長老から貸し与えてもらった屋敷で、一行は相談を始めた。エステルは長老の家を飛び出していったきり、戻ってこない。
壁画の伝承から察するに、世界を襲う災厄――星喰みが起きたのは、満月の子の力のせいだけという訳ではなさそうだ。エアルに干渉するもの全て……つまり魔導器の存在自体が原因に思えた。だが“世の祈りを受け満月の子は命燃え果つ”という文は、満月の子が自ら命を絶つことで世界を救った、ともとれる。
だとすれば、エステルは……。
考えるだけではたまらなくなった。顔を歪ませ、義眼を覆うように右手を当てる。
「……長老、魔導器に普通も特別もないって言ってた」
膝を抱え、仲間たちの会話を黙って聞いていたリタが、不意に口を開く。
「つまり違うのは術式によって扱うエアルの量の大小のみだと思う」
「オレたちが使ってるこいつもか?」
そう言ってユーリが武醒魔導器を翳す。
リタは沈んだ声のまま答えた。
「武醒魔導器は特殊だけど、術式によってエアルを用いる以上、どの魔導器も同じよ……。それに術技はどのみちエアルを必要とするもの。多分、ヘルメス式も満月の子も、本質的には危険の一部でしかない。魔導器の数が増え続ければ、遅かれ早かれ星喰みが起こる。始祖の隷長はそれを恐れてるんだわ」
つまり世界に魔導器が有る限り、危機は去らないということ。
魔導器を愛するリタにとっては酷な現実であった。少女の声は次第に震えていく。
「認めたくなかった……! 悪いのは魔導器じゃない、悪いことに使ってるヤツが悪いんだって。そう信じてた……でも、違った」
「今のまま魔導器に頼ってたら、また星喰みが起きる……」
ぽつりとが溢すと、不安そうにカロルが続いた。
「じゃあ全部の魔導器を止めなきゃダメなの? このミョルゾの人たちみたいに?」
「それじゃ。魔導器全部、捨てればいいのじゃ。船もオールで漕げ、なのじゃ」
うんうんと頷きながらパティは言った。
しかし「そりゃ無理な話だ」と、すかさずレイヴンが反論する。
「魔導器はもう俺たちの生活には無くてはならないものだぜ。結界魔導器や水道魔導器とか……もちろん武醒魔導器も、な。……ちゃんに至っては、目をひとつ失うことになっちまう」
「私の、目……」
レイヴンの眼差しを受けて、は右手を下ろした。淡く輝く義眼の存在は今やすっかり馴染み、その力は幾度となく彼女の戦いを助けてくれた。忌々しかった目の力を、はいつの間にか頼りにしていた。
必要とあらば、いつでも進んでこの目を差し出せるつもりだ。しかし、それを軽々と口に出来る状況ではない。レイヴンの言葉は、の覚悟が本当の物なのか……そう問い質そうとするような、深くて重い響きを伴っていた。
押し黙るを見て、腕を組んだままユーリがぼやく。
「確かにな……」
「無理、なのかのう……」
パティもすっかりしょぼくれていた。
「実際こいつがないと、すげぇ化け物の相手は無理かもしれない」
ユーリはじっと自分の武醒魔導器を見つめる。
カルボクラムや、コゴール砂漠。様々な場所で、数々の強敵と相対してきた。それもこれも、この魔導器のお陰なのだ。
そんななか、ジュディスがぼんやりと呟いた。
「魔導器を使ってもエアルが消費しなければ良いのだけれど……。夢物語なのかしらね」
彼女の言葉に、リタがハッとする。
「リゾマータの公式……」
「なんだそれ?」
聞きなれぬ言葉に、ユーリが首をかしげる。
リタは立ち上がると、早速その公式について語り始めた。
「あらゆるものはエアルの昇華、還元、構築、分解により成り立ってるんだけど、そのエアルの仕組み自体に自由に干渉することが可能になるはずの未知の理論が予想されてるの。それを確立するために、世界中の魔導士が追い求めている現代魔導学の最終到達点よ」
少女の声音は、次第に覇気を取り戻していく。
「確立されれば、エアルの制御は今よりずっと容易になるはず。もちろんエアルから変換された力をまたエアルとして再構成するような未知の術式が必要だけど……。それをやってのけた人間が、あたしたちの中に二人いる」
そう言ってリタが見たのは……だった。
となるともう一人は決まっている。この場には居ない満月の子――エステル。
「現に、エステルの力もの力も、エアルに直接干渉してる。二人は、リゾマータの公式に一番近い存在なのよ。公式でエステルたちの力に干渉して相殺すればあるいは……」
「何だかよくわかんねぇが、その公式ってのにたどり着けばエステルは安心して生きてけるってことだな?」
学者らしい熱弁をふるうリタを遮るように、ユーリは訊ねた。
深くリタが頷いて返すのを見て、ジュディスも後ろ手を組みながら笑う。
「増えすぎたエアルも制御できれば、星喰みを招くことも無くなる理屈ね」
「すごいよ!」
カロルもたまらず歓声をあげた。
「難しいけど、すごそうなのじゃ」パティもしみじみと呟いている。
答えが無いと思われた難題に、リタは一筋の光明を見出だした。は安堵した。上手くいけば、自分の力は本当にエステルの力になれる。これは何としてもその公式に辿り着かなくてはならない――。
そう仲間たちが意気込むなか、ひとり、レイヴンだけは表情が晴れなかった。
「で、その世界中の学者共が見つけられない公式ってのを探すっての? それこそ夢物語でしょ」
「絶対にたどり着いてみせるわ。エステルのためにも、あたしのためにも!」
力強くリタが宣言するも、レイヴンには響かない。
そうかい、とまるで興味無さげに短く返し、彼はリタたちに背を向けて歩き出した。
不思議に思ったカロルが、レイヴンを呼び止める。
「どこいくの? レイヴン?」
「散歩よ。世界を救うとか、魔導学の最終到達点とか、話が壮大すぎて、おっさん、ちっとついてけないわ」
そのまま此方を振り返ることなく、レイヴンは家を出ていってしまった。
も不思議だった。普段の彼と比べると、あまりに素っ気ない。飄々としたイメージの固まっていたいつものレイヴンとは違う、言い様のない重苦しさを感じた。追い掛けて理由を訊ねるのも何だか憚られて、は結局口をつぐんだまま、扉を見つめるだけだった。
仲間たちはほどレイヴンの様子が気にならないのか、改めてエアルの乱れについて語り合っていた。
「こうしている間にも、エアルの乱れは大きくなってるわ」
「そうだな。とにかくヘルメス式魔導器を作ってるヤツ見つけ出さないと、本当に手遅れになっちまう」
「それこそどうやって探すのよ」
ジュディスが問題をあげ、ユーリが答え、そこにリタが素早く指摘を入れる。
もちろんユーリも考えなしに発言していたわけではなく、すぐにそのアテを答えてみせた。
「聖核を狙ってる連中……そいつらを追えばたどり着く。魔核は聖核から出来るんだからな」
「フレンやナンたちだね」
カロルの瞳に小さな揺らぎが見える。彼はナンに対して特別な思い入れがある。テムザ山の時のようにまた戦いになることは、出来れば避けたいのだろう。
もで、腕の立つ騎士やギルドの相手はしたくなかった。特にティソンに手酷くやられた思い出が辛い。深手を負わされたことや、終始不利な立ち回りを強いられたこと……自分の手が“獣”と化したこと。また自分の手が変じてしまった時、今度も仲間に気付かれずに済むとは限らない。
思い詰め、口を閉ざしていたその時――突如、轟音が響いた。
「何?」
爆発音に似たそれが家自体をも揺らす。反射的にリタが声を漏らし、辺りを見渡した。たちも同じように家を確認したが、特に影響は無かったようだ。しかし……。
「今、エアルが……」
は、義眼を押さえながら呟いた。
「今、誰か魔導器を使った。間違いないよ。そういうエアルの動きだった」
「、わかるの?」
ジュディスに問われ、は頷く。彼女の力と義眼は、大きなエアルの動きを感じ取っていた。エアルの動きに対して敏感なクリティア族であるジュディスも異変を察していた。確かめるようなその眼差しに、は素早く答える。
「方角は多分街の入り口の方。でも可笑しいよね? あそこにあったの、みんな筐体だけ……動かないはずだよね」
「とりあえず行ってみようぜ」
ユーリは言うや否や、家を出ていった。たちも彼の後に続いていく。
の言葉を信じ、ミョルゾの入り口まで真っ直ぐ突っ切って向かう。門の向こう、小さな穴蔵のような魔導器の筐体が並んでいた場所へ出る。それらの中に、1つだけ魔核が装着されているものがあった。街に着いたときはどれも、筐体だけだったはずである。
リタは早速魔導器を調べ始めた。
「の言った通りね。これだけ魔核が装着されて、動いてる……」
「ここに何か文字が……。転送魔導器……?」
リタの隣に立ち、魔導器に刻まれた文字をジュディスが読み上げる。転送……つまりは別の場所へ繋がる魔導器のようだ。
ミョルゾにある魔導器はとうに破棄された、全て動かないもののはず。しかし現に魔核が装着され、誰かが使った痕跡がある。たちの頭の中は疑問で埋め尽くされた。
そこに、ちょうど長老がやって来た。彼も異変を感じて駆けつけたらしい。
「む、なんと魔導器が動いているとは、これは一体何事かね」
「誰かが街を出たみたい」
戸惑いながらもカロルが長老に答える。
その時、魔導器を見つめていたリタが、何か思い出したように目を見開いた。
「エステル……エステルはどこ?」
「おっさんもどこ行ったんだ?」
次いでユーリが溢す。
いなくなったエステルとレイヴン。何故か魔核の装着された魔導器。
何となく、嫌な予感がした。
そんなたちの不安を他所に、のんびりと長老は魔導器を眺めている。
「ふーむ……。ここの魔導器はみな肝心の魔核をとうの昔に失ったものばかりのはずじゃが……」
「多分、外から魔核を持ち込んだのよ。調節なしにただ装着したって動くはずないんだけど、エステルなら別かもしれない。エアルに直接干渉できるのなら、魔核の術式に合わせてエアルを再構成することもできるかも」
リタの分析通りだとしても、エステルがこの街を出る理由の見当がつかない。仲間想いゆえに苦しんでいるあの少女が、何も言わず、自身の力を行使して街を飛び出すだろうか? まずエステルが魔核を隠し持っていたとは考えづらいし、だとすれば一体誰が魔核を――。
「……聖核を探してる、人……」
の胸中で不安は増していった。
フレンやナンたち以外にも、聖核を探している人物が仲間のなかにいたではないか。
しかし彼は〈天を射る矢〉の首領、ドン・ホワイトホースの命を受けて探していた。きっと悪用を防ぐために。そのはずだ。
――仲間を疑うなんて。
自分の愚かしさに、は唇を噛んだ。
……起動している魔導器はともかく、一行はエステルとレイヴンを探して街を巡った。街の住人たちも捜索に協力してくれたが、二人の姿はどこにも見当たらない。
「気持ちはわかるけれど、とにかく落ち着いて」
不安と焦燥にかられる仲間たちに、ジュディスが呼び掛けた。
静かな彼女の声に、たまらずリタは「あんた! 心配じゃないの!?」と食ってかかる。
そんなリタを制してジュディスは再び口を開いた。
「心配よ。だからこそ落ち着いて考えなきゃ、ね?」
「そ、そうね……。うん、わかった……ごめん」
お陰でたちも幾分落ち着きを取り戻すことができた。確かに焦ってばかりではどうにもならない。問題に直面したときこそ、冷静にならなくては。
思い悩むたちを見て、長老はのんびりとした調子で提案した。
「ミョルゾの主ならなにかご存知かもしれんのう」
ジュディスは合点がいったように頷いた。
「始祖の隷長だものね。魔導器のエアルの流れを感じ取っていたかも。……聞いていたでしょう? 教えてもらえるかしら?」
早速ジュディスは、ミョルゾの主を仰ぎ見た。
ナギーグによるやり取りで、ジュディスはミョルゾの主から少しずつ情報を得る。
「……なんとなくの方角でしか……西の方、砂の海……街? もうひとつはっきりしないけど、砂漠の街……多分、ヨームゲンの方だと思うわ」
エステルたちの転送先が判ると、カロルの瞳は輝いた。
「前にデュークと会った、コゴール砂漠の街だね」
「あんな何もない街に何しに行ったのかの」
「何もないから良いのかも……。わからないけれど」
パティの呟きに、は曖昧ながら返す。「どゆことじゃ?」パティの疑問に、はやはり「わかんない」と答えるしかできなかった。
その間、ユーリはじっと思い詰めたような表情で考え込んでいた。とても何があったのか聞ける様子ではない剣呑さを秘めた彼の背に、は不安を募らせていく。
「すぐに向かおう」
ユーリが駆け出し、ラピード、カロル、パティ、リタ、そしても続いていく。
最後にジュディスが続こうとした時、ふと長老は彼女を呼び止めた。
「いくのかね」
「ええ」
「何もつらい役目を負うことはない。もう良いのではないか?」
ジュディスを案じる長老の優しさだった。
今までバウルと二人きりで、十年以上戦ってきた彼女への、同族としての思いに満ちた言葉。
しかし、ジュディスは笑って首を振った。
「ありがとう。長老さま。でも私、今つらくなんてないのよ」
そう、今は。
ジュディスの思いと、今までの戦いの理由。全てを受け入れてくれた仲間がいる。
そして今、自分を受け入れてくれた仲間たちが窮地にあり、それに立ち向かおうとしている――。
もちろん黙って見ていることなんて出来ない。
「長老さまも外界に出てみればわかるかも」
ジュディスの顔には、優しい笑みが滲んでいた。
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