赤い花が咲き誇る以外は、なんら変哲のない海岸。だがトートの話によればここに件の洞窟があるはずだった。
 手分けして辺りを探すうち、岩壁の一ヶ所から空気が流れ込んでいるのをジュディスが見つけた。リタの魔術でそこを爆破すると、洞窟の入り口が現れた。
 賊の侵入を防ぐためなのか、それとも別の理由があるのか。閉ざされていた理由は定かではない。
 しかしその洞窟を見た途端、パティが顔を強張らせた。怯えを孕んだ眼差しは、洞窟の奥に釘付けになったまま動かない。

「どうしたの、パティ?」

 心配したカロルが声をかけるも、「なんでもないのじゃ」と少女は首を振る。

「ちょっと……暗いのが怖かったのじゃ」

 固い表情のまま、パティは歩き出した。
 もパティの様子が気掛かりだったが、何も言わずに続く。
 洞窟はほぼ一本道であった。魔物の気配もない。足元に注意しながら、薄暗いその中を全員で進んでいく。
 洞窟の奥に一ヶ所だけ、光の差し込む場所があった。自然とたちの目はそこへ引き付けられていく。
 同時にたちは言葉を失った。
 光の下には、幾つもの石が立てられていた。大きさは様々ながら、全ての石に文字が刻まれている。風化により薄れているもののあるが、どれも人の名前のようだ。
 ――石は全て墓であった。
 嫌に冷たく静けさある空間の中、その異常なまでの数に、自然と肌は粟立つ。
 中でも一際大きな墓石には、立派な海賊帽と剣が添えられていた。そこにだけ他の墓にはない文章らしきものが書かれているのを見て、エステルはそっと読み上げた。

「ブラックホープ号事件の被害者、ここに眠る……。その死を悼み、その死者をここに葬るものなり」

 一同は戦慄した。
 つまりここにある夥しい数の墓標全てが、アイフリードの起こした事件の被害者……アイフリードが殺したとされる人々の墓なのだ。
 一体誰がどうしてこんな場所に墓を作ったのかは知れない。だがこの現実は、パティにとってあまりにも厳しく、辛かった。
 ショックのあまり、声もなくパティががくりと膝をついた。墓から瞳を逸らせないまま、小さく震えている。

「でも……うち……まさか、こんな……」
「パティ……!」

 エステルが呼び掛けるも、上の空だ。
「無理もないわ」と、パティを見つめながらレイヴンが溢す。

「この歳で、この現実を受け止めろって方が無茶だ」

 パティは未だに動けない。
 それを見たは、パティの隣に腰を下ろした。パティと共に墓標を見つめながら、彼女は言った。

「私、パティとここにいる。皆は鐘を探して。魔物もいなさそうだし、良いよね?」

 それを受けて、真っ先に頷いたのはジュディスだった。

「こんなパティを連れ回す訳にはいかないものね」
「だな。……ラピードもパティを見てやってくれ」

 ユーリが言うと、ラピードは一鳴きして応じた。とは反対側に、パティを挟むようにして座る。
 それを確認したユーリたちは、ミョルゾの鐘を求めて洞窟の更に奥へ進んでいく。
 仲間たちが歩き去り、見えなくなってしばらくすると、は口を開いた。

「……ブラックホープ号の事件で、沢山の人が死んだのは事実なんだと思う」

 パティは口を閉ざしたままだ。それでもの言葉は届いているはず。僅かに肩を震わせた少女の姿からそう察し、は――断言した。

「でも私には、アイフリードが事件の犯人だとは思えない」
「え……?」

 ゆるりとパティが顔をこちらに向けたのを感じながら、は続ける。

「だって、あのドン・ホワイトホースの盟友だよ? ダングレストの地下水路のユニオン誓約にも、アイフリードは署名してた。今のユニオンを作るために頑張ってくれた人が、ギルドの存在に泥を塗るような真似する筈がない」
「……どうしてそんな風に思うんじゃ?」
「判らない。自分でもこんなに必死な意味が掴めない。……でも、あのドンが信じた人が、こんな酷いことをする人な訳がないって思うの」

 堰を切ったように、の言葉は次々と溢れだしてくる。

「それに、皆が知ってる大きな事件なのに、こんな場所にお墓が隠されてるのは変じゃない? 普通だったらもっとちゃんとした場所にお墓を作るでしょう? まるで犠牲者のことも事件のことも誰かが隠したがったみたいで、そのせいでこんな人目のつかない場所でお墓を作らなきゃいけなかったみたい……。事件を知らしめたいのか、隠したいのか、訳が判らない。何かが可笑しいよ。しっくりこないの」

 はようやっとパティの方を向いた。青くて大きな双眸が自分を捉えて微動だにしないのを見て、は優しく続ける。

「前にパティが“麗しの星”のことを言ったとき、間違いなく私はそれを聞いたことがあるって確信した。もしかしたら私の無くした記憶には、その宝だけでなくアイフリードへの何らかの記憶があるのかもしれない」
「そうかの……」
「あと、なんてったって、私はパティが大好きだからね」

 にっこりと微笑むを見て、パティも淡く微笑み返す。まだ弱々しいながらも、先に比べると落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
 は笑いながら話した。

「……こうやってパティといると、私、すごく懐かしい気持ちになるんだ。アイフリードのこととかじゃなく、忘れられた私自身の何かが、懐かしいって叫んでるんだ」
「うちが、懐かしい?」
「私、多分妹がいたの」

 不思議そうに首を傾げるパティに、は穏やかに目を細めた。

「カロルを見てても懐かしくなることがあるから、弟もいたのかな。……だからって訳じゃないけど、パティのこと、すごく心配なの」
……」
「砂漠でパティに聞いて貰った歌も、きっと私が、妹たちに聞かせてた歌なんだろうね」

 まだ上手く思い出せないけど、とは苦笑する。

「パティが辛いときに、バカみたいに喋ってごめん」
「ううん、そんなことはないのじゃ……」

 の話を聞いているうちに、パティは少しずつ感情の整理をつけていった。
 パティを気遣いながら、しかし嘘を吐くわけではなく、ありのままを語る。根拠も無く「アイフリードは本当に悪人なのか」と疑問を抱き、そのまま話してしまう素直さ。
 だがそれら全てが、今のパティには有り難いことだった。

「……のう、
「なに?」
「ここに眠る人たちの為に、唄を歌って欲しいのじゃ。前にが聞かせてくれたような、優しくてあったかい歌をの」

 は頷くと、すぐさまパティの想いに応えた。瞳を閉じて、何時かのように旋律を紡ぎ始める。
 パティとラピードは静かにその歌声へ耳を傾けた。
 優しくも切ない鎮魂歌。何処の言葉か知れぬ詞に、懐かしさが込み上げてくるようだった。
 パティはゆっくり目を閉じた。複雑な感情の渦巻く胸中を、の歌声が柔らかく包み込む。知らず知らずのうちに一滴の涙が、パティの頬を滑り落ちていく。
 ――二人の少女が目を閉じていたその間、ラピードは不思議なものを目撃した。
 柔らかな光の球が、周囲に浮かび出したのである。
 最初は、頭上から差し込む光が空中の塵に反射しているせいかと思った。だがそれにしては様子が可笑しい。
 光球は何度も瞬くし、塵にしては大きかった。空から舞い降りる可能性のある何かとしては“雪”というものもある。だがあれは寒い場所に降るもので、ここは寧ろ暖かい。
 思えば光が現れたのは、が歌い始めてからだ……。
 この光はが生んだものなのか?
 悩むラピードの鼻先に、光の球が舞い降りてきた。球は触れた瞬間に弾け、細かな粒子となって消えていく。
 塵でもない。ましてや雪な筈もない。ならばこれは何だ? エアルにしては可笑しい。自分たちの体や周囲に、光球以外の異常は見当たらない。光はやパティの側でも現れ、弾けていく。音は無かった。
 光は幾度となく舞っては弾ける。その度に不思議と、ラピードの体は軽くなったような気がした。まるでぐっすり眠った後のような心地よさや、治癒術を受けた瞬間の温もりに似ていた。
 鎮魂歌が終わると、光も溶けるように消えていった。終始目を閉じていたとパティは、何も気付いていなかったらしい。

「ありがとなのじゃ、
「ううん、どういたしまして」

 それからまたしばらくパティたちが墓を眺めていると、ユーリたちも戻ってきた。
 ジュディスの手に小さな鐘が握られているのをは見つけた。淡い青色のそれが、ミョルゾへの道を開く鍵らしい。
 ユーリが心配そうにパティへ声を掛ける。

「パティ、立てるか?」
「もう、平気……」

 ユーリが「無理すんなよ」と再び呼び掛けると、パティはふらりと立ち上がる。そして何も答えずに、洞窟の外への道を歩き出した。
 ユーリたちもそれ以上は話し掛けず、共にフィエルティア号へと戻った。
 後はエゴソーの森を目指すのみだ。
 そんな時、口を閉ざし続けていたパティが、そっとユーリに歩み寄った。

「ユーリ、話があるのじゃ」
「なんだ……?」

 ユーリが訊ねると、俯きがちにパティは告げる。

「うちは……この辺りでみんなとバイバイしたいのじゃ。そろそろ、ユーリたちと別れる潮時なのじゃ」

 突然のことに仲間たちは驚いた。
 真っ先に口を開いたエステルが、パティへその理由を問う。

「なぜ突然? わたしたちと一緒に行くのがイヤになったんです?」
「そういうわけではないのじゃ」
「……もしかして、アイフリードのことでボクたちに気兼ねしてるの?」

 次いでカロルが訊く。どうやら少年の予測は的中したらしい。
 パティはその心境を吐露した。

「これ以上、迷惑をかけるのはイヤなのじゃ。例え、みんなが気にしてなくても……うちがイヤなのじゃ」

 彼女の気持ちが判らないわけではない。だがとても寂しいその言葉に、は思わず顔を歪める。
 誰も何も言わずに静まり返ったその時、リタが呟いた。

「……何を今更」

 じれったそうにリタは続ける。

「どいつもこいつも、迷惑なヤツばっかじゃない。あんた一人いたくらいで、この集団の何が変わるのよ」
「リタ姐……」

 パティは顔を上げてリタを見つめた。
 リタの言葉に、はつい笑ってしまった。全くもってその通りな上、リタらしい優しさに満ちた発言だったからだ。

「パティがかける迷惑なんて迷惑のうちに入らないよ。迷惑具合なら、魔導器バンバン光らせてリタを怒らせまくってる私に敵う人はいないし……」
「自覚あるなら抑えなさいよっ!」
「げうっ!?」

 調子に乗ったの横腹に、容赦無いリタの肘鉄が炸裂する。
 情けない叫びを上げた義眼の少女が呻くのを流しつつ、ユーリはパティへ向き直った。

「本当にやるべきことを優先させるためだってんなら、引き止めやしないんだけどな」

 彼の発言を皮切りに、他の仲間たちも次々と思いを語る。
「パティちゃんいなくなったら、ちょっち寂しいわね」顎に手を添えながらぼやくレイヴン。
 カロルは満面の笑みで「もうここまで一緒に来たら、遠慮なんかなしだよ」と言い切った。
 エステルも微笑み、パティを見つめる。「一緒に砂漠も越えたし、たくさん一緒に戦いました」穏やかな声で、そう話しながら。
 勿論、そこにジュディスも続いた。

「それにその答えは、なにもこんな場所で出さなくても良いんじゃないかしら?」
「うちは……」

 悩み、言い澱むパティを見て、再度ユーリは口を開いた。

「少し頭冷やして考えてみな。それで出た答えなら、好きにしたら良い。それまでは、とりあえず一緒に来ればいいんじゃないか?」

 ユーリの提案に、ようやくパティは首を縦に振ってみせたのだった。

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