デュークは驚いているようだった。
 たちがここに来ることは在り得ないことであるかのように。
 少なくとも、はデュークの変化をそう受け取った。

「ここに何をしに来た?」
「こいつについて、ちょっとな」

 ユーリは問いに答える代わりにデュークへ歩み寄り、澄明の刻晶を彼に見せた。
「わざわざ、悪いことをした」呟き、結晶を見つめるデューク。初めて見るものに対する反応では無かった。彼はこの結晶の正体を知っているのかもしれない。
 は黙ったまま、成り行きを見守り、思考を巡らせる。
 賢人様はクリティア族と言う話だった。デュークはどう見てもクリティア族ではないし、魔導器を作る技師というのもしっくりしない。
 では何故、彼はここにいるのだろう――。

「あんた、賢人気取るのもいいけど、魔導器を作るのは止めなさい。そんな魔核じゃない怪しいもの使って結界魔導器作るなんて……」

 と違い、リタはデュークが魔導器を作るのだと思い込んでいる。咎めるような、怒りを堪えた低い声だった。
 そんなリタの言葉に、遂にデュークは結晶の正体を口にした。

「魔核ではないが、魔核と同じエアルの塊だ。術式が刻まれていないだけのこと。……一般的には“聖核”と呼ばれている」

 そして澄明の刻晶は、そのひとつなのだと言う。
 聖核という名にはたちも聞き覚えがあった。以前レイヴンが話していた、ドンの命令で探している品の名前がそうだった。
 術式の刻まれていない大きな魔核。エアル、力の塊。それをドンが探していた理由はともかく、は思った。
 悪い奴に渡してしまったら、きっと酷いことになる――。
 デュークは続けて言った。

「それに、賢人は私ではない。かの者はとうに死んだ」
「そりゃ困ったな。そしたら、そいつ、あんたに渡せねえんだけど」

 ユーリの言葉に、デュークは静かに頷く。

「そうだな。私には、そして人の世にも必要ないものだ」

 デュークは聖核を床に置くと、手にしている剣を突き立てた。
 すると、眩い光を持つエアルの風がデュークを中心に巻き起こった。一瞬の術式を認め、ざわめくエアルの力を肌で感じ、は察した。この現象は、以前ケーブ・モックで見た時のものと同じ。つまりこれは――。
 止める間は無かった。
 光を伴うエアルの風は瞬く間に増し、消失する。
 ――そして、聖核も共に消えていた。

「聖核は人の世に混乱を齎す。エアルに還した方がいい」

 デュークの呟きに、仲間達は困惑や動揺に満ちた言葉を次々と零していた。
 勿体ない。
 消すことは無かったんじゃないか。
 本当に還しただけなのか。
 沢山の言葉のどれもを黙殺し、彼は淡々と述べる。

「この街には結界も救いも不要だ。ここは悠久の平穏が約束されているのだから」

 その言葉に仲間たちはまた驚愕する。それにはまざろうとしなかった。
 黙々と、静かに、感情の欠片すら見せようとしないデューク。
 徹底的に関わりを遮断するようなその姿に、少しずつは感じるものを募らせていた。
 どうして、こんなに語らないのだろう?
 どうして、こんなに静かなのだろう?
 でも、どうして――。
 遂には、無意識のうちに口を開いた。

「どうしてそんなに寂しい顔をするの?」

 仲間の視線が一気に集中するのに気付いて、はハッと我に返った。
 何を言ってるんだ私は。脂汗がにじんてくる程に混乱してきた。
 デュークも此方を見ていることで、ますますは焦る。

「あ、ああ、ごめんなさい、今の気にしないで下さい……何でもないんです……何でも……お話続けて下さい……!」
……」

 仏のように穏やかな、ドンマイ、と言わんばかりの目で、カロルがの背を叩いた。
 気を取り直して、ユーリたちはデュークに問いかけた。
 まずは、人語を解する魔物・フェローのこと。
 次は、フェローに忌まわしき毒と呼ばれたエステルのこと。
 一行の疑問に対して、デュークの答えは淡泊だった。

「この世界には始祖の隷長が忌み嫌う力の使い手がいる。その力の使い手を“満月の子”と言う」
「どうしてフェローは……始祖の隷長はわたしを……満月の子を嫌うんです? 始祖の隷長が忌み嫌う満月の子の力って何のことですか?」
「真意は始祖の隷長本人の心の内。直接聞くしかそれを知る方法はない。……だが」

 必死に問い詰めるエステルに対して、彼の声は冷たい。

「フェローに会ったところで満月の子は消されるだけ。愚かなことは止めるがいい」

 返答もまた、冷酷だった。
 それきりデュークは沈黙してしまった。何を言っても答えてもらえそうにない。
 取りつく島もないとは、こういうことを言うのだろう。
 諦めきれないリタをユーリがなだめ、一行はデュークのいる家を後にした――。


「澄明の刻晶が何か判ったのは少しさっぱりしたけれど、エステルの力のことは、ますますもやっとしちゃったね」

 重い空気を払おうと最初に口を開いたのは、珍しいことにだった。

「満月の子って、私、伝承で聞いたことがある」
「オレも多分、その伝承ってやつ、エステルに話してもらったな」

 ユーリの促すような眼差しを受け、俯くエステルが顔を上げる。
 満月の子の伝承。
 ――地上満つる黄金の光放つ女神、君の名は満月の子。
 ――兄、凛々の明星は空より我らを見守る。君は地上に残り、賢母なる大地を未来永劫守る。
 エステルが一通り伝承を語ると、それを聞いたレイヴンは首を傾げた。

「それ、なんか意味あるの?」
「わかりません。でも、ただの伝承では無いのかもしれません」

 ユーリもユーリで、伝承とデュークの話を振り返りながら考える。

「地上に残り、大地を見守る、ね」
「大地を見守るっていうのは、この世界を支配するっていうこと?」
「じゃあ、皇帝になる人ってこと? エステルが満月の子なら、それでつじつまが合わない?」

 リタの考えにカロルが乗じた。しかしカロルの考えにレイヴンが首を傾げる。

「だとすると、代々の皇帝はみんな、フェローに狙われるわな」
「そんな話は聞いたことないです」

 レイヴンの言葉をエステルが否定し、結局話は振り出しに戻った。
 何か判ったようで何も判らない。もやもやとした気分だ。
 悩み押し黙る一行に、それまで口を閉ざしていたジュディスが動いた。

「今はこれからどうするかを決めた方がいいんじゃない?」

 ジュディスの言う通りである。
 ひとまず今日はヨームゲンに一泊し、明日の朝、街の出口で落ち合うことになった。
 各々が歩き出し、街の中に散り、リタは「まだ聞きたいことがある」と賢人の屋敷へ引き返す。
 はそんな仲間の様子を見つめていた。

(あ、ラピードさん……)

 ラピードはエステルと共に、宿屋への道を辿っている。
 心細そうな彼女には、誰かがついている方が良さそうだった。リタはデュークの元へ行ってしまったし、その役目を買って出てくれたのだろうか。
 自分はどうしよう。
 デュークに話を聞きたい気持ちもある。しかし今はリタが突撃していてそれどころではなさそうだし、かといって独りでほっつき歩く気分でもなかった。
 今更ながら、自分がいかに暇を潰すのが下手なのかを自覚する。以前の自分は、暇を潰すという感覚すらなかったのだ。



 不意に呼ばれてハッと顔を上げた。仲間達はとっくに何処かへ行ってしまっている。
 自分の名前を呼んだ、ユーリ以外は。

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