ミョルゾへの鍵を手にした一行は、すぐにエゴソーの森へと向かった。
エゴソーの森は“聖地”という名にふさわしい、豊かな自然に恵まれていた。程よい日差しが降り注ぎ、森の奥からは優しい川のせせらぎが聞こえてくる。事が事で無ければ絶好のピクニック日和だろう。
森には謎の集団がいついているとのことだが、今のところそれらしい人影は見当たらない。しかし、森には似つかわしくない物騒な物が、森の中央にある山のもとに見えた。
――兵装魔導器。それも最近運ばれてきたらしい、真新しいものだ。
集団の正体は知れないが、あれほどの魔導器を持ち運んでくるような力があるということは、警戒するに越したことはないだろう。はひっそりと気を引き締めた。
そんなの後ろを、晴れぬ顔のパティがとぼとぼとついて来ている。
「本当に船で待ってなくて良かった?」
「大丈夫なのじゃ」
本人がそう言うなら、これ以上がどうこう言うわけにもいかない。
それに、歩を進めて然程しないうちに、たちは思わぬ相手と出会した。
「止まれ! ここは現在、帝国騎士団が作戦行動中だ」
何と、謎の集団とは騎士団のことだったのだ。
騎士たちの隊服と装備を見た途端、レイヴンが目を丸めた。
「親衛隊……ありゃあ騎士団長直属のエリート部隊だよ」
レイヴンの言葉に、さして気にした風もなく……寧ろ眼光を鋭くさせながら、ユーリが親衛隊たちを睨みつける。
「その騎士団長様の部隊がこんな森に兵装魔導器持ち込んで、一体なにしようってんだ?」
「答える必要はない。それに法令により民間人の行動は制限されている」
刺々しい親衛隊の物言いに、も思わず顔をしかめた。
「いくら騎士団とはいえ、クリティアの聖地とも呼ばれる場所を荒らして良いんですか?」
親衛隊は答えない。それどころか、武器を此方に向けているように思える。どうやら剣呑な雰囲気はの思い違いではなかったようだ。明らかに彼らは敵意を持って武器を掲げている……。
ユーリの眼光はますます鋭さを増す。
「その刃……どうしてオレたちに向いてるんだ?」
彼の問いに答える代わりに、親衛隊たちは一斉に襲いかかってきた――。
◆◆◆
親衛隊を蹴散らすと、ユーリはふぅと息を吐いた。
「やれやれ。ついに騎士団とまともにやり合っちまった。腹括ったそばから幸先いいこった」
「謎の集団って騎士団のことだったんですね……」
呟くエステルの顔が暗い。まるで自分の責任かのように落ち込んでいる。
ハンマーを鞄へしまいながら、カロルは首を傾げた。
「でもなんで、ボクたちを襲ってきたのかな」
「知られたら困るようなことをここでやっているからでしょ」
ジュディスはそう言って山の方にある兵装魔導器を見上げた。
仲間たちが魔導器や騎士団の行動について悩むなか、パティはひとり上の空だった。先の親衛隊との戦いにも身が入っていない様子で、何処か危なっかしい。
仲間たちの一番後ろを歩くパティ。彼女が俯いているのが、疲労なんかのせいではないことを誰もが察している。
ついに見ていられなくなったリタが、パティを振り返った。
「あんた、自分でついてくるって言ったんだから、しゃんとしなさいよ」
「……わかってるのじゃ」
そんな時だった。
山の方角で光が弾け、兵装魔導器の砲撃が此方に向かってきたのは――。
「危ない……!」
いち早く反応したのはエステルだった。彼女は仲間たちと閃光の間に身を滑り込ませる。エステルにとってもとっさの、反射的な行動だった。
――エステル!
最悪の結果が脳裏を過り、は全身の血の気が引くのを感じた。
しかし、魔導器の光弾は、エステルへぶつかる直前に消えてしまった。いや、エステルが“満月の子”の力によって打ち消したのだ。
力を使ったエステルは、膝からくずおれた。
「エステル……!」叫びながら、慌ててリタがエステルに駆け寄っていく。
何が起きたのか判らず、カロルが呆然としながらエステルたちを見つめていた。
「……今、何、したの?」
「ヘリオードでやったのと同じ……。エステルの力が、エアルを制御して分解したのよ! あんた、またそんな無理して……!」
泣きそうなリタに怒鳴られ、エステルは申し訳なさそうに顔を上げる。
「ご、ごめんなさい。みんなが危ないと思ったら、力が勝手に……!」
「力が無意識に感情と反応するようになり始めてるんだわ……」
ジュディスが呟く。
「さっきの攻撃、あれの仕業よね。あたしたちを狙い撃ちしてきた」
エステルに手を貸しながら、リタが魔導器を睨み上げる。森に似つかわしくない無機質なそれ。
ジュディスは再び口を開いた。
「ということは撃たれる度に、エステルが力を使ってしまうってことね」
「こんな負担、またエステルにかける訳には……」
はエステルを見た。「わたし、どうしたら……」涙ぐむ彼女にどう声を掛けるべきかが迷っていると、不意にユーリが笑った。
彼はエステルに歩み寄ると、笑ったまま話す。
「おいおい、おまえはオレたちを助けてくれたんだぜ?」
「そうだよ、まともに食らったらイチコロ間違いなかったもん。悪いのは撃ってきたやつらだよ」
カロルの言葉に頷きながら、ユーリは続いた。
「エステルのことも、世界のヤバさもオレたちでケジメつけるって決めただろ。今やってることは全部、そのためだ。細かいことは気にすんな」
ユーリの言う通りだ。しかし、何度も魔導器を撃たれてはたまったものではない。
兵装魔導器を見つめながら、レイヴンが嘆息した。
「でも、こんなの何度もやってたらフェロー怒るんじゃないの? 魔導器だろうとフェローだろうと丸焼きにされるのは勘弁よ」
「なに、簡単な話だろ。要するにあの魔導器を何とかすりゃいいってこった」
はユーリの提案に大きく頷いた。
「騎士団を何とかしてくれって頼まれたんだし、魔導器もそれに含まれてるようなものだものね」
「そういうことね」
ジュディスも静かに頷く。
一行は山の上の魔導器を目指して、再び慎重に歩を進めていった。
森の中には魔物もうろついていたが、さして問題はなかった。明らかに敵意を持って向かってくる親衛隊や魔導器の砲撃のほうが、今のたちにとってはよっぽど問題だった。
やっとのことで兵装魔導器のもとまで辿り着くと、魔導器を守るように陣取っていた親衛隊がいた。勿論、話し合う余地もなく戦いへと縺れ込む。
難なく騎士たちを撃退すると、早速リタが兵装魔導器に駆け寄っていった。騎士団だけでなく、魔導器も止めなくては意味がないからだ。魔導器の立体モニターを表示させた天才魔導士は、不意に顔を歪めた。
「この子……ヘルメス式じゃないけど術式が暗号化されてる……」
暗号を解けないことは無いが、時間が必要だとリタは続けた。
しかし、そんな彼女にジュディスが静かに告げた。
「それほど、時間をかける必要は無さそうよ」
――槍を携えながら。
反射的にリタが青ざめる。「ちょっと……なんで!?」リタの声を他所に、ジュディスは槍を放った。ただし魔導器に向かってではなく、ちょうど真上の木に向かってだった。
槍を受けて木が震える。枝がざわつき、槍と共に白い影が落ちてきた。
戦いには向かない白く長いローブに身を包んだ男である。怯えて腰を抜かしたのか、尻餅をついたままたちを見つめている。
「この魔導器の技師じゃないかしらね」
ジュディスは淡々と言った。
一同の冷ややかな眼差しを受け、技師は震えだした。
「ち、違うんだ! いや、技師なのはそうなんだけど、ぼ、僕は命令されただけで! だ、だからこんなことに協力するのはイヤだったんだ……」
技師は掠れた声を絞り出し、必死に訴える。
その技師をぎりっと睨み付けながら、リタは怒鳴った。
「早く暗号を解いて、この子を止めなさい!」
「は、はひ、ただいま……!」
地を這いつくばるように手をばたつかせながら、技師が立ち上がる。
技師とリタのやり取りを見つめながら、ジュディスが笑う。
「ごめんなさい、びっくりさせて」
「ふ、ふんだ……。どうせ、びっくりさせるだけだなんて、判ってたわよ」
動揺だらけのリタの強がりに、ジュディスはますます笑みを深くさせた。
騎士団も倒した。魔導器は技師が今、停止させようとしている。後はミョルゾの鐘を鳴らすのみ……誰もがそう安堵しきっていたときだった。
何かを察したらしいラピードが、坂道を振り返った。その碧眼が捉えているものが何か、いち早く気づいたのは――相棒であるユーリ。
「ちいっ!」
ユーリが駆け出した。仲間たちも自然と彼を目で追いかけ、はっとした。
森の更に奥にある別の山。そこに、もうひとつ兵装魔導器があった。エアルを充填しきった魔導器は、一瞬の閃光と共に此方へ向かって砲撃を放ってきた――!
その砲撃を、無謀にもユーリは剣で防ごうとした。しかしとても生身で防ぎきれるものではなく、衝撃で彼の体は吹き飛ばされてしまう。
叫びすらままならず、たちは凍りついた。
ただひとり、レイヴンが走り出した。彼の向かった崖の先に、吹き飛ばされたユーリが辛うじてしがみついていたのだ。
レイヴンはカロルを振り返った。
「少年、こっちきて、手伝うのよ」
「あ、う、うん……!」
「私も手伝います!」
呼ばれたカロルと共に、は崖に駆け寄った。三人がかりでユーリを引っ張りあげ救出する。
がユーリに治癒術を使っていると、泣きそうな顔でエステルが近寄ってきた。揺れる若葉色の瞳が、ユーリをじっと見つめている。
「まさか……ユーリ、わたしに力を使わせないために……」
「どうしてそんな無茶するかねぇ」
「本当……あなた死ぬ気?」
額の汗を拭いながらレイヴンがぼやき、ジュディスも心配を通り越して呆れたように呟く。
「これぐらいの傷、日常茶飯事だっての」
少しふらつきながらも、ユーリはひらひらと手を振りながら立ち上がった。
しかしエステルは更に思い詰めてしまい、俯く。
「ごめんなさい……わたしのせいで……」
「お互い庇いあったんだ、おあいこだろ?」
「でも……」
エステルが言い募ろうとすると、そっとジュディスが制した。
「エステル、ここはありがとう、じゃないかしら?」
「あ……ありがとう、ございます」
ハッとしたようにエステルは頭を下げた。素直な彼女の反応に、ユーリのみならず見守るたちもつい頬を緩ませる。
だがそう長く和んでいる暇は無さそうだ。こちらの魔導器を停止させたら、あの魔導器も停止させなくてはならない。連射はできないようだが、次の砲撃までどれほど時間が掛かるか判らない以上、早めに向かった方が良さそうだ。
そう考え、リタは魔導器技師を振り返る。
「あんた、向こうの……って!?」
何事かとはリタたちを顧みた。「ふきゃん!」次いで響いたパティの悲鳴と、驚くべきスピードで駆け抜けていく技師の姿が目に映る。技師がパティを突き飛ばして逃げたのだ。
まだ洞窟で受けたショックの抜けきらないパティの隙を突かれてしまったらしい。
よくもパティを。
瞬く間に見えなくなった技師の行った方を見て、はひっそりと舌打ちをした。
「リタ姐……すまないのじゃ、逃がしてしまったのじゃ……」
「……いいわ、ここはあたしが何とかするから」
リタはそう言って魔導器のモニターを弄り始めた。
申し訳なさそうなパティと、本当に何とかできるのかと不安そうなカロルの視線を受けながら、彼女は話す。
「騎士団さえいなくなりゃ、そんなに慌てる必要もないでしょ。それにあたしを誰だと思ってるの? 天才魔導士リタ・モルディオ様よ? 魔導器相手なら死ぬ気でやるわよ」
「死ぬ気で……か……」
カロルが噛み締めるようにリタの言葉を繰り返す。
「命を賭けるものがある若人は輝いてるわね~」
魔導器に細工を施すリタの姿を眺めながら、レイヴンがぽつりと溢した。しみじみとした様子に、ユーリが苦笑しながら返す。
「一度死にかけた身としては死ぬ気でってのはシャレにならねえか」
「ん? 死にかけたって?」
「人魔戦争の時、死にかけたって言ってたろ?」
話した当人であるレイヴンは、すっかりそのことを忘れていたらしい。「ああ、その話したっけか」何処か遠くを見るような眼差しで、レイヴンは顎に手を当てる。
「……まあ……死ぬ気で頑張るのは、生きてるやつの特権だわな。死人にゃ信念も覚悟も……」
レイヴンは独り言のように呟き、そして言葉を濁した。いつになく真剣さを帯び、そのあまり無表情にすら感じられる顔で。「おっさん?」呼び掛けたユーリも、二人を傍目から見守っていたも、あまりの静けさに小さな不安を覚えた。
しかしレイヴンは、二人の不安を払うかのように笑ってみせた。
「あーいやいや、おっさん、ちょっと昔を思い出しておセンチになっちゃった。ささ、いこいこ」
すっかりいつもの調子でレイヴンが歩き出す。
これ以上は話を聞けそうにない。ユーリとは顔を見合わせて、どちらからともなく肩を竦める。たとえ訊けばレイヴンが話してくれたとしても、二人は、あんな表情をした人間に言及するようなタイプでは無かった。
気持ちを切りかえ、ユーリは、尻餅をついたままのパティを見た。
「行けそうか?」
ゆっくり立ち上がり、服の埃をはたいてから少女は小さく頷く。
もうひとつの兵装魔導器を目指して、ユーリたちは再び森を進み始めた。
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