――その夜、フレン隊がマンタイクへやって来た。
 瞬く間に彼らはキュモールの部下たちを抑えた。長であるキュモール自身は行方知れずで、部下たちは抵抗らしい抵抗も出来ぬうちにフレン隊へ投降することになった。
 キュモール隊とフレン隊では、住民たちへの接し方も真逆である。苦しみ続けた住民たちにとって、フレン隊はまさしく救世主であった。
 街は圧政から解放されたのである。
 その歓喜はみるみるうちに街中へ広がり、膨れ上がり、お祭り騒ぎとなった。夜中だというのに街の人々は酒や料理を持ち出し、賑やかに笑い、言葉を交わし合い、老若男女入り乱れて踊っている。フレン隊を手厚く持て成し、深い感謝を心身で表していた。

「本当はこんなに賑やかな街だったんだね」

 夜も更けて少しずつ騒ぎが収まって来た頃、宿屋に戻って来たカロルがしみじみと呟いた。一行も街の人々とともに宴を楽しんでいたのだ。
 ジュディスの浮かべた微笑も、何時もより深い感情に満ちている。

「ええ。解放されてよかったわ、本当に」
「まさかフレンが来てくれるなんて」

 心底嬉しそうに、エステルが続いた。しかしその花の笑みはすぐに陰ってしまう。

「……でも、逃げたキュモールはまた悪事を働くかもしれません」

 彼女の懸念に、は反射的に顔を上げた。
 そんな心配は、もう無いんだよ。――とは、思っていても言う訳にはいかない。
 代わりにいい台詞は無いだろうか。杞憂だとか、大丈夫だとか、何か言葉をひねり出そうと努めたが、適した言葉を探すことが出来ない。キュモールが消えた明確な理由を知っているが故だった。
 そうやってが言いあぐねているうちに、エステルの心配を取り払おうとカロルが先に口を開いた。

「すぐにフレンが捕まえてくれるよ。ね、ユーリ」
「……ん、まあ、そうだな」
 
 カロルに振られたユーリの返事は、まるで上の空である。無理もないだろう。
 そんなユーリは、程なくして宿屋を出て行った。フレンと話があるのだと言う。
 沈んだ彼の表情に、まさかとは思いながら、はただ見送った。

(フレンがもしかしたらユーリのしたことを知ってるなんて……ないよね)

 親友とはいえフレンは帝国の騎士。ユーリがしたことは街の人を救ったとはいえ罪である。もし知っているならば、フレンは――いたく真っ直ぐな彼なら、たとえ友であろうと帝国の法に則った行為に及ぶかもしれない。
 ――まさかね。
 一抹の不安はぬぐい切れなかった。が、ユーリに続いて、エステルとラピードが宿を出て行ったのを見て、幾らかそれは和らいだ。エステルの行動があまりにも判り易かったからだ。明らかにユーリを気にして追ったのが知れた。
 何かあっても、エステルとラピードさんが行ったなら大丈夫。
 安堵したはようやく笑みを浮かべると、ゆっくりと腰を上げた。
 それから何を思ったのか、カウンターの前で半ば倒れるように寝入ったレイヴンに近付いて行く。
 不思議そうにカロルが首を傾げた。

? あんまり寄んない方いいよ、お酒の匂いすごいから」
「大丈夫だよ」

 レイヴンの傍に屈んだは、何故か転がるレイヴンの体を抱き起こし始めた。泥酔したレイヴンは目を覚まさない。
 今度は怪訝そうにリタが呟く。

「酒臭くない? おっさん臭くない?」
「だからってここに転がしてたら本当に風邪ひいちゃうよ、っと」

 答えながらは、ひょいっとレイヴンを肩に担いだ。
 華奢なの何処にそんな力が秘められていたのか。筋肉質の男性をすんなり持ち上げたことに、カロル、リタ、ジュディスは目を丸めた。
 そのまま苦も無く立ち上がったは、しっかりとした足取りでベッドのある方へ向かっていく。
 三人の仲間は思わず無言で成り行きを見守っていた。

「よいっしょ。……これでよし」

 そっとベッドにレイヴンを横たえると、は何処か誇らしげに呟いた。
 酔いどれた中年は何も気付かぬまま、いびきをかいて眠り続けている。
 おっさんったら情けない、とリタが小さく零すのを、カロルは聞いたような気がした。そして、その呟きに同感してしまう。

「あんな大人にはならないようにしよう……」
「いい心がけね」

 ちゃっかり聞いていたジュディスの言葉に、カロルは乾いた笑いで返す。
 三人の仲間がかもしだす妙な雰囲気が自分のせいだとは露ほども知らぬは、彼らの様子に首を傾げたのだった。


◆◆◆


 翌日、一行はマンタイクを出発した。
 そして山を越えるためにカドスの喉笛へやって来たものの、問題があった。
 カドスを含めた山越えのルート全般が、騎士団に封鎖されていたのだ。
 国内を自由に行き来するための免状を持った商人でさえ、入り口で突っぱねられてしまったらしい。
 ノードポリカのベリウスと人魔戦争絡みの事情ゆえだろうか。封鎖の理由は知れないものの、カドスが通れなくてはベリウスに会えない。唯一面会できる新月の夜はもうすぐなのだ。
 洞窟に入ってすぐの岩場に隠れながら、一行は騎士団の様子を覗いた。
「フレン隊です」エステルが小さく呟いた。フレン隊が中心になって封鎖を進めているらしい。飼い馴らしたのであろう馬型の魔物の手綱を握った隊員たちも多い。

「何だか物騒な感じ……」
「フレンに似合わねえ部隊になってんな。……全く、フレンの奴、何やってんだ」

 ぼやくに続いたユーリの言葉には、僅かな苛立ちが滲んでいた。

「この検問、どうしよっか……」

 困るカロルが呟く。そして仲間が一様に考え出す中、ふとパティがにやりと笑った。何か閃いたらしい。
 パティはレイヴンをつつくと、彼とともにこそこそと話し始めた。何やらパティが耳打ちすると、レイヴンは目を輝かせた。「マジでか!?」溌剌と返すレイヴンにパティはうんうん頷き、更に耳打ちする。
 ……一通り話し終えたらしいレイヴンが立ち上がった。いつになく真面目な顔で弓を取り出し、矢をつがえ始めた。

「こういうのはどうよ?」

 術式を纏ったレイヴンの矢が、騎士団の魔物目掛けて放たれた。
 矢は魔物に当たりはしなかったものの、至近距離で大きな爆発を起こした。すると、その音と衝撃に驚いた魔物が、嘶きながら暴れ始めたではないか。混乱は騎士や他の魔物にも飛び火し、大騒動となっていく。
 この混乱に乗じて、ユーリたちは騎士団の中を駆け抜けていく。「貴様ら、待て!」隊員の誰かが叫んでいたが、魔物の相手で手いっぱいらしい。此方を追い掛けてくることは無い。
 駄目押しと言わんばかりにパティが放った煙幕の効果も有り、何とかユーリたちは検問を抜ける事が出来たのだった。

「……連中、かなりマジ気みたいね」

 走りに走ってようやく騎士団が見えなくなった頃、レイヴンが呟いた。
 レイヴンが指しているものを察し、は息を整えながら口を開いた。

「フレンたち、本当にベリウスを捕まえるつもりなのかな」
「でも、フレンがこんなことを指示するとは思えません……」

 エステルが呟く。フレンをよく知るであろう彼女がそういうのだから、よほどフレンらしくない状態なのだろう。ユーリもユーリで、先ほど苦言を呈していた。
 も実際、フレンらしくはないと思った。ガスファロストでの僅かな交流の間でも、フレンの人間性は何となく知ることが出来た。あの時に覚えた真摯な彼の印象とこの現状は不釣り合いだった。
 そんな中、しみじみといった風にレイヴンが話し始める。

「下までは指示が行き届かない、上からは理不尽な命令が来る。隊がでかくなって偉くなると、色々手が回らないんじゃないかね」
「随分物識りだな。さすが〈天を射る矢〉の一員ってか」
「組織なんてものぁ、どこもそんなもんでしょ」

 ユーリの言葉に飄々と返すレイヴンを、はまじまじと見つめた。
 あのドン・ホワイトホースが率いるギルド〈天を射る矢〉の一員。しかしドンとレイヴンの間には、ギルドの一員以上に強い信頼めいたものがあるのだろう。大事な友人への手紙を託したり、あちらこちらを見て回らせたり……。ダングレストなどで垣間見たふたりのやり取りも、ギルト員というよりは親子か何かのように、気さくで荒っぽい関係に感じた。
 その絆が深い分、自然と大きい仕事も任されたりして苦労することがあるのかもしれない。
 フレンの立場を考えられるのは多分、そういうことなんだ。
 たとえ見た目は胡散臭くとも、レイヴンが確かな実力者であることを、改めては実感していた。
 しかしユーリの表情は、レイヴンの言葉を受けても当然晴れない。

「問題は……フレンがどこまで本気かってことだ」
「なに、ノードポリカに行けば色々見えてくるでしょ」

 レイヴンの言うとおりだった。フレンや騎士団の真意も、ノードポリカに着けば判ることである。
 一行は話に区切りをつけると、更に洞窟を進んだ。
 黙々と歩を進めると、以前エアルの噴出した場所まで辿り着いた。
 以前からこの場所の調査を希望していたリタが、すぐさま辺りを調べ始める。騎士団がいる以上、調査にそれほど時間が取れないことを彼女は勿論理解していた。リタの表情は、一瞬で研究者のそれへと変わる。

「今は完全に収まってる……。一時はあんなに溢れてたのに……。あれでエアルを制御したってこと? 何で魔物にそんなことが……」
「このエアルクレーネはもう安全なんです?」
「うん、暴走の心配はなさそうよ」

 隣に立つエステルの問いにそう答え、リタはまた泉を見つめる。淡い緑色に輝く水は、静かに揺れる水面に彼女の姿を映す。
 今度はユーリが疑問を口にした。

「じゃあ、なんだってあの時はいきなりエアルが噴出したんだ?」
「問題はそこね。自然現象だとしたら定期的に同じ現象が起きるし、そうなったら周囲にエアルの影響が出るはずだもの。……ケーブ・モックみたいに植物が異常に繁殖するとかね」

 見たところ、この洞窟にはケーブ・モックのような異常は見当たらない。ところどころに小さな草が生えたりはしているものの、どれもが至って普通である。
 リタはエアルクレーネを見つめたまま考え込み始めた。

「だとすると、何かがエアルクレーネに干渉して、エアルを大量放出させる……? でも一体何が……? エアルに干渉するなんて、術式か、魔導器くらいしか……」

 術式。魔導器。リタはハッとした。
 得体の知れない術式と魔導器の存在に心当たりがあったからだ。
 リタは顔を上げると後ろを顧みた。「まさか……」呟きながら彼女が見据えたのは、ひとりの仲間。その仲間の方も、リタの呟きから何か感じとっていたらしい。リタの視線から逃げることなく、真っ直ぐな眼差しを返していた。

「私の目が気になるんだね」

 が静かに呟いた。
 その通りだった。リタがエアルクレーネを刺激しているのではと懸念したのは、の義眼魔導器だった。
 以前このエアルクレーネが暴走した時に、が魔導器を介して何らかの作用をしたのは間違いない。他にもの義眼が原因ではないかと思い当たった理由はある。

「前にガスファロストでバルボスと戦った時、ケーブ・モックのエアルクレーネが暴走した時、あんたはエアルに働きかけようとしてた。このエアルクレーネの暴走の時だって同じ。、あんたにエアルが導かれていった……。ううん、あんた自身が自分に導いた……」

 まじまじとの右目を見つめながら、リタは語った。

だけが、カルボクラムでの過剰なエアルに顔色一つ変えなかったのも、その右目の魔導器のせいなのかもしれない」

 他の仲間達も自然とを見つめた。そしては静かに視線を受け続けた。かつてのように、手やフードを使って義眼を隠そうとはしない。出会った頃と今とでは、すっかり人が変わったようだった。
 不意には、思いも寄らないことを口にした。

「確かに私は、皆よりずっと強くエアルに働きかけることができるんだと思う。きっとこの目のお陰。でも私はあくまで、溢れたエアルを何とかしようとしただけで、引き摺りだしたりなんかしていない」

 未だ無いほどはっきりとした口調だった。
 ただでさえ考えがまとまらないリタは、の発言に顔をしかめた。

「よくそこまで言い切れるわね」
「本当にそう思って、そうやったの……。だから、それだけは言えるの」
「あんたがエアルを自分の思うように出来ていて、その魔導器が影響しているはずで、肝心の魔導器の術式の解読がまだ出来てない。これだけでもう、影響を及ぼしてる可能性は捨てきれないのよ。だいたい、エアルを何とかしようって無茶考える時点で規格外だわ」

 リタはあくまで研究者として考え続けていた。
 かつてリタは何度か、の義眼を調べようと試みた。しかし叶わなかった。の義眼の術式は複雑に暗号化されている上に、厳重かつ癖のあるプロテクトが施されていた。この義眼の意味を誰にも明かしてなるものかという、魔導器技師の思いを代弁するかのように。
 故にの義眼とはリタにとって未知のものであり、エアルクレーネの現象との結びつきを疑うのも仕方なかった。以外の存在が干渉した可能性も勿論あったが、今までの行動からして、影響した確率が高いのはやはりであった。
 根拠なく自身の感覚のみで言い切ると、情報を集め知識を深めて突き詰めるリタとでは、まるきり思考の仕方が違う。
 思わず熱が入るのを、リタ自身判っていながら抑えられない。

「それとも何? あたしが納得できる理由があるっての? 記憶が戻ったとか? 何となくじゃ済まされないのよ。これはね、世界に関わる重要な……」

 しかしそんな彼女の探究心は、ラピードによって遮られた。「グルルル」警戒心を露わにラピードが唸り声を上げる。続いて響いてきた、がしゃんがしゃんと金属同士がかち合い立てる音は、騎士団の接近を一行に知らせた。
 もうここで話している余裕はない。
 ユーリはリタを振り返った。

「リタ、行くぞ。調査はもう終わったんだろ?」

 リタはまだ名残惜しそうだったが、更に近付いてくる騎士団の足音を聞いて、ようやく思いを振り切るように駆けだした。

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