早速一行はヨームゲンへと向かった。バウルのお陰で、街までは文字通りひとっ飛びだ。しかし……ヨームゲンがあったはずの場所は、廃墟と化していた。たちがいなくなった後に災害でも起きたのか、と思ったが、それにしては街の跡形も無く、風化も激しい。まるで以前立ち寄った街の存在自体が幻だったのではないかと勘違いしそうになる。
 そんな廃墟の奥に、人影と大きな竜に似た魔物の姿があった。人影はデューク、魔物の方は以前カドスのエアルクレーネで出会った魔物だ。デュークと魔物は会話しているように見える。

「まさかあの魔物、デュークのツレだったとはな」

 ユーリが呟いた後、デュークは竜の背に乗り、遥か上空へと飛び去っていってしまった。
 彼らの動向も気になるが、一番はエステルとレイヴンの行方だ。

「――逃がしたか」

 不意にたちの背後から声がした。
 反射的に一行は声のした方を振り返る。
 そこにいたのは大勢の騎士と、その騎士を束ねる団長――アレクセイ。
 アレクセイは飛び去ったデュークたちを見つめていた。恐ろしく冷たい眼差しだった。まるでガラクタを見ているかのような、何の感情も籠っていない目。
 の心臓は大きく跳ねた。どっと冷や汗が吹き出し、背筋が凍りつく。
 ――私は、この目を知ってる。
 反射的には鎌の柄に手をかけた。アレクセイたちから漂う敵意がそうさせる。
 アレクセイは冷ややかな声で呟いた。

「時間がない。残念だが、こうなればもはや止むをえんな」
「アレクセイ、何でここに……」

 恨めしそうにユーリが呟くと、ようやっとアレクセイは此方を見た。

「ほう、姫を追ってきたか。よくここが分かったな」
「エステルがどこにいるか知ってるの!?」

 リタが叫びながら騎士たちに駆け寄ろうとすると、彼らは武器を此方に向けてきた。
 は慌ててリタの手を掴み、自分達の方へ引き戻す。
 思いも寄らぬ騎士団の牽制に、カロルが目を剥いた。

「な、何するんだよ!」
「何の冗談だ? 騎士団長さんよ」

 ユーリが凄むと、アレクセイは低く笑い始めた。

「君たちには感謝の言葉もない。君たちのくだらない正義感のおかげで、私は静かに事を運べた。古くは海賊アイフリード、そして今またバルボス、ラゴウ。皆それなりに役に立ったが、諸君はそれらを上回る、素晴らしい働きだった。まったく見事な道化ぶりだったよ」

 アレクセイの無機質な眼差しが、不意にを捉える。

「いや……道化でいえば君が一番かな、
「……え?」

 突然のことに、は言葉を失った。
 この人は何を言っているんだろう? どうして私のことを口にしたのだろう? 私が一番の道化――?
 次々に疑問が浮かんだものの、とても問い質す余裕はない。
 アレクセイもまた、深くを語ろうとしなかった。そんな時間は無い、とでも言うように。

「だがもう道化たちの出番は終わりだ。そろそろ舞台から降りてもらいたい」

 しかし全てを理解するには十分だった。必要なことを全てアレクセイは語り、ユーリたちの中で点と点が線で繋がり、答えが見える。
 騎士団長の冷淡な言葉に、ユーリは怒号をあげた。

「そういうことかよ。……何もかもてめえが黒幕……? 笑えねぇぜ! アレクセイ!!」

 その時、アレクセイの背後から駆け寄ってくる軍団があった。

「騎士団長!」

 青い隊服。フレン隊だった。
 フレンの叫びを聞いて、アレクセイは目を細めた。「ふん。もうひとりの道化も来たか」どうやらアレクセイが操っていたのは、バルボスたちだけでは無いらしい。騎士団全てを彼は利用していたようだ。
 駆けつけたフレンは、必死にアレクセイへ訴える。

「騎士団長! 何故です! 帝国騎士団の誇りと言われた貴方が、何故謀反など……」
「謀反ではない。真の支配者たるものの歩むべき覇道だ」
「ヨーデル様の信頼を裏切るのですか!」

 フレンの訴えを聞いて、あろうことかアレクセイは笑った。

「ヨーデル殿下……。ああ、殿下にもご退場願わないとな」
「馬鹿な……」

 絶句するフレン。
 そこに再び乱入者が現れた。

「マイロード。準備が整ったようでーす」

 丘の上から姿を見せたのは、イエガーであった。ゴーシュとドロワットも側に控えている。
 イエガーを見上げ、アレクセイは頷いた。

「ご苦労。では私は予定通りバクティオンへ行く。ここはお前に任せる。……ヨーデルの始末もな」
「イエス。マイロード」

 アレクセイが踵を返す。
「待て、アレクセイ!」「逃がすかよ!」フレンとユーリがほぼ同時に叫び、後を追おうとするも、ゴーシュとドロワットが割って入る。二人に行く手を塞がれている間に、アレクセイは去っていってしまった。
 一向に退こうとしない二人を見て、ジュディスが槍を手にする。

「邪魔するのなら……」
「どきなさいよっ!」

 リタも激昂していた。
 しかし、そんな一行を見下ろしながら……イエガーが口を開く。

「ユーたちのプリンセスもバクティオン神殿でーす」

 思わぬ情報だった。いや、それよりアレクセイの配下であるはずのイエガーが何故そんな情報を此方に与えるのだろうか。とことん読めない男だ。

「早く行かないと手遅れちゃうわよん」

 ドロワットの言葉を最後に、イエガーたちは此方をそれ以上妨害すること無く姿をくらましてしまった……。
 障害が消えたのは喜ばしいが、彼のもたらした情報が正しいかまでは判らない。実際にイエガーたちは情報操作によりユニオンとベリウスを陥れた前科がある。どこまで信じていいものか。
 フレンはすぐさま、ウィチルとソディアに命じた。

「アレクセイとイエガーを追え!」
「はいっ!」

 ウィチルが他の騎士と共に動き出すものの、ソディアだけはユーリを睨んだまま動かない。

「アレクセイ……許せん、許せんのじゃ!」

 パティがアレクセイの所業に怒り、震えていた。
 カロルも早くアレクセイらを追おうとユーリを振り返った。しかし、ユーリは動かなかった。
 そしてそんなユーリに、ソディアが剣を向けていた。

「ソディア」

 今にも斬りかかりそうな様子の彼女へ、フレンが呼び掛ける。フレンが首を横に振ると、ソディアは渋々剣をしまい、身を引いた。
 フレンは、改まってユーリたちに向き直った。

「バクティオン神殿はヒピオニア大陸にあるそうだ」
「ヒピオニア……デズエールの東の大陸ね」

 ジュディスが呟く。
 イエガーの言葉を信じるとしたらそこに向かうべきなのだろう。他にエステルの居場所らしき手がかりもない。
 ひとまずバクティオン神殿を目指す方向で決定のようだ。
 中でも、パティの覇気が尋常ではなかった。

「あの男、このままほっとくわけにはいかんのじゃ! あの男がすべての元凶なのじゃ。あいつを倒せば、エステルも戻ってくるのじゃ」
「でも、レイヴンは?」
「エステルを渡して、どっかに逃げちゃったんでしょ!」

 カロルの疑問に、リタが苛立ちながら返す。
 そんな、とカロルは眉尻を下げた。

「レイヴンが、そんなことするはずがない……!」
「現にエステルはさらわれちゃって、あのおっさんはいない! そう考えるのが……論理的でしょ!」

 リタも認めたくないようだ。叫ぶ声が半泣きになっている。
「彼も捕まったのかもしれないけどね」ジュディスのそんなフォローは、少なからず一行の心にゆとりを取り戻させた。
 最悪の状況を想定することも賢いが、希望を捨てないことも重要だ。
 しかしはそれより、アレクセイの台詞に気を取られていた。
 ――道化でいえば君が一番かな、
 あれは、どういう意味だろう。
 ユーリやフレンたちが目の前で言い合っているはずなのに、まるで自分と彼らの間には大きな壁があるかのようにその声は遠い。混乱する思考は視界さえ歪め、鈍い痛みが頭の中で響き始めた。

「まさか……」

 は震えた。
 かつてダングレストでアレクセイと鉢合わせた時のことが過る。
 信じられないものを見るような、あの男の目。
 頭痛は酷くなっていく。
 の心の奥深くに閉じ込められた記憶の箱が、痛みに呼応して揺さぶられる。
 まさか。

「アレクセイは、私の力を……知ってる?」

 もしくは力以上の、何かを。
 を“道化”呼ばわりするに至った理由を。
 アレクセイは、の知らないを知っている……。
 ――もうすぐだよ。
 頭の奥で誰かがに囁いた。
 ――もうすぐ、全部が繋がるよ。
 誰の声か判らない。しかし酷く懐かしい、遠い昔に聞いたことがあるような……幼い少女の声。
 それは、きっと――。

「よし! バクティオン神殿に行くぞ」

 不意に響いたユーリの号令によって、の意識は急浮上した。
 さっきまで頭のなかに立ち込めていたものたちは鳴りを潜め、は慌てて顔を上げると仲間を見た。

「エステルとレイヴンを助けて、アレクセイのヤツをぶっ飛ばす!」

 意気込むユーリの隣には、決意を固めたフレンの姿。彼もエステル救出に協力してくれるらしい。
 仲間たちが各々、ユーリの掛け声に頷いて答える。少し遅れて、も続いて頷いた。
 ――エステル。そしてレイヴン。二人の仲間の救出を目指し、一行はバクティオン神殿へと急いだのだった。

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