にたりと笑ったティソンは、ジュディスたちが目指していた穴を見つめ、呟いた。

「どうやら獲物はそこにいるようだな」
「行かせないわ」

 険しい顔でジュディスが立ちはだかり、槍を握りしめる。
 彼女に向かってナンが叫んだ。

「人でありながら魔物を守るなんて理解できない!」

 ナンたちの乱入に、敵対心を露にユーリが低い声で問うた。 

「手下どもに聞かなかったか? うちのモンに手ぇ出すなっつったろ」
「い、いくらナンたちでも、ギルドの仲間を傷つけるのは許さない!」

 カロルも、拳を握りしめながらナンへ返す。
 話を中断されたリタも、忌々しげにティソンたちを睨みながら怒鳴った。

「まだ話の途中なのよ! 邪魔すんな!」
「まったく無粋な連中なのじゃ」
「アツいのは専門外なんだがなぁ」

 パティ、レイヴンも、各々そう漏らしながら臨戦態勢をとる。
「あなたたち……」呟くジュディスの声は震えていた。
 エステルが、ティソンたちへ向かって訴える。

「〈魔狩りの剣〉がなぜ人に危害を加えるんですか!」
「魔物に与するものを人とは呼ばんだろう」

 不躾なティソンの物言いに、それまで黙っていたも耐えきれなくなった。

「善悪の判断もつかずに何でも攻撃して回るあなたたちこそ魔物みたいなものですけどね」
「こっちの事情を判れとは言わねえが、言ってくれるじゃねえか小娘が」
「自分達とは違うからって、何でも魔物だ悪だって潰して……。そんなのあっていい筈がない!」

 叫ぶの心は苦痛に締め付けられていた。
 脳裏に過るのは、獣の姿に成り果てた夢の中の自分。
 ――狭間の者――。
 人ではないかもしれない私が、何が人で、何が魔物かなんて、言えないのかもしれない。
 悩みながらも、怒りを抑えられなかった。
 自分はティソンたちに偉そうに言える立場ではない。彼らには魔物を許せない強い理由や過去があるのだろう。だがジュディスとその友達である竜や、ベリウスたちのことを思うと、言い返さずにはいられなかった。
 少なくとも今ティソンたちが討たんとしているものは、彼らの言う悪……“魔物”ではないのだ。

「カロル、〈魔狩りの剣〉の理念も忘れたの? 邪魔しないで」

 だがそんな説明をしたところで、彼らに通じるとは思えない。
 冷たいナンの言葉に、カロルは俯きかけた。しかし……強い意志を持った顔で、ナンを見つめ返す。

「魔物は悪……。〈魔狩りの剣〉はその悪を刈る者……。でも! 始祖の隷長は悪じゃない! 世界のために……」
「雇われて見境無くなってるんだろ。狙いは聖核の癖にカッコつけてんじゃねえよ」

 ユーリはそう言いながら剣を抜いた。
 ティソンとナンも、臨戦態勢へと移る。

「話にならんなぁ。どうしても邪魔立てするのなら……」
「仕方ありませんね」

 ――戦いは避けられなかった。
 そしてたちはジュディスとバウルの為に――仲間のために力を奮った。

「全ての魔物は退治されるべきなのだ!」
「それが私たちの掟なんだから!」
「バウルは私が守るの。命を賭けても」

 言いながらジュディスが槍を携え、駆け出す。
 は彼女に続いて、ティソンたちへの追撃を行った。

「私にも守らせて! ジュディスと、ジュディスの大事な友達のことを! 仲間なんだから!」
「そうじゃ! ジュディ姐の友達はうちらの友達じゃ! 全力で守るのじゃあ!」

 パティも果敢に攻撃を仕掛けていく。
 多勢に無勢のなか、ティソンとナンは怯むことなく反撃してくる。数の差など、普段から魔物の群れとの戦いで鍛えられている彼らにとっては大した問題ではないのかもしれない。
 ユーリもティソンと戦い、剣を振りながら叫んだ。

「得体の知れない相手イコール魔物ってのは、随分と短絡的だな!」
「魔物を庇うなど万死に値する!」
「バウルは違う! 意味もなく人を傷つけたりしない!」

 ハンマーを振り上げながら、カロルはナンへ突撃していく。

「何寝ぼけたこと言ってるの! そんなわけないでしょ!」

 カロルの攻撃を回避したナンが、武器ごと体を捻り、反撃する。
 カウンターを受けたカロルに、素早くエステルの治癒術がかけられた。大事無かったようで、少年はすぐに立ち上がる。
 レイヴンがため息を吐きながらティソンたちを見やった。

「頭の堅い連中ね。若いくせに困ったチャンだわ」
「ほざいてろ! 魔物狩りに関して俺は譲らん!」
「譲れない同士、ぶつかるしかないってことか」

 ユーリが呟く。
 どちらかが戦えなくなるまでは、どうも収まりそうにない。
 ティソンの接近戦には隙が無く、かといって遠距離での戦いに弱いわけでもなかった。距離が開くと彼は大地に拳を打ち付け、此方の足元に衝撃波を出現させる特殊な技を用いた。
 若いナンも、戦闘技術はティソンに負けず劣らずだった。半月状の大きな刃を持った武器をブーメランのように操り、予測しにくい攻撃をしてきた。そして彼女には治癒術の心得があるらしく、ティソンや自身の怪我をすぐに癒した。エステルほど強力ではないにしろ、戦いを長引かせる大きな要因となっていた。
 長引かせては、無理を続けているジュディスの体に響く。
 早く戦いを終わらせるには、先にナンを倒すべきか。
 攻防を繰り返しながら、は考えていた。
 瞬間――、彼女の目前にはティソンが迫っていた。

「ボサッとしてんじゃねえぞォ!」

 抉るようなティソンの拳が、油断していたの鳩尾に直撃する。「がはっ!?」の体は大きく吹き飛ばされた。でこぼこの山肌に背中を叩きつけられ、視界が弾ける。血と胃液が混ざったものがせり上がってきて、咳き込みながらはそれらを吐き出す。
 骨か内臓か、それとも両方か……ぼんやりと負傷した場所を予測しながら、は立ち上がった。
 崖の方に飛ばされなかったのは不幸中の幸いであった。

!」

 エステルの悲鳴に、はハッとした。
 再びティソンがへ向かってきていた。その拳に赤いものが染みている。はそれが自分の血であることを察した。目視せずとも、自分の腹から熱いものが伝っているのが判る。熱した鉄でも押し付けられているように痛くて熱い。
 ティソンに対するための武器も無い。鎌は吹き飛ばされた衝撃で投げ出してしまい、遠くへ転がっている。
 エステルの治癒術は、今しがた別所で攻撃を受けた仲間に向けて放たれたばかりで、次の発動までは時間がかかる。
 絶望的な状況だった。しかし……自身は絶望していなかった。
 義眼が強く輝き、の体をエアルの力が駆け巡る。

「もらったぁ!!」

 ティソンの拳がの顔面目掛けて振り抜かれる。
 ――刹那。
 ぶつかる直前に、はその拳を掴んだ。
「何ッ!?」の反射スピードにティソンは度肝を抜かれた。急いてもう片方の拳も繰り出すが、先と同じように掴まれ、阻まれてしまう。
 ティソンの拳は、魔物を狩るための武器である。ろくに心得もないような素人が捉えることなど出来ない早さと威力の代物だ。万が一掴めたとしても、ティソンの力に押され、逆に拳を砕かれてしまうだろう。
 それをこんな小娘が捉えられるものか!
 動揺したティソンは無意識のうちに己の拳と、の手に視線を落とした。
 そして、絶句した。
 ――なんだ、これは!?
 ティソンの手を掴んでいたのは、ただの手ではなかった。
 白い毛並みに覆われ、厚く鋭い鉤のような爪が生え揃っている。
 まるで、獣のそれであった。
 何故人間にこんな手が生えている? 少なくともさっきまでは、確かに人間のものだったはず……!
 ティソンはの目を見た。義眼は燃えるように強く輝き、エアルを迸らせている。そのエアルの輝きに触れた彼女の髪先が、獣の手を覆う毛並みと同じ白に染まっていく。
 信じられないものを見るかのようなティソンを見て、は低く呻いた。

「誰にも言わないでよ……」

 はティソンを睨みながら、獣の手にぎりりと力を込めた。ティソンの拳へ、爪がじわりじわりと突き刺さっていく。
 そのまま力比べとはならなかった。拳を塞がれたティソンがの腹を蹴ったのだ。
 傷を踏みつけられ、の身体に激痛が走る。
 たまらずは絶叫し、力任せにティソンを放り投げた。
 ティソンは空中で身を翻すと、ナンのすぐそばへ着地する。

「師匠! 大丈夫ですか!」
「当然だろが!」

 ナンに返しながらも、ティソンはから視線を外さずにいた。
 遠目に見ても判るほど義眼の魔導器は強く輝いている。だが、変異していた髪や手は、元に戻っているようだった。
 魔導器のせいなのか、それとも……。
 考えかけてティソンは、その必要がないと思い直し、止めた。動けそうにないにそれ以上構わず、彼は別の相手に向かって突進していった。

、しっかりしてください!」

 動けずにいるへ、エステルが駆け寄っていった。その怪我の酷さに彼女は悲鳴を上げかけ、唇を引き結んで耐える。しかし不思議なことに、怪我からの出血はほとんど止まっていた。
 エステルが治癒術を施すと、はすぐに立ち上がった。義眼の輝きは衰えていない。

「ありがとう、エステル」
、無理しないで……!」
「大丈夫……。エステル、みんなの援護を」

 の言葉に、エステルは堅い表情のまま頷き、戦う仲間たちの援護へと向かっていった。
 ひとりは、確かめるように腹を撫でた。傷はほぼ完治に近い。

(いくらエステルの術が強力にしても、これは治りすぎだよね)

 自嘲めいた笑みを一瞬ばかり滲ませ、はもう一度戦場へ飛び込んでいった。
 何とか鎌を拾い上げ、ユーリやラピードたちと共に攻撃を仕掛ける。
 ティソンとナンはかなり消費しているように見えた。だが油断は出来ない。
 一度前線から抜け出ると、はナンの様子を窺った。
 そして……彼女が治癒術を唱えようとしたそのタイミングを狙って、術を放った。

「サイレンス!」
「っ!?」

 の妨害魔術によって、ナンの術が不発に終わる。
 突然のことにナンが明らかに動揺した。「なに、今のっ!」それを逃さず、カロルが突っ込んでいった。

「ナン、ごめんっ!」
「きゃああっ!!」

 カロルのハンマーと鞄ごとの突進が、ナンに命中する。悔しそうに顔を歪めて、ナンが倒れ込む。
 一方ティソンには、ユーリとラピード、そしてジュディスの連携が決まった。

「やってくれんじゃねえかあ……」

 呻きながらティソンは倒れた。ナンも彼も気絶しただけで、死んではいない。
 しばらく彼らが起きそうにないことを確かめると、ユーリたちは山の奥へ駆けていくジュディスの後を追った。
 も少し遅れて、彼らに続く。ダメージが響いているのだろう、その足取りは酷く重たい。
 のろのろと歩くを、レイヴンが心配そうに振り返った。

ちゃん、大丈夫? 思いきり入ってたみたいだけれど」
「平気ですよ。エステルが治してくれました」
「タフだわねぇ……。まあ、無茶しないよーにね」

 苦笑いするレイヴンに、は微笑んで返した。

「気を付けます」

 そうしてね、とレイヴンが釘を刺して、再び歩き出す。
 彼の後ろを、はゆっくりとついていった。
 義眼の輝きは収束していた。あの異常な発光が嘘だったかのようである。
 あの“手”も、見間違いだったのではないかと思えるほどに。

(ううん。そんな筈ない……。確かにあれは……)

 ティソンの拳を引き裂かんとしていた獣の手。
 あれは間違いなく自分の手だった。自分の意志と感覚を宿していた。
 ティソンが影になっていたお陰で仲間には見えなかっただろうが、の手はあの瞬間、獣へと変異していた。
 何が自分をそうさせたのか。
 は両手を見つめながら、しばし考えた。
 何が私を私ではなくしてしまったのか。
 いくら考えても答えは出てこない。
 不安を振り切れないまま、は仲間たちの後を追いかけた。

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