陽が昇り、砂を温め、すっかり夜の寒さが消えた頃。
オアシスを出たとパティは、また二人で砂漠を歩いていた。
パティ曰く「お宝の匂いがする」らしく、それらしきものは無いかと周囲を確認しつつ進んでいく。には匂いとやらが全く判らないため、パティについて行くしかなかった。
「おかしいのう。近い気がするんじゃが」
「そうなの……?」
他の場所に比べて魔物の数もぐんと少なく、この辺りにあるのだとすれば探し易い。しかし、どうにもは嫌な予感がしていた。自分の嫌な予感がよく当たることも知っているので、不安はじわりじわりと強くなっていく。
それに比べて、パティは呑気なものであった。きょろきょろとあちらこちらに視線を巡らせ、こっちでもない、そっちでもないと何かに導かれているかのように歩いている。
暑さを堪えながら、は必死にパティを追った。
「ひとりで走っちゃ危ないよ」
「平気じゃ平気。もお宝を見逃さないよう確認を怠るななのじゃ」
「うん、判ってるよ」
そう言えばどうして魔物が少ないのだろう。別段変わったものがあるでもなし、地形が可笑しい訳でもない。だとすれば考えられるのは――天敵の存在、などだろうか。
我ながら嫌な考えだ、とが思った時である。
「おおお!」
パティの歓声がした。探し物が見つかったのだろうか。
は思考を一旦止め、パティの方を向いた。
「良かっ――」
そして視界に映ったパティ以外のものが、彼女の声をも止めた。
大きな虫がいた。羽の形から一見蜻蛉のように思えたが、地を捉える前足は蟷螂のように鋭い刃を持っている。鋏のような尾と似た口を持つ頭部も、やはり昆虫の類に見える。しかし、大きすぎた。カルボクラムの結界に捕えられていた魔物や、ダングレストを襲ったフェローぐらいはありそうだ。
魔物ではある。が、ただの魔物では無い。
旅で得た知識を思い返すうち、それらしき答えには思い当たった。
巨大獣。
世界の各地にいるという、他の魔物とは一線を画する魔物である。その大きさに比例した凶悪さは、かつて討伐隊を編成されたほどだ。しかも討伐隊は、巨大獣を討伐することが叶わず解散してしまったのだと言う――。
の肝は冷えた。パティが上げたのは歓声ではなく、あの巨大獣に対する驚きの声だったのだ。は、ぽけっと突っ立つパティの手を慌てて掴んだ。
「逃げるよパティ!」
「どうしたのじゃ」
「あれは駄目、ただの魔物じゃなくてね、凄く強い奴なの」
「そういう手強い奴が最高のお宝を守っている可能性があるということじゃの」
「違う違う! 命と言う私たちの唯一無二の宝が奪われる可能性があるってこと!」
何とかここを離れなくてはいけない。こんな時に限って無風で視界が開けている。こちらも動きやすいが、それはつまり、あちらにも存在を知られやすいという事だ。
気が付いていない今のうちに――。そう思った時、新たな災難が二人を襲った。
逃げようと向き直った方角から、数匹の魔物が近付いてきたのである。目ざとくたちに気付いた魔物たちは、本能任せに迫ってくる。その殺気は、巨大獣の複眼を引きつけてしまった。
不運さを嘆く間など無かった。
アイコンタクトと共にパティの手を離す。突っ込んでくるサボテン型の魔物・カクトゥスとすれ違いざま、その背を思い切り鎌で殴り飛ばす。パティもまた、別のカクトゥスへ銃弾をお見舞いしていた。
二人を過ぎて行った魔物の一匹が、巨大獣へと突っ込んでいた。鳥型のそれは無謀にも攻撃を仕掛けたようだが、あっさりと巨大獣の鎌に引き裂かれてしまう。巨大獣は鳥の死骸を踏みつけながら、縄張りに侵入してきたたちを目指し突き進んできた。
「パティ、こっち!」
「うむ!」
怪しい目玉模様のある羽が、大きく開かれる。体勢を変えた巨大獣の動きを警戒したは、パティを呼び寄せた。パティも何かを察したのか、素直に応じる。
巨大獣の羽ばたきとともに、その羽から粉のようなものが飛んできた。砂とは明らかに違う。
パティを抱えながら、は外套にエアルを伝導させる。それを素早く翻して広げると、自分とパティを包み込んだ。そうして降り注ぐ謎の粉から身を守った。
やり過ごした後に広げた外套を見て、はぎょっとした。外套の節々が灰色に変化し、硬直している。どうやらあの粉は、対象を石化させるものらしい。僅かに粉が触れたらしいの髪の先も石化し、摘まんで力を込めると砕け散った。これが全身に降り掛かっていたら、物言わぬ彫像と化していたであろう。
幸い、連発できる技のようでは無かった。巨大獣は目論見が外れたと知るや、鎌状の脚をもたげ、たち目がけ振り下ろしてきた。
二手に分かれ、攻撃をやり過ごす。しかし熱砂による消耗と足場の不安定さがある彼女たちにとって、不利であることは変わらない。それに相手が相手だ、何とかして逃げる方法を探さなくてはならない。
は、一か八かの賭けをすることにした。
「パティ、唐突なんだけれど……寒いのは平気?」
「今の状況的には大歓迎なくらいなのじゃ!」
「じゃあ、ちょっとの間、私と離れても平気?」
「よくわからんが、ちゃんと合流できるんじゃろ?」
「勿論、絶対にパティを見つけるよ」
「信じるのじゃ!」
軽快に逃げ回る少女の返事を聞いた後、は闘気を開放させた。
オーバーリミッツ――。溜めた闘気を一気に放出することで、僅かな間ではあるが自身の能力を飛躍的に向上させる術であった。この間、普段ならば集中して詠唱しなければならない上位の魔術も、一瞬で発動させることが可能なのである。勿論何度も行える芸当では無いため、ここぞという時の奥の手であった。
まさしく、こういう状況のための手段だ。
全身全霊の力を込め、魔術を発動させる。
――吹き荒れろ、怒濤の白雪――!
が選んだのは、自身が扱う中でも強力な部類の魔術であった。
「ブリザード!」
彼女の叫びに呼応したエアルが、この熱射の中だというのに凍りついていく。砂漠であることを忘れさせる冷気だ。次いで生じた雪が風と共に巻き上がり、辺り一帯を白く埋め尽くさんと強烈に吹き荒れた。
これらが一瞬のうちに引き起こされたのである。
「むおっ!」嵐の合間から、パティの声が聞こえる。小さな少女の体は風にあおられ宙に浮かび、白銀の向こうに消えてしまった。
もで、自身が放った魔術の影響を受けていた。魔導器が強く輝き、頭蓋の奥から揺さぶってくるようだ。
対する巨大獣も流石に堪えるのか、踏ん張り、羽を縮め、身動きできずにいる。
は最後の力を込めた。巨大獣に、熱帯の生物が知り得ないであろう冷気をいっぱいに浴びせるために。半ば魔導器の暴走に近い威力である。
すぐにの体も突風によって、砂の大地から浮かび上がった。それを認識するや否や、瞬く間には吹き飛ばされた。
これがの一か八かの賭けであった。
魔術を暴発させ、その勢いで強制的に離脱する。
大抵の魔術が威力を発揮するのは、術者が敵と定めた対象にのみである。自分やパティが、魔術を食らって死ぬことはまず無い。
しかし威力の高いものとなると、ある程度の影響は及ぶ。それが今回で言うところの強烈な風だった。その風を利用するため、術の勢いを限界まで高め、は自分たちを吹き飛ばした。
運が悪ければ大怪我で済まないが、あのまま戦っていては確実に死んでしまう。僅かでも可能性がある方法に賭けたのだ。
そしてその選択は、功を奏した。
パティは、の大胆な作戦により見事脱出を遂げていた。持ち前の運動神経で砂地へ着地すると、辺りを確認する。
敵影なしなのじゃ。
安堵すると、パティは休む間もなく歩き出した。
「お宝の匂いが近くなった気がするのう」
何を思ったか、パティは砂の山に飛び込んだ。柔らかな砂の中を掻き分け、しばらくすると、手探りで固いものを掴み取った。木材の手触り。なかなかの大きさ。しかし、引っ張り上げるには、もうひと手間かかりそうだ。
そういえば、は大丈夫かの。
パティはふと思った。
あの魔物と対して彼女は酷く焦っていた。無事に逃げおおせただろうか。
きっと大丈夫じゃな。
パティは考えた。
あの作戦を決行する前に、彼女は約束してくれたではないか。
『絶対にパティを見つけるよ』
根拠は知れないが、は、絶対的な自信に満ちた目をしていた。普段は仲間達の少し後ろを控えめについて行くような彼女とは、まるで別人のようにしゃんとした顔で。
自分の何が彼女にあそこまで気に入られているのかは未だに判らない。記憶喪失同士だからか、糾弾される子供への憐れみなのか。どれでもあって、どれでもないのかもしれない。
少なくともの情に偽りはないことを、パティは十分に理解していた。
考えながらも木の宝箱を引っ張り上げようと、再度パティが砂中で身を懸命によじっていた時である。
「何やってんだ、おっさん」
パティは確かに、一目で好いた、かの青年の声を聞いた。
木箱から手を離し、もう一度身をよじり、大きく腕を上げて砂を掻く。ざばざばと乾いた砂を巻き上げながら、砂の海を泳ぎ進む。
そうしてパティは、声だけを頼りに辿り着いた。
満面の笑顔で、想い人の両足を引っ掴み、少女は笑う。
「ユーリなのじゃあ!」
嬉しそうに自分を見上げてくるパティに、ユーリは呆れたような笑顔を返した。
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