フェローに臆することなくユーリは叫ぶ。

「おまえが世界とやらのためにあれこれ考えてるのはよく分かった。けどな、なんでエステルがその世界に含まれてない?」
「より大きなものを守るためには、切り捨てることも必要なのだ」

 もちろんフェローが引くはずはない。変わらず厳かな声だ。
 ユーリは再び叫ぶ。

「クソ喰らえだな。その何を切り捨てるかを決められるほど、おまえは偉いのかよ?」
「我らはお前たちの想像も及ばぬほど長きに渡り、忍耐と心労を重ねてきたのだ。僅かな時間でしか世界を捉えることのできぬ身で何を言うか!」

 一触即発の空気が極限まで高まっていく。
 その時、はようやっと声を上げた。

「エステルを切り捨てさせたりなんか、しない!」

 フェローの、仲間たちの視線を受けて、は訴えた。

「ベリウスが教えてくれました。私にはエステルと違う力があって、エステルを助けることができるって」

 その肝心の力については未ださっぱり思い出せないが、そこに可能性があるはずだとは信じた。
 の訴えに、フェローは「狭間の者か」低く返す。
 ベリウスと同じく、フェローはやはりのことを知っているということを確信させる呟きであった。

「確かにそなたの力は、満月の子とは違う」

 フェローはを見下ろした。
 鋭い視線に射抜かれ、足がすくみかけるも、必死に堪える

「じゃあ、私の力は、なんなんですか」
「狭間の者に力を与えたのは、我らと志を同じくしたもの……かつての始祖の隷長だ」

 フェローの告白に、のみならず全員が騒然とした。
 は混乱しながらもフェローに訊ねる。

「どういうことですか、それは……」
「遥か昔、始祖の隷長と盟約を結び、その力の一部を“加護”として宿した人間がいた。それがそなたら狭間の者。我らの同志となりうる力を持つ存在」

 フェローは続ける。彼の眼差しはへ注がれたままだ。

「しかしその力は人の身には過ぎたるものであった。力に目をつけた者や、存在を良しとせぬ者たちが狭間の者を追い詰めた。故にそなたは多くのものを失った」

 の胸に、フェローの言葉は静かに食い込んでいった。
 抽象的なその言葉たちが何を示しているのか、にはよく判った。俯いた顔は心の痛みを堪えるために歪み、強く噛み締めた唇の皮膚を緩く裂いていく。
 人には過ぎた力。
 満月の子とは非なるもの。
 目をつけた者たち。
 多くのものを失った。
 パズルのピースをはめていくように、それらはの心へ取り込まれていく。

「ね、ねえ、よく意味が判らないんだけど……」

 緊迫感に耐えかねたカロルが、そう溢してを見上げた。
 はまだ答えられなかった。
 代わるように、ジュディスが口を開く。

の力は始祖の隷長に由来したもので、エアルを調整するための特殊な術式を体に持っているの。だからガスファロストやカドスで、エアルへ作用することができた。私たちみたいにエアル酔いもしない。けれどあくまで人間だから、始祖の隷長ほどの力はない」
の力は魔導器のせいじゃなかったんだな……」

 話しぶりからして、ジュディスはの力について初めから知っていたようだ。
 ユーリは納得したように頷きながらを見た。

「多くのものを失った、ってのは……記憶のことか?」
「……それは……」

 が答えあぐねていると、今度はリタがフェローに訊ねる。

「始祖の隷長の力を一部でも人間が得られた盟約って、一体何なの?」
「それは我にも知り得ぬこと。盟約を結んだ始祖の隷長はとうにいない」
「死んだってことか……」

 少し悔しそうだったが、リタはめげない。

「でもこれでの魔導器の制御術式の意味は判ったわ。人間の体じゃもて余すような力を抑えるためのものだったのね」
「じゃあの目は、壊さなくていい魔導器なんじゃな。良かったの、

 パティが笑ってを見た。
 しかしの表情は硬い。「……?」不安げなパティの言葉にが答えることはなかった。
 はフェローを見上げた。

「始祖の隷長みたいに私にもエアルを調整することができるってことですよね? じゃあ私が頑張れば、エステルを切り捨てなくても大丈夫ですよね!?」

 滅多にない激しさの声音だった。

「私が力を使って、エステルも世界も守る! なら良いでしょ!?」

 戸惑う仲間を横目に、が叫び訴える。
 返すフェローの声も必然的に荒くなった。

「そなたに与えられた力はほんの僅か。それすら魔導器に抑えられ、ろくに扱えぬ身で、何が出来る!」
「魔導器の制御無しに扱えたら変わるんですか? ベリウスが私に嘘を言うとは思えない、どうすれば私の力でエステルを助けられるの!」

 切羽詰まったのただならない様子を見て、ジュディスは彼女の前に立ちはだかった。

「落ち着いて、

 諭され、我に返ったが口をつぐむ。
 ジュディスはそれを認めると、踵を返し、フェローを見た。

「要するにエアルの暴走を抑える方法があれば良いのでしょう? まだそれを探すための時間くらいはあるはずよ。それにもし……エステルの力の影響が本当の限界に来たら……」

 不安げなエステルの視線を受けながら、ジュディスが一呼吸置いて続ける。

「約束通り私が殺すわ。それなら文句ないでしょう?」
「ちょ、ちょっとジュディス、本気で言ってるの!?」

 血相を変えたカロルが彼女へ詰め寄っていく。
 ジュディスは今までの真剣な表情から一変、にっこりと笑ってみせる。

「あら、そうならないように〈凛々の明星〉が何とかするでしょ?」
「え!? あ……そうか……うん、そうだ、そうだね!」

 カロルがホッとしたように頬を緩ませる。
「一本取られたな」と、ユーリも肩を竦めている。それから彼はフェローを仰いだ。

「そういう訳だ。エステルのことも、世界のヤバさも、それがオレたち人間のせいだってならオレたち自身がケジメつける。それで駄目なら、丸焼きでも何でも好きにしたらいい」

 ユーリにフェローは何も言わない。彼はじっとジュディスを見つめていた。

「そなた変わったな。かつてのそなたなら……」
「さあ、どうなのかしら? でもそう言われて悪い気はしないわね」

 ジュディスが答えると、フェローは大きく羽ばたいた。巨体がふわりと宙に浮かび上がり、岩山から少しずつ離れていく。
 フェローは吠えた。

「よかろう。だが忘れるな、時は尽きつつあるということを!」

 羽ばたくフェローを見上げて、「待って!」リタが叫んだ。

「術式がエアル暴走の原因っていうのなら、昔にも同じように暴走したことがあるはずでしょ。魔導器は古代文明で生み出された技術なんだから!」
「罪を受け継ぐ者たちがいる。そやつらを探すがよい。彼の者どもなら、過去に何が起こったのか伝えているであろう」

 答えたフェローは、再度大きく羽ばたき、瞬く間に上空へと飛び去っていってしまった。
 たちには彼を見送るしかなかった。
 ……フェローの姿が見えなくなると、エステルは、庇ってくれたユーリたちに頭を下げた。
 しかしユーリの表情は険しかった。

「死んだっていい? ふざけてんのか」
「……ごめんなさい」
「二度と言うなよ」

 ユーリの静かな怒りに、エステルは俯いた。消え入りそうな声で「ごめんなさい」と再度溢しながら。
 重苦しい雰囲気のまま、一行はフィエルティア号へと戻った。

prev Top next