コゴール砂漠の中央にある、いびつな岩山。
 フェローと会うために、一行はそこへ降り立った。
 砂漠に囲まれ枯れたこの地も、かつては緑に包まれていたのだとジュディスは言った。だがその理由までは彼女も判らないらしい。
 緩い勾配の坂道を上ると、すぐに山の頂上へ辿り着くことができた。しかし、フェローらしき姿は影も見当たらない。
 仲間たちが辺りを見渡していると、ジュディスが不意に空を見上げた。

「フェロー、いるんでしょう?」

 彼女の声に応えるように鳥の鳴き声が響いた。幾度となく聞いたフェローのものである。それから一瞬のうちに、フェローは、たちの目の前にある大きな岩の天辺へ姿を現した。
 改めて目にすると、その迫力と威圧感は堪えるものがあった。
 驚いたカロルが悲鳴を上げるのが聞こえる。無理もない。
 フェローは鋭く此方を……エステルを睨み付けてきた。

「忌まわしき毒よ、遂に我が下に来たか!」
「現れるなり毒呼ばわりとはご挨拶だな、フェロー!」

 かなりのプレッシャーを受けているはずだが、ユーリは強気にそう返す。
 フェローは問うた。

「何故我に会いに来た? 我にとってお前たちを消すことなど造作もないこと、判っておろう」

 フェローの力はダングレスト襲撃の際、確かに嫌と言うほど思い知らされた。
 仲間たちが緊張で口を開けないなか、ユーリは舌打ちした。

「あんたもこれで語るタイプか? やるってんならしょうがねぇな」

 彼が剣を抜くのを見て、「駄目です、ユーリ!」エステルは叫んで止めに入る。他の仲間たちも思わず、武器に添えていた手を離し、彼女を見つめた。
 仲間を制止したエステルが進み出、フェローを見上げた。フェローもまた、エステルへと視線を落としている。

「お願いです、フェロー。話をさせてください!」
「死を恐れぬのか、小さき者よ。そなたの死なる我を?」
「怖いです。でも、自分が何者なのか知らないまま死ぬのは、もっと怖いです」

 エステルの言葉とその思いが、は痛いほど伝わってきた。
 小さく震え、両手を握りしめながらも、気丈にフェローと対話する少女の背中を、は無言で見守った。他の仲間たちも、静かにエステルとフェローの様子を見つめている。

「ベリウスはあなたに会って運命を確かめろと言いました。わたしは自分の運命が知りたいんです。わたしが始祖の隷長にとって危険だというのは分かりました。でもあなたは世界の毒と……。わたしの力は何? 満月の子とはなんなんです?」

 次いでエステルは、こう口にした。

「本当にわたしが生きていることが許されないのなら……死んだっていい」

 “死”という言葉には声を上げかけた。悲痛な覚悟を秘めた彼女の声に、背筋が凍りつく。
 他の仲間たちも驚いたようであった。中でもリタの泣きそうな顔、ユーリの静かに怒りを抑えるような顔が目に留まる。

「でも! せめてどうして死ななければならないのか……教えてください! お願いです!」

 エステルの深緑の瞳が、フェローを見据える。
 ……彼女の願いが届いたのだろうか。僅かばかり、始祖の隷長の剣呑さが和らいだような気がした。

「かつてはここも、エアルクレーネの恵みを受けた豊かな土地であった」
「でも、それが何故こんなことに?」
「エアルの暴走とその後の枯渇がもたらした結果だ。何故エアルが暴走したか……。それこそが満月の子が世界の毒たる所以よ」
「え……」

 フェローの話にエステルは戸惑い、固まった。
 更にフェローは語る。

「満月の子の力は、どの魔導器にも増してエアルクレーネを刺激する」
「どういう事だ?」

 ユーリが首をかしげる。たちも悩んだ。
 しかし――その中でひとり、ジュディス以外で全てを理解してしまった仲間がいた。
 リタである。
 ぽつりぽつりと、声を溢すように少女は話し始めた。

「魔導器は術式によってエアルを活動力に変えるもの。なら、その魔導器を使わずに治癒術が使えるエステルは、エアルを力に変える術式をその身に持ってるってこと……。ジュディスが狙ってるのは特殊な術式の魔導器……つまり」

 次第にリタの声は辛そうに張りつめていく。

「エステルはその身に持つ特殊な術式で、大量のエアルを消費する……。そしてエアルクレーネは活動を強め、エアルが大量に放出される……。あたしの仮説、間違ってて欲しかった……」

 俯くリタの横顔は、たくさんの感情がない交ぜになって歪んでいた。
 リタの話に誰もが絶句した。
 エステルは、ヘルメス式魔導器と同じようにエアルクレーネを刺激する。しかもフェローの話では、エステルの力によるエアルクレーネへの影響は魔導器より大きいという……。
 もリタのように願った。その話が否定されることを。
 しかし現実は残酷だった。

「その者の言う通りだ。満月の子は力を使うたびに、魔導器などとは比べものにならぬ程、エアルを消費し、世界のエアルを乱す。世界にとって毒以外の何者でもない」

 唸るようなフェローの声が、たちに降り注ぐ。
 エステルは目を伏せ、唇を噛み締めた。自分の力が毒であると再度告げられ、そのショックに青ざめながら震えている。
 彼女に掛けるべき言葉など、思い付くはずがなかった。
 フェローの話に、ユーリは怒りを露に声を上げる。

「だから消すってか? そりゃ随分と気が短いな。え? フェローよ」
「これは世界全体の問題なのだ。そしてその者はその原因。座視するわけにはいかぬ」
「オレたちの不始末ならオレたちがやる」
「そうなのじゃ。勝手に押し付けはごめんなのじゃ」

 パティが彼に続いたものの、フェローは聞く耳を持たない。

「お前たちは事の重大さが理解できていないのだ」
「じゃあ聞くが、エステルが死んだからって何もかも解決するのかよ?」
「少なくともひとつは問題を取り除くことができる」

 自分達にとっては非情だが、世界を想うフェローにとってはそれが正しい道なのだろう。始祖の隷長がどれほどの間、どれほどの想いで世界と共に生きてきたのか。それを考えると自分達の方が異端なのかもしれない。
 だが仲間を守るためならば、異端で構わない――。
 は、フェローに言いたいことで溢れ返る胸中を必死に整理しようとする。

「フェロー。ヘリオードで私は手を止め、ダングレストではあなたを止めたわ」

 そんなの前で、それまで話を黙って聞いていたジュディスが、フェローへ語りかけ始めた。

「最初は魔導器のはずが人間だったから。次は私自身が分からなくなったから。この子があなたの言うような危険な存在とは思えなかったからよ」
「そうだ。故に我はそなたに免じて、見極めのための時間を与えた。その結果、我は同胞ベリウスを失うこととなった。もう十分だ。その力は滅びを招く」

 それなら、と今度はレイヴンがフェローに言う。

「よくわかんないけど、力を使うのがまずいなら、使わなきゃいいだけじゃないの?」
「その娘が力を使わないという保証はない」

 フェローの台詞は尤もだ。優しいエステルは傷ついた人を放っておくことができない。その事を理解した上で、ジュディスは再度話した。

「この子は目の前のことを見過ごせない子。きっとまた誰かのために力を使うでしょうね。だけど、その心がある限り、害あるものとは言い切れないはず。彼女は魔導器とは違う。あなたにもそれがわかると思うけれど?」

 ジュディスの言葉に、フェローが一瞬だけ躊躇った。今までのように此方の言葉全てをすぐに切り捨てるような反応ではなく、少し考え込んだように思えた。しかし。

「……心で世界は救えぬ」

 彼の意志が変わるまでには至らなかった。
 ――そして遂に、ユーリが激昂した。

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