は少し眩む頭を押さえながら、ラーギィのもとへ辿り着いた。
 彼の目の前にはコウモリが大きな群れをなし、道を塞いでいる。通る隙は無さそうだ。

「ようやく追いついた……」

 の声にラーギィが振り返る。
 刹那、の真横を青い疾風――そう思えるほどの速さをもって、ラピードが過ぎていった。
 ラピードは勢いのままラーギィに突進する。そしてラーギィが取り落とした紅の小箱を尻尾で弾くと、合流したユーリたちの元へと寄せてみせた。

「よくやった、ラピード」

 ユーリはそう言うや否や、尻餅をついて動かないラーギィを睨んだ。

「鬼ごっこは終わりだな」
「くっ、こここ、ここは……ミーのリアルなパワーを……!」

 立ち上がるなり、ラーギィの姿は眩い光に包まれてしまった。光はすぐに収まる。しかし、その場にいたのはラーギィではなくなっていた。
 青い礼服に、あの特徴的な髪型は見間違えようも無い。
 イエガーである。
 ラーギィとはイエガーの変装した姿だった。つまりイエガーは、2つのギルドを異なる姿を用い、率いていたのだ。だからこそすんなり発掘した魔導器を横流しにし、キュモールのような人間に売り渡すことができたのだろう。
 ユーリの顔つきはますます険しくなるが、イエガーには何の効果もない。口許を吊り上げ、肩を竦めるのみだった。

「おーコワイで~す。ミーはラゴウみたいにはなりたくないですヨ」

 イエガーの言葉に、はひっそり息を呑んだ。何故ここでラゴウの名を聞くことになるのか。気にしまいと思えば思うほど、の中には波紋が広がる。
 そしてイエガーの次の句が、波紋を動揺に変化させた。

「ちょっとビフォアに、ラゴウの死体がダングレストの川下でファインドされたんですよ。ミーもああはなりたくネー、ってことですヨ」

 思わずユーリを振り返りそうになった。仲間の誰にも判らないであろう、ユーリから僅かに発せられた冷たいものを、事情を知るは鋭敏に感じ取っていた。
 しかし何故それをイエガーは知っているのだろう。
 先から続く頭痛は、混乱に拍車を掛ける。
 問いただす訳にもいかず、はただ唇を噛んだ。
 その間にイエガーは踵を返していた。ヘリオードでも呼び出していた二人組の少女・ゴーシュとドロワットにコウモリの相手を任せ、自身はその間を駆け抜けていく。
 たちが後を追おうにも叶わなかった。
 コウモリの群れが1つの固まりとなり、ゴーシュとドロワットを安々弾いたのだ。そして、同じようにユーリらにも襲い掛かろうと鳴きわめき始める。

「こいつだ! プテロプスだよ!」

 叫び伝えるカロルの声が、には上手く聞き取れなかった。不調は彼女の体を侵行していた。には不調の原因が判っていた。
 先のエアルクレーネでの行為だ。
 どうやら体にエアルを取り入れすぎたらしい。魔導器が熱い。そこを介した血が毒でも帯びたのだろうか。巡る血に、体を内側から灼かれているような思いがした。
 ――カルボクラムの濃いエアルは平気だったのにな。
 体内に取り込むのとでは話が違うらしい。半笑いが漏れる。
 プテロプスは、巨大な固まりとしてだけでなく、一匹一匹に分裂したときも厄介な相手だった。下級とはいえ魔術を用いたり、コウモリごとに役割を持ち、此方を妨害する知能を備えていた。
 一気に仕留めるか、群れを率いる頭を潰すか。どちらにせよ、戦わなければ話にならない。
 仲間と共に、気を振り絞りながらも武器を手に立ち回る。だがやはり、その足取りは覚束無い。
 そしてプテロプスは、それを見抜く賢しさを持っていた。
 散っていたコウモリたちが一瞬で固まり、肩で息をするへと狙いを定める。
 コウモリを討つために分散していた仲間たちは急な敵の行動に反応が遅れてしまっていた。
 何時もより鈍いの異変を、仲間全員が認識したのもこの時だった。

「まずいのじゃ!」
「バウバウッ!」

 パティが叫び、ラピードがへ向けて大きく吠える。
 は目を見開いた。
 眼前に広がるのは、黒く禍々しい靄の固まりと化したコウモリの群れ。プテロプスのぎらつく眼差し。獲物を見つけた“けだもの”の、歓喜の声が響く。
 何ておぞましいのだろう。
 は、これに似たものを知っているような気がした。
 そして同時に、恐怖した。

 ――近付かないで。

 込み上げてくるものごと凪ぎ捨てるように、は鎌を振り抜いた。右目の魔導器が燃えるように強く輝き、その後押しをする。鎌に、溢れたエアルの炎が巻き付いていく。
 幾つものコウモリが三日月の刃に裂かれ、エアルの輝きに呑まれ、千切れて落ちていった。
 骸さえ殆ど残さず、エアルと共に大気へと還りながら――。

「はあっ、はあっ……」

 は肩で息をしながら、それを見つめていた。魔導器の輝きは収束し、痛みも苦しみも和らいでいく。
 その間、は先の衝動を振り返っていた。
 また思い出せない何かが心を揺さぶったことは判った。しかし、その記憶自体が蘇ることは無かった。
 プテロプスが“何か”に似ていると思ったのは、勘違いだったのかも知れない。

(私が怖がった“何か”に比べたら、あんまり呆気無さすぎたのかな……?)

 はひとまず、そう結論づけることにした。
 討ちもらしたコウモリを他の仲間が討ち、プテロプスはようやく倒された。
 だがいざイエガーを追おうとしたとき、ゴーシュとドロワットの張った煙幕が道を塞いでしまった。とてつもない臭いだ。煙が晴れてからでなければ、通ることはおろか近付けそうにもない。
 その合間に、リタがに駆け寄ってきた。

、あんたに話がある」
「なに……?」
「あんたがしたことについてよ」

 リタは険しい顔つきをしていた。すっかり調子の戻ったは、困ったようにリタを見返す。しかし何も言わない。
 魔導少女の険しさはますます増していった。

「さっきのエアルクレーネであんたがしようとしたこと。今のプテロプスと戦ったときのあんたの魔導器。まさかあんた……」

 そうリタが言い掛けたときだった。

「煙も落ち着いたし、あいつらを追うぞ」

 ユーリの声が響いて、続きを話すことは叶わなくなってしまった。
「ああ、もう!」じれったそうにリタが顔をしかめる。しかし彼女もイエガーたちの追跡を優先に考えているらしく、ずんずんと歩き始めた。
 仲間と共に歩き出そうとした時、ははたとした。
 ユーリがをじっと見つめている。
 何を言わんとしているのか、は十分理解していた。
 彼はリタと同じことをに訊きたいのだ。しかしが説明出来るかどうかまでは掴みあぐね、ああして訴えるだけに留まっている。
 実際、彼のそんな読みは当たっていた。訊かれたところでにはまだ答えられない。話そうにも感覚的過ぎて、納得してもらえる気がしなかった。
 だからは、ユーリの気遣いに、苦笑いで返した。
 それは今のに出来る、精一杯の返答だった。


 ――光が見える。
 洞窟の出口だった。近付くとただ眩しいだけでなく、強烈な熱気が肌を煽ってくる。
 どうやらイエガーたちを追ううちに、一行は山を抜けて来たらしかった。
 フェローがいるコゴール砂漠に、遂にやって来たのだ。

「わたし……やっぱりフェローに会いに行きます」

 呟き、歩み出ようとするエステルの姿に、カロルが慌てた。

「待って! エステル一人を行かせられないよ。今のボクたちの仕事は、エステルの護衛なんだから」

 その様子を見て、レイヴンがぽつりと話す。

「盗られた箱も戻ってきたし、もう良いんでない?」
「いつまでもあいつらを追っかけてるわけにもいかねーし。しゃあねえ……次会ったらケリつけるぜ」
「ちょっと待って、本当に行くつもり?」

 レイヴンにユーリが賛同するのを見て、今度はリタが慌て始めた。ここまでの道中も、リタはたびたびエステルが砂漠に行くことを案じていた。それだけ砂漠とは危うい場所なのである。
 誰も反対しないことに困惑しながら、少女はエステルの方を向いた。

「わかってんの? 砂漠よ? 暑いのよ? 死ぬわよ? なめてない?」
「わかってる……つもりです……」

 エステルは俯き、顔を歪めながら返していた。
 しばらく仲間たちのやり取りを見守っていたジュディスが、その様子を見て口を開いた。

「砂漠は三つの地域に分かれてるの」
「は?」
「砂漠西側の狭い地域が山麓部、最も暑さが過酷な中央部、東部の巨山部の三つね」
「ちょ、ちょっと……?」

 戸惑うリタの声は聞こえていないかのように、ジュディスは淡々と続ける。

「山麓部と中央部の中間地点にオアシスの街があるわ。前に友達と行ったことがあるの。水場のそばに栄えたいい街よ」
「込み入った話はとりあえず、そこでしようってことだよな?」

 ユーリの言葉に彼女は頷いて答えた。
 皆はそれなりに消耗していた。エアルクレーネの暴走、謎の魔物の出現、プテロプスとの戦闘……。落ち着いて話すにも、安全な場所に向かうのがまず一番だろう。
 さほど考えることも無く、ユーリは彼女の提案に乗ることにした。

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