騎士を倒し終えると、早速リタが兵装魔導器を調べ始めた。先のものと同じく暗号化された術式を見て、彼女は眉を顰めた。

「解けそうか?」

 ユーリの問いに、彼女は魔導器のモニターを操作しながら答える。

「死ぬ気でやるって言ったでしょ。こうなったらミョルゾ行くための条件とかもう関係ないわ。騎士団のやつらの手に、この子そのまま残すなんて出来ないんだから」

 頼もしいリタの言葉に、カロルが笑う。

「じゃ、そっちは任せたよ!」
「あら、どこ行くの? カロル」

 ジュディスに訊ねられ、走りながらカロルは返した。

「さっきみたいにまた親衛隊が来るといけないから、下で見張ってる!」

 確かにそうした方が良いかもしれない。
 何時また援軍が来るか判らない状況なのだ。逃げた魔導器の技師が、この事態を告げに行っている可能性もある。
 冷静な少年の判断に、ジュディスは頷いた。

「私もお手伝いさせてもらうわ」
「うちも行く」

 ジュディスに続き、パティが下へ降りていく。
 も彼女たちに倣った。魔導器の周りにはユーリたちがついている。戦力を均等に分散するならば、自分も彼女たちと共にいた方が良いと考えた。
 ――見張りをして暫く経った。魔導器の方からはモニターを操作する音がまだ聞こえる。流石の天才魔導士も、一筋縄では行かないようだ。
 こんな場所にあんな魔導器を持ち込んだ騎士団の目的も気になるが、今目指すべきはミョルゾである。その為にもこの地を乱す者は排除しなくてはならない……。

、来たわよ」

 ジュディスの呼び声に、は我に返った。
 顔を上げてすぐ、此方に向かって来る親衛隊の姿が見えた。しかも、それなりの数だ。

「仲間が死ぬ気でやってるんだから、私も死ぬ気でやらなくちゃあねぇ……」

 フードを深く被り、外套を靡かせ、鎌を手にゆらりと立つ。その姿は、まさに死神を思わせる。敵であれば不気味さにゾッとするところだが、味方となれば頼もしいことこの上ない。
 見た目で敵を威圧するというのも、戦いにおいては重要な戦略のひとつ。仲間との旅で前向きになったは、自身のコンプレックスである外見も、時には戦うための武器になることを学んだようだ。

「だからって本当に死んだらいかんのじゃ」
「その為にも、力合わせて行こう!」

 パティとカロルの言葉に頷くや否や、は、ジュディスと共に親衛隊に突っ込んでいった。

「えいっ!」
「はあっ!」

 ジュディスの槍との鎌が、前線の敵を吹き飛ばす。次いで攻めてくる騎士たちに、パティの銃弾が撃ち込まれ、カロルの魔術により放たれた粘着性の糸が足止めをする。
 戦うたちの様子は、魔導器付近を見張る仲間たちの耳と目にも届いていた。
 親衛隊がやって来たことと、予想以上に術式暗号の解除に手間取っていることが、リタの焦りに拍車を掛けていく。
 リタを見守っていたユーリたちも迎撃に加わり、戦闘も激しさを増し、親衛隊は次々に押し寄せてくる。
 ――リタは唇を噛み締めた。
 魔導器のモニターを消すと、何故か彼女は、魔術の詠唱を始めたではないか。

「もうこいつ壊して……! そいつらぶっ倒す!」

 思わぬリタの言動に、エステルは振り返った。

「リタ……そんな、どうして!?」
「もう時間かけていられないでしょ! だってこのままじゃあんたらが……!」
「リタ……」

 泣きそうなリタの心情を察して、エステルは目を細めた。仲間を想う気持ちも、魔導器を想う気持ちも、痛いほど伝わってくる。
 敵を凪ぎ払いながら、ジュディスはリタへ向けて声を張った。

「私たちが倒される、そう言いたいの?」

 また槍を振るい、彼女は続ける。

「あなたは私を、私たちを信用できないの? 死ぬ気でやるんでしょ?」

 ジュディスと背中合わせで敵と対しながら、話を聞いていたが笑う。

「リタが思ってる以上に、私たちはしぶといよ!」

 同時には、思い切り鎌を振り抜いた。親衛隊が数人殴り飛ばされ、崖を転がり落ちていく。

「それにコッチのほうが、その魔導器相手にするのに比べたら楽なもんだしね」

 フードの隙間から義眼を覗かせ、親衛隊たちをずっと睨み付けたまま、は言い切ってみせる。

「わたしたち、負けませんから。リタ、その魔導器を助けてあげてください」
「ああ、がんばるのじゃ! ここはうちらで絶対守る! だから、がんばれ!!」

 エステルやパティも、敵と刃を交えつつ、懸命にリタを励ます。
 仲間たちの激励に、リタは魔術の詠唱を中断した。「あんたたち……」彼女の周囲に渦巻いていたエアルが霧散していく。
 リタは駆けた。崖から身を乗り出し、戦っている仲間たちを見下ろしながら拳を握り締め――腹の底から叫ぶ。

「……わかったわよ! 死ぬ気でやってやるわよ。その代わり、あんたたちも死ぬ気でやんなさいよ!!」

 すぐさまリタは再び魔導器へと向かっていった。

「やれやれ、んじゃま……死ぬ気でやりますか?」

 仲間たちの士気に当てられたのか、レイヴンも頭を掻きながら呟いた。
 それを聞いたユーリが小さく笑う。

「輝いてる若人の仲間入りか?」
「みたいね」

 短い会話の後、彼等は再び親衛隊との戦いへ向かう。
 ここが正念場だ。
 幾度となく武器を振るい、魔術を放ち、たちは親衛隊を足止めした。
 そうして、遂に――。

「止まったわ!」

 山の頂上から、リタの声が聞こえる。
 たちが安堵すると同時に、親衛隊たちも何故か引き返していった。
 兵装魔導器が無力化されたせいなのか? それとも何か他の理由があるのか……。遂に判らずじまいだが、これでトートからの依頼は果たしたことになる。
 剣を鞘にしまうと、ユーリはジュディスを振り返った。

「ジュディ、頼む」
「ええ」

 ジュディスが頷く。彼女はミョルゾの扉の鍵である小さな鐘を手に取ると、空に向かって幾度も鳴らした。澄んだ鐘の音が森じゅうへ響く。。
 そしてその音に呼応し、空が輝いた。いや、輝いているのは空ではない。上空に現れた“何か”が、光っているように見えたのだ。まるで青いステンドグラスのように美しい。
 たちが呆然と空を見上げていると、ジュディスが静かに告げた。

「扉が開いた。……あれがミョルゾ。クリティア族の故郷よ」

 早速、一行はフィエルティア号とバウルの元へ戻った。
 バウルに乗ってゆっくりとミョルゾに近づいていく。
 まさか空を飛ぶ街とは思わなかった。

「フワフワクラゲさんじゃ……」

 何時もはよく判らないパティの喩えも、今回はぴったりだ。遠目には大きなクラゲが空を漂っているようにしか見えない。

「あれも始祖の隷長だそうよ。話をしたことはないけど」
「始祖の隷長? それがなんで街を丸ごと飲み込んでんだ?」
「さあ、そこまでは知らないわ」

 ユーリの問いに、ジュディスは肩を竦めて返す。

「気が遠くなるほど長い間、外界との接触を断ってきた街だからね、ミョルゾは」
「だったら私たちの知らない伝承もごろごろ転がってそうだね」

 意気揚々と呟くの隣で、エステルはまだ呆然とミョルゾを見つめている。

「こんな街があるなんて、知りませんでした」

 そんなエステルの助けになる鍵が、あの街にあることを誰もが願っていた。
 近づけば近づくほど、ミョルゾを包む始祖の隷長の大きさに目を丸める。
 まるでその始祖の隷長に飲み込まれるかのように、一行はミョルゾへと降り立った。
 ミョルゾの内部は、まるで水中から見上げた水面のように不思議な空模様をしていた。外から見た時とはまた違う美しさがある。
 始祖の隷長の体内にいるというのは、妙な気分だ。
 更に、たちが降りるなり、街からぞろぞろとクリティア族が押し掛けてきた。

「こりゃ驚いた。本当に外から人がやって来たぞ」
「これはまた妙な感じだ。変わった飾りをつけてるね」

 クリティア族たちは皆、たちを興味深そうに見つめては、のんびりとマイペースに話しかけてくる。あれやこれやと好き勝手に、楽しげに語る様子からして、どうやら歓迎されているようだ。外界との交流が無い彼らにとって、よほどたちは珍しかったのだろう。
 集まったクリティア族がひとしきり話し終えると、ジュディスは彼らに訊ねた。

「もう良いかしら? 長老さまに会いたいのだけれど」
「そりゃもちろん好きにするといい」
「また散歩してるかもしれないけれどね」

 満足したのか、集まった人々はすんなりと街の中へと戻っていった……。
 彼らが完全に向こうへ行ったことを確認してから、レイヴンが呟く。

「なんか、おかしな連中だな」
「ああいうのは失礼って言うのよ」

 リタが素早く指摘すると、これまた素早くカロルが「リタが言うんだ」と溢した。しかしリタからの無言の圧力を受け、少年はそれ以上何も言おうとはしなかった。

「基本的にクリティア族ってああいう人たちなの。明るくて物怖じしない。楽天的で楽観的。よくも悪くも、ね」

 ジュディスの説明に、仲間たちは心から納得した。

「地上に住んでるクリティアもあんな感じじゃ」
「人間と一緒に住んでるぶん、地上のクリティア族の方が少しすれてるって感じかね」

 パティとレイヴンが思い思いに憶測を巡らせている。
 仲間の話を聞きつつ、ユーリはジュディスに問うた。

「で、長老ってのもそんな感じなのか?」
「なんて言うか……まさにおかしな人の長老って感じかしら?」
「会ってみてのお楽しみ、か」

 ユーリはそう呟き、街の方へ向かって歩き出す。
 他の仲間たちも、彼に続いていく。
 も、仲間たちを追いかけた。
 ――此処で全てが解決したらいいのにな。
 そう願いながら。
 しかし何処からか“そう上手くいくものか”と囁かれているような気がして、妙に落ち着かなかった。

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