洞窟を出た途端の急激な温度の変化。改めて山を越えたのだと認識する環境だった。ノードポリカ周辺の過ごしやすい緑豊かな地の方が、この大陸では珍しいものなのであろう。

「暑いなぁ……」

 殆ど最後尾を歩きながら、は呟いた。魔導器の酷使よりも、戦闘の疲労よりも、この熱波が何より厳しい。自分は暑さが苦手であることを彼女が初めて知った瞬間であった。

「大丈夫? 
「ジュディス……。うん、何とかなる」

 気遣うジュディスに、弱々しい笑顔では答える。

「あっついの、苦手みたいで……」
「こんな格好の私でも暑いもの。あなたなら尚更よね」
「うん……」

 殆ど鎌を支えに歩きながら、はジュディスの隣を歩み続ける。心なしか、歩調を合わせて貰っているような気がした。
 まじまじとジュディスを見つめながら、は考えていた。
 彼女は本当に大人びている。結構なトラブルが起きても、淡々と受け止め、冷静に対処法を仲間たちへ提案してくれる。エステルの考えを諭したり、オアシスを目指す話だってそうだ。頼りになる大人の女性。には到底、なれそうにない姿であった。
 ……けれど。
 は、ノードポリカの闘技場のことを思い出していた。
 ザギの乱入の際、彼女は誰よりも鋭く反応していたように思える。あの魔導器を、まるで仇か何かのように――。
 普段の彼女とはうって変わって荒い感情に満ちたその姿が、の中に強い印象を残していた。

「ねえ、ジュディス」

 気がつくとは、彼女に訊ねていた。

「どうかした?」
「えっと……闘技場のザギの、乱入の時のことなんだけれど」

 唐突なの話に、ジュディスは嫌な顔ひとつせずに耳を傾けている。は彼女のそんな態度に甘え、話を進めた。

「あの時、ジュディス、ザギの魔導器を見て……とても怖い目をしていたよね」
「……そうかしら」
「う、うん。だからその……何かあったのかなあって」

 語りながらは怯えてしまっていた。体と繋がれた魔導器をジュディスが嫌悪しているとしたら、行動を共にする自分の右目も同じではないか。仲間達が受け入れてくれたせいですっかり失念していたが、自分の右目は“異質”なのである。良い気持ちを抱くはずが、まず無いのだ。一人旅の最中、十分にそれを思い知らされたはずなのに。
 ジュディスに嫌な思いをさせてしまっていたら――。
 ジュディスに嫌われてしまっていたら――。
 既に大切な仲間としての中に在る彼女を苦しめていたら――!
 一人旅をしていた頃の卑屈な心が、の中で首をもたげた。

「確かにあの男の腕は、私にとって好ましいものでは無かったわ」
「……だよね」

 冷やかなジュディスの声に、はますます表情を曇らせる。ジュディスの次の言葉が怖くて仕方ない、と言った様子で。
 しかし――ジュディスは、フッと笑ってみせた。

「でも私、あなたの目に対して嫌な気持ちを持ったことはないわ」

 あなた自身は好きじゃないんでしょうけれど。
 そう付け加えるジュディスを、は茫然としながら見つめていた。彼女の言葉はの予想に全く反していた。
 大人びたジュディスの眼差しは、の不安をすっかり見通していると言わんばかりに優しく細められている。

「だから大丈夫よ。あなたのせいで、私が嫌な思いをしたりなんかしてないわ」
「えっ……!」
「それを心配してくれていたんでしょう? わざわざありがとう」

 穏やかな彼女の微笑みに、は嬉しさの余り赤くなっていた。何をどう伝えれば良いのか困るほどに、の中には暖かいものが満ち満ちてくる。もじもじしながらも、何とかジュディスを見つめ返し、は素直に礼を述べた。

「う、うん……。ジュディスには敵わないね。……ありがとう」
「ふふ、あなたも中々だけどね」

 十数年連れ添った友達かのように、二人は親しげに笑みと言葉を交わした。
 不安を解消したは、気のせいではなく元気を取り戻す。暑さにはまだ慣れていなかったが、心が立ち直るとだいぶ変わった。
 が怯えながらもジュディスに魔導器のことを問うたのは、ただの気まぐれでは無い。この先の自分の行動を考えると、今はっきりさせておかなければ、次の機会がいつ来るか判らなかったからである。
 それはつまり、は一行から離れる決意をしていたということでもあった。

「あのね、私、皆とはここで一端別れて行動したいの」

 オアシスの街・マンタイクに着くと、はすぐにその意志を露わにした。
 唐突なの発言に、一行は勿論驚いた。聡いユーリやジュディスですら目を丸めていたので、予想だにしなかったのであろう。
 一番にに問いかけたのはカロルであった。

「何でまた急に?」
「私、パティについて行ってあげたい」
「うち?」

 宝探しのために一行から離れようとしていたパティが、思わずを顧みた。
 はこくりと頷くと、話し始めた。

「まだ火の鳥のことは気になる。私の記憶にも関わることだし、あの鳥にもう一度会いたいって決めたから。でも私、カドスでパティに会った時、麗しの星のことを知っているかもしれないって判ってから、ずっと考えてたの。もしかしたら私、パティの記憶や宝探しについての何かを知っているのかもしれない。助けてあげられやしないかなって」

 拙い言葉でも、仲間達は真剣に聞いてくれている。は僅かな緊張を抱えながらも、必死に続けていた。

「それにね、私の中の思い出せない記憶が……パティをひとりで行かせたくないって言ってるの」
「どういうことよ」

 流石に耐えかねたリタに訊ねられ、は困った。「そのままの意味なんだけれど……」としか返せず、魔導少女を納得させる答えには至らない。

「ほっとけない病なのよね、も」

 そこでに助け船を出してくれたのが、ジュディスだった。
 ジュディスは何となしに事情を察してくれていた。ノードボリカで糾弾されるパティを見た時のの様子を、彼女は仲間内で一番近くで見ていたのだ。何か思い悩む、の姿を。
 あの時から、がパティを気にかけていることを理解していたのかもしれない。

がパティを助けたいと決めたなら、それで良いと思うわ」
「でもじゃあ、、フェローは探さないの?」
「私、フェローを諦めた訳じゃないの、カロル。フェローは私の記憶の手掛かりだから」

 何処か縋るようなカロルの眼差しに、は静かに返す。

「でもね、フェローは居場所の見当もついてるけど、麗しの星は……何にもまだ判らない。もしかしたら私の記憶に関わるかもしれないのに。だから、そっちの方も追い求めてみたいの」
「なるほどのう、うちらの利害の一致なのじゃ。そんなに一緒に来たいなら仕方ないの」

 どうやらついて行っても構わなそうだ。本当に判っているのかはともかく、満足げに頷くパティを見ては安堵した。
 そんなの話を聞いて、ユーリも「いいんじゃねえか」と口を開く。

「エステルの護衛もといフェロー探しは、オレら凛々の明星が引き受けた仕事だ。目的が同じとは言え、には関係無いって言えば関係無いからな。いちいち言わなくたって好きにしたら良い」
「ユーリ、ちょっと言い方が冷たくないです?」
「生まれつき口が悪いもんでね。……が決めたことならオレはそれで良いと思うぜ」

 エステルは咎めたが、にはユーリなりの思いやりがしっかり伝わっていた。
 笑いながら、は冗談っぽい声音で答える。

「もしかしたらハルルの時にみたいに、またふっと合流できるかもしれないしね。その時にフェローに会えてたら、情報よろしく」
「そうだな。おまえ、ラピードセンサーついてるしな」
「何それ、恥ずかしい……自覚なかったよ」
「ワンッ」

 ユーリとラピードに挟まれ、は何とも言えない顔をしていた。
 どうやら話がまとまったのを見て、それまで黙っていたレイヴンが「あーあ」と嘆息した。

「パティちゃんだけじゃなくちゃんともお別れとは寂しいわあ。まあ事情があんだから仕方ないけど……」
「あたしだってには色々聞きたいことがあるのに……」

 リタも何処となく悔しそうに呟いている。レイヴンはともかく、リタが訊ねたいであろうことはにも判った。それを見越して、はリタに向かって言った。

「今度会う時には、もう少し魔導器のこと思い出せるよう頑張るね」
「え? ええ、うん……。ほ、程々に頑張んなさいよ」

 予想だにしなかったの言葉に、リタは戸惑っているらしかった。
 こういう時の顔は年相応の少女らしい。
 の笑みが、そっと深くなったのであった。


 そうしてユーリらと別れたは、宝の手掛かりを求めるパティに同行し、砂漠を越えることにした。
 しかし、ハルルの時然り、今回然り。
 再会の機会は、思ったよりも早く訪れることになる。

prev Top next