道を進みながら、は考えた。
エステルが力を使わずに済むように、ユーリが無茶をせずに済むように、自分が出来ることはないか?
今までの旅や戦いを振り返りながら、は更に考える。
満月の子とは違えども、自分にはエアルに作用する力がある。ガスファロストでの戦いや、カドスの喉笛でエアルクレーネへそうしたように。だとすれば自分にも、あの光弾を何とかすることは可能なはずだ――……。
そうしてが決心した時だった。
――山の上の兵装魔導器から、再度此方を狙って光弾が放たれた。
「皆さん、伏せてください!」
エステルの叫びを受けて他の仲間たちが岩影に引き返すなか、逆には光へ向かって突進していった。
思わぬの行動に、ユーリが叫ぶ。
「!」
彼の声を背に受けながら、はつい笑ってしまった。
――自分だって同じようなことしたくせに。
は光弾に向かって手を翳した。彼女の意思に応え、義眼が輝き、術式が浮かぶ。身体中を巡るエネルギーの熱を感じながら、は力を行使した。
(お願い、還って)
兵装魔導器の光弾と、の生み出した術式が触れる。すると光弾は、一瞬の閃光と共にエアルの粒子へと分解され、見えなくなってしまった。
――の願い通りに。
自分の計算と力の制御が上手くいったことを、確かには感じた。
「やった!」
つい喜びの声が口を突いて出る。翳した手を下ろすと、彼女は仲間たちのもとへと駆け寄った。
「もう、エステルやユーリが無理しなくても大丈夫だからね!」
飛びきり嬉しそうなの笑顔。
反して、茫然とする仲間たち。
仲間がわざわざ危険に飛び込む姿を見て、肝を冷やさない筈がなかった。
「あんたまで、何て無茶するのよ……!」
の行動をいち早く理解したリタが、口を開く。
「確かにあんたの力なら、エアルクレーネを刺激しない。フェローだって怒らないでしょうね。だけど、自殺行為よ!」
よほどの行動が衝撃的だったのか、彼女の声は震えていた。
そんなリタの反応を見て、はハッとした。自分がどれだけ仲間に心配をかけたのか、今になって判ったようだった。
「ご、ごめん。でも“出来る”って確信できたから……」
「フェローは、魔導器があなたの力を抑えているって話していたわよね? 何処にそんな確証があったのかしら」
ジュディスの指摘は尤もだ。
しかしは引かない。
「本能的に判ったとしか、言えない。エステルやユーリみたいに、また誰かが無茶するよりは、私がしなくちゃいけないと思った。私の力でしか、処理できないと思ったから」
「どう言っても聞かなそうね」
「うん、聞けない。……説明もなくやって心配かけたのは謝るけど、万が一また砲撃が来ても私が消すから」
頑ななの態度に、ジュディスは肩を竦める。
実際には砲撃を無力化したし、その行為が負担になっている様子もない。彼女の言う通り、この面子の中で、一番安全に兵装魔導器に対処できるのはなのだろう。
ユーリやラピードが、無言で呆れたような眼差しをに向けている。
パティやカロル、エステルも、心配そうにしてはいるが何も言わない。
こういう時のの頑固さを、皆よく知っていたからだ。
「……だとしても、びっくらこいたわ」
そんな中、レイヴンが胸を押さえながら、大きく溜め息を吐いた。
「いやあ、おっさん、口から心臓が飛び出るかと思ったよ」
呟く彼の顔色は真っ青だった。の行動に驚いただけにしては、あまりにも酷い。
脂汗を滲ませるレイヴンを見て、ユーリが訊ねる。
「おっさん、ここでリタイアするか? 後はオレたちで行くから」
するとレイヴンは緩く首を振った。
「ここで置いてかれたら、俺様行くとこ、なくなっちまう」
「ユーリだって本気で置いてくわけないじゃん。それに行くとこないって、〈天を射る矢〉があるじゃない」
カロルがそう返すと、レイヴンは曖昧に唸った。
「まあ……あれはねえ、なんというか、ちょっとそういうのと違うのよ」
「そうなの?」
不思議そうにカロルが首をかしげる。
レイヴンは胸を押さえたまま、それ以上語らない。
ユーリも、深くは言及しなかった。どう見ても大丈夫そうではないが、本人が望むなら自分に止める権利はない、というのが彼の考えだった。
「レイヴンさん、本当に大丈夫ですか?」
一方、散々仲間を驚かせたが、レイヴンに近寄っていた。
まさかに心配されるとは思わなかったのか、彼は苦笑した。
「いやいや、ちゃんこそ力使って疲れてるんでないの?」
「いえ、ビックリするぐらいピンピンです。寧ろ快調です」
ただ砲撃をエアルに還しただけでなく、自身の力として取り込んだらしい。それが良いことか悪いことかは判らないが。
当たり障りのない返答をしながら、はレイヴンを見つめた。
外傷による不調ならば治癒術で治せるかもしれなかったが、見たところそれらしい怪我は見当たらない。
それでも気休めくらいにはなるかな、とはレイヴンへ向けて手を翳した。
「ちゃん?」ぼんやりとその手へ視線を向けながら、レイヴンが呟く。
答える代わりに、は力を使った。
――しかし、その瞬間に浮かんだ術式は、が普段行使する治癒術とは異なるものだった。
「あれっ?」
思わずは声を上げた。
確かに自分は治癒術を使うつもりだったのに、今の術式は一体何だろう?
術を受けたレイヴンも、の術式の異変に気付いたらしい。目を丸めて、彼女を見つめている。
二人の妙な沈黙と、の妙な術式は、他の仲間たちの目にも入っていた。しかし何も言わずに二人を見守っている。というか、どう言葉を掛けたらいいのか悩んでいるようだった。
その沈黙に耐えかねて、は必死に声を絞り出す。
「……よく、なりました?」
誤魔化すような笑みと共に、そう、レイヴンへ訊ねた。
の声に、レイヴンが我に返る。
「う、うん……そうね…………あれ?」
レイヴンは瞬きしながら、胸を押さえていた手を下ろした。不調で丸めていた背筋をすっくと伸ばし、彼自身も信じられないといったふうに答える。
「あらら、何かよく判んないけど……本当にビックリするぐらい、良くなったわ!」
軽く飛び跳ねながらレイヴンは笑っている。を気遣って嘘をついている訳でもなく、本当に調子が戻ったらしい。「わー、あんがとーちゃん!」呑気で陽気なレイヴンの声に、もほっとしたように胸を撫で下ろす。
ユーリやエステルたち、他の仲間も、二人の様子に安堵の笑みを浮かべる。
ただ一人リタだけは、何やら深刻そうな面持ちで考え込んでいた。
「今のの術式……何処かで見たような……」
しかし、答えを見つけるまで待つ余裕が一行にはなかった。たとえが魔導器を無力化出来るとしても、早く向かうに越したことはない。
それが判っていたリタは、自発的に仲間へ呼び掛けた。
「まあ、おっさんが大丈夫なら次、充填して攻撃してくる前にあの魔導器のまで行っちゃお」
「あいあい~、了解~」
真っ先にレイヴンがリタへ応じ、皆は再び歩き出した。
◆◆◆
兵装魔導器の充填音が聞こえるほどの間近まで来た。このまま山頂へ駆け上がり、魔導器を止めに行こうとしたものの、そう上手くは事が進まなかった。
山頂と、自分達が今まさに歩いてきた道の後ろから、親衛隊たちが挟み撃ちを仕掛けてきたのである。
数の利は親衛隊たちにあったが、たちはそれを上回る覚悟と戦力でもって彼らを打ち倒していく。
……そうしているうちに、次々と襲い来る騎士たちの勢いが、ようやく止んだ。
「全員片付けたか……?」
普段から先陣を切り、涼しい表情を崩さないユーリにも、流石に疲労の色が見える。
彼は今一度、確認するように辺りを見渡す。
――その視界に映ったのは、ぼんやりと突っ立つパティと、彼女に襲いかかろうとする一人の騎士だった。
舌打ちをしながら、ユーリは剣を振り上げた。
その一振りから生み出された風は青い衝撃波となり、騎士へ直撃する。
真横で倒れた騎士の姿を見て、パティがびくりと肩を震わせた。どうやら敵の存在に気付いていなかったらしい。
「あ……!」
「ぼうっとしてんなよ」
「ユーリ、すまないのじゃ……」
ユーリの言葉に、パティは消え入りそうな声で謝る。
墓所でのショックから未だ立ち直れずにいる少女を、レイヴンも心配そうに見つめていた。
「やっぱパティちゃん、船で休んでた方が良かったんじゃない?」
「……じゃの。これしきの戦いでこんな風に足を引っ張るくらいなら、やっぱり……」
弱気なパティの台詞に、リタが溜め息を吐いた。
「ここまで来て、ぐじぐじ悩んでんじゃないわよ」
え、とパティが顔を上げると、リタは続けた。
「もうとっくに仲間なんだから、気にすんなって言ったでしょ」
旅に出るまで魔導器が全てだったリタにとって、仲間や友達という言葉を口にすることは照れ臭くて、恥ずかしかった。だから今までは、そういったものを指す時には遠回しな表現を選んでいた。
しかし今、俯く仲間を見て、たまらず彼女はストレートに告げた。
それが今のパティにとって一番だと、そう思って。
照れを隠すために声音は何時も以上に荒っぽくなっていたが、そのリタの声は、パティの心に響いた。
リタの発言を横で聞いていたカロルは、驚いて目を丸めている。
「仲間って……」
カロルの呟きに、リタが顔を赤くする。
そんなリタに追い討ちをかけるようにジュディスが笑う。
「珍しいことを言うわね、リタが……」
「何か微笑ましいねぇ……」
更にも便乗すると、遂に魔導少女は耐えかねて叫んだ。
「う、うるさい! ほら、早くあの兵装魔導器、止めに行くわよ!」
「はいはい。……そういうことらしいわよ?」
パティへ穏やかな眼差しを向けてから、ジュディスは歩き出した。真っ赤な顔を誰にも見せまいと先頭を行くリタを追うように。
他の仲間たちも、彼女たちの後に続く。
「仲間……」
パティは静かに噛み締めるようにその言葉を呟いた。
立ったまま動かないパティのことを、仲間たちが足を止め、振り返っている。
「パティ何やってんの! 置いてってもいいの!?」
悪戯っぽいカロルの呼び声。
少女はじっと皆を見つめていた。
皆が、自分を待ってくれている。
仲間である自分を。
そして自分にとっても、今、目の前にいる皆は掛けがえのない仲間……。
――パティは笑った。
「うんにゃ……行く。一緒に行くのじゃ! 仲間だから、の……」
明るさを取り戻し、少女が駆け出す。
は心底嬉しそうに笑って、そんなパティの姿を見つめた。その気持ちはつい、言葉になって溢れてくる。
「……これで皆、本調子って感じですね」
「ワンッ!」
その呟きへ、隣のラピードも同意するように吠えていた。
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