街の広場につくと、たちは驚いた。
広場の片隅に、沢山の魔導器が置かれていたのである。リタですら見たことがないという魔導器が多く、まるで宝の山のように思えた。しかし……どの魔導器も魔核が無い。筐体だけだ。
不思議そうに筐体を眺めるリタやカロルたちへ、ジュディスは説明する。
「この街は魔導器を捨てたの。ここにあるのはみんな大昔のガラクタよ」
「どういうこと?」
「それがワシらの選んだ生き方だからじゃよ」
首を傾げたカロルに答えたのは、ジュディスでは無かった。
此方に歩み寄ってくる、年を重ねたクリティア族の男性であった。他のクリティア族とはまた変わった意匠を凝らした衣服を身に纏っている。
男性を見て、ジュディスが笑う。
「お久しぶりね。長老さま」
「外が騒がしいと思えば、おぬしだったのか。戻ったんじゃの」
「この子たちは、私と一緒に旅をしている人たち」
ジュディスが紹介すると、長老はたちを見つめ、皆がつけている武醒魔導器に目を留めた。
「ふむ……。これは……魔導器ですな。もしや使ってなさる?」
「ああ。武醒魔導器を使ってる」
代表してユーリが答える。
長老は興味深そうに「ふーむ」と頷いてみせた。
「ワシらと同様、地上の者ももう魔導器は使うのを止めたかと思うていたが……」
「ここの魔導器も、特別な術式だから使ってないんです?」
エステルの質問を受けて、長老は笑う。
「魔導器に特別も何もないじゃろ」
たちは言葉を失った。
魔導器に特別も何もない――。その意味を掴もうにも、頭の中が混乱してそれどころではない。
しかし長老は此方の動揺など知るはずもなく、淡々と語る。
「そもそも魔導器とは聖核を砕き、その欠片に術式を施して魔核とし、エアルを取り込むことにより……」
「ちょっ! 魔核が聖核を砕いたものって!?」
衝撃的な長老の発言に、リタが目を剥いた。
それでも長老のマイペースな語り口が崩れることは無い。
「左様、そう言われておる。聖核の力はそのままでは強すぎたそうな。それでなくても、いかなる宝石よりも貴重な石じゃ。だから砕き術式を刻むことで力を抑え、同時に数を増やしたんじゃな。魔核はそうして作られたものと伝えられておる」
長老の話を聞いて、ユーリは目を細めた。
「皮肉な話だな……」
彼の心情を察したように、沈痛な面持ちでカロルが頷く。
「うん……。魔導器を嫌う始祖の隷長の生み出す聖核が、魔導器を作り出すのに必要だなんて……」
「フェローが聖核の話をしなかったのは、触れたくなかったから……かもねぇ」
「確かに、もし自分が始祖の隷長の立場だとしたら……。考えるだけでしんどいです」
レイヴンの呟きに、も同意する。
自分の命の結晶である聖核を人々が砕き、魔導器を作り、世界のエアルを乱し、それを始祖の隷長が調整する……。悲しい巡りだ。
ジュディスは長老へ更に問うた。
「長老さま。もっと色々聞かせてもらいたいの」
きょとんとする長老に、ユーリが更に噛み砕いて訊ねる。
「オレたちは魔導器が大昔にどんな役割を演じたか調べているんだ。もしそれが災いを呼んだのなら、どうやってそれを収めたのかも。ミョルゾには伝承が残ってるんだろ? それを教えてくれないか」
藁にも縋る思いだった。
ユーリの申し出に、長老は深く頷いた。
「いいじゃろ。ここよりワシの家にうってつけのものがある。勝手に入って待っていなされ」
そう言って長老は踵を返した。「日課の散歩の途中なのでな」終わってから戻る、ということらしい。だとしてもいきなりの来訪者へ“勝手に家に入って待っていなさい”とは、楽観的の枠を越えている気がする。 ジュディスがいることが大きいのだろうか?
ひとまず一行は、長老の屋敷へ向かうことにした。
「ただいま」
たちが屋敷で待ってからそう時間が経たないうちに、長老が帰ってきた。
「待たせたの。それじゃ、その奥に行くとよい」
長老に促されるまま屋敷の奥に進む。そこにはただの壁があるだけ。
どうやらその壁が伝承に関わるものらしいが、それらしいものは何も見えない……。
長老は、ジュディスにこう促した。
「ジュディスよ、ナギーグで壁に触れながらこう唱えるのじゃ。……霧のまにまに浮かぶ夢の都、それが現実の続き」
ジュディスは長老の言葉に従った。壁の間に立ち、瞳を閉じ、ナギーグを用いて唱える。
「霧のまにまに浮かぶ夢の都、それが現実の続き……?」
すると突然、壁一面を埋め尽くす絵が現れた。
美しい絵ではない。まるで空から伸びる黒い影が、世界を食べようとしている不気味な絵だ。その影に対するように、大地では魔物や人たちがいる。他には大きな指輪らしきモチーフや、細かな文章が刻まれていた。
「ナギーグと口伝の秘文により、この壁画は真の姿を表すのじゃ」長老が語る。
そしてジュディスは、壁に現れた文章を読み上げ始めた。
「クリティアこそ知恵の民なり。大いなるゲライオスの礎、古の世の賢人なり。されど賢明ならざる知恵は禍なるかな。我らが手になる魔導器、天地に恵みをもたらすも星の血なりしエアルを穢したり」
「やっぱりリタの言った通り、エアルの乱れは過去にも起きていたんですね」
文章を聞いたエステルがリタを見るも、少女は難しい顔のまま壁画に向き合っている。
黒い影がエアルの乱れを表しているらしかった。まるで在るもの全てを飲み込もうと広がり、散っていく毒のようなおぞましさ。
ジュディスは壁画を読み上げ続ける。
「エアルの穢れ、嵩じて大いなる災いを招き、我ら恐れもてこれを星喰みと名付けたり。ここに世のことごとく一丸となりて星喰みに挑み、忌まわしき力を消さんとす」
壁画の魔物のような絵を見て、リタは口を開いた。
「ねぇひょっとしてこれ、始祖の隷長を表してるのかな?」
「魔物みたいなのが人と一緒に化け物に挑んでるように見えるねぇ」
レイヴンが顎に手を当てながら同調する。
彼らの憶測を助けるように、長老は語った。
「結果、古代ゲライオス文明は滅んでしまったが、星喰みは鎮められたようじゃの。その点はワシらがこうして生きていることからも明らかじゃな」
――星喰みに対する始祖の隷長と人々の中に、私の先祖もいたのかな。
ぼんやりと壁画を眺めながら、は思った。
壁画の文章にはまだ続きがあるようだ。しかしたちには読めない。何故かジュディスも、その文章をなかなか読み上げようとはしない。
「ジュディ?」心配そうなユーリの呼び掛け。
ジュディスは静かに、最後の文を読み上げた。
「……世の祈りを受け満月の子らは命燃え果つ。星喰み虚空へと消え去れり」
は、全身の血の気が引くのが判った。
――命燃え果つ?
思わずエステルを見た。
エステルは震えていた。震えながら、今さっきジュディスが読み上げた文を繰り返していた。今にも泣きそうな顔で。
ジュディスは続けた。
「かくて世は永らえたり。されと我らは罪を忘れず、ここに世々語り継がん。……アスール、240」
「どういうこと!」
リタが声を荒げるのも無理はなかった。
しかし長老は、やはり調子を崩すことなく淡々と語る。
「個々の言葉の全部が全部、何を意味しているのかまでは伝わっておらんのじゃ。とにかく魔導器を生み出し、ひとつの文明の滅びを導く事となった我らの祖先は、魔導器を捨て、外界と関わりを断つ道を選んだとされておる」
弾かれたようにエステルは屋敷を飛び出して行った。
「エステル!」
「ほっといてやれ」
カロルが叫び、追いかけようとするのをユーリが制する。
状況を把握できていない長老は、不思議そうに走り去ったエステルの方を眺めていた。しかし楽観的な性格のなせる技か、何事もなかったようにユーリたちへ向き直る。
「ミョルゾに伝わる伝承はこれですべてじゃ」
「ありがとな、じいさん。参考になったよ」
ユーリがそう言うと、長老は深々と頷いた。
「ふむ。もっと参考になるどんな料理もおいしくなる幻のキュウリの話があるのじゃが……」
「結構よ。それよりどこか休めるところを借りても良いかしら? 仲間が落ち着くまで、しばらくお世話になりたいのだけれど」
ジュディスが話を遮ると、長老は少し残念そうにしながら答えた。
「ならば、隣の家を使うと良い。今は誰も使っておらんでの」
「助かるわ。行きましょ」
屋敷を出るジュディスに、たちも続いた。
余りにも衝撃的な話が多く、の頭の中は飽和状態だった。
壁画にも“狭間の者”についての手がかりが無かったこと。
エステルを救う手立てを見つけるどころか、逆に追い詰めるような無いようだったこと。
ヘルメス式であろうが無かろうが、魔導器は等しく世界に影響を及ぼすこと……。
考えることが有りすぎて、どうするべきか判らない。
屋敷の外に出てすぐ、街を一通り見渡したが、エステルの姿はなかった。今はひとりにしておく方が良いのかもしれない。どんな言葉を掛けるべきか、思い付かない。
根拠も何もない自分の力と言葉では、彼女を救えない。
――エステルの辛さ、苦しみ……その全てを引き受けることができるなら、どんなに良いか。
「幻のキュウリで何でも良いから、何か解決する方法無いのかな」
呟きながら握り締めた手が軋む。
爪が手のひらに食い込んで血を滲ませていく。
それでもはずっと、手を握ったまま歩き続けた。
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