ドンと一緒にこの街まで死んでしまったんじゃないか。
そんな不安を覚えるほど、ダングレストは沈んでいた。
はすることもなく、ふらふらと街中を歩いていた。他の仲間たちも各々、この喪失感と戦っているはずだ。ただ〈天を射る矢〉の幹部であるレイヴンは、悲しむ間もなくあちらこちらを回っているようだが。
ドンがいなくなったユニオンを、誰がどう纏めていくのだろう。
様々な思考を繰り広げながら、は歩き続ける。
歩くうちに、彼女は街の酒場までたどり着いた。その軒下で、座り込む少年の姿を見つける。
「カロル?」
「あっ、……」
ドンを慕っていた少年は、深く傷ついていた。あまりにも弱々しいカロルの声に、の胸がちくりと痛む。
彼の隣に腰を下ろし、は、カロルに語りかける。
「ドンは最期まですごかったね」
「……うん」
「ユニオンと〈戦士の殿堂〉の戦争にならなくて良かったね」
「……が呼び掛けて、止めてくれたからだよ」
「カロルだって話してくれてたでしょ?」
の言葉に、カロルはゆるゆると首を振った。
「がそばにいてくれたうちは何とか声が出せたよ。でもがみんなの真ん中に行って必死に話しに行ったのを追いかけられなかった……。ボクはどうしようって、ただおどおどしてたんだ……」
話していくうちに、カロルは膝に顔を埋めてしまった。
くぐもった、半泣きの声がの耳に届く。
「みんな、ボクの話なんか聞いてくれないって……ダメだったんだ……ボク」
「私だって聞いてもらえなかったから同じだよ。それに仕方ないよ……。本当に怖かったんだから。だから、今度同じような失敗をしないようにしたら――」
「そんな風に出来るかなんて、わかんないよ……」
にはこれ以上、どう言葉をかけてやれば良いか判らなかった。
その時、聞き覚えある足音を彼女の耳が拾う。反射的に顔を上げると、そこには、ユーリがいた。
「ユーリ……」の声に、カロルは顔を上げた。彼女と同じように、真正面に立つユーリを見上げている。
ユーリの顔は険しかった。
ドンの介錯を引き受けた彼には、自分達とはまた別の、比べ物にならない重いものがのし掛かっているはずだ。それを彼は耐え、こうして立っている。
はゆっくりと腰を上げた。
「ユーリ……。私も絶対、ジュディスを探しに行くから」
「ああ」
「また後でね」
きっとユーリならば、カロルへ言葉をかけてやることができる。
自分には今、カロルを慰めることも、奮い立たせることも出来ない。それらが出来るのはきっと――カロルがずっと憧れる、ユーリだけだ。
二人の邪魔をしないように、はその場を後にした。
「……やっぱり、だ」
――街を歩くを見つめる、一人の男がいた。別段変わったところのない壮年の男。彼はこのダングレストにおいて、医師として生活する男だった。
男はというより、その義眼を気にしているようだった。
その男に、ふらりふらりと歩み寄る者がひとり。レイヴンである。どうやら男とは顔見知りのようだ。
「先生、どったのよ? 深刻そうな顔しちゃって」
「あ、いや……。何でもないさ」
「もしかしなくてもあの子見てたでしょ?」
レイヴンが遠くを歩くを指差すと、男は口ごもる。
知っているのは間違いないが、声を掛けられるような間柄ではないらしい。
男は、戸惑いながらもレイヴンに話し始めた。
「私のことを彼女は覚えていないだろう。それに……下手に接触して、彼女の人格を破壊してしまっては……」
「そうよねえ。思い出したくないから忘れちゃってるんだろうしねぇ」
「レイヴンさん、前にお願いした通り、彼女のことは……」
「判ってるわよ」
不安そうな男の話を遮って、レイヴンは告げる。
「俺様を診察してくれる唯一の先生のお願いなんだから、無下にはしませんって」
じゃあまたね、と全く緊張感の無い様子でレイヴンはその場を立ち去る。
男は不安げな表情のまま、また街へ紛れるように歩き始めたのだった。
遠くを歩くが、二人の視線に最後まで気付くことはなかった……。
◆◆◆
仲間が何処にいるか判らなかったは、ひとまず街の出口を目指した。
幸いなことに、そこにはリタがいた。
どうやらここで落ち合う予定になっているらしい。
「リタ、みんなはまだなの?」
「もうすぐ来るでしょ」
リタの言葉通り、程なくしてユーリとエステルがやって来た。
カロルとパティの姿はない。二人のことをリタが訊ねようとすると、ユーリは逆に、リタたちへ訊ね返した。
「よけいな心配するなって。それよりお前らはこれからどうするんだ?」
「あたしはもちろん一緒に行くわよ」
腕を組みながらリタが答える。「エアルクレーネの調査はあんたたちとするって決めたの」以前、彼女がそう宣言していたことをは思い出した。
次はエステルがユーリの問いに答える。
「わたしもユーリと行きたいです。ジュディスが〈魔狩りの剣〉に狙われてるかもしれないのに、放っておけない……」
「えっ、どういうこと? どうしてジュディスが狙われてるの!?」
エステルの言葉には目を剥いた。
取り乱すをなだめようと、ユーリが声を掛ける。
「オレたちも詳しくは判らない。けど、背徳の館に行ったとき聞いたんだ」
「そんな……。早くジュディスを助けに行かなきゃ!」
「の言う通りです。仲間ですから……」
の言葉にエステルが深く頷く。
「あの女を助ける義理なんて無いでしょうに」そう呟くリタも、少なからずジュディスを気にかけていることは明白だった。
ジュディスを案じるとエステルに、ユーリは静かに告げる。
「オレが行くのは助けるためじゃないぜ。ケジメをつけるためって言ったろ?」
もちろんそのことはたちも重々承知している。それでも助けたいのだ。
そのことはユーリも判ってくれている。だからこそ彼は改めて話した。
「ジュディが一体何を知っていて、何を知らないのか……。全部話してもらう。ギルドとしてケジメをつけてもらうために」
「ま、結果助けることになるかもだけど」
ユーリにリタが続いたのを聞いて、エステルは嬉しそうに笑った。
「二人とも、ジュディスが心配なんですね」
「な、何言ってんの! あくまでついでよ! それよりギルドのケジメっても肝心の首領、ホントに来るの?」
「アイツはこんなところで終わりゃしない。必ず来る」
照れ隠しの代わりにリタが溢した疑問に、ユーリは即答した。
カロルの姿はまだ無い。
先にやって来たのはパティであった。
ドンに教えられた、酒場の地下の壁を見に行ったのだろう。ユニオン誓約の原文が記され……アイフリードの名も共に刻まれた、あの壁を。
ユーリは早速パティへ訊ねた。
「じいさんの足跡、ちゃんと見てきたか」
「うむ……。しかと、心に刻み込んだのじゃ」
「で、何か少しでも記憶を取り戻す材料になったか?」
「そううまくはいかないみたいなのじゃ……。でも、これしきのことでめげてもいられないのじゃ」
前向きなパティの言葉に、そうだな、とユーリも笑って頷く。
パティはユーリを見上げると、おずおずと口を開いた。
「もう少し……うちも一緒に行ってもいいかの?」
「構わねぇぜ。じゃ、行くか」
パティと話し終えたユーリが歩き出すのを、エステルが呼び止めた。
「レイヴンはどうするんです?」
「さすがに来ないでしょ」
さすがにドンを亡くした今、幹部である彼が街を動けるとは思えない。そうリタが説明すると、エステルは寂しげに頷いた。
神出鬼没の彼のことだ、ひょんなところでまた巡り会うこともあるかもしれない……。
次に彼らは、向かうべき場所――ジュディスがいるらしいテムザ山について話し合った。
誰も聞いたことが無い中、ユーリはそれらしいものを覚えているという。以前ジュディスは、バウル――ジュディスの乗っていた竜の名前らしい――と共に、砂漠の北の山に住んでいたと話していたらしいのだ。
砂漠と言えばコゴール砂漠。あの砂漠を北に進むと、確かに大きな山脈がある。
ひとまず一行は、そこから当たってみることにした。
デズエール大陸まではもちろん、フィエルティア号が活躍する。パティがついてきてくれたのは幸いだった。
早速一行は船に乗り込み、準備を進める。
その時――。
「待って~!」
少年の叫び声が耳を突いた。
エステルとパティは同時に船から身を乗りだし、声の主を確認すると……笑顔を見せた。
「カロル!」
「カロルなのじゃ!」
全力疾走の後、カロルは船へと飛び乗ってきた。なかなかの度胸である。
甲板へ見事着地したカロルは、すっかり上がった息を何とか整え、ようやく口を開いた。
「ぼ、ボクも一緒に行く……。ドンの伝えたかったこと、ちゃんとわかってないかもしれないけど……〈凛々の明星〉はボクの、ボクたちのギルドだから……ボクも一緒に行きたいんだ!!」
何度も何度も悩み抜き、ユーリの言葉を受け、そうして、また前を向くことができた。
一歩前へ進んだ少年は、ひたむきに訴える。
「ここで逃げたら……仲間を放っておいたら、もう戻れない気がする……。だから! ボクも行く! 一緒に連れてって!」
その真っ直ぐな瞳の輝きと、一皮むけたようなしっかりした表情。
見るたびに成長していくカロルの姿は微笑ましくて、目頭が熱くなるほどの喜びをは覚えた。
ユーリも嬉しそうに、カロルへ笑い掛けている。
「カロル先生が首領なんだ。一緒に行くのは当然だろ?」
「ユーリ、ありがとう! でも……もう首領って言わないで」
「ん?」
ユーリが首をかしげると、カロルは丁寧にその理由を打ち明けた。
「ボクは……まだ首領って言われるようなこと何もしてない……。ユーリにちゃんと首領って認めてもらえるまで、首領って呼ばれて恥ずかしくなくなるまで、ボクは首領じゃなくて同じ〈凛々の明星〉の一員として頑張る!」
「……わかった。カロル、頑張れよ」
カロルとユーリのやりとりを見守っていたリタが、ふと、笑いまじりに呟く。
「ほんっとギルドって面倒。アツ過ぎ。バカっぽい」
「きっとそこがギルドのいいところ、なのじゃ、たぶん」
パティがうんうんと頷いた時だった。
「うむうむ。青春よのう」
空から突然そんな呟きが降ってきた。
驚いたユーリたちが揃って顔を上げる。
そこにはなんと、レイヴンの姿があった。
prev
Top
next