しかしその水面の先にラーギィがいたことで、考えは遮断されてしまう。
一番にラピードがラーギィを追いかけようと駆け出すが、出来なかった。
互いの間にある水面が、みるみるうちに赤く強く輝き出していく。溢れる光の粒子には確信した。
ここはエアルクレーネだ。
そしてタイミングの悪いことに、今しがた暴走を始めてしまったらしい。
はエアルクレーネに足を踏み出しかけて「ダメです!」エステルに止められた。
「この量のエアルに触れるのは危険です!」
「でも、このままじゃあ逃げられてしまう……!」
光の向こう側でラーギィが逃げようとするのを、は険しい顔で睨んでいた。
だがこれ幸いと駆け出すラーギィを、天は見逃さなかったらしい。彼の向かった先にもエアルが溢れだし、その道を遮った。
尚もエアルは濃度を増し、洞窟全体が大きな揺れを伴い始める。
「さすがに離れた方が良さそう」
「あと少しなのに!」
ジュディスの呟きには顔を歪めた。その時ふと、右目に宿る熱には何か思い当たった。
何故かは判らない。
だがはずっと、覚えてはいなくとも、自分はエアルに干渉できる事を“知って”いた。
記憶よりずっと奥深い場所に根づく感覚。
言うなれば魂に刻まれたもの。
――自分の宿命のように。
竜巻の塔で行ったときよりも明確にそれを意識して、は行為に及んだ。
「エアルを、何とかしたら良いんだよね?」
「……?」
訝るようなジュディスの声に彼女は答えない。
は右目に手を添えると、静かに意識を集中した。ふわりと義眼を中心に術式が浮かび上がる。
何処かで見たようなそれに、リタは目を見開いた。
「ガスファロストの時と同じ!?」
噴き上がるだけだったエアルの光が、僅かな流れを持ち始めた。流れの先にいるのは――間違いなく、である。
「何してんのよ!」叫びながらリタがに駆け寄った。他の仲間たちは事態を把握する余裕がない。しかしリタと、エアルの流れを掴めるジュディスには、彼女が何をしているのかが知れた。
「まさかあんた、エアルを!」
「大丈夫……。もう少しだから……」
「訳わかんないわよ、いいからそれ、止めなさい!」
うわ言のようなの返しは、ますますリタを焦らせる。ジュディスもただ事ではないとを見た。
光の溢れる義眼。
徐々に歪んでいくの顔。
彼女に導かれるエアルたち。
これ以上は危うい。そうリタとジュディスは感じた。力付くでも彼女を止めなければならない。取り返しがつかなくなる前に――!
その時、洞窟が一際大きく震えた。何が起きたか把握する間もなく衝撃が訪れる。
――瞬く間のことだった。
一行の前に、巨大な竜が現れたのは。
「あれがカロルの言ってた魔物か!?」
「ち、違う……。あんな魔物、見たことない……」
ユーリの問いかけに、カロルは震えながら答える。
竜は猛禽のような嘴と翼を持っていたが、体躯は馬に似ていた。今まで見た生き物のどれにも割り振れない姿だった。やはり竜と形容するに相応しい。
まるでダングレストを襲った鳥のようだ。
は、力を行使したまま竜を見据えた。
ひたと交わされる視線。溢れた光たちの向こうでしっかりと見えた竜の瞳。
刹那、は〈声〉を聞いた。
“その体には障るでしょう、もうお止めなさい”
優しくも厳しい、諭すような女性の声だった。
鼓膜を揺らすのではなく、頭に直接響く言葉。他の誰にも聞こえない、限られた者の間でのみ交わされるやりとり。
まさか。
の目は竜に釘付けとなった。
――この竜は同じことをしたのか。ダングレストで会った火の鳥と同じことを――。
「そんな……」が声を絞るか否かという時、竜は咆哮した。その声と共に、エアルは流れを変え、竜の口へと吸い込まれていく。
エアルを食べた――。
その事実を認識したのも束の間、竜は再び吼える。とてつもない迫力だ。竜の咆哮に、ユーリたちの体は金縛りにあったかのように固まり、指先を動かすことすら叶わない。
動かないユーリたちに何かするわけでもなく、竜はエアルを吸い込み終わると姿を消してしまった。
そうしてようやく、ユーリたちの身体は自由を取り戻した。
咆哮に縛られていたのは向こうのラーギィも同じらしかった。竜が去り、動けるようになるなり再び逃げていく。
「逃がさないんだから……!」
「あっ、!」
弾かれたようには駆け出した。先程までエアルが満ちていた水溜まりを、エアルクレーネを突っ切っていく。今度ばかりは、エステルの呼び声も意味をなさなかった。
他の仲間たちもエアルクレーネを渡ろうとして、しかし、考え込んでいるリタに気付いた。
「暴走したエアルクレーネをあの魔物が正常化した……。でもつまりエアルを制御してるってことで……。ケーブ・モックの時に、あいつが剣でやったのと……おんなじ!? それにもやっぱりエアルの流れを……。」
リタはエアルクレーネを調査するために旅をしているのだ。この場所が気になるのも無理はない。
しばらくリタはエアルクレーネを調べたそうにしていたが、仲間たちに諭され、渋々ながらも足を動かした。
早くラーギィから小箱を取り返さなくてはいけない。
「さっきの魔物の力も、リゾマータの公式なの……?」
歩を進めながらも、魔導士の頭のなかは先の現象のことでいっぱいだった。
エアルを操る剣。
エアルを食べる魔物。
そして――。
「……。あの子は一体……何なの?」
エアルに明らかに作用した仲間。
答えの見えぬ数々は、リタの顔に暗い影を落としていた。
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