夜ということもあっただろう。〈魔狩りの剣〉の襲撃に対して、〈戦士の殿堂〉の面々は後手に回らざるを得なかったようである。あちらこちらから剣撃の音が耐えず、倒れているのも殆どが〈戦士の殿堂〉のギルド員だった。倒れた彼らにエステルが治癒術を施そうと駆け寄るも、間に合わず息絶えるものばかり。
ノードポリカを封鎖せんとしていた騎士団の姿が見当らないのも気に掛かるが、この様子ではナッツの命も危うい。一行は闘技場内へと急いだ。
「闘技場は現在〈魔狩りの剣〉が制圧した! 速やかに退去せよ!」
入るや否や、聞き覚えある少女の声がする。〈魔狩りの剣〉の一員である少女、ナンのものだった。
「ナン! もう止めてよ!」
思わずカロルは、彼女に走り寄りながら叫んだ。
「ギルド同士の抗争はユニオンじゃ厳禁でしょ!」
「何言ってんの! これはユニオンから直々に依頼された仕事なんだから!」
「何だと?」
カロルたちの姿に驚きながらも、ナンはそう答えた。レイヴンが怪訝な顔をするも、すぐにその表情は驚愕へと塗り替わる。
ナンの背後から、金髪の男が現れた。まだ若いが、その顔のペイントと衣装は、あのドン・ホワイトホースを思い出させる。
「お前……ハリー!?」
驚くレイヴンは彼をそう呼んだ。聞けば彼、ハリーはドンの孫だと言う。
レイヴンは勿論彼を問い詰めた。
「ちょっと、何がどうなってるのよ?」
「お前もドンに命令されたろ? 聖核を探せって」
「ああ、でも聖核とこの騒ぎ、何の関係があるってんだ?」
レイヴンたちが話しているのを他所に、何か見つけたらしいジュディスが駆け出した。彼女の走っていった方を見やると、ナッツがいた。〈魔狩りの剣〉の一団に囲まれ、孤立している状態である。遠目にも彼が怪我をしているのが判った。彼の体を伝った血が、じわりと床へ落ち、滲んでいる。
たちもジュディスに続き、ナッツの応戦へと向かった。
彼らは力を合わせて〈魔狩りの剣〉を一掃した。
それからすぐにエステルはナッツへ治癒術を施した。
「あんた治癒術師だったんだな、お陰で命拾いしたよ」
ナッツの言葉にエステルも安心したように笑う。
ベリウスからの頼みはこれで果たせた。となると、後の気がかりはベリウスだった。
始祖の隷長が強大な力を持つとはいえ、クリントとティソンの力も決して侮れないものである。
「ベリウスの方は大丈夫なのかの……?」
パティがそう呟いた直後だった。
突然硝子の割れる音とともに、破片が闘技場に降り注いできた。それと一緒に、ベリウスたちが落ちてくる。地面に落下した彼女らには、戦いで負ったであろう生々しい傷が見られた。明らかにクリント達の方が深手であったが、ベリウスの傷も浅くは無い。
「ナッツ、無事のようだの。……まだやるか、人間ども!」
「この……悪の根源……め……」
ベリウスはナッツの安否を確かめると、すぐにクリント達へと向き直った。
それを受けてクリントが忌々しげに吐き捨てた言葉に、ユーリがたまらず叫んで返す。
「あいつが悪の根源? んなわけねえだろ、よく見てみやがれ!」
「魔物は悪と決まっている……! 故に、狩る……! 〈魔狩りの剣〉が、我々が……!」
「この石頭ども!」
尚もベリウスを悪と断言するクリントに、レイヴンがそう吐き捨てた。
「魔物風情がぁ……!」呻きながら、諦めずにベリウスに向かおうとするティソンを、容赦ない槍の一撃でもってジュディスが食い止める。
クリントとティソンは再び立ちあがったものの、すぐに気を失った。最後の最後まで、ベリウスと魔物に対する憎悪を抱いたまま。まだ死んではいないが、しばらく動けないはずだ。一先ず安心といったところだろう。
それを確認したベリウスの体が、不意に傾いだ。戦いの緊張から解放され、気が抜けたふうだった。
がベリウスの傷を癒そうと駆け寄るよりも早く、既にエステルが彼女の傍にいた。
「すぐに治します!」
エステルの治癒術ならばすぐに治るはずだ、きっと。
は思った。以外の仲間もそう考えた。
しかし――。
「ならぬ、そなたの力は――!」
「だめ!」
ベリウスの制止と、共に響いたジュディスの悲鳴が耳を突いた。
二人の声は間に合わなかった。
発動したエステルの術が、ベリウスの傷口から流れ込んでいく。だが様子がおかしい。エアルの発光が尋常ではなかった。その強い輝きはベリウスの体全体へと広がっていく。
は震えた。
――あの光は“癒し”ではない。
の“目”には生々しく映し出されてしまっていた。
生きながらにして体の内を掻き回すかのような、ベリウスの命を崩壊させんとしている力の流れたちが。
傷を癒す筈の治癒術が、ベリウスの体を急速に蝕んでいる。
故に理解してしまった。
ベリウスがベリウスではなくなってしまおうとしていることを――。
「ぐぁああああああっ!」
耳を塞ぎたくなるようなベリウスの絶叫が響き渡り、それと共に彼女は暴れ始めた。
尾をひと薙ぎすればギルト員たちが巻き込まれて吹き飛び、潰れ、鮮血を散らす。鋭い爪を持った腕を振るえば傍の人間は爪に抉られ、もしくは貫かれ、絶命していく。かと思えばベリウスは、自身を痛めつけるかのように壁に突進した。闘技場全体が揺れる。繰り返されては闘技場が崩れてしまうだろう。
訳が判らなかった。
エステルは確かにベリウスを癒そうとした。
それを、ベリウス自身とジュディスは制した。
しかし間に合わず、エステルの術がベリウスへ作用した。
そしてベリウスは我を失った。
つまり、これは――エステルの力のせいだというのか。
「戦って止めるしかねえ!」
ユーリの叫びにはハッとした。
暴走するベリウスの無差別な攻撃に、〈戦士の殿堂〉も〈魔狩りの剣〉も関係なしに次々と倒れていく。衝撃の度、闘技場の天井からはパラパラと土埃や破片が降り注ぐ。
始祖の隷長との闘い。誰もが覚悟はしていただろう。だが、少なくともそれは、こんな形で訪れるものだとは思っていなかった。
茫然自失で立ち尽くすエステルに、リタが駆け寄る。
「エステル、しっかり!」
「ええ……」
力ないエステルの返答。無理もない。自身の力が引き起こした現実に、彼女は混乱している。
――は決心してベリウスを見つめた。
荒れ狂うベリウスの動きが、不意に鈍る瞬間があることには気付いた。目を通して伝わるのは、僅かに残されたベリウスの理性が、自身の暴走に抗おうとしていること。そしてそんな彼女は……たちに“止めて欲しい”と願っている。
壊れゆく自分を。
せめて、ベリウスという存在がまだ在るうちに――。
もうそれしか道は無い。
は他の仲間たちと共に、ベリウスを止めるための闘いに身を投じた。
◆◆◆
始祖の隷長の力は、凄まじいものだった。
詠唱もなしに氷柱を生み出す術を放ち、分身を生むほどの魔力も有していた。
今までの戦いとは何もかもが比べ物にならなかった。
だが理性を無くした故に、攻撃の精度が低かったことは、らの助けとなった。クリントたちとの闘いで負った怪我も彼女の動きを鈍らせていた。何より大きかったのは、時折蘇るベリウスの理性が、暴走する力を一瞬ながら抑え、此方に隙を与えてくれたことだろう。
それでもたちは“死”を覚悟した。
それほどの激戦だった。
しかしたちは負けなかった。重傷には違いなかったが、それでも生きていた。
――先に倒れたのは、ベリウスの方だった。
「ベリウス様!」
力を失い、くずおれるベリウスに、ナッツが叫びながら駆け寄っていく。
ベリウスの暴走は収まっていた。その体の内から放たれていた光も穏やかになっている。そしてその色は眩い白から、柔らかな青へと変じていた。放射するだけだった光の方向が、ベリウスの中に留まろうとしているようにも見える。
儚いほどに穏やかな光は、そのまま彼女の命の灯を表していた。
理性を取り戻してはいたが、ベリウスの最期が近いことは明白であった。
「ごめんなさい……。わたし……わたし……」
エステルはベリウスの前にへたり込みながら、何度も謝った。若葉色の瞳は涙に濡れ、ぽろぽろと溢れる雫は地面に吸い込まれていく。
そんなエステルに、ベリウスは微笑むかのように朗らかな声音で答えた。
「気に……病むでない……。そなたは……わらわを救おうとしてくれたのであろう……」
「……でも、ごめんなさい。わたし……」
「力は己を傲慢にする……。だが、そなたは違うようじゃな……。他者を慈しむ優しき心を……大切にするのじゃ……」
まるで母親のように、ただただ穏やかなベリウスの言葉。
彼女は優しく、エステルに言い聞かせるように続けた。
「フェローに会うが良い……己の運命を確かめたければ……」
それから僅かに頭を持ち上げて、ベリウスはナッツを見やった。彼も泣いていた。慈しむようなベリウスの眼差しが、ますます彼の胸を突くようだった。
「ナッツ、世話になったのう。この者たちを怨むでないぞ……」
「ベリウス様!」
その光景を、はずっと見つめていることしかできなかった。自分の正体なんてどうでもよかった。今はただ、ベリウスの死を見届けなくてはならない……。そんな気がした。
だがベリウスには、そんなの思いなどお見通しだったのだろう。次にベリウスが口にしたのは、「」彼女の名前だった。
呼ばれたは、ただ黙ってベリウスを見つめた。その眼差しに、ベリウスが笑いながら呟く。
「そなたが望むならば、その力は満月の子の助けとなろう……。強く在れ……狭間の者よ……」
「……ありがとう、ベリウス」
は泣いていた。エステルやナッツたちのように。
どうしようもなく悲しくて辛かった。涙で視界が霞んでいく。
ありがとう、とまた呟いた。小さな小さな声で。
つい先ほど出会ったばかりだと言うのに、どうしてこんなにも辛く名残惜しいのだろう。
「……さようなら」
ジュディスの掠れた小さな声が、の鼓膜にじんわりと響く。
――霞む視界の中で、ベリウスを包む光が突然膨らんだかと思いきや、急速に凋んでいった。
涙をこすり、は改めてベリウスがいた場所を見た。
ベリウスの体は先の発光と共に消失し、代わりに、蒼く光る水晶がその場所に浮かんでいた。
かつて幽霊船で見つけた小箱の中に収められていたものと同じ――聖核である。
“わらわの魂、蒼穹の水玉を我が友、ドン・ホワイトホースに”
聖核から響く声は確かにベリウスのもの。
まだ泣きながら、それでもふらふらと立ちあがったエステルは、その聖核をそっと受け止めた。
たちがベリウスとの別れの余韻に浸る暇はなかった。
「人間……その石をよこせ」
意識を取り戻したクリントが、大剣を支えに立ち上がる。
は悲しみから一転、再び怒りが込み上げてくるのが判った。
今の口ぶりからして、クリントは――〈魔狩りの剣〉は、ベリウスが死ねば聖核が得られることを知っていたようではないか。
たまらずは口を開いた。
「最初から、あなたたちはこれが狙いだったんですか。そのためにこんなことを……!」
「例えそうじゃないとしてもだ、てめえらに素直に渡すと思うか?」
続くユーリの声音にも、確かめるまでも無く憤りが滲んでいた。
クリントはそれでも聖核を渡せと要求してきた。勿論渡すつもりは無い。
そんな一触即発の空気を破ったのは、この場にいる誰でもない。
第三者の介入だった。
「そこまでだ! 全員、武器を置け! 闘技場にいる者は全て捕えろ!」
聞き覚えある女性の声にが視線を巡らせると、かつてノール港で見た騎士・ソディアの姿が有った。彼女を先頭に、次々と騎士が場内に押し寄せてくる。
ソディアの指示を受けた彼らは、次々とギルド員たちを取り押さえに掛かった。
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