険しい山道を越えていくと、人工物と思われる石橋が現れた。それを渡ってすぐ目前に広がった光景は、いくつもの廃墟であった。十年前にあったというクリティアの街らしい。だが、その廃れようは凄まじかった。どれもが色を失い、触れれば脆く崩れ去りそうだ。十年以上の、もっと遥かな時を経たように感じられる。

「なんだか、カルボクラムに似てる……」

 はかつて訪れた廃墟の街を思い出していた。建物の風化の激しさなどが、まさにあの街にそっくりであった。
 これが人魔戦争の恐ろしさ――。
 ぼんやりとが廃墟を見渡していると、不意にラピードが唸り声を上げた。
 ラピードが警戒した廃墟の間から、二人の男が吹き飛ばされて来た。魔物の毛皮や骨を纏ったその男たちが、〈魔狩りの剣〉であることに一行はすぐ気づく。
 男たちが吹き飛ばされた場所から、ふらりと人影が出てきた。
 ……ジュディスである。

「ジュディス!」

 思わずは叫んだ。酷く疲れているようだったが、幸いにも目立った怪我はない。はほっと胸を撫で下ろした。
 ジュディスの方はといえば、突然目の前に現れたたちに驚いているようだった。槍を携えたまま、目を丸めてこちらを見下ろしている。
 吹き飛ばされた男たちは、態勢を立て直すとたちに武器を向けた。
 誰からともなく武器に手をかけ、そのなかでユーリが鋭い声で男たちに告げる。

「おまえら! うちのモンに手を出すんじゃねえよ。掟に反しているならケジメはオレらでつける。引っ込んでな!」
「我々は奥に行って魔物を狩りたいだけだ! 邪魔するな!」

 魔物――恐らくジュディスの竜、バウルのことであろう。
 ユーリたちから聞いた話や現状から察するに、バウルは恐らく始祖の隷長であり、始祖の隷長は聖核を生み出す。……その命を落とした時に。
 つまり〈魔狩りの剣〉は、ジュディスの友であるバウルを殺し、聖核を奪うつもりなのだ。
 そんなことをさせてなるものかと、は鎌の柄を握ったまま、一歩進み出る。

「それを止めろと言ってるんです。あの竜は魔物じゃない。私たちの仲間の大事な友達です」
「もう、面倒くさいなぁ。ブッ飛ばしちゃおうか」

 腕を組みながら、苛立たしげにリタが溢す。
 彼女の提案にレイヴンもうんうんと頷いた。

「そうねぇ。こいつらじゃ話にならないしねぇ」
「話の邪魔をする奴は永久にそこに倒れとけなのじゃ」

 銃口を男たちに向けながら、パティが強い口調で言った。
 ユーリがもう一度、男たちを見据える。

「消えとけ。ホントに一戦やらかすか?」

 ユーリが凄むと、男たちはようやく諦めて引き返していった。恐らく彼らはギルド員たちに、このことを告げるだろう。だとすれば、そうゆっくりはしていられない。更なる追っ手が来る可能性が高いからだ。
 男たちが去り、ジュディスとユーリたちの間に沈黙が生まれる。

「追ってきたのね、私を」

 沈黙を破ったのはジュディスだった。
 彼女の呟きに、ユーリが返す。

「ギルドのケジメをつけるためにな」
「ジュディス、全部話して欲しいんだよ」

 ユーリに続いて、カロルがジュディスに訴えた。どこか悲しげな少年の声に、ジュディスが僅かに目を伏せる。
 次に口を開いたのはリタだった。

「何故魔導器を壊したのか。聖核のこと。始祖の隷長のこと。フェローとの関係。知ってること全部ね」
「事と次第によっちゃ、ジュディでも許すわけにはいかない」

 重たい口のユーリに、ジュディスは静かに呟いた。「不義には罰を……だったかしらね」しばらくジュディスは思い悩んでいたようだった。何かを整理するように、そっと目を閉じ、黙り込む。ほんの僅かな沈黙の間に、彼女がどれほどのことを思い、悩んだのか、には計り知れない。
 決心したようにジュディスは目を開き、顔を上げた。

「そうね。それがいいことなのか正直分からないけど。あなたたちはもうここまで来てしまったのだから」

 来て、とジュディスは身を翻し、更に山頂へと向かう道へ歩を進めた。
 ジュディスの背中を見つめながら、は考えた。
 “ジュディでも許すわけにはいかない”……。ユーリの呟きが頭のなかで木霊し、の心に再び不安を齎した。
 不安になったのは他の仲間も同じらしい。カロルが心配そうにユーリを見上げていた。

「ユーリ、ジュディスでも許さないって……」
「……ドンの覚悟を見て、まだまだ甘かったことを思い知らされた。討たなきゃいけないヤツは討つ。たとえそれが仲間でも、始祖の隷長でも、友でも」
「フレンやフェローでもってこと?」
「……ああ。それがオレの選んだ道だ」

 そうして歩き出すユーリの背中を、カロルはしばらく見つめていた。
 カロルの思いが、には痛いほど伝わってきた。
 いざというとき、自分はどうしたら良いのか――。カロルは深く悩んでいる。
 はそんなカロルを見守りながら、ひっそりと決めていた。
 ――私はジュディスを助けに来た。そのためにユーリとぶつかるかもしれない。けれど、譲るつもりは……。
 考えているうちに仲間たちはジュディスを追って歩き出していた。
 も慌てて彼らに続く。
 ジュディスを先頭に、廃墟を過ぎてしばらく経った頃。彼女がそっと口を開いた。

「人魔戦争……あの戦争の発端はある魔導器だったの」
「なんですって!」

 叫んだのはリタだった。魔導器を愛する彼女でなくても、ジュディスの言葉は衝撃的だった。
 ジュディスの話は続く。

「その魔導器は発掘されたものじゃなく、テムザの街で開発された新しい技術で作られたもの。ヘルメス式魔導器といったわ」
「ヘルメス式……」
「初めて聞いたわ。それに、新しく作られたって……」

 博識なエステルや、研究者であるリタですら聞いたことのない魔導器の名前だった。
 もちろん他の仲間たちやにも聞き覚えがない。
 まず魔導器というのは新しく作り出すことができず、過去に作られたものを発掘して利用しているのが現状だ。
 ジュディスの話は、そんな常識を根底からひっくり返す話であった。

「ヘルメス式魔導器は、従来のものよりもエアルを効率よく活動に変換して、魔導器技術の革新になる……はずだった」
「何か問題があったんだな」

 ユーリの指摘に、ジュディスが頷いた。

「ヘルメス式の術式を施された魔導器はエアルを大量に消費するの。消費されたエアルを補うために各地のエアルクレーネは活動を強め、異常にエアルを放出し始めた」

 その話を聞いてリタが顔を歪めた。

「そんなの人間どころか全ての生物が生きていけなくなるわ!」
「ケーブ・モックやカドスの喉笛で見たあれか。そりゃやばいわな」

 レイヴンが呟くのを聞いて、もエアルクレーネが暴走していたときのことを思い出した。異常な進化と増殖をした植物、エアルに酔って暴れだした魔物。エアル酔いで動けなくなった仲間たち……。
 エアルに酔ったことのないにはいまいち判らない部分もあるが、エアルが増えすぎれば生命としての活動が危ぶまれる事態になることは理解できた。

「人よりも先にヘルメス式魔導器の危険性に気付いた始祖の隷長は、ヘルメス式魔導器を破壊し始めた」

 ジュディスの話を聞いて、ユーリは合点がいった。

「それが大きな戦いとなり、人魔戦争へ発展したってことか……」
「じゃあ、始祖の隷長は世界のために人と戦ったの!?」

 驚いてカロルが声を上げる。
 エステルも悲しそうな顔でジュディスを見つめて叫ぶ。

「どうして始祖の隷長は人に伝えなかったんです? その魔導器は危険だって!」
「互いに有無を言わずに滅ぼしゃいいってなもんよ。元々相容れない者同士、そこまでする義理は無かった。そんなところかねぇ」

 ジュディスが何か言うより早く、レイヴンが口を開いた。どこか棘のある言い方なのは、戦争に参加し、始祖の隷長の力を身を以て経験した故かもしれない。
 戦争の凄まじさや、ダングレストを襲ったフェローのことを思うと、始祖の隷長が人間に対して友好的とは考えがたい。ジュディスといるバウルや、街を治めていたベリウスの方が、始祖の隷長の中では特殊なのかもしれない。
 考え込みながら、もぼんやりと呟いた。

「始祖の隷長が注意したところで、全ての人が“はいそうですか”って技術を手放せるとも思えないし……」
「あるいは何か他にも理由があったのかもしれんの」

 そう続いたパティが、ふと首をかしげた。

「でも、この話がジュディ姐になんの関係があるのじゃ?」

 パティに問われ、またジュディスは語り始める。

「テムザの街が戦争で滅んで、ヘルメス式魔導器の技術は失われたはずだった……」
「まさか! そのヘルメス式がまだ稼働してる!?」

 驚くカロルに、ジュディスは頷いた。
 ラゴウの館、エフミドの丘、ガスファロスト、そしてフィエルティア号。竜使いもとい、ジュディスが壊して回ったそれらの魔導器には、失われたはずのヘルメス式の術式が用いられていたのだ。
 ジュディスはヘルメス式魔導器を壊して回っていた。始祖の隷長の代わりに、世界のために。
 は言葉を失った。
 かつてフィエルティア号の駆動魔導器を壊した時のジュディスの姿を思い返す。
 “私の道だから”
 すべてを押し殺してそう呟いた彼女の姿を。
 あの時も、その前からもずっと、ジュディスはひとりで戦っていた。
 のなかには言葉にならない思いが渦巻いて、今にも胸が張り裂けてしまいそうだった。

(どうして、言ってくれなかったの――!)

 涙が溢れそうになったその時、の代わりに叫ぶ少女がいた。

「なら! 言えば良かったじゃない!」

 リタだった。と同じように、今にも泣きそうな震える声で、リタは怒っていた。
 ジュディスを見つめて、彼女は叫ぶ。

「どうして話さなかったのよ! 一人で世界を救ってるつもり? バカじゃないのっ!?」

 ジュディスはなにも言わない。
 仲間の誰もが口を開けずにいた。
 リタの叫びが木霊し、薄れていく。
 重く痛々しい沈黙が周囲を満たした後、ふと、山道の奥の穴から虹色の光が溢れた。
 目映い発光にたちが困惑していると、「バウル!」叫びながらジュディスが駆け出していった。
 あの穴の奥にバウルがいるらしい。だが光を放っているのは一体……?
 そのとき、突如ふたつの人影が飛び込んでいた。道を阻むように一行の前に現れたそれらは、〈魔狩りの剣〉のギルド員――ティソンとナンであった。

prev Top next