レイヴンは淡々と語る。
「ハリーが先走って、結果、ベリウスが死んだ。ノードポリカの統領の命だ。偽情報掴まされて間違えましたで済まされるわきゃない。ベリウスの命に釣り合う代償が必要ってことだ」
「じゃあ、背徳の館でドンが言っていた代償って……」
「じいさん自身の命か……」
青ざめながら呟くエステルに、ユーリが続くように口を開いた。彼は眉間に皺を寄せ、険しい顔で続ける。
「腹切る覚悟を決めてたから、掟を破ることになってもイエガーを討とうとしてたのか」
「そんな! そんなのって!」
カロルが泣き叫び、ドンを追いかけて広場へと駆け出していく。
ギルド間の私闘はユニオンの掟で禁止されている。その掟を自ら破り、ドンはイエガーの元へ向かった。いくらドンが実力者とはいえ、掟に背いたとあれば他のギルドが黙ってはいない。その全てを考え、最初から自身の命を差し出すつもりで行動した。
あまりにも重くて辛い、大きな決断だった。
声も出せずに呆然と立ち尽くすの前で、仲間たちは話し続ける。
「きっと他に方法があるはずです!」
エステルがそう訴えるも、レイヴンは静かに首を振った。
「これ以上どっちも辛抱できない。一触即発ってやつ。このままだとユニオンと〈戦士の殿堂〉の全面戦争になっちまう」
「他の方法を探してる時間はもうないってことなのかの……」
パティの悲しげな呟きに、エステルも口を閉ざす。
仲間たちが一様に沈黙するなか、ユーリが歩み出した。その顔は険しいままである。
「オレもじいさんところ行ってくる」
たちも、意を決して広場へと向かった。
広場には多くの人が集まっていた。正座して黙するドンを見守るように、いくつもの視線が彼へと注がれている。その輪を飛び出して、カロルがドンへ駆け寄っていく。
涙を堪えることで精一杯な少年を、ドンは穏やかな眼差しで見つめた。
「しっかりしな、坊主。首領なんだろ?」
「でも、ボクなんて一人じゃ何も出来ない……」
「だったら助けてもらえばいい。そのために仲間がいんだろ?」
ドンの言葉に、ハッとしたようにカロルは目を見開いた。
小さな首領を見据えながら、ドンは言った。
「仲間を守ってみな。そうすりゃ応えてくれるさ」
カロルが小さく頷く。涙の雫がひとつ、その頬を伝い、地面へと落ちた。
泣きながらカロルがドンから離れていく。
すると今度は、ドンの孫・ハリーがドンを目指して駆け出していった。ハリーは泣きじゃくっていた。ドン……祖父の覚悟を前に、孫は思わず叫ぶ。
「ドン! オレも一緒に……」
「馬鹿野郎が!」
レイヴンの怒号と拳を受けて、ハリーの言葉は途切れた。
殴り倒された孫、そして拳を握りしめるレイヴンを見て、ドンは苦笑していた。眼差しは、孫を止めてくれたレイヴンへの感謝に満ちている。
その眼差しを受けて、レイヴンはゆっくりと口を開いた。
「じいさん、あばよ」
「レイヴン、イエガーの始末頼んだぜ」
ドンの頼みに、レイヴンは普段のように肩を竦める。
「ははっ、俺にゃ、荷が重過ぎるって」
「おめえにしか頼めねえんだ」
「……ドン」
平静であろうとしていたレイヴンが真顔になった。いつも通りに振る舞い、感情の全てを塞ぎ止めることは、さすがの彼にも出来なかったようだ。
レイヴンとしばし視線を交わしたドンは、次いで、の隣に立つパティを見た。
「お嬢。街の酒場の倉庫から地下に降りてみろ。そこにアイフリードの名前が堀り込まれた壁がある。おめぇも奴の孫なら、奴がどんなことに関わってどう生きたか、片鱗を見ておくのも悪くねぇだろ」
パティは静かに頷いた。潤んだ碧眼はじっとドンを見つめ、その姿を少しでも多く記憶に焼き付けようと見開かれている。
きっとドンとパティは、背徳の館で何らかのやりとりを交わしたのだろう。更にドンは、アイフリードの名を聞いてもパティに友好的であった……。そうは推測した。
そのドンの視線が、今度はに移る。
「ありがとうございました、ドン……」
反射的には口を開いていた。自分でも何故そんなことを言ったのが不思議だった。だが何かをドンに伝えなくてはと思い、伝えるために最も適した言葉が“ありがとう”しかなかった。本当はもっと言いたいことがあった。聞きたいことがあった。だが、記憶の足りない彼女には、それが精一杯だった。
悔しさと悲しさで瞳が潤んだに、ドンは無言で笑って頷く。
なんて優しい笑顔だろう。以前、ドンに頭を撫でられたときの事を思い出す。あの時もドンは、何も知らないに優しく接してくれた。
は必死に涙を堪えて、ドンのことを見つめた。
……ドンの側に、〈戦士の殿堂〉のギルド員が立つ。重々しい雰囲気で、彼はドンを見下ろしている。
「おたくの可愛い孫にゃずいぶん世話になった」
「すまねぇことをした。あのバカ孫もれっきとしたユニオンの一員だ。部下が犯した失態の責任は頭が取る。それがギルドの掟だ。ベリウスの仇……。俺の首で許してくれや」
とても今死のうとしている人間とは思えないほど、ドンは落ち着いていた。
「ドン……」迫り来る瞬間に、エステルが小さく声を漏らす。
彼女の隣に立つリタも、辛そうに顔を歪めていた。
「バカよ。ギルドなんて……どいつもこいつもバカばっか……」
何時ものように毒づこうとするも、少女の声音は震えていた。強がっているだけであることは、確かめるまでもなかった。
ドンが小刀を抜いた。
「すまんが、誰か介錯を頼む」
群衆は静まり返った。誰もが動けずにいた。
ドンの介錯……いわば、ドンの命を背負うに等しい行為だ。その重さは計り知れない。
そんな中、進み出たのは――……
「……オレがやろう」
ユーリであった。
剣を抜いたユーリが後ろに立つと、ドンは笑った。
「おめえも損な役回りだな」
「お互い様だ」
「はっ、違いねえ」
豪快な笑みだった。ドンがそのままユーリを振り返る。
「ユーリ。おめえの将来を見てみたかったがな。俺は先に地獄で休んでるとするぜ」
「あんたが行くのが地獄なら、オレはあんたのところにゃいけそうにないわ」
「ふん。おめぇの減らず口、忘れねぇぞ」
「オレもあんたの覚悟忘れないぜ。ドン・ホワイトホース」
剣を持つユーリの左手は震えていた。僅かなその震えを押さえ込むように左手に力を込め、右手も添え、剣を静かに振り上げた。深呼吸し、必死に心を平静に保ち、確かに狙いを定める。
ドンが小刀を自身の腹へ向けた。
彼の部下たちが次々に声を上げる。「ドン!」叫ぶ彼らへ、街中へ向けて、ドンは盛大に声を響かせた。
「てめぇら、これからはてめぇの足で歩け! てめぇらの時代を拓くんだ! いいな!」
小刀が突き立てられる音。
陽色に染まった剣が振り落ろされる音。
一連の出来事が、まるでスローモーションのように映った。
ひとつ、ひとつ。確かにの目を通して記憶に刻まれていく。
広場を埋め尽くす悲鳴や泣き声。
くずおれ、地に伏せる人々。
深いふかい悲しみ。
心の痛み。
ぽたり、ぽたりと涙が少しずつ溢れては落ちる。
は立ち尽くしたまま、静かに声もなく泣いていた。
ドンを慕っていた人々の泣き声や悲鳴が、広場じゅうに響き渡る。
ユニオンを導いてきた偉大なる英雄、ドン・ホワイトホース。
唯一無二の巨星は、こうして失われた――……。
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