ラピードはフレンに呼ばれ、相棒・ユーリと共にオルニオンを訪れていた。
呼ばれた理由の方は、今ちょうど話しているところだ。と言ってもフレンとユーリは街の見張り台に登って会話しており、下で待つラピードには内容がいまいち届かない。もう少し風が静かだったら聞こえただろう。だからと言って台を登る気も起きない。話し終えたユーリたちから、後で事情を聞けば済むことだ。
久々に散歩でもしよう。しばらく見張り台を見上げていたラピードは、そう思いつき、踵を返した。
かつては何もなかったこの地も、今では立派な街として機能していた。魔導器を失われた世界で、騎士もギルドも種族も老いも若いも関係なく、全ての人々が手と手を取り合って育てた街。
これは、素晴らしいことだ。
一通り街を巡った彼は、街の門をくぐり、草原へ出た。勿論草原には魔物が彷徨いているが、無闇な戦いは避けるし、万が一襲われても返り討ちにするだけの力量がラピードにはある。
世界を救う戦いの後、父となった彼の強さは更に増した。守るものが増えると強くなれるのは、人も犬も同じだ。
――そう言えば、彼女はどうしているだろう?
ふとラピードは、ひとりの仲間のことを考えた。
自分を深く慕ってくれた少女・。望まぬ力と義眼を与えられ、彼女は日々思い悩んでいた。他の仲間にはあまり話さなかったようだが、ラピードにだけはよく、複雑なその胸中を明かしてくれていた。
『ラピードさん』
揺らぐ瞳と泣きそうな笑顔。優しい呼び声の数々は、今でも昨日のことのように鮮やかに思い出せる。
最後の戦いに挑む直前、共に夜空を見上げたことがあった。その時、彼女は既に大きな決意を固めていた。
『――私は、みんなが大好きです。みんなの為なら何も怖くない』
は、ラピードにそう言って笑ってみせた。今までとは違う笑顔だった。とても晴れやかで、鮮やかな笑み。その姿を此方に焼き付かせたいと願うような……いつか自分が彼女を思い返すことがあれば、この笑み、この時のことであって欲しい。そう祈っているようだった。
瞬間、ラピードは全てを察した。
彼女の決断を。勇気を。覚悟を。
仲間としては悲しくもあったが、それがの決めた道ならば止めはしない。
ラピードは、相棒にそうしたように、にもそうすることにした。その道を見守ることにした。
自分の選択が正しいのか、それとも間違っているのか。ラピードには判らない。しかし後悔の無い選択は“これ”だと思った。
だからラピードは、と離れることになっても何も言わなかった。他の仲間たちのように彼女を探したりしなかった。
しかし、情深いラピードは気掛かりだった。
――本当に彼女は、ひとりで生きていけるのだろうか?
また他者を気に掛け過ぎて、自分のことを疎かにしているのではないか。余計なお節介で面倒事に首を突っ込んでいるのでは無いか。その身に宿る力で、無理をしていやしないか……。
一度考え出すと不安は尽きなかった。
幸いにも魔物に遭遇することなく、ラピードは十分に思考に耽ることが出来た。
のようなタイプは独りにしておくべきではないのではないか。だとしたら今からでも他の仲間たちのように、彼女を探すべきだろうか?
そのことがの道の妨げになろうとも。
ラピードは嘆息した。それはまるで、人が自嘲めいた笑みを浮かべる様に似ていた。
結局のところラピードも“ほっとけない病”の仲間思いなのである。
草原を歩くうちに、ラピードは小さな丘に辿り着いた。緑の丘の頂上では、白い花が咲き乱れ、揺れている。丘に与えられた冠のようだった。
その丘をラピードは登っていく。然程時間を掛けることなく、丘の天辺へ辿り着いた。
白い綿毛のような花に囲まれながら、ラピードは腰を落ち着ける。不思議と落ち着く香りと姿をした花だった。初めて見るこの花の種類が気になるが、ラピードには調べる手段がない。
地に伏せ、鼻先で花をつつく。すると、揺れる白い花から、光の粒子が散っていった。花粉ではない。
似たような光を、見たことがあるような気がした。
それは何時だったか――。
「こんにちは」
不意に優しい声が響いた。
ラピードは慌てて立ち上がった。反射的にその耳もピンと立ち、先の声が何処から届いたのかを必死に探る。
辺りを見渡したのち、彼は丘の下に隻眼を向けた。
一匹の狼が、ラピードを見上げていた。
毛並みの殆どが白い。大地を踏み締める四肢と耳や鬣の先に、僅かに青い毛が混じっている。夜明けの空に似た色だ。顔には、右目を中心に十字の傷跡がある。
「お久しぶりです」
お辞儀するように頭を下げてから、狼は喋った。
声音に滲む暖かな笑み。狼の周囲に浮かぶ柔らかな光の粒子は、先にラピードが花をつついた時に零れたものとそっくりだ。
ラピードは隻眼を見開いて、白狼に見入っていた。
「まさか見つかるとは思いませんでした。でも私を見つけたのがラピードさんで良かった」
白狼が語るのを聞きながら、ラピードは思い出した。
光の粒子への既視感。あれに似たものを、自分は確かに見たことがあった。
それは――が歌う時だ。
「……さようなら」
狼は、ラピードに背を向けて歩き出す。
ラピードはすぐに丘を駆け降りた。
「ワンワンッ!!」
彼女――を引き留めるために。
しかしそんなラピードを遮るように強烈な突風が巻き起こった。同時に目映い閃光が炸裂する。
風がラピードの走りを、光がラピードの視界を阻む。
両者が収まった頃には、白狼の姿は消えてしまっていた。幾ら草原を見渡しても、影ひとつ見当たらない。
……ラピードはすぐさまオルニオンに向かって駆け出した。
きっとフレンが自分たちを呼び寄せたのは、このことだ。のことだったのだ。だとしたら早く、彼らに知らせなくてはならない。
また彼女がいなくなってしまう前に。
きっと今ならまだ、間に合うはず。そう信じて、ラピードは走った。
――、お前に話したいことが沢山あるんだ。自分も、皆も。
隻眼を細め、胸中で叫びながら。
――だから、もう、独りで行くな!
風に抗い、駆ける彼の姿は、もうひとつの風だった。
青い突風が、ヒピオニアの草原を進む。
仲間のために。
自分のために。
ラピードは、走り続けた。
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