何時の間に来たのだろう。風でも浴びているのか、レイヴンは船室の上に突っ立っていた。
 仲間が自分に気付いたのを知ると、彼はひょいっとユーリの前に飛び降りてきた。

「若いって素晴らしいねぇ」
「おっさん、何してんだよ」
「えー、おっさんがここにいちゃダメなの?」

 辛辣なユーリの一言に、レイヴンは大袈裟なまでにがっくりと肩を落としていた。
 今まで通り過ぎるレイヴンの様子に、思わずは戸惑いをそのまま口にする。

「だめっていうか、今、ダングレストでやることがおありでは……」
「そ、そうです。ドンが亡くなった後で大変って……」

 エステルもおずおずと続くと、レイヴンは小さく唸ってから答えた。

「色々と面倒だから逃げてきちゃった」
「ドンに世話になったんでしょ。悲しくないの?」

 少し呆れたような口調でカロルが訊ねる。
 レイヴンは顔を両手で覆い、泣き崩れるかのように首を振りながら答えた。

「ああ、悲しくて悲しくて、喉が渇くくらいに泣いてもう一滴も涙は出ない」

 アクションが大袈裟なだけで、いつもの飄々とした調子に戻っている彼からは、その悲しみを察しにくかった。
 そんなレイヴンに、お見通しだとばかりにユーリが告げる。

「さすがのおっさんも、ドンの最後の言葉は無視できないってことだろ」
「ん、んなわけないってーの。言っただろ、俺には重荷だって」

 珍しくレイヴンが慌てて答えている。どうやらユーリの指摘は図星だったらしい。
 取り繕うようにレイヴンは捲し立てた。

「あっちはあっちで、後に残った奴らが、きっちりやってくれるって」
「ま、そういうことにしておいてやるよ」
「ったく、最近の若人は怖いわ」

 一枚上手なユーリと年寄りじみたぼやきを漏らすレイヴンを見て、パティはにんまりと笑っていた。

「大勢の方が賑やかでいいのじゃ」
「これは賑やかじゃなくて、うるさいって言うのよ。前にも言ったでしょ」

 指摘しながらリタも、にんまり楽しげに笑っている。
 ようやく仲間たちにいつもの調子が戻ってきたような気がする。はそう思い、笑いかけ――、止まった。
 ――まだ、ジュディスがいない。
 〈魔狩りの剣〉に狙われているジュディス。彼女を助け出すまでは、本当の安心はできない。
 はひとり、ひっそりと胸を押さえた。

(友達だから……絶対に助けるからね。ジュディス)

 ユーリたちがデズエール大陸を目指していることを知ると、「良い勘してんじゃないの」とレイヴンが笑った。
 ユーリの推測通り、テムザ山はコゴール砂漠の北であった。レイヴン曰く、そこにはクリティア族の街があったらしい。
 改めて一行は、デズエール大陸へと向かった――。


◆◆◆


 船で出来る限り近くまで回り込み、そこから幾らか歩き、ようやく一行はテムザ山へ来ていた。
 砂漠に比べればずっと涼しく、快適な気候である。
 だがそう呑気にしてもいられなかった。
「ワン!」テムザ山の道を見つめながらラピードが一鳴きした。道を見るように、と促している。
 山道をよく見ると、いくつもの足跡があった。まだ新しいものだ。それにしても量が多い。本当に〈魔狩りの剣〉の人間だけなのだろうか?

「騎士団かもな」 

 仲間たちの疑問を察したかのように、ユーリが呟く。

「フレンも聖核を探してた。〈魔狩りの剣〉が聖核を狙ってここに来てるんなら、騎士団も聖核を狙って来てるかもしれない」

 その可能性は大いにあった。
 しかし、そこまでして彼らが聖核に拘る理由は今だ掴めなかった。闘技場でリタの魔術を増幅させたことや、駆動魔導器に反応していたことを思い出すと、恐らく何らかの力を持っているのだろう……ということは予測がつくのだが。
 そのことをドンに聞きたかったがそれは叶わなかった。

「ジュディが全部話してくれたら、何か判るかもしれないな」

 そう呟くユーリの目は据わっていた。その静けさに、はひっそりと息を呑む。
 そのいやな静けさをパティも察したようだ。心配そうに少女が口を開いた。

「ジュディ姐……話してくれるかの……?」
「さぁな。話す話さないは、ジュディが決めることだ。話さないってんなら……」

 ユーリから伝わる不穏な空気。
 その言葉の続きが紡がれる前に、仲間たちの会話を遮るカロルの大声が響いた。

「ねえ! ちょっと来てよ! ここ、なんかすごいよ!」

 声の大きさからして、だいぶ興奮しているようだ。
 坂の頂上で手を振るカロルに呼ばれ、一行も坂を登り、彼のもとへ行った。
 坂を上りきった先、坂の下にずっと広がる光景に、たちは驚愕した。
 テムザの決して柔らかくはない岩肌が、深く抉れているのだ。それも一ヶ所ではない。いくつもある。まるで大きな爆発が起きたかのようだった。
 穴の大きさにばらつきはあったが、どれもかなりの衝撃でできたへこみであろうことが伝わる。きっと緑が繁っていた場所もあったはずだ。それを全て、とてつもなく大きな何かが幾度となく抉り、消し去ってしまったのだろう……。
 その凄まじさに、テムザ山の場所を教えた当人であるレイヴンも目を丸めている。
 クレーターを見下ろしながら、カロルは不安そうに呟いた。

「こんなんでホントに街なんてあるのかな……」
「十年前は確かにあったんだがなぁ。今はどうかはわかんないわ」
「十年前? そんな前の話なのか」

 レイヴンの答えに、ユーリが瞬きした。

「その時はなんでこんなとこに来たんだよ?」
「そりゃ……」

 突然、空に咆哮が響いた。
 もちろんその声に誰もが聞き覚えがある。
 ――ジュディスと一緒にいた竜の声だ。
 は胸を押さえた。
 もしかしたら、ジュディスたちに何かあったのかもしれない。
 一行は再び歩を進めた。
 道の箇所によっては岩で塞がれていたり、へこみが酷かったりで進めないこともあり、大きく迂回しなければならなかった。その度にの中では焦りが募り、思ったように進めないことへ苛立った。
 おそらく他の仲間もきっと、思いは同じだろう。
 なんとか進んでいくと、先ほど見下ろした大きなへこみのそばまで辿り着いた。目の前にするとその酷さはより伝わってくる。
 自然にできたものではないことは判る。だとすれば、一体何があったのか? 何者のせいなのか?

「ここは人魔戦争の、戦場だったってことよ」

 憶測を交わす仲間たちに、レイヴンはあっさりとその答えを投じた。
 人魔戦争――。かつてベリウスにも教えられた、人間と始祖の隷長の戦い。
 戦いは人の勝利で終わったが、生存者もほとんどおらず、戦争の真実は未だ明かされていない。
 エステルの話では公文書にも詳しいことは記されていないという。
 ともかく、このテムザの状況は、すべて始祖の隷長の力のものによるらしい。もしくは、戦争に用いられた兵装魔導器か何かのせいか……。
 その凄惨さを想像するだけで、は口を開くことすら出来ない恐ろしさを感じた。
 人と始祖の隷長――闇に包まれた戦争――その戦場がここだとすら知らされていない事実――。
 仲間たちの疑問に、またレイヴンが答える。

「色々、戦争については情報操作されてんのよ。帝国にね。知られたくないことが一杯あったんじゃない?」
「魔物が人間相手に戦争っておかしいと思ってたけど……」
「その魔物というのが始祖の隷長だということも、知られたくない事実だった……」

 レイヴンの答えに、リタとエステルが考え込みながら呟いている。
「レイヴン、随分詳しいね」カロルが感心したようにレイヴンを見ている。

「少年少女の倍の人生生きてれば、色々あんのよ、ほんとに」

 はぐらかすようなレイヴンの答えに、カロルも他の仲間も、それ以上言及しなかった。
 本来の目的、ジュディスとの再会に向けて、再び一行は歩き出す。
 その道中で、ふとユーリが足を止めた。何かを思い出したらしい。

「そういやジュディ、前に言ってたんだよな。“バウルが戦争から救ってくれた”ってな……。それって、人魔戦争のことだったのかなって」

 そんなユーリの発言は、ジュディスが人魔戦争に参加していたのではないかという話に広がった。
 そしてその答えを、当然のようにユーリはレイヴンに求めた。
 しらばっくれようとするレイヴンに、ユーリは言った。

「色々詳しいのは当事者だからだろ?」

 その指摘に、レイヴンは頷いた。そして認めた。
 自身が人魔戦争に参加していたこと、その中の数少ない生存者であることを。

「さすがの俺様も、あんときは死ぬかと思ったね。あ~、あんとき、死んでりゃもうちっと楽だったのになあ」

 頭の後ろで腕を組んで、緊張感のない口調でレイヴンはぼやいた。
 そのぼやきにリタが静かに飽きれ返っている。
 で、レイヴンのぼやきを聞き流せずに口を挟む。

「そんな、死んでおきたかったみたいに言うの、良くないと思いますけど……」
「あ? ありゃりゃ、ごめんね~。そんなつもりなかったんだども」

 へらへらっと笑ってレイヴンが返す。
 いまいち真意の掴めない彼の様子に、は密かに戸惑った。余計なことを言ってしまったのでは、と今更ながら思ってしまう。
 だがレイヴンが彼女の言葉を気に留めることはなかった。何事もなかったように彼は、十年前――戦争のことを語り始める。
 まず、ジュディスやバウルを見た記憶が無いと言った。
 当時は始祖の隷長などという存在を知らされておらず、とてつもない魔物だとしか思っていなかったらしい。
 そんなレイヴンを、カロルは「すごいね」と見つめていた。

「ホントにレイヴン、戦争に行ってたんだね」
「……大人の事情ってやつさ」

 しんみりとしたレイヴンの返答が、この話の区切りとなった。
 度々話に時間をとられてしまう皆に、珍しくが呼び掛ける。

「お話はもう、ジュディスを見つけてからにしよう? 色々気になるけれど、今一番なのはジュディスのことでしょ」
「ああ、そうだな」

 が先導するように呼び掛けてきただけでも十分珍しいが、焦りや苛立ちがこちらにも判るほど明らかになっているのも珍しい。
 ユーリは苦笑して、再び先頭を歩き出した……。

prev Top next